3-3 《?駆けずり回る負け犬共?》-4
……アテも無く、フラフラ街を歩いていく。
すれ違う人、人、人。
みんな僕を見ると一瞬顔をしかめて、すぐ目を逸らす。……そういうの、わかるんだからな。
病的に太っていて、病的に顔面が歪んでいて、病的に肌が汚い僕を、みんな避けていく。
僕は存在するだけで「望まれない」。そこに居られるだけで、みんな不愉快らしい。
「お前は“不適合者”だ」……ある日目覚めたら、枕元にボロボロになった小さな歯車がポツン、と置いてあって、なんだコレ?と手に取ると頭の中にそんな言葉が響いた。
は?ナニ?“不適合者”?まぁ混乱したよな。ただ“不適合者”って言葉は妙にしっくりきた。
僕なんか、見た目からして「不適合」だしなぁ。
しばらくすると、テレビのニュースやネット、人々の噂話等々から、僕以外にも“不適合者”が沢山いて、与えられた力……“廻”を使って大暴れしているのを知った。
冗談みたいに「社会の歯車」達がぶっ殺されていく。
いまや街で突然死体を見かけることになってもあんまり心が動かない。
ネットで他の“不適合者”の大まかな居場所がわかった。気になって、こっそり顔を見に行ったりした。
僕みたいに醜い姿をしてるんじゃないかと思って。
僕と同じように醜い姿をいている奴となら、仲良くできるかも、なんて、思って。
……で、まぁそんな奴はいなかったワケだが。
ブサイク……はまぁ、いたけど僕程じゃないし。
精神性が「不適合」ってことか。
贅沢なモンだ。
「中身」は隠せるけど「外見」は隠せねぇんだぞ?
どんな屈折した心してるのか知らねぇけど、外見がマトモならいいじゃねぇか。
特に、ネットで「死神」なんて言われてる強力な“不適合者”であるハルカゼ・ツグキ……アイツには“不適合者”らしさってもんがカケラも感じられない。
顔はフツーだし、精神はわかりようもないけれど、僕の本能が、「アイツは違う」と訴えかけてくる。
「違う」アイツが“不適合者”の中でも「強い」扱いなんてちょっと腹が立った。
なんつーか、“不適合者”の中でも僕は仲間外れなんだなぁ、と思った。
僕は、《会話》の「不適合者」、ウツキ・キキ。“C.O.W”の能力は、強力な催眠術みたいなモンだ。
「歩け」「走れ」「飛べ」「歌え」「壊せ」「殺せ」……
そう言ってやると、言われた奴はソイツ自信の意思に関係無く、言われた通りにしてしまう。
「――“自分の首を絞めろ”――」
そんな無茶な言葉にさえ、従ってしまうらしい。さっき実証してきた。
まるで神のような力だ。
……そんな力を与えられたっていうのに、どこか「どうせ僕には何もできない」と考えてしまうのが僕の悪い性分だ。
“不適合者”が現れてから大分経って、今ようやく、僕は“不適合者”として活動する為、外に繰り出した。食料の調達と他の“不適合者”の顔を見る為以外では家から出なかった引きこもり生活からの脱出。長かったな。
今までどうも決心がつかなかったんだ。
外に出て、“不適合者”として暴れまわったら、すぐに他の“不適合者”に見つかって戦いになるんじゃないか、と思うと尻込みしてしまっていた。
……今も凄く怖い。
だけどこの力……“廻”を、何でも言う事聞かせられるこの能力を腐らせ続けることにも耐えられなくなったから、動き出した。
コイツさえあれば、今まで僕を侮辱した奴、全員たっぷり苦しませてから殺せる。
――で、僕のしょーもない復讐も一段落ついたとこだ。外を出歩くのは辛かったが、復讐心を糧に耐えた。
小学生の頃の担任、中学生の頃の同級生、高校生の頃の後輩、大学生の頃のOB……
居場所がわかる奴はみな殺してやった。沢山殺してやった。
やってみると案外スッキリした。意外にも罪悪感はさほど感じなかった。
どうやら僕は、精神も外見と同じように醜いらしく……
……殺ること殺って、しばらくしたら妙に虚しくなった。
結局、こんなことしたって僕の見た目は変わんないし、僕の心は醜いんだ。
――どこをどう歩いたのか――……
さっぱり思い出せないが、ふと気が付くと馴染みの無い街並みが目の前に広がっていた。
標識を見ると、元居た場所から随分離れた所にいることがわかった。
それだけ歩いたというのに、疲労感が全く無い。
