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1-2 チェック・アウト-3

 ……防戦一方だった。

 ワタシとアイダ・リホには決定的な能力差があるらしい。


 「まだまだぁっ!!」

 「――っ!くそっ……!」


 彼女の巨大な棍棒での連打を辛うじて凌ぐ。だが、これではいつまでも持たない。

 一発食らう覚悟で強引に大鎌を振るう。その決死の一撃は当然のように彼女に防がれたが――


 「らぁっ!!」

 「うおっと!」


 力を込めて無理矢理防御ごと彼女を弾き飛ばしてやった。大きく距離が離れる。仕切り直しだ。

 このまま真っ向勝負をしても勝てないのはもう十分にわかった。

 というか……


 「……もしかして、まだ全然本気じゃない?」

 「ありゃ、バレたか」

 「そりゃあね……」

 

 どうもワタシが防ぎきれるギリギリの攻撃を仕掛けてきてるなーという感じはした。多分、本気ならさっきのように無理矢理弾き飛ばすこともできなかったのだろう。


 「なぁに、せっかくの再会なんだから、すぐ終わらせるのはつまんねぇじゃねぇか。元々今日は小手調べのつもりだったよ」

 「気軽に言ってくれる……」


 その「小手調べ」とやらでフツーに死にかけたわ。


 「そういやさぁ……」


 彼女が構えを解いて唐突に問いかけてきた


 「あんた、『つうしんぼ』は見たか?」

 「……?あー、まぁ、自分のだけ」

 「だろうなぁ。なんせつい昨日のことだったしな。10万人分の『つうしんぼ』全部見る時間なんて無いわな」

 「そういう君はどうなんだよ」

 「んー、あたしはなぁ、自分のと……あんたのは真っ先に見たよ。あとはソレとの比較対象にテキトーに二、三人程って感じかね」

 「え……?」

 「いやぁ、あんただったら間違いなく“不適合者”に選ばれてるはずだって思ってさぁ。真っ先にあんたの名前で検索かけたんだよな。そしたら、ビンゴ。思った通り、ハルカゼは“不適合者”で、『つうしんぼ』に登録があった」

 「何でそんなにワタシのことを……」

 「あぁ、ちょっとコワい?まー自分でもヤバイ執着心だとは思うけどなぁ。ちょっとストーカー臭いかねぇ」


 密かにずっと想い続けていた相手に執着心を持たれていた、というのはなんというか複雑だった。


 「ずっと忘れらんなかったよ。あんたの告白から()()()後から今までずっと、どうにかしてハルカゼ・ツグキを超えられないもんかと……」

 「いやそれがわからないから……!君は高嶺の花みたいなもんだぞマジで!『さすがにあんた程度じゃあたしに釣り合わねぇだろ』ぐらい言われる覚悟でなぁ……!」

 「あたしそんな嫌なこと言うヤツなのかよあんたの中じゃ。まぁいいさ、で、あんたの『つうしんぼ』を見たんだが、これがびっくり、オール1だ。ちょっと失望したねぇ」


 「つうしんぼ」は昨日、人々が持つ全てのホロフォに強制的にインストールされたプログラムだ。殆どの人間が覚えの無いプログラムに困惑しただろうが、ワタシ達“不適合者”にはその意味がわかった。

 「つうしんぼ」には全ての“不適合者”のデータが登録されていて、その能力を5段階評価で表している。

 そして、その評価でワタシは全ての項目で最低評価。最低中の最低の評価だった。

 

 「失望したんなら無視すればいいだろ」

 「いやいや……あのハルカゼがこんなもんとはあたしには思えなかったね。だから、あたしはハルカゼの『切り札』の方に注目した。そう……“C.O.W”の方さ」

 「…………」

 「それにさぁ、ハルカゼ。あたしたち“不適合者”には称号があるんだよ。あたしがちょろっと見た中でいやぁ『《機械的》の“不適合者”』……みたいにな。だけどさぁ、あんたはちょっと変なんだよな。……なぁ、ハルカゼ、『《???》の“不適合者”』ってどういうこった?」

