別れと旅立ち
宜しくお願いします
大聖堂に戻った。暗くなり誰もいない時間に行動したが、そこには当然のように牧師がいた。その牧師がこちらに近づいて私たちを出迎えてくれる。
「サトシくんは、見つかりましたか?」
「ええ、ここに」
私の影に隠すようにしてある彼を示す。
彼は、時間が経ちいつも通りになると、どこか動揺をして目を泳がせ、落ち着きがない。そして、ついには『僕は、人を殺したんだ』と呟いた。それからは、どこか開き直ったようにまっすぐに一点だけを見つめた。
追い風によって漂ってくる消えることのない血の匂いが私の鼻を突く。その死の匂いに私は顔を歪めてしまう。神聖な職業である牧師もそうであるようで鼻を鳴らし、目を伏せる。
「ここでは、落ち着けません。とりあえず、家でお話を聞きます。彼と彼からする匂いのことです。懺悔があるならそこで聞きましょう」
私たちは、住み込み用の家に向かった。キツめの部屋に集めた牧師は、暗い顔をして一向に話そうとしない私たちに一瞬躊躇ってから、意を決したように口を開いた。
「さて、この血の匂いについて聞かせていただけますか?」
私は、牧師の質問に正しく答えようとすると、気持ちが傾いて言葉に詰まった。
「落ち着いてください。一度大きく深呼吸をしてみましょう」
促されるがままにゆっくりと、そして、静かに深呼吸をした。
「人を……殺しました。昨日のアンダーの人です。その人がまた襲ってきて、殺しました」
「サトシくんが殺したんですね。それでその様子ですか……」
「いいえ、私たちが殺しました。あのアンダーの男の人は、私たちが殺したんです」
そういった瞬間、私は、過呼吸にも似た息遣いになり、また呼吸を乱した。そんな私と牧師様の会話にカリーナが割って入ってきた。
「私は精霊。サトシの精霊だ」
「契約精霊ですか……、あなたのお名前はなんというのですか?」
「私がカリーナ。水の精霊——カリーナ・オルフィン——」
「カリーナ……オルフィン。そんな名前の精霊は聞いたことがない……。新たに生まれた精霊なのかもしれない」
牧師は考え込んだ。
——精霊と契約すると言うことが牧師の不安を煽ることになる。
この世界には、精霊が存在する。精霊は、大地に、森に、水に、火に、空気に、光に、闇に、全ての大自然に存在し、見守り、豊かにする。
基本的に精霊には、唯一つの存在意義がある。それは自分を生み出した自然を愛すること。
そのため、それ以外には干渉をせず、自身の贔屓にしている自然に対してのみ観賞し、干渉する。
人を愛でる精霊も存在する。しかし、異なる分野の精霊が故意に人に良い影響を与える場合がある。そう言った存在を人は尊び、“天使”と呼び、その逆に故意に人に悪い影響を与える存在を憎み、“悪魔”と呼んだ。——
私には、カリーナがどうゆう存在であるのかわからない。しかし、今までの彼の様子を見るに良い印象はもっていない。
カリーナは、彼に優しいが、その他のものには冷酷に、惨酷に、苛酷に殺して歩くような印象を持った。人間を見るその水のように透き通った目には、一滴の赤黒い血のような不純物が混ざり込んでいるかのように、人を見下しているように思う。
対等に話すためにカリーナは、手に乗るほどの小ささから大きく人間大の大きさになった。
「カリーナは、彼には優しいです」
「うーむ。契約している時点で、精霊自ら人を傷つけることはないでしょうが。水の精霊……ですか。この辺りで悪名高い水の精霊というと、カタストロフィと呼ばれる精霊がいます。初めは、多くの人間と契約をした”天使”でしたが、ある時より多くの人を苦しめた”悪魔”と成り果て、それを止めるために人と精霊によって森に封じられました」
その時——カリーナは、声を荒げる。
「私は、カリーナだ!! お前たちが勝手にそう呼ぼうと、断じてカタストロフィなどという名ではない!!」
断言するカリーナに牧師の顔がみるみるうちに青ざめる。いつものような落ち着いた物腰と喋り口調はない。
