転職で、天職探し始めました
僕の横で、すごい可愛い女の子が踊っている。
最近、ハマってる遊びがある。
ディスコで自分を親会社のクリエイティブ職だと偽って……
ちやほやされること。
今日も、普段の自分に見向きもしない女性と気づけば一緒に踊っていた。
ある大手商社の受付嬢らしい。
僕より、6つ下……ピッチピチの21歳。
やのなみえちゃん。
いいなぁ、若くて。
「岡村さん」
「何?!」
「電空では、どんな広告作ってるんですか?」
「え」
「だ、か、ら、電空で何作ってるんですか!広告」
「え、あ、CMとか」
「え!! すごい、本当にクリエイティブなことやってるんですね」
「まあね」
ディスコは、全力で声を張っても相手に届かないことがある。
「でも、小会社」
「え?」
「こ・が・い・しゃ」
「え? 何?後悔した?!」
今日も一人、美人に嘘をついてしまった。
時計の針をふと見上げれば、もう数秒で時計の針が12時を回る。
「あ!」
思わず、声が出てしまった。
い、今俺は……28歳になった。
ディスコで、美人に嘘をついてまた歳だけ大人になった。
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2人の声が、重なり合う。
「あっ」
こんな美人とキスしているのも、俺が日本一の広告代理店「電空」の社員だと
思っているからだと思うと、胸が痛い。
美人が服を脱ぎ始める。
自分から、すごい積極的だ。
どうしよう。
どうしよう、もしこの子が……これが初めてだったら。
「こんなの初めて」
まじかぁ。でも、この子がまさか、初めてのはずないよな。
「……男の人に抱かれるの、初めてです」
そんなわけないでしょ。だって君と出会ったの駅前とかじゃないよ。
ディスコだよ。
「俺、いつも0から1にしてるから……初めてって響き、ワクワクする」
「……かっこいい」
ものすごいキスしてくる。
気づけば体が、重なり合う。
お互い、無我夢中だ。
でも思った。
嘘つきは……泥棒の始まりなんだって。
俺、この子の大切な初めてを1%の確率で……
奪い取ろうとしている。
「あん、ああああ!」
その美しい、セクシーな声に俺は叫んだ。
「ごめん、俺孫会社の営業なんだ」
女は、一気に目つきを変えて俺を睨んだ。
「は?」
「ごめん……正式にいうと」
美しすぎるその美貌に、ウインクして
「孫の子会社の営業です」
「え……?」
「ごめん」
嘘、チャラいからめちゃくちゃ経験者かと思った
バッチッッィィィィィィン!!
「うぎゃあああ!」
28歳の初めての夜は、痛かった。
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抱かれた数、3桁だったことを知らされる昨晩。
あのビンタで顔は真っ赤に。
「岡村君。女の人にビンタでもされた?」
「はい」
「まあ、若い時はそんなもんだよね」
「ですよね」
「君、もう若くないけど」
「え」
そう言って、部長はすっとまたタバコを吸いに外に出る。
若くないのか?俺ってもう……?
それにしても、本当にここはあの広告代理店日本一の子会社の子会社なのか?!
オフィスが地味すぎる。
てかビルの一角って、普通すぎる。
後何年、ここにいればいいんだ。
本当は……親会社で広告、作るはずだったのに。
気づけば子会社の子会社で、新聞の小さな広告の営業をしている。
何やってんだろう。俺。
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電車に乗ると、ある広告が見えた。
「天職、探しませんか」
TVCMでもやってる、この天職サイトの広告。
天使の格好した人気アイドルが、手を差し伸べて
「転職で、天職探そう」と言って微笑む。
正直……
誰でも作れんだろ、こんなの。
これを作ったのは、元同じ大学の同じ広告研究会のすごい世渡り上手な
牛山庄司。
電空本社、クリエイティブ職……だ。
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「俺、いつか広告でさ……人の人生変えてみたいんだ」
大学時代、一緒にスーツ着て、就活惨敗だった俺ら。
「俺、誰がなんと言おうと、大学時代お前と作ったあの広告……誇りだぜ」
「俺もさ」
あいつが誇りと言った、あの大学時代作った広告。
「あなたの人生を”楽”にする一冊を」
俺と庄司が、大学時代一緒に作った高校が
大学のアドフェスで優秀賞を受賞した。
くそ、なんで俺ら実力あるのに。
どこの会社も……馬鹿ばっか!
いつか面白い広告作って、、、俺らを採用しなかった人事の顎が外れるくらい
驚かせて後悔させてやる。
そんなこんなで必死に真夏の蝉が叫び続ける東京で
俺はひたすら色んな会社へ告白しまくった。
そして8月。
「庄司!! 庄司!俺内定した!電空の孫会社だけど!」
内定して、すぐに庄司に知らせにいった。
お前といつか、一緒に広告を
作りたい。
すると、庄司がみんなに囲まれていた。
「すげえじゃん!!庄司」
何か様子がおかしかった。
「お前、電空のクリエイティブ職って……すげえぞ!!」
「あ、岡村」
「え」
え、お前。
俺が一次面接で落ちた時。
お前も落ちたって言ってたじゃん。
「岡村」
「え……」
こいつ、嘘ついた。
俺が、かわいそうだからって。
「最悪だ」
俺はそう言って、庄司の前から消えた。
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電車の広告で、アイドルが俺に微笑む。
「天職探しませんか?」
こんな商業的なことしか考えてないような、
そんなクリエイティブしかできないあいつが、
今、日本の広告界を背負ってんのか。
もう、何年サークルの同期同士の飲み会に顔を出してないんだろう。
当時、天才って言われてた2人で
こんな差がついちゃうなんてな。
「転職ね」
転職……か。
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あれから、1ヶ月後。
俺はある試験会場にいた。
試験管が、ストップウォッチを押す。
「はじめてください」
庄司。
お前の広告に、背中押されて
転職に挑戦してみたよ。
クリエイティブ職のクリエイティブ試験。
紙をめくると……なぜか
江戸時代のことばかり?