1-2 チェック・アウト-1
「……あー……んじゃあ、テキトーに頑張るかねー」
独り言を呟きながら職場に「クラキ屋」店頭に戻った。長い休憩を経て気分はそれなりに立ち直ったと思う。少しぐらいはマジメに仕事してみよう。
かといってさっきのジジイみたいなのはカンベンだけどね。
「平和に終わってくれぇー」
なんて祈ってみる。もう売り上げがどうだと燃えていたわたしは死んだ。無事に仕事が終わって、帰れるかどうか、それが問題っていうかもうそのぐらいで精一杯だ。
「平和か。そりゃあ良い」
「あ、てんちょー、聞いてた?」
「おう。相変わらずやる気が無さそうで大変結構。こりゃハルカゼに追い越されるのは時間の問題だな」
ハルカゼ君の方を見ると、またもやお客に捕まっていた。「急いでるから早よしてーな」等と言われてる。今度はババアか。つーか何様なんだよアンタは。急いでるんならなおさら他人に頼って迷惑かけるな。「急ぐ」っていう本来しなくて良い気遣いを押し付けてくる態度がそれか?あぁ?
まぁ口調はまだ穏やかだからさっきのジジイよかマシか?ハルカゼ君も今回は冷静そうだし、手を貸さなくてもいいかもなぁ。
「……あー……追い越されても別に構わんからああいう手合いの相手したくないっす」
「奇遇だな。俺もだ」
「あんなババア助けたくなーい。胸糞悪くなるしぃー」
「奇遇だな。俺もだ」
「……てんちょー、あんたはダメなんじゃないそれじゃあ。てんちょーなんだし」
「知ったことか」
「あはは」
やる気ゼロ組は今日も平常運転だ。なんでこの店潰れないのマジで。
少しぐらいはマジメに、なんて決心は5分足らずで霧散していった。
「――えーとぉ。すみませーんちょっと良いですかぁ?」
「はーい?」
フマジメに仕事をしようと決心した瞬間にちょっと小生意気そうな声をかけられたので、フマジメな返事を返してやった。
ソイツは、オレンジに染められたベリーショートの髪に中性的な顔つきをしていて、一瞬男か、と思ったけれど、服を押し上げている胸を見ると女性らしかった。
真っ白なタンクトップにダメージジーンズというシンプルな格好で、気の強そうな女だった。女性のわりにはそれなりに筋肉質で、下手な男より喧嘩が強そうだ。なんか格闘技でもやっているのかも知れない。
顔には妙なニヤニヤ笑いが張り付いていた。
(……なんだ、コイツ?)
ただの勘だけど、服を買いに来たのでも案内を頼もうとしているのでも無いのだろうと思った。かといってクレーマーでも無さそうだ。
ただ、何か飢えた獣のような……何と言うか……重い重圧感を放っていた。顔のニヤニヤ笑いとそれがミスマッチで、不安な気持ちにさせられる。
「お姉さん、店長さん、いますぅ?ちょっと聞きたい事があるんですけどぉー」
……店長の知り合い?もしかして裏の世界のお知り合いかしら。マジのヤクザだったりしてな店長もこの女も。うわおっかね。なんか怖いもんこの女。
「……店長は俺ですが」
店長にもこの女に何か感じているのか、およそ客に対する態度じゃない(いつものことだけど)様子で答える。でもこの様子じゃ知り合いって感じでも無さそうだな。
ホント、なんなんだよう。カンベンしてよね。
「あはっ、そんな身構えないで下さいよぉ。あたしはただ……」
女はタンクトップの胸元からペンダントを引っ張り出して、そこに付けられた飾りを店長に突き出して見せてきた。
飾りはガラスでできた平べったいケースで、中にはボロボロの歯車が一つ入っていた。
「コレを持ってるヤツ、見てませんかぁ?ここにいることだけは確かなんですけどねぇ」
――はっきり気持ち悪くなってきた。
歯車というのは二つ以上が噛み合ってこそのものだろう。
……だけど、女が見せてくるボロボロの歯車は、それ一つで完結してしまっている気がする。その不自然さが妙にわたしの心をざわつかせるのだ。
わたしの頭に浮かんだのは、脈打つ心臓のイメージ。
この歯車には、生々しい生命の気配がある。
直感的に、わたしはコレが怖いものだとわかった。
この歯車には、他の歯車なんていらないのだ。
むしろ、周りの歯車を壊して(殺して)しまうような……
店長も顔をしかめていた。理解の外にあるものを見せられている。理解の外ではあるが……この女はロクなヤツじゃないとわたし達は悟っていた。
「…………」
そろって沈黙するわたし達。
「……どうしたんですかぁ?何か言ってくださいよぉ。……あぁ、もしかして、コレがヤバいものだってわかります?そりゃあ勘が良いですねぇ。……まぁそれはともかく。何か知りません?持ってる人の名前と顔もわかってるんですけど。そう……」
そこで一呼吸置いて、噛み締めるように女はその名を口にした。
「――ハルカゼ・ツグキ」
「……は?」
何で。
何でそこでハルカゼ君の名前が?
「ちょ、ちょっとどういうこと、ハルカゼ君!?」
よくわからない焦燥感に駆られ、ハルカゼ君を大声で呼ぶ。
すると、こちらに背中を向けてババアに案内をしていたハルカゼ君は、「失礼」とぶっきらぼうに言い放ちながら、話を急に中断してゆっくりと振り向いた。
すると接客されていたババアは少し怒ったように、
「ちょっとあんた!?急にどこ向いとんねん!?急ぎって言っとるやろ!?」
と声を上げたけれど、それに対するハルカゼ君の返答は普段の彼からは想像もつかないものだった。
「――うるさい。お前みたいなクズに構う暇は無くなったんだ。失せろ」
「……は……?」
今まで店員として丁寧な言葉遣いをされていたのが、急に虫けらに対するような無関心なものになったことについていけないのか、ババアは茫然としていた。
しかし、ババアざまあ、よく言ったハルカゼ君、なんて思えるような感じでも無さそうだ。
振り向いたハルカゼ君の顔には表情というものが浮かんでいなかったけれど……
(笑っている?)
何故か、そう感じた。
ハルカゼ君は無言で服の下からソレを引っ張り出し――
「コイツのことか、女」
殺気をみなぎらせた冷たい声を発した。
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「コイツのことか、女」
自分でも驚くくらいの冷たい声が発せられた。
だけど、心はこれ以上無い程に昂っていた。
どうやら、時が来たのだろう。もう他の事など考えるにも値しない。
自分の持つペンダントにつけられた、ケースの中の歯車は今にも獲物を求めて回り出しそうだ。
……この歯車は一つの生命なんじゃないか、と思う。
コイツには確かに、生命の持つ強靭な力が宿っているのだろう。
髪をオレンジに染めた奇妙な女がそれに反応してこちらを向いた。
「あぁ、ソレソレ。――それより、久しぶりじゃん。女、なんて呼び方冷たくない、ハルカゼ君?」
……?
久しぶり?
どこかで会ったか……って
「あ」
思わず間の抜けた声を出してしまった。
……これは参った。これこそ神様の悪戯ってヤツじゃなかろーか。
この人……
「思い出した?」
――思い出した。彼女は、アイダ・リホ。
ワタシの初恋の人ですねハイ。……まぁ片思いだったけどなーチクショウ。