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1-1 背景/霞ゆく運命にある-3

 「――おい、お前ら」

 「うわっ!?」

 「はい?」


 エンドウさんと話していると唐突に背後から話しかけられた。このドスの効いた野太い声は……店長だ。

 真っ黒に日焼けした丸坊主で筋骨隆々な男。しかもデカい。190cm近くありそう。正直カタギの人には見えない。エンドウさんとは別ベクトルで見た目が怖い。なんでこの店は見た目怖い人が多いんだろう……?

 「クラキ屋」はアパレル店であって暴力団ではありません。ホントに。


 「ハルカゼ、さっき電話中断してたろ。かけ直して用事済ませろ。エンドウは商品を軽くでいいから整理しろ。んで、それ終わったら二人共休憩入れ」

 

 店長のぶっきらぼうな口調の指示にエンドウさんが頬を膨らませた。


 「えー、てんちょー、休憩には早いですよぉ。あんまり早くに行ったらその分後が長くなって辛いんですけどぉー?」

 「わかってるっての。だったら早めに行って遅く帰ってくればいいじゃねえか」

 「え、は?」

 「……ちょっと厄介な客が来たくらいでブーたれやがって。ハルカゼはともかく、エンドウ、テメエ何年目だ?まったく、そんなんじゃ使い物になんねーよ。長めに休んでとっととマシになってきやがれ。ハルカゼもたまにはゆっくりしてこい」

 「…………」

 

 エンドウさんがぽかん、とした顔で店長を見つめている……と思ったら突然花が咲いたように破顔した。


 「……へへっ!てんちょーありがとーございまーす!」

 

 おどけたように一礼した後、


 「あ、ハルカゼ君!あとでちょっと付き合いなよ!お互い今任された仕事終わったらストック集合!」


 ワタシにそう言って上機嫌で店頭整理に向かっていった。


 「……いいんですか……?」

 

 店長の怖い顔をおそるおそる見上げながら問いかけると、


 「……いいんだよ。二人ぐらいいなくなったところで回らなくなる店でもねぇ。どうせ冷やかしの客ばっかなんだからな。適当でいいんだよ」


 そう吐き捨てて、レジカウンターの方へ何事も無かったかのように行ってしまった。



 ――――――――――――――――――――――



 無愛想だけど、ああいう所があるから嫌いになれない。

 思わずおだやかーな気分になっちゃう。

 割と気が利くんだよなぁ。あんなカオなのに。

 正直、あの店長じゃなかったらとっくに辞めてるだろう。



 ――高校を卒業してすぐに就職した「クラキ屋」。肌ざわりが良くてとても丈夫という、革新的な新素材を使った服を取り扱う会社だ。店に置いてある商品は全てオリジナルのブランドという強いこだわりがある。

 元々服を買うのが好きだったわたしは、高校時代に奮発して買った「クラキ屋」の服に惚れ込み、「絶対ここで働く!」という夢を持っていた。

 それが叶い、理想の職場でキラキラした社会人生活……というようにはいかなかった。

 「クラキ屋」が独自に取り扱う新素材は生産コストが高く、どうしても割高になってしまう。

 客からの値段を見た反応は大概良くないもので、それ故に接客には苦労することが多かった。

 しかし、それも以前はもっとマシだった。三年前まで、わたしはここ「スレドイ」の店舗では無く、とあるファッション街にある別店舗で働いていた。

 「クラキ屋」は元々全国に複数店舗を持っている。わたしが最初に配属されたその店舗は、その中でも最もファッションの激戦区になっている場所だった。

 ファッションの激戦区ということもあり、服に関心の高い人が集まる場所だったからか、一度「クラキ屋」の服の機能性の高さを実感してもらえば、多少高くとも納得して買っていく人が多かった。

 デザインもシンプルで洗練されている「クラキ屋」の服は、着実に次代のファッションの最先端として台頭していった。

 店の売り上げが予算を大幅に上回ると同僚の皆で喜んだし、「クラキ屋」の服を着ている人を街中で見かけると幸せな気分になった。時にはわざわざ「あなたの勧めてくれたこの服、すごく良かった!ありがとう!」なんて言われちゃったりして……まぁ、楽しいことばかりではなかったけれど、仕事には満足していた。

 


 そんなある日のこと。わたしは今の「スレドイ」の店舗に人事異動することになった。「スレドイ」に新しく「クラキ屋」の新店舗をオープンすることになり、そのスタートを支える為に、入社7年目のわたしがオープニングスタッフの一人として選ばれたのだった。

 順調に業務成績を上げていた「クラキ屋」の次の一手である新天地での顧客獲得。わたしは、大好きな「クラキ屋」の一員としてその使命に燃えていた。熱かった。キラキラしていた。

 

 ただ、まぁ……「スレドイ」周辺の客層と言ったら、あまりファッションに金をかける方では無かったらしく……

 値段の高めな「クラキ屋」とは相性が悪かった。


 「――高いわー。なんでこんな高いん?」

 「ええ、ええ、確かにお高く感じられるかと思いますが……」

 

 必死になって商品の説明をする。わたしとてその頃には入社7年目のベテラン。丁寧かつ簡潔、そして効果的な商品説明の手腕を持っていた。

 ……だけど……


 「ふーん……でも高いわー」


 ……話、聞いてました?