 「…………」


 ワタシには、“不適合者”としての在り様を示す称号が無かった。《???》……正体不明の“不適合者”……それがワタシだった。

 その理由は検討がついていたが、ワタシはそれを誰にも言うつもりは無い。


 「なぁ、なんで《???》なんだ?」

 「…………」

 「ちっ、だんまりかよ。ま、いいけどな。その正体を直接探りに来たんだよ、あたしは。あのハルカゼ・ツグキがただのオール1の雑魚な訳がねぇ。――見せてみな、ハルカゼ。あんたの切り札……“C.O.W”を!」

 「…………」

 「随分黙り込んでるなぁオイ。あたし一人で喋っててサムいんだよ、何か言いな。言っとくけど、このままだとあんたは絶対にあたしに負けるぜ。あたしの能力は最高評価を貰ってる項目だってあるんだぜ。単純な力勝負じゃ結果は見えてんだ。さっさとやりな。じゃねぇと……」


 彼女が深く腰を落とした体勢を取った。


 「――殺しちまうぜ?」


 そう宣言してきた。



 ――――――――――――――――――――――



 「――殺しちまうぜ?」


 そう彼女が言うと、ハルカゼ君はそれに応えるように――


 「――――“Check――」


 ……それは何かの魔法の呪文のようだった。いよいよもってファンタジーじみている。

 彼女はそんなハルカゼ君を見て、


 「やる気になったか……いいぜ――さぁ、見せてみろ!!」


 心底楽しそうに吠えた。



 ……空気が震える。

 あの呪文のような言葉一つでこの場の雰囲気は一変した。

 世界が軋んでいるのを感じる。

 そして、ハルカゼ君の体を何がかすっぽりと包んだ。

 あれは――地球儀か?大きな地球儀が卵の殻のようにハルカゼ君を覆い隠す。


 そして――


 「――Out”」


 その言葉と共に、現れたばかりの地球儀に次々とヒビが入っていき……割れた。

 わたしはソレを見て、世界が壊れたような錯覚に陥った。


 粉々に割れた地球儀の中から現れたハルカゼ君は、さっきとは明らかに様子が違っていた。

 彼の全身に得体の知れない、不吉にも思える力が漲っているのを感じる。

 だけど、一番わたしの目を引いたのは、彼のペンダントのケースの中にあるボロボロな歯車だった。


 「……回ってる……」


 ぐるぐるぐるぐる、歯車の癖に噛み合う隣合うモノも無く、ソレは凄まじい勢いで回っていた。

 

 ――アレは、生命だ。

 唐突に、そう理解した。


 

 「…………」


 ハルカゼ君は、対峙する彼女に冷たい目を向けた。

 そう、ソレはきっと、獲物を見る目――


 「……オーケー、んじゃあ、本番だ……!!」


 彼女が地を蹴る。

 爆発的なスピードでハルカゼ君に迫り、棍棒を振り上げて、


 「食らいなっ!!」


 振り下ろした、が――


 「――あ?」


 そこにハルカゼ君の姿は無かった。

 彼はいつの間にか、思いっきり空振った彼女の背後に回り込んでいた。


 「――おぉっ!?」


 無造作に振るわれる大鎌。それを慌てたようにしゃがんで避ける彼女。

 

 「~~っ!!」


 避けるのが少しでも遅かったら彼女の体は真っ二つになっていただろう。


 「あっぶねぇ~……っと、一息ついてる場合じゃ無さそうだなこいつは!」


 大鎌が次々と振るわれる。最初とは打って変わってハルカゼ君が彼女を押す展開になる。


 「――ぅおおっとぉ!?」


 大鎌が空を切る。彼女が身を躱さなければその首はあっさりと刈り取られていたに違いない。


 「オイオイ、どういうこったぁ!?」

 「…………」


 殺されかけたというのに彼女はヘラヘラと笑う。

 大鎌を構える彼は何も語らず、ただただ殺す為にその力を振るう。


 「いやぁ楽しいねぇ!やっぱアンタは一筋縄じゃあいかねぇみたいだな……!!」

 「…………」


 轟音を立てる彼の大鎌の斬撃が彼女に次々と襲い掛かる。

 彼は正に死の旋風。触れれば最後、あの世行きだ。


 「――って待て待て」


 わたしはブンブンと首を振って冷静になろうと努めた。


 (何よ死の旋風って。馬鹿なの?というかなにこの状況?漫画?アニメ?ゲーム?)


