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襲撃と救出④

よろしくお願いします。

 彼は腕の中で寝ていた。その手には、多くの鍵が束ねられたリングが握っている。

「さすがだわ。本当に」

 彼を地面に寝かし、彼が奪ってきた鍵で10ほどある檻の鍵を開けて回った。

 檻の中には奴隷がおおよそ20人前後ほどおり、左右で女と男に分けられていた。

 助けたほとんどの奴隷は、そのまま物凄い勢いで逃げ去った。

 もう捕まることがないようにと願う。

 そして、最後の最奥の檻には、今日の女の子が一人でいた。

「大丈夫? 助けに来たけど、遅かったね。ごめん……」

 女の子は、震え続ける。少しだけ見せる脚には、晩の時にはなかった、まだ新しい傷が血を垂らした。

 彼女は、不衛生な檻の中でも綺麗な場所を探して、視界に入らないように小さく、本当に小さく身を縮めた。

 肩に手を置くと、ビクッと体をはね上がらせた。三角座りをし、そこに顔を埋めて世界を閉じきった。

 誰が自分の肩に触ったのかすらわかっていない。

 恐る恐る顔を上げて、目を合わせた。

 その顔をどう言葉にしたらいいのだろうか。泣き明かして腫ぼったい瞳。頰には、涙の流れた跡が白い。



 女の子の瞳に松明の淡いオレンジ色の光が写りこむ。遠く視点があっていなかった目が私にフォーカスしていくのと同じく、その目に光が戻っていくのがわかった。

 それが希望の光だったのか、憎しみの炎だったのか。奴隷にされた女の子にしかわからない。

 私を完全に捉えた彼女は、今にも溢れんばかりの涙を蓄えて、言葉にしようと口を開くのだけれど、口元を震わせるばかりで彼女の言葉はなかなかでてこない。

 彼女は、言葉の代わりに私の服を力の限り掴んだ。そして、顔を埋めて声を出して泣いた。

「うあ、あ、ああああああああ。あああああああ」

「遅くなったわ、ごめんなさい。でも、もう大丈夫。あなたは、自由よ」

 思いっきり泣いて叫んだ後、一気に動揺をして、瞳が右に左に揺れ、ガタガタと震え始めた。そして、私の服を見て、正気は決壊した。

「ご、ご、ご、ごめんなさい。こんなに汚い私が抱きついてしまったからおよう服が汚れてしまっています……。す、すぐに、舐めて、舐めてきれいにしますから、だから、見捨てないでください。こ、ころさないでください」