 とまぁ、ここまでだったら別に文句は無い。わたしの実力が及ばなかったということで納得できる。

 しかし、時に……


 「この服なぁ、よそで買うたんやけど、安うて安うてめっちゃええねん~」

 

 ……何故仮にも服屋の店員に対して他のブランドの服を自慢してくるのか。全くワケがわからないが、ホントにこういうことは割とよくあった。どない反応すればええねん。


 「この服みたいになぁ、シンプルでやすーいのがええねんけどぉ、おたくの服は見た目これとおんなじようなモンやなのに高いわぁ。高い高い!」


 「スレドイ」の客層は50代以降が多い。で、わたしが思うに、人間ってのは年を取れば取るほど「人生経験があるから」などという根拠で持論にしがみついて離れない傾向にある。それがどれだけ偏見と思い込みに満ちたモノであってもだ。

 自分より年下の人間の言う事など聞くに値しない、と言わんばかりの態度を取られることが珍しく無かった。わたしだって無理矢理売りつけようだなんて思っていない。絶対にいい服だと理屈をしっかり勉強して、責任を持って勧めている。そんな熱意を持って接しているのに、オッサンオバサン連中はまるで取り合ってくれない。

 「自信」とやらがあるのかは知らないけれど、わたし達従業員は彼らにとても雑に扱われたと思う。


 「アンタ若すぎやない?信用ならんわー」

 「センス無いねんセンスが!」

 「素材が良い……?服なんて着れればええやん?オタクらどうでもええことにえらいこだわるんやなぁ」

 

 他にも商品は散らかして回るわ他の仕事をしていようが関係無しに呼び止めるわ理不尽なクレームをいれてくるわでもうやりたい放題だった。人というのは自分より弱い立場の人間に対してここまで醜い存在になれるのか、という気づきたくも無い事実を毎日のように突き付けられた。


 最初に憎くなったのはメインの客層の老人達だった。しかし、すぐに気づいた。前の店でだって、売り上げが良くて楽しかったからあまり気にせずに済んだものの、若者にだってクソみたいな「お客様」はいた。

 結局、どんな世代にだって、どこにだって、「お客様」という立場を振りかざしてわたし達の心を踏みにじる人達がいるのだ。

 確かに商売というのは「お客様」がいなければ成り立たない。「お客様は神様」なんて言葉もあるくらいだ。

 ……だけど、例え本当に神様だったにしたって、わたしは不誠実で汚い「お客様」に対して商品を売りたくないし、そもそも関わり合いになりたくもない。

 「お客様」や「神様」を敬うのは彼らが敬うべき存在であった場合に限られる筈だ。別に高いハードルを要求しているつもりは無い。ただ、わたし達を普通の人間として扱ってほしいだけ。

 ――それすらできないような人たちにへりくだるのは、もう致命的に間違っているだろう……!

 だけど「お客様」が買ってくれないとこちらが立ち行かなくなる、という決定的な立場の違いを前にしては、そんな主張は隅に追いやられた。わたしは歯を食いしばってそれがどれだけ汚い相手だろうが「お客様」に対して卑屈な笑みを浮かべながら服従し続け、同僚の一人は商品を汚した「お客様」と口論になったせいで店を辞めさせられ、同期で仲の良かったミナキちゃんは精神を病んで今は引きこもり。


 だけど、その頃の店長は今とは別人で、本来わたし達を守ってくれる筈のその人はただノルマの達成だけを命じ、「お客様」にどんな理不尽な目に合わされたとしても「お前が悪い」とだけ言って後は知らん顔というとんでもない人物だった。


 希望に満ちた新店舗での仕事は、その実わたしに人間の醜さを実感させるだけだった。

 どんどん心に余裕が無くなっていき、好きだったものが次から次へと嫌いになり、人に優しくすることができなくなった。

 気が付けばわたしも、醜い「お客様」に引き寄せられるように心が醜くなっていった。たまに優しい人と出会ってもその優しさにきちんと応えることができなくなっていた。仕事が休みの日には街に繰り出し、「お客様」側に立った時には、最低の「お客様」として身勝手にふるまうことで仕事のストレスを発散するような女になっていた。



 とにかく、酷く疲れていたのだ。こんなクソみたいな日々がずっと続くのだと根拠なく思い込むようになったわたしは、ヘドロの海を泳いでいるような感覚と共に生活を送り、そして、この陰鬱な思いこそが人生というものを、社会というものを表しているのだと考えるようになった――

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