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1-1 背景/霞ゆく運命にある-2

 「チッ」

 

 う、うわぁ……舌打ち。舌打ちしたよこの人……


 「す、すいません、エンドウさん……」


 ワタシはとにかく謝ることにした。とりあえず、反省しているという事をはっきり示さないとどうなるかわかったものじゃない。被害はとにかく最小限に抑えるべき。

 

 「……あー。なに、その。キミに怒ってるわけじゃないからわたし。んなビクビクしなくても大丈夫だってぇ」


 振り向いたエンドウさんはニヤリと笑っていた。

 ……そう、エンドウさんは見た目こそ派手でワタシのような小心者からしてみればそれだけでちょっと気後れしてしまうし、吊り上がった目はいつも怒っているように見えるのだけど、意外にもワタシは彼女にはっきり怒られたことは無かった。

 それでもワタシが彼女に苦手意識を持っているのはひとえにワタシが悪い。彼女はむしろ優しいくらいなのに、まだワタシは彼女の容姿に気圧されている。チキンだワタシ。

 

 「まぁアレよ。次からは先に何か道案内を要求されたら行先のはっきりした名前を聞けばいいんでない?フツーはそれでスムーズにやれる。ま、あの爺さんはそれすらわかってなかったっぽいけど。キミもヤッカイなのに捕まったねぇ……つーかなんでさも当然のように案内の仕事なんてあるのかねぇ。そこら中に地図もあるしインフォメーションセンターもあるっつーのにさぁ。このデカいデパートの一店舗の従業員に過ぎないわたし達なんて捕まえてないで自分で探せよってカンジ」


 ニヤニヤと気の抜けた笑いをしているエンドウさんを見て、少し気が緩んできた。


 「エンドウさんは、この近くのお店は全部把握してるんですか?『スレドイ』の外のお店まで知ってるなんて……」

 「まっさかぁ。でもあのカレー屋さんはよく聞かれるから、しゃーなし覚えたのよ。もう何百回目だよってハナシ。ちったぁ自分で調べろっての。()()()があるんだからさぁ。ねぇ?」

 

 そう言って腕につけられたホログラム・フォンをべしべしと叩く。

 

 ……「ホログラム・フォン」について説明は必要だろうか?

 正直、2080年に生きるワタシ達にとっては当たり前のもの過ぎて逆に説明が難しいが……


 「ホログラム・フォン」略して「ホロフォ」の見た目はただの腕輪だ。

 その腕輪についた電源スイッチを押すと、例えばワタシのモノなら――


 「ようこそ、ハルカゼ・ツグキ」


 という画面が目の前に現れる。立体映像だ。ホログラム・ディスプレイと呼ばれている。

 腕輪から照射されているものだ。

 この「ホロフォ」、昔で言えば「パーソナルコンピューター」とか「スマートフォン」に近い。しかし、その性能は段違いだ。その登場は2030年。

 旧世代、通信機器として使用されていた「スマートフォン」と入れ替わるように世間に台頭してきた「ホロフォ」は、それまで物理ディスプレイを使っていた旧世代の情報処理機器と比べ、立体映像を照射してそれをディスプレイにする、という画期的な技術を使用していた。

 しかも軽量で、なおかつ、その当時の「スーパーコンピューター」……普及価格帯の計算機の性能では実行不可能な超大規模な計算処理が目的としていたそれと同レベルか、それ以上の情報処理能力を有していた「ホロフォ」はまさに、「2030年のテクノロジーの大革命」と言われるとんでもない代物だ。

 「ホロフォ」の登場で今まで使われていた「パーソナルコンピューター」や「スマートフォン」は無用になり、時代から姿を消すことになる。

 その「ホロフォ」の技術を応用した旧世代よりさらに飛躍的に性能が向上した「スーパーコンピューター・ネクスト」と呼ばれるものもあるらしいが、大体の情報処理は「ホロフォ」で十分過ぎるので、ほとんど製造されていない。

 今や、情報処理と言ったら「ホロフォ」。仕事もエンターテイメントもこれ一つ。

 何故そんな技術が実現できたのか?そんな事を説明してたら日が暮れる。というかワタシにもわからない。


 それが50年前に作られ、今も尚使われ続けているという事実はよくよく考えればとんでもないことだ。

 ……逆に言えば、50年も経っているのに「ホロフォ」の後を継ぐモノを産まれていない。「ホロフォ」が素晴らし過ぎるのか、もしくは、ワタシ達人類のテクノロジーが怠惰な停滞を続けているのか。

 どこかの学者が言っていたが、ワタシ達の暮らしは2030年頃からほとんど変わっていない、らしい。

 テクノロジーに限らず、ワタシ達人類はあらゆる分野で2030年頃から立ち止まったままだ。

 ――いや、訂正。この国の暮らしこそ変わっていないものの、海の向こうの国の生活はどんどん変わっていると思う。

 なんせ、ずっと続いていた紛争は10年前くらいに嘘のようにピタっと止まってしまったのだから。

 ここ10年は、人類の歴史上最も平和な時期だと言われている。

 かつて危険だらけの状況で日々を生きるのにも精一杯だった海の向こうの遠い国の人達は、今では当たり前のように食べる物が手に入る、人間らしい健全な生活をしているそうだ。

 まぁこの国はもともと平和な方で、物騒なことはそうそう起こらないが……

 

