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1-1 背景/霞ゆく運命にある-1

 「ワタシ達」にとって、目が覚める瞬間と言うのはいつも憂鬱なものである。

 いつだって、「明日が来なければ良いのに」、と思いながら眠るからだ。

  

 「ふわぁ……」


 あくびをしながらのそのそとベットから起き上がった。

 

 「……ん」


 胸元にペンダントがかかっていた。

 ペンダントにはガラスのケースが付けられていて、その中身には……


 「…………」


 思わず笑みが零れた。いつも感じる憂鬱な気分がすこし薄らいだ。


 ケースの中身は小さなボロボロの歯車だ。歯車というのは隣合い、噛み合う他の歯車があってこそのものなのだけど、これはこの一つだけで成立するものだ。

 何かの一部分じゃない、孤高の存在。

 

 コレは、ワタシだ。

 その歯車にワタシは深く共感し、その存在が誇らしかった。



 **********************



「なぁ!おニイちゃん!?おニイちゃん!!ちょっと聞きたいねんけどなぁ!!」


 無遠慮なその声を聞いて、自分の顔が少し歪んだ。

 振り向くと、赤ら顔をした老人が不機嫌そうにこちらを睨んでいるのが見える。

 

 「……っ……すみません、お客様が……はい、また後でかけ直します……はい、すみません、はい……」


 店舗用のホログラム・フォンの通話を切る。電話の相手は社内の上司。

 ……どうやら「お客様」にとっては店員が電話をしていようがどうでもいいらしい。

 そう、「お客様」は神様です。というヤツ。


 「お待たせしました……」

 「ウマいカレーの店があるって聞いたんやけど!!どこにあんの!?なぁ!?」

 「え……?え、えっと……」


 ちなみに、ここはデパート「スレドイ」内8階のアパレル店、「クラキ屋」。

 ワタシは「クラキ屋」の店員であって、カレー屋の店員ではない。

 勿論、それは相手もわかっているのだろうが、「お客様」にしてみればそんな事は些末なことなのだろう。

 この会社に就職してから3ヶ月。

 色々な事を学んできたが、一番理解できたのは仕事のことではなく、「『お客様』の中には店員を何でもさせられる奴隷のように扱う者がいる」ということだった。


 「カレーのお店、ですね……すみません、少々お待ち下さい、調べますので……」

 「は!?なんですぐわからんの!?」

 「す、すみません、お待ちいただけますか……!」

 

 傍のカウンターに置かれている「スレドイ」のフロアガイドの店舗索引に目を走らせていく。


 「ココで働いとるんやろ!?」


 詰め寄りながら「お客様」が怒鳴ってくる。

 無茶言うな、と心の中で舌打つ。

 いくら仕事場と言ってもここは11階まであるような場所だ。

 その全てを把握している従業員がどれほどいるのか。

 少し考えればわかりそうなものなのだが。

 大体今自分がやってることも「お客様」が自分でやれることと大して変わらない。

 今使っているフロアガイドはそこら中に置かれているし。

 これも店員の仕事の一つなんだろうか。

 営業妨害されているだけではないか。ないんだろうな。

 

 (カレー、カレー……そんなの見つからないぞ……)


 フロアガイドでは見つけられなかった。焦っているせいかも知れない。


 「はよせえや!!なぁ!?」


 怖い……腹立つが、怖い。

 頭の中がぐちゃぐちゃになっていくのを感じながら、何とか向き合う。

 

 「すみません、問い合わせますのでもう少々お待ちいただけますか……!」

 「まだかかんの!?アンタどんくさいなぁ!!えぇ!?」

 

 悔しいのか情けないのか恐ろしいのか、ワタシは半泣きのような表情になっていた。

 ホログラム・フォンの通話機能で「スレドイ」の問い合わせ窓口に――


 「……お客様」


 ――いつの間にか、上司がすぐ傍に立っていた。

 彼女の顔は微かに苛立っているように見えた。

 対応の遅いワタシに、だろうか。

 とはいえ、彼女が変わってくれるようで、そこだけは少し安心した。

 お客様は彼女の容姿に少し退いているようだった。

 パーマをかけた金髪に派手な化粧。吊り目でかなり気が強そうに見える。

 自分も派手な格好に変えてみるか、と思ったりもする。

 立場が弱いのならせめて見た目だけでも強そうにした方がいいのかも知れないし。

 新入りの自分がそんなことをしたら別の上司に怒られそうだけど。



 ――――――――――――――――――――――



 「……なんや?おネエちゃん?」


 おや、「お客様」がなんだか少しおとなしくなったぞ?

 ははぁ、もしかして見た目で態度を変えるタイプ?

 確かにさっきまでアンタが怒鳴り散らしてたハルカゼ君はなんだか気が弱そうだもんね。

 七三分けに眼鏡ってイマドキいないよねぇ。

 それに比べてわたしって随分な見た目してる。ま、これもしたくてしてるワケじゃないよ?

 「ケバイぞ、お前」って店長にも言われてるんだけど、まぁ自己防衛ってヤツ。「お客様」に対してはコレぐらいで丁度良いのよ。むしろもっと盛りたいぐらい。

 クズはすぐ見た目で判断するもんね。「コイツヤバイ」って思わせりゃこっちのモンよ。

 

 「お客様の仰られているカレーのお店というのはもしかして……『超級ホテルカレー三代目』のコトでございますかぁ?」

 「……!そうそう、それやそれ!そんな名前やった!」


 おい、コイツもしかして店の名前すらロクに覚えてなかったんじゃないだろうな。

 今の時代アンタみたいな老いぼれでもネットぐらい使えるだろーがよ。

 つーか、そもそもその店ってさぁ……


 「申し訳ありませんお客様、そのお店はココにはございませんねー」

 「……え、は?」

 「隣のデパートですねソレ。『キュリア』ってトコ、分かります?」

 「あ、おう……」

 「ソコの8階にありますよー」

 

 ニッコリと嘘だらけの営業スマイルで答えてやると、クソz……「お客様」はバツの悪そうな顔でモゴモゴ言いながらソソクサと離れていった。


 「チッ」


 ソイツの姿がエスカレーターに運ばれて消えていくのを見届けた後、思わず舌打ちが漏れた。

 ぶん殴ってやりたかったなぁ。アイツ。

 わたし、ああいうヤッカイな「お客様」なんてさぁ――


 

 死んだ方が良いと思う。

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