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始まりは劇画調で始まったほうが印象深い——プロローグ——

『夫婦生活は、長い会話である。』

 結婚とは——夫婦になること。法律上の手続きを裏付けとし、社会的に認められ、経済面、精神面でお互いに助け合いながら、共に暮らすことをいう。

 実際、結婚とはどうなのか。

 ある人によると、家族になること、子供を作ること。

 ある人によると、愛の独占、社会的ステータス。

 ある人によると、メリットはない、ただの契約。

 なんていう人もいる。

 しかし、どんな人であっても、結婚とは、特別であるに違いない。それがプラスになろうとも、マイナスになろうとも。



◆◇◆◇

 今日、彼女が結婚する。しかし、彼女の隣にいるのは僕ではない。彼女もまだ知らぬ男だ。そのことがとても悲しい。

 つい三日前、突然、彼女の父が現れて彼女の結婚は決まった。そして、それと同時に彼女は、僕の元から連れ去られてしまった。



 聖ルイス教会。ここは、愛し合う二人が真実の愛を誓うために建てられた300年以上の歴史を持つ由緒正しき教会。

 ここで愛を誓えば、その愛は、永遠となり、一生涯添い遂げることができるという伝承すら存在する。——今日、僕の彼女は、ここで結婚するのだ。


 重く、大きな扉が開けられて、艶やかで真っ白なマーブルの上に敷かれた真っ赤なバージンロードが姿を現した。


 バージンロードを共に歩こうとする彼女の父は、涙を流す。だが、その涙が娘の晴れ姿を祝福した涙でないことを誰がわかることだろうか。きっと誰もがこの素晴らしき日に涙を流していると思うだろう。

 しかし、この父が娘の幸せを願う男ではないことを僕たちは知っている。

 この結婚式は、彼女の父が仕掛けた政略結婚だった。


 牧師は何の疑いもなく、誓約の言葉を口にする。

「汝、このひとを病める時も、健やかなる時も、貧しき時も、富める時も、妻として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」

「はい、誓います」

「汝、このひとを病める時も、健やかなる時も、貧しき時も、富める時も、夫として愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」

「……」

「沈黙は、YESとする。————以上をもって、このものたちを夫婦として認めるものとする。異議のあるものは、今、この場、この時に名乗り出なさい」


 牧師は、参列者を見渡す。そして、異議のないことを確認すると

「異議がないのであれば、今を持って、この者たちをふ……」

 牧師の声を遮るように、扉が開く。

「その結婚ちょっと待った! 異議ならあります」


 どうやら、ギリギリ間に合ったようだった。この大聖堂に集まった大勢の招待客が僕を見る。その視線は、驚きに満ち溢れ、そのあとに様々な感情が交差する。

 それは訝しむ目、それは戸惑う目、それは好奇の目、それは疑いの目、それは怒りの目、それは興奮の目と様々である。その視線は一歩踏み出す毎に強く、重く突き刺さっていく。

「異議ならあります。僕は、コバヤシサトシ。その女性は、僕の妻になる人です。だから、僕はこの結婚式を壊して、彼女を取り戻しにきました」


 大声で言った。大聖堂の作りから、僕の声は反響し、増幅し、すべてのものに等しく届けられる。

 僕は彼女の元に向かう為の歩みの幅が次第に狭くなる。どうしようもなく重かった。それは多くの人のプレッシャー。これから何をするのかという、奇奇と恫喝にも似た恐怖を含んでいる。

 でも、ひとたび彼女を見れば、恐怖なんていうのは一瞬で吹き飛び、早く隣に行きたいと思った。


 白大理石に敷かれた長さ30メートル以上ある真っ赤なバージンロードを通る。

 その時の招待客の視線、顔色がどういうものだったのか、あまり覚えていない。

 彼女と人の姿が象られたステンドグラスの聖女だけが、優しく僕だけを見た。優しく見る美しい新婦の元に走り出す。僕には、もう彼女しか見えていなかった。それ以外なんて気にする必要なんてなかったんだ。