……“不適合者”になって得られた超人的な身体能力のおかげか。
以前は、この体型のせいで、少し歩いただけで息が上がっていたんだけどなぁ……
つくづく、自分はバケモノになったんだなーなんて、思った。見た目は元からバケモノだけど。
というか、ココってさぁ……
「やべ、参ったな……」
日本でも有数のファッション街だ。まぁオシャレもオシャレ、こんな場所をうろついている奴等は大体が小綺麗な恰好をしている。
間違っても、僕のような醜い男が来るような場所じゃない。
「なんでお前みたいなのがココに来てんの(笑)」
……みたいな視線をひしひしと感じる。
それが自意識過剰な勘違いじゃないことは、周囲に目を向ければすぐわかった。
過剰なくらい僕を避けて歩いてるし、みんな。
不自然過ぎるくらい大きなカーブを描いて歩いてやがる。僕の周囲だけ全然人がいなくなってる。その癖視線だけはずっとこっちに向けられている。目が合うと物凄い勢いで目を逸らされた。やめてくれよキツい。
(早よ帰ろ……)
と思って踵を返したその時だった。
「――うっわ、見なよ~アレ!マジバケモンじゃね!?」
「……ああ~あのオッサン?……なんでココに来てんだろ?」
「ヤッバイてぇ……身の程わきまえろってハナシっしょ」
「服より先にジブンなんとかしろって!ギャハハハ!」
「言えてる、ウケル!!」
「つーかあんなの見てたら目ぇ腐りそーなんだけど」
「マジ家から出ないで欲しいよねぇ~」
「生きてて恥ずかしくないのかなぁ?アタシ、あんなカンジに産まれてたら死んでるかも……」
「ホントにニンゲンかどうかも怪しくない?」
「ウチュウジン?」
「ソレだわっ!!」
「ブッハハハハ!!」
「ウチュウジン的にはイケメンかもよ~マキマキ口説いちゃえば~」
「ちょっと~ジョウダンきつくね~!?」
「写真録ろシャシン!!」
「ウチュウジンの写真!!まじ激レアだわぁ~」
……おおう。言ってくれおる。派手なメイクをした、元気の良さそうな女子高生の集団だった。
見た目は結構可愛いけど中身は凶悪。僕が一番苦手なタイプかも知れない。人生楽しそうなこういうタイプ。
無視されるのも嫌だけど、正面から言われるのもソレはソレで……
(逃げるか)
と、思ったのだけど。
……良く考えれば……
その行動はほとんど無意識だった。
「その通り!君達の言う通り!オッサンはフツーのニンゲンじゃないぞー!」
その女子高生の集団に話しかけていた。マジかよ僕。
「うっわ、話しかけてきた!」
「キモイ!」
「んだよオッサン!」
「厳しいなぁ。ウチュウジンと喋れる機会なんてそうないぞぅ」
「マジゲロ吐きそう!」
「どっか行けよ~!!」
「つーか家から出んな!引き籠ってろ!死ね!!」
「あれ、そんな事言ってていいのかな~?ウチュウジンのチョーノーリョクでエロい目に遭わせちゃうぞ~?」
「何言ってんだこのバケモン!!」
その後も散々な暴言を吐かれた。元気が良くて大変よろしい!
「ホント君達は観察眼があるねぇ~!そう、オッサンはバケモノなんだ!――“不適合者”――って言うね」
“不適合者”。その言葉を聞くと、女子高生達はピタっと口を閉ざし、みるみるうちに青ざめていった。
「……あれ、ニュースも見なさそうな馬鹿なメスガキだと思ってたんだけど。知ってる?“不適合者”。君達みたいな『社会の歯車』をぶっ殺しまくってるんだけど」
「……お、オッサン、嘘言ってんじゃねーよ……」
「いやいや、こんなバケモンみたいな見た目した人間が“不適合者”に選ばれていないワケ無いだろ?なんだったら証明してあげようか?」
“不適合者”になって、とんでもない力を手に入れても、それでも何かをしよう、なんて思えないくらいに、僕は今まで打ちのめされてきたのかも知れない。
だけど、それでも。良く考えれば……
「――――“Check Out”」
少なくとも、もう「社会の歯車」から逃げる必要なんて無い筈だ。……そう、せめて、もう逃げてやるものか。こんな力を手に入れて逃げるなんて馬鹿だ。
どうせどこか他の“不適合者”に殺されるにしても、それまでは好きなように生きて、殺してやる。どうせしょうもない人生だ、これからは誰が相手だろうと一歩も退いてやるものか。