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混沌の庭  作者: 瑞雨ねるね
第一章 青空謳歌
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第八話 満漢全席

 アランは宛がわれた部屋に入ると、休憩もそこそこに家探しを始めた。

 ベッドを覆う布団を捲り、直接触れてその凹凸を確かめる。箪笥やクローゼットは一息で全開にまで引き開け、注意深く一瞥した。

 窓は壁と天井に一つずつあるが、どちらも周辺に異常は見られない。妖しい人影は勿論、監視に適した物見台の類も確認できなかった。

(蒸気機関は――クルーシュチャ、だな)

 部屋の端、ベッドの脇に設えられたドラム缶状の円筒物(ストーブ)。その表面に刻印された『Kruschtya』の文字を、アランは指先でそっと撫でた。

 最新式の蒸気機関クルーシュチャ・エンジンは一家に一台備えられている。その理由は単純で、便利な上にお金が掛からないからだ。


 旧来の蒸気機関であれば、メンテナンスに労力が必須であった。

 旧暦における世界では、電気を使用すればその分出費があった。


 しかし、クルーシュチャには()()()()()。何故ならば、クルーシュチャは()()()()()()()()()()()()()


 ―――第一種永久機関。


 人類史において、幾人もの碩学達が、幾星霜もの年月の間ずっと研究し続けた魔法のような科学。それを実現して見せたのは、暦を星暦へと進めた男だった。

 世界が滅びへと向かう大災害の最中、ヒュペルボレオスを建国した国父――チャールズ・B・クルーシュチャ碩学。

 あまりにも優れた頭脳を持つが故に、その有用性から死後、脳髄を取り出され永久保存すべく封印された偉人。そんな彼が一代で設計・建造した巨大な蒸気機関――それこそが、一般に永久蒸気機関クルーシュチャ・エンジンと呼称されるヒュペルボレオスの要なのであった。

 無限の熱量、無窮の冷気、無尽の水源――それ等を循環させ、永遠に電力を生み続け、それを無償で人々に提供する機構。そして国内外に繋がる全てのシステムを統括する階差解析機関ディファレンス・オルガン、人工知能『マニトゥ』の存在。これ等なくして、ヒュペルボレオスの平穏は有り得ないのだという。

 現にアランの部屋にあるストーブもまた、ヒュペルボレオスの地下にある永久蒸気機関クルーシュチャ・エンジン――そこから伸びる、謂わば端末のようなものなのだ。

 ストーブの放射板(ヒーター)が、部屋の壁中に埋め込まれた熱導管(パイプ)が、部屋中に熱をもたらしている。熱過ぎることはなくまた生温くもない、絶妙に加減された室温だった。

 総じて、色のない凍てついたこの世界で生きるには――外から吹雪く冷たい寒さを凌ぐには、この暖房設備が必要不可欠なのだ。


 快適な生活、愉快な日々。それ等が約束された永久国家、ヒュペルボレオス。

 ()()()()―――――ヒュペルボレオスは、決して楽園などではないのだろう。


(不要だな、これは)

 そう断じて、アランは無言でストーブの電源を落とす。

 とはいえ密閉された空間だ、直ぐに室内の気温が変わることは有り得ない。アランは窓を開けると、その敷居に腰掛けた。

 微風に短い黒髪を遊ばせながら、ゆっくりと息を吸う。

 その瞬間、()せ返るような煙草の臭いが肺を満たした。

「……ダメだな。この空気の方が不快だ」

 眉間に皺を寄せ、開けたばかりの窓を閉じる。

 最低限、いざという時の為の脱出経路は確認できた。問題はない。

 それとほぼ同じタイミングで、ポケットに仕舞っていた携帯端末が律動した。喧しくアラームを掻き鳴らすソレが、主に着信を告げている。

「…………」

 なんとなく着信相手を察し、アランは凄まじく嫌そうに顔を歪める。その表情は折しも、シャーロットに『携帯端末の扱い方を知っているか否か』問われた時に見せたものと、全く同じだった。

 起動した画面を確認してみれば、なんのことはない、テレビ電話の着信画面である。もしそこに何かしら問題を見出すのだとすれば、それは通常なら存在しない筈の掌を模したカーソルが突如として画面内に出現し、あまつさえそれが勝手に操作されていることだろう。

 独りでに画面を横切ったカーソルが通話ボタンに重なり、クリック音がスピーカーから漏れる。

 その次の瞬間――携帯端末の画面が暗転し、謎の映像が映し出された。


『―――HEY! HELLO! Moshi, Moshi!?

