3-3 《?駆けずり回る負け犬共?》-1
――マリの「お兄様」……ワカサ・ユウキは、とっても優秀だったけど、「他人と交わる」ことにおいて致命的な「病気」を患っていたの。
……自分が常に「上」じゃないとダメって人だった。同じでもダメ。目の前の人間が自分より勉強が出来たり、運動が出来たり、立場が強かったり……
そういうのをどうしようもなく許容できない人だった。
常に強者じゃないとやだやだやだ、って。
そのせいか……ユウキはある意味で努力家だった。子供の頃から、頭脳と肉体を「強く」することに余念がなかった。
それはもう、病的と言うか、異常と言うか。マリには気が触れているように見えるくらいだった。
小学生からずーっとそんな感じ。
ユウキは世界で一番にならないと永遠に安心できないみたいだった。
でもね。一番になるのってすっごく大変なの。クラスで一番、とかならまだしも、ユウキが目指していたのは「世界で一番」なんだから。「世界で一番」って、世界で一人しかなれないんだよ?
努力。努力。努力。
誰にも劣りたく無かったユウキは、ひたすらに己を鍛え続けたわ。
やだやだやだ……
誰かの「下」はやだって。
まぁでも、そういうのって誰にでもあると思うの。
「世界で一番」
なってみたいよね、正直。例えば、「世界で二番」になったとしたって、一番の人を見上げたらウンザリしちゃいそうじゃない?
……「オンリーワン」?そうね、そんな誤魔化し、慰め方もあるだろうけど。でもそんなの当たり前過ぎるし、生きているだけで得られる称号なんて……誰かに、自分に対して……誇れるかしら?
――どこまで上り詰めたって、「上には上がいる」ってコトを知るの。
高いところに登れば登るほど、視界も広くなって、認知できる世界も広くなって、自分より素晴らしい自分を持っていて、自分より素晴らしい人生を送っている人を知るの。
きっと、ほとんどの人間は敗北者なのよ。それこそ「世界で一番」でも無ければ、誰かに「負けた」って思わされることは避けられないの。
だけど、それでも、誰かにとっての負け犬でも、妥協して、諦めて、「これはこれで良い」って、良くないんだけど……その人生を精一杯生きるのがフツーだと思う。
ユウキはどんどんどんどん「上」に登っていったわ。「上には上がいる」から、誰かの「下」が絶対に我慢ならないユウキは狂ったように「上」に登り続けたけど、そこにゴールなんて無い。
どこかで「誰かの下」であることを認めなきゃならなかったんだけど、ユウキは馬鹿で阿呆で異常だから、あのままいったらぶっ壊れるまで登り続けたに違いないわ。
でも、世の中ってすっごいの。ユウキがどれだけ努力したって平然とその上を行く人間なんて一杯いるの。
マリ、思うんだけど、歴史に名を残すような偉人の伝記の中で、「すっごく努力しました!」みたいな描写がよくあるのって、読んでる人に「それだけ努力したのならそんな高みにいるのは当然」って納得させたい為だと思うの。
じゃあ同じくらい努力したら、その偉人みたいになれるの?って話だけど、なれやしないの。
絶対的な才能を持つ人間、っていうのは確かにいるの。
努力以前に「運」と「才能」。
「絶対に覆せないモノがある」って言われたら、みんなやってられなくなりそうだから、全部ぜーんぶ「努力」次第だってコトにしたいのね。言い訳。逃げ道。そんなとこでしょうよ。
「努力が足りない」、「努力が足りない」……ロマンチストよね。大体、どこまで努力できるかっていうのも才能だと思うわよ?
ユウキね、高校二年の期末試験で、校内二位だったの。一番になれなかったの。それまでずーっと一位だったのに。
あれは荒れたわね。半狂乱でマリにぜーんぶ事情を説明してくれたわ。マリを殴りつけながらだったけど。
その時一位だった人はね、授業中はずーっと寝てて、テスト当日に、「今日の試験範囲ドコだっけ?」って隣の人に聞いてて、勉強してないの丸分かりの態度でね。
――でも一番だったの。
ユウキはその時に聞いたの。
「何で全然勉強してないキミが」って。
そしたらその人……
「たまには本気出してみよっかなって。……え?みんな本気出してないんじゃないの?だってさ、テストなんて本気出せばいつでも百点とれるじゃん。でもみんな本気になるのがめんどいから、そうしないだけだろ?――オレ最近彼女できてさぁ、ちょっとテンション上がってたんだよね~……だからめんどいけど本気出したんだ~」
……笑っちゃうわね?
実は裏で勉強してたんじゃないかって思ったんだけど、よくよく考えたらユウキは授業中という表の時間でも、放課後という裏の時間でも勉強してたんだし、コレはもう才能の差と言う他無いわね。それも、圧倒的な。……あるのよ、世の中には。「どうしようもない才能」。そんな夢も希望もない、ソレが。
……ううん、違うわね、何か。こんなことを考えたいワケじゃないの。
マリが今考えるべきなのは、あのクソ「お兄様」がマリに何をしたかってことよ。
マリは別に「世界で一番」にはなれなくても良かったけど、最底辺になりたいワケでも無かったの。
――だけど、それは許されなかったの。
「何をやらしても空回り、失敗してばっかり」
マリは、ユウキにそう「設定」させられた。
「成功」するのを許されなかったの。
テストで良い点を取れば頬を殴られたわ。
体育祭でのバスケでシュートを決めたら腹を蹴られたわ。
恋人が出来たら首を絞められたわ。
マリはね、「お兄様」に「世界で最下位」になることを強要されたの。
意外と難しいのよ、最下位って。
だってこっちも世界で一人しかなれないんだから。
ユウキもきっと、本当は最初から分かってたのよ。「世界で一番」になんかなれっこないって。それでも諦めきれないユウキは、諦めないのと同時に、自分が「上」だって徹底的に自覚したいが為に、マリを「世界で最下位」にしたかったみたい。そんなことをしてる暇があれば、その時間努力すれば良かったんじゃないかしら?
高校一年の頃、留年したわ。その学校、びっくりするほど偏差値が低いトコなんだけどね。
勉強することすら許してくれなかったから、宿題も全くできなかったし、テストは白紙。
流石にここまでくればユウキも手を緩めてくれるかしら、と思ったけど、甘かったわ。
その次の年も留年したわ。同じようにね。マリ、一歩も進歩できなかった。
「努力する素振りも見せない人を進学させる訳には行きません」って。
その時の先生がすっごく悲しそうな顔で言ったのを覚えてる。
――そういえば、小学生の時、「兄に虐待されてます」って先生に訴えたことがあるの。
ユウキ、先生にとっても怒られたわ。
「ごめんなさい、もう二度としません」って泣きながら謝ってた。
それを見て、すごく安心したんだけど、家に帰ったら……
「よくもオレに恥をかかせたな」
「絶対に許さないからな」
「二度と逆らう気が起きないようにしてやる」
……って。
で、マリ、その時処女を失ったの。凄くない?小学生よ?一年生だったかな。
何だか笑えるぐらいぐちゃぐちゃにされたわ。小学生で強姦被害。しかも近親相姦。
早熟、とかそんなレベルじゃないよねもう。
マリは「世界で最下位」の人間を必死で演じ続けた。そしたら本当に、「下」の人間、負け犬の中の負け犬になれたわ。
まぁ、下には下がいるのだけど。でも、結構良い線いってると思うわよ?