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私と彼

宜しくお願いします。

 私は、食事を終えたお皿を持って洗い場に向かった。

 一応、ささやかなお礼のつもりだった。でも、それが間違いだと気がつくはずもない。

 私は、この異世界に来れてとてもうれしい、彼と一緒にこの世界に来れてとてもうれしいんだ。私が望んだ夢のようなことが多く私に訪れた。彼と居られれば、私はもっと幸せになれる気がする。

 だから、私は、気持ちが嬉しくなって鼻歌を歌いながら、朝食で使った皿を洗っていた。

 そんな折に出入り口で扉の開く音と閉まる音が聞こえてきた。

 音の発生者は、牧師で、きっと仕事のため大聖堂に向かったのだと、私は思った。ちょうど私の方も皿洗いも終えたので、一人で寂しく待っていると思われる彼と街に冒険に出るための買い物という名目のデートに出かけようと誘いに行こうと思った。


 すると、そこにいたのは、いないと思っていた牧師だった。そして、反対に彼の姿がどこにもない。

「洗い物終わりました。ところで、サトシさんは、どこに行きましたか? 中庭ですか?——これから買い物に行こうと思っているのにどこにいったの!」

「ありがとうございます。サトシさんは、散歩に出かけると言って街の方に行きました。少しあなたのことで悩んでいたようです。しばらく、様子を見ましょう。昨日のことが相当堪えたのでしょうから、一人になりたいのだと思います」


「サトシさんは、考えすぎなんです。私が怪我をしたことは、私が悪いのに……」

「自分の力のなさを嘆くのも当然です。彼も男ですから、あなたが傷ついたことが許せないのです」

 その言葉を聞いて、私は走り出していた。もちろん、つい先ほど出て行った失意の底の彼を探しに行くことにした。彼は、真面目な人となりで、一度に多くのことを考えられないから嫌なことがあるとすぐに一人で考え込んでストレスをためたり、落ち込んだりしてしまう。

 私がそばにいないといけない。

 後ろから、牧師様の声が聞こえてくる。

「サキさん! サトシくんのところに行くなら、やめてあげなさい。一人にさせてあげることも優しさですよ!」


「牧師様は、サトシさんのことをわかっていないんです。サトシさんは、一人にさせられないの!!」


 私は、彼を探しに街に飛び出した。

 大きな通りを右へ左へ、また右へと視線を這わせ、彼の影を追った。だけど、どこに行ったのかわからない状況で、彼のことを見つけられるはずもなかった。

 昨日のように、街の全員から知られているような特定危険人物を探し出すのとは、勝手が違う。街からは、出ていないと思うのだが、この街は一人で探すには大きすぎた。


 もう、サトシさんは本当に仕方ないんだから、と若干呆れていると、後ろから声がかけられた。私は、その声に聞き覚えがあり、嫌な思い出もある。

 昨日、牧師に治してもらった手首の傷が火傷のように熱をもって痛む。

「やっと見つけたぜ。昨日は、よくもやってくれたな」

「また、あなたですの? 昨日の今日で凝りませんね」


 私に話しかけたのは、昨日彼によってコテンパンにやられて、気を失っていた男だった。

 正直、私は今、この男と関わっているほど暇ではないし、この男が昨日のことを謝りに来たのだと到底思うことなどはできないから、厄介なことが起こらないはずがない。彼を探すという重大用件があるし、何よりも私が捕まったことを知らない状況で、誰も私を助ける者がいないのではないのかという焦りもあった。


「懲りるも何もねえ。昨日は、運が悪かった、それも数万回に一回くらいの運のなさだ。だが、タダそれだけだ。なら、懲りるも何もないじゃねえか。今日はうまくやる、人生それだけだ」

 真新しい跡が痛々しく残っているくせにこの男は何をそんなに図太い根性をしているのか、と鼻でせせら嗤う。

 次の瞬間、男は私の腕をつかんできた。昨日の私は、突然連れ去られてしまい、抵抗できなかったが、今日は違う。私は、その手を必死で振りほどこうとした。だが、男の力と私の力では、男に分があるようす。また、連れ去られる! と思っていると、また、声が聞こえてきた。


