瞑想とスキル
宜しくお願いします。
「う〜ん。頭痛いなあ」
目覚めると、ベッドの上で横になっていた。
「大丈夫ですか? 極度の疲労で倒れたみたいです。ごめんね、気がつかないで」
気遣う、聞き慣れた優しい声が聞こえてきただけ安心する。
この空間に身に覚えはなかったし、初めて嗅ぐニオイだった。
窓に目を向けると、日は高いがもう昼は過ぎてしまっているようで、西に傾き始めている。
私が横になっているベッドの隅に座っていた彼が、サイドテーブルに置いてある水差しを手に取り、それを注いで、私に差し出してくれた。
私は、そのグラスを受け取った。
「ありがとう。サトシさんが謝ることなんてないわ。あの時は急いでいたし、言わないでいた私が悪いの」
「それでも! 僕は君の異変に気付くべきだった!!」
彼が力強く言った。
その時、申し訳ない気持ちになった。
「本当にごめんなさい」
「僕の方こそごめん」
「ううん。私のほうがごめんなさい」
「違う。僕がごめんなさい」
その時、不意に彼と目があい、耐えきれずに笑いが起こった。
「うふふ、心配してくれてありがとう。もっとあなたに話すね」
「うん! もっと頼って! 君のためなら不可能だって笑われても可能にするから!!」
彼が胸をポンと叩いて答えた。
「それはそうと——私は、どれくらい寝ていたのかしら?」
「そうですねえ。だいたい、3日くらいずっと寝ていました。それでここは、冒険者カードで泊まれる宿です——っあ! そうだ。関所を通る時に身分証明のために君のカードを勝手にとったんだった」
彼は、ポケットから私のカードを取り出して、渡してきた。
「冒険者カード……。本当にこんなもので関所を通れるなんてね」
私は、パタパタとカードを団扇のように扱った。
「本当ですね。冒険者カードを見せたら、すぐに通してくれました」
「ふ〜ん」
実際、冒険者カードの持っている権利について説明を受けてはいたが、あまり信用していなかった。本当に無料で泊めてくれたり、身分証明になるとは……。
冒険者という職業は、とてつもない権力を持っているようだ。
不意に——そう不意にカードの内容が目に飛び込んできた。よく見ると、冒険者カードの項目に変化があることに気づけた。
名前:サキ・ザイゼンジ
Level:8
HP:153
MP:225
職業:花嫁候補
スキル保有数:5
踏破率:0.03%
発見数:0.01%
備考欄:異世界転移者、花嫁修業修了者、センシティブ
冒険者カードの内容は、変わっていた。
牧師は、冒険をすれば、レベルが上がるといっていた。戦闘を行っていたわけではないし、冒険ということをした覚えはなかった。思い当たる節は、街を探索したことだが、そんなことで踏破率に影響があるはずなく、発見数に至っては全く関係のないことだ。
「っあ、スキルが5つに増えてる……」
と一人で呟く。すると、横にカリーナがおり、カードをまじまじと見ていた。
「ほう。お前たちは、やはり稀有な存在のようだな。ここまでの数値は滅多にいない」
「そうなの? でも、この踏破率ってどこを冒険したのかしら?——もしかして森?」
カリーナはニヤリと笑った。
「何を隠そう私の森は、通称“迷宮の樹々”と呼ばれるところで、中心部分を探られたことがない。まあ、秘匿にしていたのは、私なのだがな!! あれは愉快だった」
わーっはっはっはと高笑いをするカリーナはとても自慢気だ。
「あ〜それで、この踏破率なのね。本当はカリーナは、悪い人かも」
「ようやく、気がついたか? わーはっははは」
と再びカリーナは、高笑いを始めた。
「サトシさんも変わっているでしょ。どんな感じ?」
彼は、私の言葉に反応して、ポケットからすっと自分のカードを出したので、私はそれを受け取って内容を見た。
名前:サトシ・コバヤシ
Level:×××
HP:×××
MP:×××
職業:精霊憑
スキル保有数:3
踏破率:0.03%
発見数:0.01%
備考欄:異世界転移者、契約者
「あれ? レベルとかがバツになっているのね。バグ? それとも、恥ずかしがり屋?」
彼は後頭部をボソボソとかき、はにかんで笑う。
「それが僕もよくわからないんです」
私たちの疑問に答えたのは、カリーナだった。
「恥ずかしがり屋って!? カードは生き物か! 契約者は、その強さが被契約者に依存するのだ。だから、数値として、表わしたら被契約者の強さになってしまい、意味にないものになってしまうので、記されない。安心しろ。本当に成長していれば、数字に表れずとも、地力は上がっている。それに精霊よりも強くなれば、数値に表れるようになる」
カリーナが懇切丁寧に説明してくれるので、私は今ならと思い、カードをもらった時から気になっていることを聞いてみることにした。
「ところで、賢いカリーナに一つ聞いてもいい?」
私が素直に(もちろん、少し持ち上げる意味も含まれている)カリーナを褒めるとカリーナの鼻が高くなった。いや、実際にカリーナの鼻は物理的に高くなって、上機嫌になった。