 純白のドレスに身を包む彼女。とても似合っている。だから、その隣にいるのは、僕じゃないといけない。


「貴様か!! お前みたいなどこの馬の骨ともわからんやつに娘はやれん!! なぜ、娘の幸せを邪魔してくれる!!」

 彼女の父が怒鳴り声を浴びせる。

 僕はその声の発生源を一瞥して、彼女の元にたどり着いた。

「遅くなってごめんね。迎えにきました」

「本当に遅いわ! 寝坊でもしてたのねきっと!」

 と、彼女は図星をついてくるので、心臓が一瞬跳ね上がった。

 でも、その後に穏やかにいう。

「でも、来てくれて嬉しい……。信じてたよ」

 彼女の呟くような声だったが、そう続けたことで、心臓の鼓動はゆっくりと平常に戻っていく。

 晴れやかな化粧をして、いつにも増して綺麗だ。この瞬間にこの場にいれて嬉しい。それなのに、少し涙目で泣きそうなのはいただけない。こんなに美しい彼女は、笑っている方が可愛い。


「笑ってください。約束どおり、この場から本当に連れ去ります」

「ふふ。あなたになら、いつまでも連れ去られたいって思っちゃう。さあ、連れ去ってちょうだい!!

 僕の彼女は、少し強引だ。今回もその例に漏れず、彼女は自ら率先して僕の手を引っ張って逃げようとする。これでは、立場が逆だ。僕が連れ去られてしまう。と内心で笑みをこぼした。 

 だから、僕も彼女に負けないようにバージンロードを走り出した。今度は、彼女の前を走るために————。


 後ろから彼女の父の叫び声が聞こえてきた。

「つ、捕まえろ! 逃すなあああ!」

 あの父のことだ。ハゲ頭から湯気を出して、真っ赤なゆでダコみたいになっていることだろう。後ろを振り向かなくてもわかる。あの人は、そういう人間だ。なんなら、手には真っ白いハンカチなんて持っていて引き千切ろうとしているのかもしてない。

 まあ、そんなことはどうでもいい。

 それは僕の横にいる彼女の笑顔を見れば、それでいいと思えた。


 指示とは、反対にこの場にいる人たちは、状況が読めずフリーズした。

 それもそうだなと思う。まさか、現実に結婚式中の花嫁を強奪する男がいるなんて思わないだろうから……。そんな稀有な状況に対してどうすればいいか知っている人は、そう多くないはずだ。

 真っ赤なバージンロードを二人で逆走する僕たちは、重く閉ざされている大扉の前で立ち止まる。


「覚悟はできてる? もう、私からは逃げられないんだからね!」

「僕は、君のそばにずっといたい……です」

 彼女がそうと言い、嬉しそうに笑っている。僕たちは、二人で大扉を引いた。

 二人が通れるほどに扉が開いたところで、僕たちは一緒に歩み出す。

「約束よ! これからは、ずっと一緒。あなたと私はずっと一緒なの」

「はい、約束です。僕は、ずっとあなたと一緒に」


 淡い光しか入らない大聖堂という造りだったためか、目を閉じたくなるほどの光が視界を遮った。外で目を開くことができない。

 だが、気にすることなんて一つもない。このまま逃げてしまえばいいんだから。

 左手にある彼女の手を強く握っていると、彼女も反応して強く握り返した。


 光で視界がはっきりしないままではあったが、そのまま走り出した。

 目が慣れて、はじめにみた景色は、知らない様子だった。

 そこは中央の石畳を馬車が我が物顔で闊歩し、商店の屈強な商売人の声が張り合うように響いている。ヨーロッパの街並みのような感じもあるがどこかに違う文化であるようにも感じた。


「ねえ、サトシさん。ここはどこだと思う?」

「ねえ、サキさん。ここはどこなんでしょう」

 そう思って、今飛び出したばかりの大聖堂の方を振り返った。

「ん? 大聖堂だよね?」

「そうね……。間違いなく大聖堂だけど、なんだか古びているというか、綺麗とは言えない外観ね」

 立ち止まり、二人でこの場所がどこなのかという回答を得ようと頭をフル動員で回転させるが、回答など得られるはずなどなく、頭がオーバーヒートしたように過熱し始めたところで、僕は一足先に考えることをやめた。

おっす。

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