「僕の彼女に何をしているですか? 二度とこんなことをできないようにしてあげましょう」

 少し粗暴な言葉遣いで自信がある口調であったのだけれど、私は、その声に聞き覚えがあったし、私のことを彼女と呼ぶ男性は、この世界では一人だけしかいない。


 声が聞こえてきた方に目を向けるとそこにはやっぱり彼がいた。


「サトシさん!!」

「また、君は、勝手な行動をしていたんだね。気をつけないとダメです。この世界は、僕たちにとってはとても危険がたくさんだ。僕が近くにいなきゃ、君を守れない」

「ごめんなさい。でも、サトシさんが急にいなくなるから……」

 サトシさんは私の腕を掴んでいる男に近づいて言い放つ。

「今、その手を離せば、痛い目だけにしてやる」

「何をほざいてやがる。俺を見て震えていたガキが!!」


 サトシさんの言葉に不機嫌さが増した言葉遣いの荒い、聞き分けのない男が掴んでいる手にさらに力を入れてきた。

「い、痛い」

 私の嫌がる声にサトシさんは、血相を変えて、私の腕を引っ張っている男の腕を握った。それと同時に悲鳴をあげる男。

「その手を離せ—————ん!?……う、うあああああ」


 バキバキと腕が折れる音がした。男は痛がり、掴んでいた私の手を離した。と言うよりも、腕から力が抜けていった。男がサトシさんから後ずさりを始めると、彼もまた男の腕を離した。それは、私から見ても異様な光景だった。昨日の今日で、ここまで力関係が逆転するものだろうか、それがこの光景に感じた初めの違和感だった。

「な、何だこの力は!? う、嘘だろ。う、腕が折れてるぅぅ??」

 男の腕は、その言葉通り折れているようで、力なく、何も支えられていないようにプラプラと垂れ下がっている。男の目は、その力なく垂れ下がる自らの腕を見ることはない。

 きっと男の腕が折れた時、彼の手のひらには骨が折れた音とその感触が伝わってきたはずだ。それなのに無感にして、無情に彼は顔色一つ変えなかった。

 それがとても怖いと感じた。


 そんな彼は、男の悲鳴に何も返さずに、そのまま突き飛ばした。

 ありえないことだった。男は、数メートル飛ばされた後に壁でバキバキっと鈍い音を鳴らした。

 奇しくも男の背骨を砕いた壁だが、その壁がなかったら、男はどこまで飛ばされていたのかわからない。

 しかし、普通の人間の彼には、そんな力があるはずもない。それは私が一番わかっていることだ。


 すぐに彼は壁に突き飛ばされた男に走って近寄り、虚ろになっている頭を鷲掴みにして、壁に押し付けるようにして男を持ち上げた。当然、男は、痛がり、暴れるが、彼の力に抗うことすらできていない。ただ闇雲に手と足を暴れさせているだけだった。


「僕の彼女を傷つける人間なんて、すべて死ねばいい。消えてなくなればいい。それがオレの幸せだ」


 彼の言葉ではなかった。サトシさんは、こんな言葉を言う人ではない。たとえ、頭に血が上り、激情に駆られていても、決してこんな言葉を言う人ではない。サトシさんは、この世の誰よりも優しい人だと、私は思っている。


 それなのにサトシさんは、壁に男の頭をドンドンと叩きつけた。すると、突然男の顔が歪み、膨らみ、内側から弾けた。その血が後方の壁に飛び散り、サトシさんに跳ね返る。

 掴んでいた頭がなくなり、男は、ただのモノのようにボテッと落下する。もう、立ち上がることはなかったし、動き出すことすらなかった。


 残酷。あまりにも残酷な物質が転がっている。サトシさんの足元に転がる物質を人であると認識したくない。まるで子供が面白半分で蟻の頭をもぐようなそんな軽い感じがして、吐き気がした。もう、それを見ただけでは、どんな人だったのか誰もわからない。