 汚れた服を見て、戻った正気は一瞬で消え失せた。

 まるで犬のように舌を出し、私の汚れた服を舐めようとする。それは、条件反射のように何も考えていない言葉と行動だった。ただ、殺されないためのマニュアルだった。

 この行動がここでの絶対だとわかる。知らぬなら殺されたし、しなければ殺された。

 気持ちが逆撫でされた。

「もう、あなたは奴隷じゃないの。そんな生き方をしないで!!」

 女の子を隠すように羽織っていたマントを彼女に羽織らせた。そして、いつまでも震える彼女を抱きしめた。

「大丈夫よ。あなたの命は、あなたのもの。これからもずっとあなたのもの」

「……は、はい」

「さあ、ここにいては危ないわ。立てるかしら。一人で歩ける?」

「ひ、一人で歩けます。ありがとうございます」


 立ち上がって辺りを見渡した。この檻以外にもう人はいない。それを確認すると、彼の元に行った。

「本当にもう世話が焼けるんだから」

 気持ちよさそうに寝息を立てる彼を背負うと、少しふらふらと立っている女の子に言った。

「いつまで、そんなところにいるの!! 早く逃げなさい」

「は、はい!」

 来た道を駆け上がり、外に出た。そして、後に続くように出てきた女の子に言う。


「もう捕まってはダメよ? またね」

 私は、女の子の頭を二度ほどポンポンと撫でた。そのあと、宿に戻ろうため帰路につこうとしていると、女の子の声が聞こえた。

「あ、あの……。わた、私も、一緒に行ってもいいですか? あなたのおかげで自由獣人になれましたが、死神から逃げられそうにありません」

 彼女の涙ながらの頼みを断れそうにない。

 私が結婚式を抜け出してもいいと思えたのは、彼がいたからで、それだけで不安はなかったし、それでいいと思えた。しかし、彼女は一人で逃げなければならない。

 追っ手に捕まれば、死ぬかもしれない恐怖と戦わせることを目の前の華奢な女の子に強いるのはあまりにも無慈悲に思えた。

 アルシアが私たちといて、奴隷になった時の恐怖やその後に来る恐怖が和らぐなら、助けた手前勝手の延長で連れて行っても彼は何も言わないだろう。

「あなたのお名前は?」

「アルシア……。アルシア=フォーキンス、です」

「そう、アルシア。私は、サキよ。背中の人は、私の旦那のサトシさん。よろしくね。——あなたが一緒に行きたいなら、一緒に行きましょう。一人は寂しいものね」


 アルシアを連れて、宿まで戻った。

 その帰り道、彼女のことを聞いた。

「アルシアは、自由獣人って言ってたけど、それは何?」

「はい! ええっとですね。どの国にも、“表の法”と“裏の法”が存在します。表の法は、きちんと成文律されてわかりやすいのですが、裏の法は、その逆に不文律によってなり、前王の時代の法を基にしているのです。その中にあるが“奴隷法”。人が人を奴隷にするための法律です。これが私たちを縛るのです。その規定の中で、今日解放された者たちは、逃亡奴隷。私の場合、自由獣人というくくりに入ります。つまり、野生の奴隷です」

「それでも昔の法律なんでしょ? 今でも関係あるの?」

「いいえ、それは誤った認識です。昔の法律だからといって、その効力が失われているということはないのです。表の法では、奴隷の売買は禁止されていますが、所有に関しては、何も記されていないという事実。これは巧妙に仕組まれた抜け穴なのです。闇市なら、奴隷の売買ですら、行えていました」

「つまり、アルシアは、それを知らなかったということね……」

「……はい。この法律は、私たち獣人やその他の亜人を街に誘き寄せるための罠だったのだと、捕まった時に思い至りました。私は、間抜けです。ノコノコと捕まると知らずに、憧れの王都の中見たさに出てきたなんて……」


 ちらっと後ろを見ると、アルシアは下をじっと見るばかりだった。

 過去の自分を呪っているかのように。自分が間抜けだったからと、その事実を笑って乗り越えられるほど、現実は簡単ではない。

「ふぎゃっ!!」

 アルシアは、下しか見ていないので、道すがらにあった店の看板に顔を強く打ち付けてた。

「ほらほら、前方注意よ。—きゃっ!!」

 人のことは言えないもので。どうやら、心配ばかりしていたから、前方を見ておらず、同じような看板にぶつかった。

「サキ様もぶつかっているじゃないですか……」

 アルシアが笑った。

 重苦しく考えていただけに、この変化は嬉しい。顔は少し痛いが、アルシアの顔と等価交換なら差し引いてもいいかなと自己解決し、また歩き出した。

「本当ね。それと!! 様なんていらない。サキだけでいいわ」

「でも、私のご主人様を呼び捨てなんてできません」

「ご、ご主人様!?」

 驚きは言葉に表れ、少し調子外れの口調となった。

 だって、さっきまで奴隷にされていた人が“ご主人様”なんて正気だとは思えない。いや、さっきまでアルシアは、正気ではなかったんだから、また逆戻りでもしたのかだろうか、と思った。

 すると、アルシアが言った。

「はい! サキ様は、私のご主人様です。王都で獣人が安全に暮らしていくためには、信頼できる人の奴隷になった方がいいんです」

「ああ、そうゆうことね。わかったわ。私の所有物っていうことにしといた方が都合がいいってことね。それであなたの安全が少しでもいい方向になるなら私は構わないわ」

「はい、ご主人様!」

「もうやめよ? 形だけなんだから」

「はい。ご主人様!!」

 これはもう直すつもりがないと諦め、気づけば、宿についていた。

また明日。

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