襲撃と救出③
宜しくお願いします。
全体から響く彼の声。反響してその場所を特定することは出来ない。
「どこだ!? どこに隠れやがった」
「ここです。こーこ」
いつそこにいたのかわからない。彼は先ほどまでいたまさにその場所に再び現れた。
「子供の頃、見えない刀を手に持って遊んだな」
「見えない刀? 黄の国にでも行くつもりか?」
「へえ、この世界は、そう言ったものがあるのか。黄の国か、いつか言ってみたいな……」
“折れた刃の行方”
彼の手には、“刃折れの名刀”しか握られていない。わずかな刃では、防ぐことができても、何かを切ることはまずできない。
「その刀の刃を私たちに想像しろというのか? 笑わせます」
ノックが嘲笑う。
「じゃあ、想像しろ。刃の行方を」
呆然と突っ立ている彼は、その手に握られた刀を上から下に重力にしたがって振り下ろす。
ズドン。という音とともにシャークの大きく膨れあがった腕が縦に引き裂かれた。
誰もが今、目の前で起こっている出来事について理解が追いつかない。
「どう? 防げぬ刀の切れ味は。見えぬ刀の切れ味は」
シャークの悲鳴が辺りに響き渡る。すぐさま、ノックはシャークに近寄った。
「俺の俺の筋肉があああああ。ここまで育てるのにどれだけ掛かったと思ってんだ!!」
「ああ、大丈夫そうだ。そして、君は、やっぱりバカだっ」
シャークとノック二人とも少し笑って、すぐに攻撃しようとノックが走り出した。
「ネタバレが過ぎますよ。刀があると思えばいい。刃渡り200センチを超える大刀があると思えばいい。それにさえ気をつければ、見えぬ剣など恐るるに足りませんね。その大刀は私との戦闘では弱点になります」
ノックが彼の肩を狙ってレイピアを構えた。そして、弾丸ほどのスピードで狙いに行った。
だが、それをハバキから数センチしかない見える刃で防いだ。しかし、ノックのパワーに押されるように重心が後ろに傾く。が、彼は気にせずに態勢が悪いままに切りかかった。
ノックはそれを防ごうとし、見えない刃の行方を想像し、剣の腹を構えた。
彼の見えぬ刃の切れ味は、無類で、防御は無意味だった。
だって、今、目の前にノックの肩口から右脇腹あたりにかけて真っ二つにされてしまっている。
「ノック!!!」
シャークがノックを受け止める。
「見えず、防げない。——お前たちは、水を真っ二つにできるだろ? でも、それを切ったのだと勘違いする」
悲鳴にも似た叫び声が響き渡る。
「よくも、やってくれたな。俺たちの夢をよくも奪い去ってくれたな。許さん」
“スキル:筋力増強”
シャークの傷が膨れあがった筋肉によって塞がっていく。
「泣き叫べると思うなよ」
膨れ上がった腕を大きく振り上げて、彼に向けて打ち付ける。
その豪腕は信じられないほどにしなる。シャークの拳は彼ほどに大きい、だが、彼は腕全てをサイコロ状に細切りにした。
「クソがああああああ!! どうなってやがる!!! 鋼鉄の硬さだぞ」
力の差は、歴然と。シャークの息は荒い。ゼェーゼェーと両膝をついて天井を見上げた。その顔にもう戦意はなく、何度も呪詛の言葉を言った。
戦闘の終わりから、ほっと一息安心のため息が漏れた。だが、吐いた息を戻すように後ろから誰かが口を塞いだ。
「そこまでだ。これ以上の敵対行為を止めてもらおうか。––––さもなくば……、わかるだろ?」
私の首元には、刃物。他の仲間が駆けつけていた。
ただでさえ、この戦闘で何もしていないのに、捕まってしまうなんてただの足手まといでしかない。大間抜けだ。彼の反対を押し切ってここまで来たのに、戦闘に夢中になっていたなんていうことは通用しない。
つまり、助けてなんて言えない。
間抜けな私をどう思っているのか、彼は後ろを振り向くことをしない。
きっとあきれているんだろうなと思う。
しかし、違った。明らかにおかしい。
いや、おかしいなんていうレベルではない、おかしいと思うのは、彼というベースと比較して、小さな変化に違和感を感じ、初めて成り立つことだが、私の目の前にいるのは、彼ではない。姿形すら似ても似つかない存在だった。”別の何か”。そう言うしかできなかった。
暫定(彼)は、もはや水のようなものだった。かっこよく言って、水の精霊。その姿にもはや、特定の形はない。
彼はいつこちらを向いたんだろうか。なぜ、私が顔の識別もできない彼がこちらを向いていると思ったかと言うと、彼の服がこちらに正面を向けていたからそう思ったに他ならない。視線からはこちらを見ているという判断はつかない。
私を取り押さえる男の手が震えていた。
「マジかよ、こいつ……、重契約者なのか……。狂っているわけだ。に、逃げるぞ!」
男は、首元に押し付けていた刃物を震えながら落とした。そして、急いで逃げようとした。
だが、それは許されなかった。
彼は、どうやって移動したのだろう、走れるような足はないのに、こちらに近づいてくる。反物質のお化けが体を通過するのを連想した。
彼が私を通過する。
その時、彼の考えに触れたような気がした。彼の中には、怒りとか悲しみとか妬みとかそんなものはない。それは、たった一つの気持ちだけだった。
『助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ、助けなきゃ……、僕の家族を守らなくちゃ』
彼の頭の中には、そのことしかない。その感情が彼を縛り付けて、動かし続けている。守りたいという気持ちだけが彼の原動力で、力を使う意味だった。いや、もっと強く守らなくてはいけないという強制性を含んだ気持ちで彼は操られていた。
正直に怖いと思った。一瞬、こんなのいらないと彼の気持ちを突き返して、後ずさりをしてしまうほどに怖いと思った。でも、その気持ちを私も持っていることに気がついた。彼も私の気持ちの全てに触れてしまえば、きっと怖いと思ってしまうだろうと思った。
彼の事情を知っているだけに、その言葉が特別に重い気持ちであることを私は知っている。
家族として、妻として、彼にしたいことが山ほどある。彼に料理を作ってあげたい。彼の服を洗濯して、アイロン掛けしたい。彼が病気になったなら、看病してあげたい。彼の耳掃除だってしたい。
彼が道を違えたなら、その道を一緒に歩く覚悟はある。だけど、そんなのは無責任で、二人の幸せとは程遠い。彼の間違いを間違いだと言えるのは私しかいないんだから、それで彼が怪訝そうにしたとしても、言おう。私たちの幸せを彼だけに押し付けることは、したくない。
彼の気持ちに当てられて、惚けていると、グチョッグチョッという音が後ろから聞こえてきた。
後ろを振り向くとそこには水のモンスターがいた。そして、暗くて見えない彼の後ろには、血まみれの階段が続いているんだろう。
「気は済んだ?」
そう聞くと、彼の水のように透明な体は鱗で覆われたようになり、撫ぜ風が鱗をさらうごとく剥がれていく。鱗が全てなくなるとそこにはいつもの彼がいた。
「サキを傷つける人は、もういないよ。だから、もう安心してもいいんだ」
と言って、私の方に倒れた。彼の体を優しく受け止める。
「そんなに気負わなくてもいいのに」
カリーナが彼の髪の毛からひょっこりと出てきた。
「気を失っているだけさ。今日は、力を使いすぎだ」
彼は、スースーっと寝息を立てて眠っていた。
また、投稿します。