 おはようからおやすみまで、おやすみからおはようまで! みんなの暮らしを見守り這い寄る最強AI、マニトゥちゃん様の登場だよ―――――ッ!』


 ―――――パンパカパーン!


 クラッカーを模した紙吹雪の映像が画面を彩り、愉快な破裂音がスピーカーを通じて強かに鼓膜を揺さぶった。

「…………」

 アランは先程よりも深く眉間に皺を刻み付けて、携帯端末の画面を見下ろす。

 画面に映り込むソレは、幼い少女の(すがた)を象っていた。

 褐色の肌と、肩甲骨の辺りまでを覆う白い髪。形の良いアーモンド形の紅い瞳を細めた姿は、鷲の羽根を模した髪飾りなど、野生的要素を取り込んだ黒と赤のゴシックロリータ衣装と相まって、どこか霊的な神秘性を感じさせた。

 とはいえ、所詮ソレはコンピュータによって描かれた3Dグラフィックである。全ては視た者が得るであろう印象を考え尽くした上で考案された、ただの虚像でしかない。

 これが、マニトゥ。精霊の名を持つ電子生命体だ。

 永久機関クルーシュチャと並び、国内外のあらゆる方面から重要視されるもの。

 建国以来、国父であるチャールズを始祖とした碩学達、『偉大なる一族』――それ等を取りまとめ、あらゆる国家公務機関を統べ、実質的にヒュペルボレオスを統治してきた人類史上最高位の人工知能。

 ―――そしてある特定の分野においては最も旧き支配者グレート・オールド・ワンと呼び称えられ、神格化された、唯一無二の存在。

 それが、マニトゥだ。その筈だ。

 しかしアランの掌中に広がる小さな窓の中ではっちゃける電波(ソレ)もまた、紛れもなくマニトゥその人なのである。

 そしてこの愉快な姿こそが、ヒュペルボレオスにおける『マニトゥ』なる存在への共通認識でもあった。つまり――マニトゥと呼び表される人工知能は、常日頃からこのようなポンコツ的存在としてヒュペルボレオスの頂点に君臨しているのである。

「またお前か。飛行船の時といい、汽車の時といい……一体何の用だ、ポンコツド外道AI」

『残念ながら当方の識別ワードにそのような冒涜的音声信号は記録されておりませーん! さあ、気を取り直して「ごきげんよう(HELLO)」と言ってみよう! 挨拶は大事、みんな知ってるね? もちろん君も知ってるね? ホラホラ、ハリーハリー?』

ごきげんよう(FUCK OFF)

『屋上へ来たまえ、久々にキレてしまったよ』

 はっはっは、と上機嫌に乾いた笑いが響く。それは人工的に造られた合成音声の類である筈だが、その声音は天然のものと全く相違なかった。

『とまあ、それは一旦置いておこう。―――さて、アラン君? どうだい、これから住まう借り宿の感想は?』

「シャーロットは馴染みやすい娘だからな。概ね問題はないだろう」

『ははっ、なるほどなるほど。やはり基準はソレ(・・)か。結構なことさ、ボクも厳選した甲斐があるというものだ。出来ないことはないが、やはり第一志望に収まって頂いた方が、双方共に都合がいいだろうからね。それに何より―――』


 ―――君の大切なものは、もうそれだけしか残っていないものね?


 宙空に浮かび、潜水するような体を丸めた態勢でくつくつとマニトゥが笑いを漏らす。それは本物の人間もかくやというような、自然な仕草だった。

 通常、3DCGを動かす場合には小数点以下の細やかな数字――それも円周率のような、誤差にも似た膨大な数値を意識して変動させなければならない。結果として、総時間一秒切りの動作を造り上げるのにも、一カ月以上掛かるのなんてことはザラだ。でなければ、僅かなズレは強烈な違和感となって視覚に襲い掛かるだろう。

