決意と私
宜しくお願い致します
真っ暗な通路には発光植物が自生しており、遠く先を見通すことはできないけど、それでも多少は足元の状況はわかった。
「この先はどこに繋がっているんだろうね」
「どこだっていいです。どこだって僕が君を守りますから」
「なんだか自信たっぷりね」
「はい、なんだかなんでも出来る気分なんです」
「うふふ。まるで中学生みたいね」
彼は私の前を歩く。それについて行く私。その状況はとてもいいと思うけれど、そんな呑気なことを言っっていられない。
私が悩んでいることを察したかわからないけれど、カリーナが彼の肩から話しかける。
「さっきの男の通り、この街を出るなら行き先は、二つに絞られる」
「近くに街はないってこと?」
「そうだ。近くに小さな街はない。身軽なお前たちでは、遠くの街には行けない。必然的にお前たちが行ける街は二つに限られてくるのだ」
「へーそうなんだ。どこ?」
「一つは、ここから商業道を通り、100キロ前後南下したところにある街。少し、遠いが何も持たずとも、5日といったところだろう。商業道を通るのである程度安全だ。そして、もう一つは、私のいた森を通り、東に数十キロ歩いたところにある街だ。森の中を通り、迷いさえしなければ、3日くらいで着く」
「なら、少し遠いけど、安全が一番よ。何も持たない私たちが森に入っても迷うだけだわ。運任せってわけには行かない。南下しましょう」
「お前は、賢明だな。人の子よ。自分たちの置かれている状況を理解している、そうゆう人間は嫌いじゃない。普通はそうだろう、だが、お前が持っていない情報に私がいる。——あの森は、私の庭。どこよりも、誰よりも早く着ける。どんな奴でもあの森を抜けるのは、かなりの時間を費やすことになるのだろう。だから、誰もが迂回をして、その街を目指す。まあ、今なら追っ手を巻くのにはいいだろう」
カリーナは、私、いや、私たちに優しくしてくれた。あの街では悪魔と忌み嫌われていたのに不思議なことだった。しかし、私は悪魔のただの気まぐれだろうと流したし、親切にしてくれるのに、何か裏があるだろうと疑うのは、あまりにも失礼だ。
だから、カリーナの提案を受け入れることにした。
「じゃあ、森を突っ切る経路にしましょう。カリーナが優しくて助かったわ。追っ手のこと自体は、状況が最初に戻ったと思うことにしようと思ったけど、巻けるなら良かった」
「お前は、私を信じるのだな。悪魔だと言われている存在だと知るのに」
「……。まぁね。私はカリーナのことをよく思っていないけど、でも……それだけ。あなたのこと、悪い人だとは思わない。だから、あなたを信じることに躊躇いはないの」
カリーナは、大きな声を上げて笑う。
「ああ、すまない。こんなに愉快な人間は、お前の番だけだと思っていた。だが、忠告をしよう。直感は信用したほうがいい。私は、お前が思っている通り、悪い精霊かもしれない」
じっと私の目を見つめる。それは私を値踏みする目。
「ふふふ。悪い人は、親切にそんなこと言わないわ。それに直感でも、あなたは悪い人じゃないって言ってるの。私があなたに良くない気持ちを持っているのは、出会い方のせいよ。つまり、感情論ね」
「——ああ、そう言うと思ったよ。だが、用心したほうがいい。私の意志とは、違う力が働いてしまうことだってある。気をつけるに越したことはないのだから」
カリーナは、それだけ言うと口を噤んだ。
教会の隠し通路は、長く暗い道だったが、迷うことのない一本道。その長い一本道を進むと、最終的には、行き止まりに当たる。しかし、その壁には縄梯子がかけられており、縄梯子の先には、月明かりが差し込んでいた。どうやら、ここがこの通路の出口ということだった。
はじめに彼が縄梯子に手をかけた。
「じゃあ、僕から行きます。後についてきてください!」
彼が先に行動をした。
それは不思議な感覚だった。どこかむず痒く嬉しくあるが、疑うことがつきまとう。
彼は、いつも考えすぎてしまうがために私よりも行動が遅くなってしまう。それはそれで嬉しいが、女としては、リードしてほしい気持ちもあるのだ。だが、普段の彼とは違い。今回、自信満々に縄梯子に手をかけた。
これが人を殺してつけた自信なら、そんなものは勘違いだ。それは傲慢と大差ない。
私は、よくよく観察をした。
「ええ、わかったわ……」
もし、そうであるならば、少し寂しい、いいえ、とても寂しい。契約をして彼が遠くに行くと言うことがこれを指すなら止めなければいけ、ない。
彼に続くように縄梯子に手をかけた。縄梯子を登り終えたところに、彼が手を差し伸べてくれていた。
そこに以前の彼の匂いを感じてしまう。今の彼の強さと昔の彼の弱さのギャップを感じて、私は心臓がぎゅうっと小さくなった。
彼に引っ張られて地上に出ると、通路は巨木の空洞に掘られた穴と繋がっていることがわかった。
狭い隙間のような出入り口を通り、外に出ると大きな月と小さな月の2つが隣りあい、寄り添っていた。美しい夫婦のような双月だった。
「こんなの変よ」
双月を見て、まるで、独り言のように私はつぶやいていた。
「え? 何が変だっていうんですか?」
彼は、私と同じ方向に視線を向けると言った。
「ああ、確かに月が変ですね」
彼に私の話を聞いて欲しくて、必死に頭を回転させるんだけど、彼の違和感を言葉にすることはできない。その根本には、直接的に、間接的に選べる言葉がなくて話す内容は、意味のないものになっていくことがわかって言葉にできなかった。