 殺し合いだの死だのといった普段縁の無い事柄が今はすぐそこにある。わたしの前には彼と彼女の非現実的な殺し合いの光景が広がっていた。

 ごおごおという大鎌の振るわれる音を聞きながら、わたしは世界に置いてけぼりにされたような気分になっていた。


 「ふっ!」

 

 大鎌での攻撃から一転、彼は鋭い蹴りを放った。

 今までとは違う攻撃に彼女の反応が一瞬遅れる。腹に足がめり込み、彼女の体勢が大きく崩れた。

 

 「ぐぅっ……!」

 「――そこ……!」


 彼がその隙を突くように大鎌を大きく振りかぶり、彼女に思いっきり振り下ろす。

 今までで一番鋭く、重く、疾い一撃だった。


 「ヤロォ!!」


 彼女がそれに応えるように、手にした棍棒でその一撃を受け止める。

 

 「…………」

 「ぐ……どーなってんだオイ!何であたしより力強えんだよ……!!」


 ぶつかり合う武器と武器。力比べだ。

 彼の大鎌は彼女の棍棒をゆっくりと、しかし確実に押しのけようとしていた。

 しかし、彼女は追い詰められているのにも関わらず、気の触れたような笑みを変わらず浮かべていた。


 「やべぇな……!こうなりゃ――」


 彼女はその凄絶な笑みをさらに深くし、


 「あたしも本気だすか……!――――“Check Out”!!」


 彼女がそう叫ぶと、さっきのハルカゼ君の時と同じように、巨大な地球儀が一瞬彼女を包み、そして、割れた。

 彼女のペンダントの歯車も、勢い良く回転していた。


 「――ちっ」


 ハルカゼ君が一旦距離を取る。

 それを追いながら彼女が棍棒を振りかぶる。


 「うらぁっっっ!!!」

 

 それに合わせてハルカゼ君が迎え撃つように大鎌を振るう。


 「はぁっ!!」


 ガギィン、という武器と武器がぶつかる耳をつんざくような音が聞こえた。

 棍棒と大鎌の衝突の結果は――



 「んー……互角、か?」

 「…………」


 二人共武器の衝突の衝撃でそれぞれ後ろに吹っ飛んでいた。大きく距離が離れた。再び仕切り直し。

 

 「…………」


 対峙する二人は油断無くお互いを見据える。少しでも隙を見せれば、すぐに飛び掛かるかのように――

 と、見えていたのだが。


 「……ん~……ま、今日はこんなもんでいいかぁ!!」


 彼女の方が急に構えを解いてしまった。


 「……は?」


 ハルカゼ君が呆気にとられたような間抜けな声を発した。


 「言っただろ、今日は小手調べのつもりだった、てな。まさかこっちの“C.O.W”まで使わされることになるとは思わなかったけどなぁ……やっぱハルカゼ、あんたヤバイ奴だよ」

 「……逃げるの?」

 「おう、逃げる逃げる。あたしは飯食う時も好物は最後に残しとくタイプだ。あんたがクソ雑魚ならせめてこの手で誰よりも先にぶっ潰そうと思ったけどな、あんたならそうそうこれから死ななさそうだしな。お楽しみはとっとくわ。それともあたしを追ってくるかい?」

 「……いや」


 ハルカゼ君が溜息をついた。


 「退いてくれるんなら正直ありがたい。おっかないし」

 「ぶはっ、謙遜しやがって!……んじゃ、またな!」


 そう言うと彼女は大きく跳躍して、この場から去っていった。



 

 あのおっかない女が去っていくと、なにもかも真っ黒に塗りつぶされたこの場所が色彩を取り戻していき、何事も無かったかのように元通りになった。

 しかし、場が元通りになってもその場にいた人々の心はもう決して元通りにはならないだろう。

 あまりに非現実的な「殺し合い」……それは目撃したすべての人々にこれまで生きてきて一番の、飛び切りに理不尽な衝撃だったに違いない。



 これが、初戦。

 “不適合者”同士の“ゲーム”の始まりだった。

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