 その点、マニトゥのCG(アバター)が見せる仕草はよく出来ている。その全てが本物の人間と同じように、リアルなものとして目に映った。

 ならば巨大な企業が電子精霊マニトゥの為に細かな視覚映像(モーションパターン)を、膨大な時間を掛けて一つずつ製作しているのか? ―――答えは否である。

 これは予め用意された動作(パターン)をその場面場面に合わせて再生(リプレイ)している訳では決してなかった。(ボーン)が起こすその一動作の全てを、その場で演算し無数の処理を重ねながら、リアルタイムでアランが持つ端末画面――場合によってはアランの物に限らない――に出力(アウトプット)しているのだ。

 だからこそ、不自然な動作は元より、無理やり当て嵌めたような違和感のある仕草(パターン)は存在しない。無論、これは人間には到底不可能な離れ業である。全ては彼女が、大変優れた人工知能であるということの証左――その片鱗に他ならなかった。

 とはいえ、それを理解出来るアランではない。

 マニトゥが見せる人間らしい立ち居振る舞い、その全てがどうしようもなく(しゃく)に障るだけだった。

「…………」

『おっと、電源ボタンを長押ししても無駄さ。今この端末はボクの支配下にある。話には最後まで付き合ってもらうとも。―――まあ、途中退席は自由だけどね?』

「……………………話とは?」

 長い沈黙を置いてから、アランは漸くマニトゥに付き合う態勢を取る。それをしてマニトゥは、まだまだ見た目通りの子供だね、と忍び笑いを漏らした。

『それはもちろん、君とボクが倒すべき共通の()について。あの愚かしい道化男爵(バロン・サムディ)が抱く()()()()()()(くじ)く為の、ちょっとした内緒話さ』

 ニヤリと。悪だくみしているのは自分の方だと言うように、マニトゥが歪に口端を捻じ曲げる。そして彼女は泳ぐように体を一転させると、右腕を薙いで見せた。

 一閃した軌跡を辿るように、幾つかの資料が画面上に出現する。

 びっしりと画面を埋め尽くす黒い文字列の群れ。それを流し読みしている途中で、不意にアランは決して見逃すことのできない情報(ワード)をその中から見出した。


 青空教会。


「これは―――」

「―――アラン君、入ってもよろしいでしょうか?」

「……っ! んッンー? ―――――はい、どうぞ」

 ノックされた瞬間に半ば反射的に携帯端末をスリープモードに移行させ、一瞬胸の辺りでつっかえた何かを飲み下しつつ振り返る。

 扉を開き、足を踏み入れた状態のカルティエと視線が合った。

 にこりと微笑む彼女の笑顔と、その後ろから覗き込んでいるシャーロットの笑みがアランの視界に映る。

「どうでしょう、このお部屋は気に入って頂けましたか――って、あれ?」

 ストーブの電源がオフになっているのに気が付いたのだろう、カルティエは戸惑った様子でおずおずと口を開いた。

「え、ええとその……暑かった、でしょうか? 一応、二十一度ぴったりを維持していたと思うのですが……」

「ああ、これは癖のようなものでして、御心配には及びません。私は壁外(ネイティブ)育ちですから。未だに少し寒いくらいが丁度いいのです」

「そう、なのですか? ……分かりました。ですが、くれぐれも体調を崩さないよう注意してくださいね? ―――ああ、いやっ、今のは風邪をひかれると看病が面倒だからとか、そういう意味ではなくてですね!?」

 カルティエが目に見えてあたふたと舌を回す。冷静であろうと努め、事実そのように振る舞えていた彼女らしからぬ行動だった。

 寒冷地(ヒュペルボレオス)において、ストーブの電源を切るなどという行為は自殺か奇行以上の意味を持たない。そしてカルティエのアランに対する印象は、彼がその手の行為から縁遠い人物であると推察していた。

 しかし現実に、彼は上着を脱ぎ払い、あまつさえストーブの電源を切ってしまっている。これでは道理が通らない。

 この通らない道理を通すため、人の思考は無意識に二つの分岐を辿る。

 相手がおかしいのか、あるいは自分がおかしなことを仕出かしてしまったのか。この二択だ。そしてカルティエはどちらかといえば、後者のように考える人間のようであった。

 アランはカルティエの背後で「フレー、フレー!」と口パクでエールを送るシャーロットを無視して、柔らかく微笑みかける。

「了解しております。元より私の体を案じて頂けるのであれば、それ以上のことは望みません。私も出来るだけ早く、こちらでの生活に慣れるよう精進しましょう」

「―――っ! はいっ!」

 不安気に濁っていた表情をパッと払拭して、カルティエは花のような笑みを咲かせた。それを見てアランの表情がより柔らかなものになる。更にシャーロットが「やったぜ(YEAH)!」と歓声を上げた。