そして、嬉しそうに私の次の言葉を促す。
「ん? なんだ、なんでも答えてやるぞ」
「じゃあさ、じゃあさ、スキルってどうやって使うの? 何か使うために条件があったりする?」
カリーナは、そんなことか! と大声で笑った後に話してくれた。
「スキルを使うためには、もちろん“条件がある”ものもある。だが、そうでないものもある。自分の中で何ができるのかを問うてみろ。そうすれば、向こうから語りかけてくれるはずだ。スキルとは、敵などではなく、お前の願いの“顕れ”そのものなのだから、お前だけを大切に思っているのだ。委ねてみろ」
とカリーナが言った。
それは少し悩ましい。まず自分の中に何ができるのか。それを問うてみろ、と言われても、その方法がどうすればいいのかわからない。
まあ、とりあえず、眼を瞑って、瞑想めいたことをしてそれらしい形をとることにする。
目を閉じれば、あたりは真っ暗になる。それは、最も簡単に別の世界に移る方法だった。
そこは寝る時に入る無意識の前段階で、意識と無意識の間のような世界だ。より自分と向き合える場所だ。その中で私は、『私には、何ができるんだろう』と、問うてみた。
すると、そこに現れたのは、5つの光だった。各々が私に何がしたいのかと話して聞かせてくれる。
一番弱々しく、しかし、決して消えることのない確かな意思のような青白い光が私に言った。
「ボクは……」
「ちょ、ちょっと待って!! 今座るから」
ぼうっと突っ立っていた私は、青白い光の話を遮り、彼らの前で三角座りをして話を聞く体勢を整えた。
そして、話を始めやすいように、どうぞっというような意味合いを込めて、ジェスチャーをした。それを察した青白い光はまた話し始めた。
先ほどの……、一番弱々しく、しかし、決して消えることのない確かな意思のような青白い光が私に言った。
「ボクは、君をより君らしくしたい。君が望んだ自分になれるように、一直線に信じた自分になれるように。より早く、より強く、より正しく。だから、自分を信じてもいいんだ! そのためのボクなんだから、信じて……ね?」
スキル:成長の共存虫
一番優しく、全てを包み込んでしまいそうな寛容な光を放つ淡い緑の光が私に言った。
「”この世界から血を流す人がいなくなりますように。”あなたは、いつもそんなことを考えていましたね。とっても素敵だから、私がお手伝いすることにしたの。あなたが治したいと願う限り、私に任せて。全部、ぜーんぶ治してあげるから。だって、そのための私なんですもの」
スキル:祈り輝く者
一番強く、ただ強く、ただただ強いと自己主張を続ける黄色い光が私に言った。
「俺は、お前の力を何倍にもしよう。お前が負けたくないと思う限り、俺はお前の力になり続けたい。そのための俺だ。以上!」
スキル:倍々
一番遠くまで光を届ける灯台のようなオレンジ色の光が私に言った。
「迷っている人や悩んでいる人ってなんでほっとけないんだろうね。すぐに手を差し伸べたくなる。君もそうでしょ? わかるわかる。君の一部なんだもん。だったら、君が導けばいい。たくさん、たくさん導けばいい。そのための火なんだから」
スキル:不知火の親火
一番大きく、安心する光がある。その光は、いつも私のそばで優しく見守ってくれていた光だとわかった。遠すぎず、しかし、手が触れられないほどには遠く、そんな距離でいつもいる。輝かしく美しい月のような光が申し訳なさそうに私に言った。
「今の私には、何もできない。君を救うことも、力を合わせることも、守ることも……。すまない。こんな私を許しておくれ」
「あなたは……、あなたはどんな願いなの?」
「——私は……、共に歩んでいきたいという二人の願いから生まれた……」
全てを聞いて、そっと目を開けた。
最後のスキルは、なんだろう。二人の願いから生まれたスキル。いや、私のスキルなんだから、二人で歩んでいきたいという私の願いから生まれたという方が正確なのかな。
私と彼。二人のスキルは、一体どんな力が秘められているんだろう。今は、わからない。
「お前のスキルは、使えそうか?」
と、目を開けたのを認めてカリーナが話しかけてきた。
だから、その答えとしてスキルを使ってみることにした。
そっと意識を自分の中に向けると、知らなかった時では、感じなかった光を感じることができる。その光の1つを輪郭をなぞるように触れた。光は、一瞬より強く輝き、スキルを発動させる。
スキル:祈り輝く者
私は、その光と同じ色の淡い緑色の光に包まれた。そして、“祈り輝く者”が言っていたように体を癒してくれる。
極度の疲労からくる頭痛が引いていく。
「それがスキル? どんな効果があるんですか?」
彼が一連の行為を見終わって、私に尋ねた。
「回復のスキルらしいわ。回復魔法を覚えないで済んでラッキーね」
「サキのスキルは、なんだか使い勝手が良さそうですね」
「ふふ。みんな優しいスキルさんでよかったわ」
また明日、お願いします。




