襲撃と救出②
宜しくお願いします。
地下には、奴隷を入れている牢屋が左右合わせて10ほどある。
それほどに大きくない空間で、空気はすこぶる悪い。それは、囚われている人の糞尿が辺りの空気を悪くしているのが原因で、換気のための窓などが見る限り一つか二つほどしかないのもそれを助長している。この空間では、私たちが来た重く堅い扉だけが唯一外へとつながる場所だった。
檻に一つ一つ目を向けて囚われている人たちを見た。全てのものは、等しく、やせ細っていて、伏せ目がちで怯えている。異変のあるこちらを誰も見ようとしない。今ここで死んでしまいたいと思っている者の顔だった。
彼の影が揺れ動く。松明で、彼の長く伸びる影が水影のように照り返していた。
「ヤる? ヤるっていったのか? いいや、確かにそう聞こえた。それだけでいいのです。殺す理由は、それだけでいい。彼女を傷つけるやつの死の理由はそれだけでいいんだ」
声はブクブクと水の中で出した時のように聞き取りづらく、深く沈んでいく。
彼が刀に手をかけ、重心を低くし構えた。
「うるせえやつだな。黙っとけや。そんなに大切なら、命の限り守ってみろ。命をかけて守ってみろ」
シャークが高笑いをする。
ボコボコと彼が泡を吐くように何かを言うが、聞き取れるものではなかった。
ついに、彼が刀を抜いた。
その途端に二人から笑いが起こる。
「あはは。たいそうなこと言ったと思えば、笑わせてくれる。折れた刀で何が守れるって?」
「ちげえねえ! ノック、こいつはお前に任せるぜ。こんな奴に二人掛かりなんて、こっちが笑われちまう」
「また、私ですか……、君は本当に働かないですね」
「俺は、実戦よりも筋肉鍛えてる方が性に合っているんだ」
「この脳筋のデブが」
「こりゃ、全部筋肉だ。グシャシャ」
ノックは、テーブルに立てかけていた剣を手に取り、抜く。
「君と報酬が折半なのが納得がいかない」
「そりゃ、俺よりも強くなってから言え。グシャシャ」
「それが一番納得がいかないって」
シャークは、腹を抱えて笑った。
「じゃあ、とりあえず、ここにきた理由から聞こうかな。報復かい? それとも強奪? 仲間でも捕まっているのかな?」
「私たちは、冒険者よ! 奴隷取引の現場を押さえにきました。特別執行権の行使をします。素直に解放しなさい」
二人は真剣な顔をした。
「冒険者ですか……。それは厄介。というか、難儀ですね。闇商人の屋敷を襲うとは」
ノックの手に握られているレイピアは、手入れがされており、綺麗だった。その切っ先はどんなものでも貫きそうな鋭さを携えている。
その鋭さに私は後ずさりをした。
「なぜ、君たちはそんなにおバカなんでしょう。冒険者じゃなくても、奴隷商には手を出すなっていうのは、この世界の常識でしょうに——なので、とっとと終わらせましょう」
ノックが一気に詰め寄る。コンパクトな上段からの攻撃で鋭い音が響く。
「う〜ん。ここまでくるくらいだから、やっぱり、簡単には当たりませんねー」
彼を見ると、ノックの攻撃を危なげもなく避けている。
ノックが彼を見て薄く笑う。
「ノックゥウゥ、避けられてんじゃねーか。早く片付けるんじゃなかったのか?」
「外野は黙っときなさい」
シャークは、肩をすくめ、ノックはレイピアを構えた。
「ふう。脱力は、瞬発力を生む。深く深く……より深く。そして、何よりも熱く」
ここからの攻撃は、明らかに先ほどとは違った動きをした。
鋭い刺突攻撃を基本に攻撃が組み立てられた。
ノックの本気だった。
本来のレイピアの使い方である急所急所を間髪入れずに、狙ってくる。今度こそ、力の探り合いなどない、デッドオアアライブ。
––––刺突武器の最大のウリは、軽い剣身からくりだせる素早い連続刺突にある。ただ、刺突武器で難しいのは、軽い剣身と細い剣身の攻撃は貧弱とも言えるから、どこでもいいから突き刺せばいいというような単純なものではないことである。
レイピア使いは、その貧弱とも言える攻撃で最大の効果を上げるために、急所を学び、そこを狙う。
ちなみに、人の急所というのは、50を優に超え、小さいことがほとんどだ。だが、刺突武器の長所の軽さがそこを的確に狙うことを容易にした。そして、それを続けることで、どんな武器にも負けない殺傷能力を得、人気の武器の一つとなった。