「なぜ、ここにいるのですか。あなたは、精霊に人と触れ合うことを禁じられ、命尽きるまで、森に封じられたはずです!!」
「ふっ。私と言う精霊を封じたいと願ったということが人間の愚よ。あの時代、私はお前たちの唯一の救いだった。知らぬと言うのは、なんとも幸せだな……、人の子よ」
牧師が下唇をかみしめた。
「解放された今、また、“悪さ”をするつもりですか?」
「“悪さ”? はは。もういい。お前たちの運命だ、過ちに気づくがいい」
カリーナと牧師は、言い合いをする。
だけど、二人の会話なんていうのは、私からしてみれば、取るに足らないことだ。今、そんなことを話していても仕方がない。どっちが悪いだとか悪くないだとか答えは到底先にある。
「そんなことはどうでも良いのよ!!!!」
私は、口論をする二人を制止させるように、大きな声を出した。二人の視線が私に集まるのがわかる。だから、私は訴えかけるようにいう。
「そんなことはどうでも良いの! 問題は、カリーナよ。この精霊が私に言ったわ! 彼が遠くに言ってしまうって!!! 私は、それが嫌なの!!」
それを聞いて、牧師は私に言った。
「なるほど……。でも、それは難しい。契約とは、簡単なものではないからです。契約とは、二人の間だけで交わされる信頼です。しかし、人を信じられない精霊は、まずはじめに代償を要求する。それから願いを叶える——ただ、サトシくんが何を差し出したのか、願いがなんなのか私たちにはわからない。契約内容がわからない状況で、精霊から代償を取り戻すことは容易ではない」
「じゃあ、どうするのよ……」
「落ち着きなさい。何も反故にできないわけではないです。でも、それはあなたが行わなければなりません。そのやり方は……」
その時、大聖堂の方で大勢の人の足音が聞こえてきた。ドカドカとここが神聖な教会だということを忘れたかのように響く足音と怒号が少し離れたここにまで聞こえてきた。
怒気と熱量が近くにいるように伝わってくる。
言葉に含まれている殺意に身を震わせた。この場所が炎と血の戦場になってしまうようにさえ感じていた。
「な、何があったんですか!?」
「きっと“悪魔狩り”です。ここにいるカリーナは、街の人々にとっては忌むべき存在。その存在が解放されたとあっては、黙って見過ごしてくれないとは思っていましたが、それにしても早い」
「でも、カリーナのことは誰にも見られていません!! どうやって知られたんですか?」
「ふう……。この街にも、人の精霊や天使と契約をしているものはいます。その精霊が知らせたのでしょう。—早く、この街から逃げなさい。私が出来る限り足止めをします。ここから逃げれば、顔は知られていないので、きっと大丈夫。くれぐれも、そのカリーナを放っておいてはなりませんよ」
牧師は、リビングにある暖炉に向かった。鉄でできている西洋地炉には、煤で巧妙に隠してあるが、小さな穴が2つあり、牧師はその穴に通気口にある取っ手をはめ込んでゆっくりと開けた。
開けられた秘密の扉の中を覗くと、階段があり、深く暗く通路が伸びている。出口の明かりはこの場所からはわからない、果てしなく伸びているようであった。
牧師は、その下の隠し通路に私たちを通し、ここから逃げなさい、といった。
牧師は、急ぎ早に反故の仕方を話してくれた。
“契約の破棄は、契約が守られていないことを証明すること”と教えてくれた。
「知らない世界で私に出来るでしょうか……」
「ゴメンなさい。私は、共には行けません。でも、あなたなら出来ます。それだけあなたとサトシくんの絆は強い!!」
「……はい! また、ここに戻ってきます。サトシさんと結婚式をあげるために!!」
「ははは——ぜひ!! その時はこの教会の大司祭の私が二人の愛を結びましょう。さあ、気をつけて行きなさい。まだお若い夫婦さん」
そう言って、牧師は、秘密の通路を閉じた。薄く細くなる光の隙間に牧師は嬉しそうに笑っていた。
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