「言葉では、なんて言ったらいいのかわからないけど、こんなの変よ! 変なの!」
「この世界の月は、とっても変です。なんて言っても二つもありますからね」
「そうじゃないわ。月じゃない、違うわ。こんなの変なの! おかしいわ! サトシさんが人に暴力を振るったり、人を殺してしまったり……。こんなの変だわ!——……、いいえ、これもなんだか違う」
「どうしたんですか? 今日のサキはとっても変ですね」
彼は、困っている私を見て、さらに困ったように笑った。
でも、違う。私は、こんなことを伝えたいんじゃない。もっと違うはずよ。もっと私は、そう、私はもっとわがままなことを伝えたかった。どうしようもなく、わがままなことを伝えたかったの。これを聞いてしまったら、彼が本当に困ってしまうようなわがままなことを。
私は、彼の服を掴んで縋り付くように言う。
「一人で強くならないでよ。何をするときも一緒だったはずなのに、あなたは一人で生きていこうとする。そんなの私じゃなくてもいいじゃない。売られているお人形でもできることじゃない!!」
彼は、目を伏せた。そして、私の目をまっすぐ見て言う。
「でも、強くならないと僕は君を守れない。それが僕にとってとっても悲しい。悔しさになる。涙が出る。死にたくなるほど、後悔しそうなんです。君を守ることが変ですか?」
「それは……。とっても嬉しい!! でも……、あなたは、何も見えていないわ。何もわからなくなってしまっている」
「でも、君を守れる。僕は、それだけで、たったそれだけなのに、びっくりするくらい自信が出るんだ。この世界で生まれ変わったみたいに思えるんです」
彼は、とても充実している顔をしていた。月の光で瞳が淡く反射する。
彼は、こんな顔もすることができるのだと思った。いつも自信がないように私の後を追うような彼だったのに、彼は、今私をリードしたいと願うようになっていた。
まるで別人のようになってしまった彼を見るのは胸が張りさけるように切ないのに、男らしい彼はとても素敵だった。しかし、それは彼ではないと言い聞かせる。
溜まった涙を人差し指で受け止めた。
こんなことで、泣いてなんていられない。私も強くなければ、彼はさらに遠くに行ってしまう。
決心しよう。その決心はただ黙って守られるだけの女ではない、という証明のつもりで。また、彼に私のことを見てほしいだけのただのわがままの証明のつもりで。
だけど、私たちは夫婦。夫婦が共に助け合って寄り添うものならば、私はそうゆう存在になりたい。それは、今のようなことではないのは、確かなことで、私が決心するためには、それだけで十分だった。
「あなたたちが契約について言えないないんなら、私がそれを暴いてやるわ。覚悟しときなさいっ!」
その言葉に彼は、薄く笑った。
「いやですよ。それじゃあ、君を守れない」
「もっと、他のことで強くなりなさいよ。修行するとか。危険な方法で強くならなくていいんだから」
彼はそう言うと、いつもと違い私の前を歩く。
「ついてきてください。こっちです」
私たちがでた秘密の通路は、”危険な森”と書いてある看板と近い場所にあった。だから、地元の大人や子供達にもばれなかった。そして、それは、今の私たちには、とても都合のいいことだった。
彼は、風で葉音が不気味にこすれ合い、笑っているかのように聞こえる森に何の躊躇いも、何の恐れもないように突き進んでいく。
「この森は広大だが、一直線で進めば、そんなに時間はかからない。それとも、一旦身を隠し、明朝出発するか?」
「いいえ、時間が経てば、立つほど危険だわ。ここが迷う森なら、一度森に入ったほうがいいわ」
「ならばよし」
導かれるままに、整備されていない道をひたすらに彼の背を見ながら歩いていく。
知らぬ間に太陽が昇り、ギラギラと頭の上で輝いてから、沈もうとするころには、迷いの森を抜けることができた。それから二日ほど歩いて、目的の街につくことができた。
「ここがそうなのね」
都は、全体が鉄壁とも言えるような背が高い壁で守られていた。その壁のせいで、街の中を覗くことはできない。この都は、私たちが逃げてきたところとは、規格自体が違うようだった。
「ここは、青の国の王都。王都カッサンドラ。この城郭都市は、どんなものも通さない。まあ、王を守るためには、不要なものだな」
カリーナが説明をする。その説明に彼は、感嘆の声を漏らして、大きく、堅固に、そびえ立つ壁を見上げる。
「すごく立派な建築物です。これほどのものを作れる技術力は、圧巻ですね。中世時代では、ここまでのものは作れないでしょう。なんだか、ワクワクします、ねえ、サキ」
彼は、鉄壁の壁に開いた穴のような関所の正面に立っていう。その大きさを伝えるために、精一杯に体を大きくしていた。しかし、女である私には、大きくて、強いものに憧れる気持ちは理解できないので、彼の言葉にひとっつも共感できず、曖昧に相槌を打ってから、彼に聞いた。
「まだ入れないの?」
「うん、まだ時間が早いみたいですね。あと一時間くらいしたら、入れるそうですよ」
彼が言う通り、関所の扉には、黒板が貼られていて石灰によって“関所、午前7時より、9時間”と書かれていた。
「少し寝ますか? 顔色が悪いですよ?」
「え……、ええ、そうしようかな。ずっと動き回っていたから、少し疲れてしまったのかもしれな、い……」
倒れそうになると彼の腕が私を支えた。そこまでは覚えているが、私は意識をなくしてしまった。
また明日