 二人の間に流れる穏やかな空気。そんな情景に、シャーロットの生温かな視線と応援(エール)が突き刺さる。それが遂に何らかの作用を発揮したのか、カルティエは再びあたふたとし始めた。

「え、えぇと……その、ですね。アラン君?」

「……? どうかしましたか、カルティエ?」

 あたふた、もじもじ。そんな風に忙しなく視線を泳がせ、指先を擦り合わせるカルティエにアランは小首を傾げる。そしてシャーロットの声なき声援がより大きくなった。

 やがてカルティエは意を決したように拳を握るが―――

「―――……いえ、急な用事ではないのですが。この事務所には私以外にもう一人住人がおりまして、よく考えればそちらの紹介がまだでしたから。丁度手が空いている様子であれば軽く挨拶を……と思い、お邪魔させて頂きました。すみません」

「……? はあ、分かりました。では今から行きましょうか」

 肩を落として眦を下げ、突如としてどす黒いオーラを纏ったカルティエに困惑しつつも、アランは頷く。そして掌の携帯端末をポケットに滑り込ませると、ベッドの上に畳んで置いていた上着の袖に腕を通し、羽織り直した。

 ちらりとカルティエの背後に視線を走らせると、扉の隙間からこちらの様子を窺っていたシャーロットが、「なぜなのか(DUM-DUM)」と落胆している。

(あの娘は何をやっているのだろう)

 カルティエの横を通り抜け、彼女を後ろに伴いつつ、部屋を出る。すると、白々しいほどに先程までの狂態を感じさせぬ様子のシャーロットが出迎えた。

「あら、おにいさま。ごきげんよう」

「ヤメロ。まったく……さっきからお前は、一体何がしたいんだ?」

「それはもう……私はおにいさまのリアルが充実し過ぎて爆発する様をこの目で見たいだけですわ」

「ふぅん。つまりさっきのアレは、俺を爆死させるための呪いの儀式って訳か」

「HAHAHA! お兄ちゃんが爆死するなんてそんなバカな!」

「……それもそうだな」

 はっはっはと、アランとシャーロットはどことなくブラックな臭いが漂う笑いを交わす。そんな二人を、カルティエは羨ましそうに眺めていた。


 * * *


「ドーモ、はじめまして。アラン・ウィックです。コンゴトモヨロシク」

「ドーモ、はじめまして。シャーロット・ウィックです。コンゴトモヨロシク」

「お、おう……よろしく……」

 手短に要約すると、大体そのような感じのやり取りがあった。

 粛々と自己紹介するアランと、それに追従するシャーロット。そして二人の姿を直視して、瞠目しながらしどろもどろに頷くエドガー。

 エドガーの反応が不自然だが、その原因は先程の出オチ未遂(アクシデント)によるものだろうとカルティエは判断していた。

「…………」

「…………」

 硬直したように動かないアランとエドガー。互いの視線が重なることは一度もなかったため睨み合ってはいない筈だが、しかし二人の間に漂う妙な重圧がその場の空気を硬く懲り固めていた。

 居合わせているだけで肩が凝りそうな雰囲気。それを払拭すべく動いたのは、カルティエだった。

「―――とっ、とりあえず、これで自己紹介も終わったことですし! それにもう良い時間ですから、今から夕食にしましょうか!」

「やったー!」

 強かに手を叩いて宣言する。シャーロットが諸手を挙げて賛同した。

 男二人が放つ何処となく重苦しい空気を引き連れ、台所へ移動する。そこは所謂ダイニングキッチンであったが、その二つが全く別々に区分けされているように見えるほど、ひどく広々とした造りであった。

 ただし、アランとシャーロットがそのような印象を抱くことはなかった。

 二人が特別広いダイニングキッチンを見慣れていたからではない。ダイニングの中央に鎮座するソレに、一瞬にして目を奪われてしまったからだ。


 ソレを一言で表すのなら、満漢全席、であった。


 大人五人が乗っても支障なさそうな朱塗りの巨大なターンテーブルと、その机上を埋め尽くす料理、料理、料理! 量より質の概念(オートキュイジーヌ)が裸足で逃げ出すような、圧倒的物量! 見れば(よだれ)(あふ)れ、嗅げば腹の虫が暴れ出す、とても美事な中亨(チョー=チョー)料理の大軍団が、白い湯気と熱気を濛々(もうもう)と昇らせて、アラン達の到来を今か今かと待ち構えていたのだ!

