2-1 働いたら負け-2
「“ゲーム”のルールは単純明快、バトルロイヤル方式!街中のテキトーな他の“不適合者”に喧嘩を売りまくれ!ぶっ殺して“廻”の媒介である歯車を奪え!歯車同士はくっつけると一つに融合するようにできているぞ!歯車は他の歯車と融合するたびに力を増し、“C.O.W”の性能が上昇する!誰よりも多くの“不適合者”をぶっ殺して、最強の“C.O.W”を手に入れろ!」
……というのが、“不適合者”同士の“ゲーム”の大まかなルールだった。“不適合者”達が持っているあのボロボロの歯車を巡る殺し合い。歯車が手に入れば手に入る程、自らの必殺技である“C.O.W”を強くでき、やがて最強を目指す。
逆に言えばそれ以外には何のルールも無い。一般人を何人犠牲にしようがお咎め無し。ニュースは早速“不適合者”による一般人への殺害被害の記事ばかりになった。
「試運転でもしてんじゃねぇの?」
というのが店長の見解。とりあえず今は自分の能力がどんなものかを見極めている段階なのだろう、と。
加えて言うなら彼らは“不適合者”。
社会に上手く溶け込めず、順調な人生など歩んでいるはずも無く、故に周りの人間に対しても良い印象は持っていないだろう。
今までは「力」が無かったが、それさえ手に入れば彼らは一般人をゴミのように扱うだろう。今までの鬱憤を晴らすかのように、実験台にして、徒に殺して捨てる。
そんな自分の考えを実に楽しげに語る店長。……“不適合者”よりあんたが怖いわ。
「この前の『国土の8割が突然消失』ってのも多分、“不適合者”の仕業だろうなぁ。こりゃ“結界”が無けりゃアイツら世界中の軍隊全部より強いんじゃねぇの。おっかねぇなぁ~」
“結界”というのは昨日の彼女とハルカゼ君の戦いの時のあの真っ黒い空間の事だ。
「つうしんぼ」によると“不適合者”同士がお互いを「敵」と認識した際に発生し、半径1キロの生物とそれが身に着けている物以外の全ての物質を一時的に「退場」させ、“不適合者”の能力を格段に弱体化させるものらしい。
……だけど、弱体化していた筈の彼女とハルカゼ君の昨日の戦いは壮絶なものだった。あんなの一般人に介入できるものじゃない。少なくともわたしには彼らの動きを目で追うので精一杯だった。
あれで弱体化していたっていうのなら、“結界”の無い状態の“不適合者”は完全に無敵だ。
「もし“不適合者”共が最後の一人になるまで殺し合うんなら、その最後の一人にゃ誰も手が付けられんだろうな。世界丸ごと力で支配してやりたい放題だ。一般人にとっちゃ最悪のディストピアだな」
最悪の未来をむしろそれを望んでいるかのような口調で語る店長。マジで頭おかしい。
「……はぁ~~……」
「どしたよエンドウ」
「いやどーしたもこーしたも。コレ要はわたし達“不適合者”じゃない一般人はもう命の保証が全く無いってことじゃん。今から一秒後にでも“不適合者”にぶっ殺されてもおかしくない」
「そーだな」
「そーだな。じゃないっての!ちょっと前まで世界は戦争も無くて、超平和だったのにどうしてこんな……!」
「平和、平和ねぇ。……この国に限って言やあ殺人事件の数は増えてたんだぞエンドウ。いきなりぶっ殺されるかも知れねぇってのは今までと変わらんだろ?」
「……いやま、そりゃそうかもだけど。今までより危険になったのは確かでしょ?」
「そりゃそうかもな――なぁ、エンドウ」
「……なんですか?」
ふと店長は、改まった口調になった。
「……この世界、ちょいと複雑過ぎると思わねぇか」
「……は?」
いきなり話題がよくわからんところに飛んだ。
「いきなりなんすか」