刺突武器は、急所の連続刺突を真骨頂とする。––––
生体は急所を狙われると無意識に避けてしまう。それは捨て去ること許さぬ恐怖だ。
一般的に、急所にダメージを負ってしまったら、生き残れたとしても体に多大な影響が残る。だから、生存本能がそのダメージを許さず、避けようとする。そして、避ける動きとは、脊髄反射によるもののため、自分では制御できず、容易く動きを予想された。
つまり、生体の急所を学ぶこととは、攻撃の組み立て方を意味していた。それでこそ、レイピアの戦い方だった。
ノックは、重心の位置、急所の位置関係、自分の攻撃のアプローチの仕方によって狙う急所の位置を変える。ノックの狙う急所の数は、有限だが、その組み合わせを思考する時間と知識が彼には無かった。
眉間を狙って攻撃を仕掛けた。普通、防衛本能で目を閉じてしまうことを避けられない。攻防の最中に目を瞑ってしまっては、その後に支障を及ぼしてしまう。
そこからの攻撃が一方的になってしまうことが想像された。
しかし、そんな心配が杞憂であるかのように、ノックの攻撃を神業的にすべて避け切って見せた。
ノックを擁護するわけではないが、攻撃が悪いのではない。
彼の動きの方がおかしかった。まるで、急所への攻撃なんか怖くない! という言わんばかりに全てを紙一重で避けていく。だから、相手の優位にたつための誘導は意味をなさず、攻撃させられているという印象を持った。
悪い流れを断ち切るように、ノックは緊迫して固まった空気を流すように息を吐く。
「ふう、いい動きをする。さすが冒険者といった感じ。なおさらに、未開の地にでも行けばいいのに、仕事を邪魔されることが煩わしい」
ノックは体の中心を隠すように剣を持っていくと、90度反転させ、剣を煌めかせる。それと同時に火花が咲き、体を炎が覆う。
“炎纏”
「僕に惚れると火傷しちゃうよ。なんちゃってね」
ノックのスピードが更に増す。
「体って、不思議だよね、熱を持つほどにそのパフォーマンスが上がる……。熱さって不思議だよね。熱くなればなるほど、負けたくないって思っちゃう」
その言葉通り、ノックのスピードは加速度的に増していく。
ノックは、剣を彼の目の前に這わせた。そうすることで目の前に炎の壁で目隠しの効果を作った。
「せいやっ!!!」
そのまま流れるように彼の顎を狙って剣を突き出した。
「あ、危ない!!」
私の声が洞穴のような地下で反響する。だが、その攻撃すらも危なげもなく避けた。
「暑苦しい。少し冷静になれよ」
冷や水を浴びせるような声。
彼の手から水が飛び出し、炎を纏っていたノックを消火した。
「水!?」
「そう、水。わからなかったろ?」
「だったら、今度は水も滴るいい男ってことだな」
ノックは、彼の心臓に狙いを定めてレイピアを放った。
「一度熱くなった心は、そんなもんじゃ消えない。一度ついた炎は、制御できずに燃え切るまで燃え上がる」
「本当に暑苦しい」
ノックは、その言葉通り、止まることのない怒涛の攻撃を見せた。
しかし、その攻撃を——レイピアを親指と人差し指の腹でそれは止められた。
「かかったな。ノックの攻撃は、ここからだ。ノック、やれ」
“伝染する病=延焼”
ノックのレイピアから火柱が走り、彼の体から発火した。
「運命は、制御できずに燃え切るまで燃え上がる」
「いやいや、硬貨みたいに平べったくなってもいいんだぜ? どっちか選べや」
シャークの腕は、当初見た時よりも数倍にも膨れ上がっていた。その拳を燃える彼に振り下ろそうとした。
当の彼は、ただ大きな拳を見上げた。
“スキル:部分増加”
ゴウっと空間ごと押し出す拳が彼の鼻先に触れた瞬間————見失った。
今の今まで戦闘をしていた二人も同様で、彼を探しキョロキョロするばかりで動揺を隠せない。
シャークは、拳をグーパーさせた。
「バカな……俺の拳は確かに奴を捉えていた。確かに触れたんだ。あの状況でどこ行きやがった」
「シャーク、もっと怖い情報です。魔法が消されている……相手の魔力を糧に対象が死ぬまで消えることのない炎が消されているんです」
この空間は牢屋のためだけに作られていて、特別開けているわけではない。つまり、どこにも隠れる場所はない。だけど、彼は消えた、四散したのではなく、消えた。
「防ぐことができない攻撃って憧れる」
また、明日。