 ―――ちなみに。

 中亨(チョー=チョー)というのは旧暦時代にあった文化の一系統を表す、ヒュペルボレオスの現代語である。他に洋教(アトランティス)和郷(ミシマ)の二つがあり、中亨(チョー=チョー)と合わせた三つが旧暦時代文化の代表的な区分であるとされている。

「今日は貴方達二人の入居祝いということで、腕に依りをかけていっぱい作りました! それでその、よろしければ、たくさん食べて頂ければと、思いまして……」

 目を見開いて沈黙するアランとシャーロットの姿を、「あまりの量の多さに引いている」と判断したのか。カルティエは自信なさげに声量を下げつつも、何とか意図を伝える。

 アランはその言葉を聞いていた。ただしシャーロットの耳に入っているのかは怪しいものだったが―――

「―――シャーロット」

「………………なに?」

 まるで待て、と命じられた犬のように、シャーロットは懸命に衝動を噛み殺して答える。それは実に愛らしく、見ている方がもどかしくなる様な姿だった。

 そんな彼女に、アランは言う。

「聞いた通りだ。残すなよ?」

「……ッ! うん!」

 背景に向日葵の花畑を群生させんばかりに元気よく頷くシャーロット。その笑顔を満足気に眺めてから、アランはカルティエに顔を向けた。

「と、いう訳です。私もシャーロットも全て食べ切るつもりですが、構いませんか?」

「へぁっ!? だっ、大丈夫です! パンでもライスでもインスタント麺でも、お代わり自由ですから遠慮なくどうぞ! ほらエドガー、二人に取り皿をくば――いえ私が持って来ますねすみませんエドガー!」

「ぐへぁっ!? い、了解(Ia)……」

 気落ちしていた所に半ば不意打ちを食らったせいか、既に所定の位置で待機(スタンバイ)しているシャーロットを目視するや否や、カルティエは振り向き様に不注意でエドガーの脇腹に肘を叩き込んでしまった。

 エドガーが膝を折るまでの数舜の間に、謝罪を残してキッチンへと駆け、涎を垂らすシャーロットの下へ飛んで行くカルティエ。それはアランですら思わず目を見張らずにはいられないような、異様な速力であった。

「……大丈夫ですか、ミスター・ボウ。立てますか?」

「ああ、ありが――いや、大丈夫だ。自分の足で立てる」

 先程の醜態を帳消しにするような凛々しい表情で、エドガーはすっと立ち上がる。しかし一秒もすれば、唇の端がぶるぶると引き摺り始めた。

 どうやらかなり良い一撃を貰ったらしい。

「なるほど、どうやら大丈夫そうですね。それでは食卓に着きましょうか」

「応、望む所だ。……ちなみに俺の実年齢は三十六だ。既に食が細くなり始めてるからな、若いんだから君は遠慮せず沢山食べるんだぞ! むしろ俺の分までかき込む勢いでどうぞ!」

「―――――了解しました」

「……待て、なんだその迫真の肯定は。まさか、本気で全部持っていく気じゃないだろうな!? 食べ過ぎはよろしくないぞ発育の良い少年ッ!」

「いえ、流石にそこまで大食いではありませんよ、()()。それが可能な物量でもありませんし。むしろ気を付けた方がいいのは―――」

「―――お兄ちゃーん! エドガーおじさーん! 早く早くー!」

 待ちきれない様子のシャーロットが、アランの言葉を寸断して二人を呼びかける。楽し気にぶんぶんと手を振る彼女の姿に、カルティエは優し気に苦笑した。

 そして彼等四人は等間隔にテーブルを囲むと、食前の音頭もそこそこに、全員で満漢全席(バイキング)へと果敢に挑みに掛かる。


 その一方で、


『―――――うーむ。どうにも忘れられているような気がしなくもない、かな?』

 ポケットの内に仕舞われた携帯端末――その画面にぽつんと独り映るマニトゥが、不安気に首を捻っていた。

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