 虫一匹、殺せなかったサトシさんが行う残虐な殺し。あまりにもその性格からは、導き出せない解答が目の前に転がっていた。

 私は戸惑い、揺れる。目の前の光なく黒く、沈んだ黒い瞳を持つ人が誰でもないただの大人子供の残虐者にしか見えなかった。少なくとも、私の知らない人だった。


「これで、これで……、サキを傷つけるものはいない。これで安心」


 男の返り血で真っ赤になった彼が私を見て微笑んだ。感情のない人形のように、その顔からは何も感じ取れない。

「あ、あなたは、一体誰なの?」

「何言っているんですか。僕は、サトシだよ。君の旦那になる男さ」

 サトシさんの顔をした“何か”は、ピチャピチャと返り血を滴らせながら、私に笑顔で近づいてくる。

 怖い。怖い。怖い。

 私の彼は、こんな人ではない。こんな狂人みたいに理性のない人間ではない。


「あ、あなたはサトシさんじゃない。私のサトシさんじゃないわ!!!」

 その間にも、彼は近づいてくる。私は、後ずさりをした。

「そんなことを言うものではない。こやつは、お前のために、強くなることを望んだのだ」


 サトシさんの肩に何かが座っていた。見覚えのない何か。手のひらにも乗るほどの大きさの何か。水のように艶やかな言葉遣いで、水のように透き通った肌をして、水のような髪色をした美女だった。その美女が私に話しかけてきた。

「そ、それはどうゆうこと?」

「お前がこやつの中心なのだろう。だから、その望みを私が叶えてやった。ただそれだけさ。お前だから、こやつは無理をする。全てがお前のためだ。女として、こんなに嬉しいことはないだろう」

「……それは確かに、嬉しい。嬉しいけど、でも、この人は、サトシさんじゃないみたい。まるで別人」


「ふはは。——ああ、確かに今のこやつは、お前の知らない人格かもしれないな。だが、これが本来のこやつだ。人は慣れていないことをすると、本来の人格が顔を出す」

 その言葉通り、サトシさんの目に生気とも言える輝きが、だんだんと戻ってきた。それを確認した私は、おどろおどろしく話しかけた。

「さ、サトシさん、大丈夫?」

「僕は、大丈夫です、無傷ですよ。君こそ手に怪我していないですか? 痛くなかったですか?」


 そこには、いつものサトシさんがいた。しかし、私の手を握る彼の手は血で臭く、血で生暖かく、血の気が引いた。

「こ、これはどうゆうことなの?」

「これって何ですか?」

「この有様よ」

「僕は、悪い人から君を守っただけですよ。もう、僕は一人で君を守れるんです。君にふさわしい男になれたんです」

 サトシさんは、笑顔でそう言った。内容は今までと変わっていない……ように思う。それなのに、狂気にも似た生々しい自信がそこにはあった。私は、その漆黒ではない黒いまっすぐな気持ちに恐怖する。

 だから、私は話を変えてしまった。その感情の圧に耐えることができなかったから。


「じゃあ、この人は何? 契約って何?」

「この人は、カリーナ。契約のことは言えないんです」

「言えないって何なのよ」

 私は、カリーナと言われる人をチラっと睨めつけた。

「契約は、言えぬのだ。しかし、一つ言えることもある。お前が望むなら、早いところ破棄するのだな。契約は、諸刃の剣だ。強い力を望めば望むほど、自分はどこか遠くに行く。お前は、それを止めたいと思うだろう」


 二人の説明は、私には要領を得ない。説明されても、内容に制限がかかっているのだから、それはわからないことと同じことだった。だから、今の一切を放棄するように、私は血で汚れた彼を洗い、彼の殺害の痕跡を消した。これで私も共犯だ。この人と運命をともにする覚悟は、当の昔にできている。

 でも、片付ける間中、私はずっと吐き気がした。

 そのまま、あたりが真っ暗になるまで身を隠し、返り血の臭いで人前には晒すことのできないサトシさんを匿いながら、とりあえず教会に戻った。

新章にします。

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