「いやなぁ、とにかく俺は生きるのってめんどくせーなって思うワケよ。例えば、ムカつく野郎が居たらぶっ飛ばしたくなるけどよ、法律やら立場やら何やらで、大体そういう『単純な選択肢』ってのは選べねぇ」
「はぁ」
「それに比べりゃ、今のこの状況はすげえわかりやすい。“不適合者”っつー絶対のバケモノがいて、そいつらが確固たる基準になってくれてんだ。今までの世界のよくわかんねぇシステムなんか気にする必要もねぇ。『俺たちは“不適合者”には絶対敵わなくて、“不適合者”がその気になりゃ俺たちはすぐ死ぬ』って言う絶対の単純明快な決まりができたんだ。当たり前だが俺たちは死んだら何もかも終わりだ。今や俺たちはなーんも出来ねぇ雑魚だ。世界の複雑さなんて気にする資格もねぇ程のな」
「…………」
「なーんも出来ねぇ。なーんも考える必要がねぇ。そう思ったらすげえ気が楽になったんだよ、俺は」
「てんちょー、あんた疲れ過ぎじゃね。仕事してない癖に」
「そりゃ疲れるっつーの。生きてるだけでクソ疲れる。俺にとっちゃ世界は複雑過ぎて、たまに呼吸してるだけで息苦しく感じる時だってある。だけどもうそんな人生とはオサラバだ。俺は死ぬまで“不適合者”共のトンデモバトルを観戦して過ごすことにしたらぁ」
「なげやりかよ……」
「おうよ。ここまで無茶苦茶になったら全部どうでもよくなった。全部どうでもよくなったら逆に生きるのが随分楽になるもんだぜ。どうせ吹けば飛ぶ命って思えばよ、将来なんて考える必要も無くなればよ、思考がクリアになるんだよ。」
確かに、わたし達はただ生きてるだけでもわりと色々と面倒な事に巻き込まれて、苦しいことを沢山経験する。
正直わたしは、「何の為に生きているか」なんて忘れてしまった。生きることの苦しさに呑み込まれて、ただ人生をやり過ごすことで精一杯だ。
そんなわたしは「生きるのも死ぬのもどうでもいい」と思うことで生きるのが少し楽になった。
もしかして店長は今、そういうことを言っているのだろうか。
とにかくありとあらゆる何もかも全てがどうでもよくなれば、なんにも怖くないし、苦しくないし、辛くない……ってことなのだろうか。
だけどそんな考えに行き着くのは、そうそう出来るものじゃない。……しかし、今は“不適合者”達がいる。わたし達を容易く消してしまえる存在が。
「“不適合者”共のおかげで俺たち一般人のこの世のルールはたった一つになったんだよ。『“不適合者”にぶっ殺されるまで生きる』っていうだだ一つにな。爽快な話じゃねぇか」
……店長が“不適合者”じゃないのがマジで不思議だ……どれだけ生きるの辛かったんだよ。
「――しかし、コイツはちょいと微妙かもな」
そういって「つうしんぼ」の最後のページを表示して見せてくる。そこには……
「この『つうしんぼ』はボクが作りました」
という文字と共に、一枚の顔写真。スーパーの野菜のパッケージみたいだなオイ。
写真には輝く金髪のロングヘア―に整った顔立ちをした青年が満面の笑みでピースサインをしながら写っていた。こいつがこの一連の騒ぎの仕掛け人ってことかな?
「この『神』ってのはマジなのか?……いやなんつーか大味過ぎるよなぁ。『神』って言ってりゃいいだろ、みたいなテキトーさを感じるぜ」
「……大味な展開なのは今更じゃない?」
……文章の最後に「神」と署名?されていた。随分大きく出たもんだ。神様ねぇ。まぁ神様でも無ければこんな大がかりなこと仕掛けられないかも知れないけれどさぁ。
つーか何でこの「神」とやらはこんなこと仕掛けてきたんだ?こいつが本物の神様かどうかはともかく、聞きたいことが山積みだ。
――きっと、みんなそう思っていたんだろうな。