 「――ああいうクソ野郎はぶっ殺したくなんない、ハルカゼ君?」

 「い、いえその……あ、あはは……」


 ……こういうエンドウさんのような血気盛んな人もいるにはいる。もうそれはしょうがないことなのだろうか。

 近年のこの国の傾向としては、殺人事件の件数は少しずつ、しかし確実に増加の傾向にある。

 自殺者の数は倍々ゲームのような勢いで年々急激に増加している。

 

 とても平和な時代の筈なのに、この国を覆うムードは薄暗く、陰気な感じになっている。

 一体何が、誰が悪いのか……いや、そもそも明確な悪などあるのか。



 ――――――――――――――――――――――



 「――ああいうクソ野郎はぶっ殺したくなんない、ハルカゼ君?」

 「い、いえその……あ、あはは……」


 ハルカゼ君は答えづらそうに気ごちない愛想笑いを返してきた。

 ――ミスったかなぁ。ちょっと愚痴でも吐き出させた方がいいんじゃないか、とは思ったけど、流石に「ぶっ殺したくなんない?」はヤバイか。

 「うす、ぶっ殺したいっす!」とか返して来たらソレはソレでマズいし。

 まぁ新人だし、色々遠慮もするわな。


 ちなみにわたしは、さっきみたいなクソ野郎は本気でぶっ殺したいと思ってる。

 接客業なんて沢山の人間と接する仕事をしていると、すぐに「死んだ方がマシ」な人間なんてそこらじゅうにゴロゴロいる、なんて事実すぐに気が付いてしまう。今じゃそんなヤツらが実際に目の前で死んだとしてもヘラヘラ笑える予感がするくらい。

 まぁホントに殺しちゃったら即ブタ箱行きだからやらない。

 ……今の時代は戦争も紛争も無い平和で素晴らしい時代だ、なんてよく言われる。それは確かに間違い無いって頭の悪いわたしでもわかる。

 だけど、人間の中には法律やモラルで守られているのをいいことに、暴力ではなく言葉で人を好き勝手に傷つけるクズが沢山いる。言葉の暴力、なんて言い方は陳腐に思えるけれど、実際バカになんないなぁ、って思う。

 特に、立場の低い人間に対するソレは理不尽の極みだ。さっきハルカゼ君が受けていたソレのような。

 実際に体を傷つけているワケじゃないからどこかに訴えるにしたってきちんと伝えられなかったり伝わらなかったりするんだよね。

 ケガさせなけりゃ、命まで奪わなければ、何やってもいいのかなぁ、なーんて思う。

 こんなんなら暴力も殺しも認めてしまった方がまだ健全じゃないのかなぁ、とも思う。

 平等な、「調子に乗りすぎたら殺される」という抑止力があった方が……なんてね。

 

 ――難しいことを考えるのはキライ。わたしはもっと楽しくフラフラ生きていたい。

 難しいことを考えているのは疲れちゃってる証拠だ。疲れたくない。

 フツーで良い。フツーの人間でいたいし、フツーの人間としてわたしを扱ってくれる人と向き合って生きていたい。

 

 「お客様」みたいなこっちを奴隷のように扱ってくる人なんか見たくもない。お願いだからどっか行け。

 クソ野郎は殺していいっていう決まりがあるんならまだいいんだけど。

 だけど社会とかいうのはソレを許さない。

 どんなクズでも社会は他と同じようにソレを守る。

 クズは社会を盾にしてやりたい放題だ。


 ――そういえば、この国じゃあ最近は殺人や自殺が増えているそうだ。あんまり詳しくないけど。ニュースとか小難しそうで殆ど見ないんだよね。見ても悪い報せばっかりで気分が重くなるばかりだし。

 増えているということはソレが必要なタイミングが増えているということだ。

 殺人も自殺も「反社会的」な行動だというのに。みんなきっとそんな事はわかっている。わかっているのにやらざるを得なくなってしまっている。

 

 わたしは……安全圏から人を甚振るクズよりも、人を殺すクズの方がまだ許せる。どちらもクズではあるけれど、少なくとも殺人者はリスクをキチンと負うのだから。


 ダメだ、何考えているのかわからなくなってきた……どうも危険思想っぽいし。ホントに疲れてるっぽい。人殺しはよくないって。そう、よくないよくない。わたしは健全健康なちょっとチャラくてケバイ女の子(?)ですハイ。

 でも、「死んだ方がマシ」なヤツは確かにいるんだよなーなんてやっぱり危険思想な思いは何をどうしたって消えてくれそうに無い……怖いなぁ。自分が怖い。ヤダヤダ。

 わたしだってこれが本当に頭の悪い考えだってわかっている。暴力で、殺しで自分の抱える問題を解決するなんてことが。

 だけど、それでもそんな馬鹿な考えをしてしまう人がいることは実際に自分や他人を殺す人が確かにいることからわかる。社会のせいか他人のせいかその人自身のせいか。

 一体何が、誰が悪いのかな?それとも、もっと根本的に、社会や人間は何かを間違えてしまっているのかなぁ。



 ……何か恥ずかしくなってきた。なーにマジになっちゃってるのやら、わたしは。わかんないことは全部放り投げて、その場その場でヘラヘラ笑いながらなんとかしてればそれでいいじゃん?そうだよね?

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