第四十一話 怪獣大決戦 1
ダーレスは碩学ではない。
紛れもなく偉大なる一族の血統なのだが、生まれ持った能力は極めて凡庸。努力することで秀才にこそなれはしたものの、しかしその頭脳の出来は天才には遠く及ばない。一番はいつも従姉妹の少女で、自分はといえば精々が十番。良くて七番止まり。それが現実だった。
故にレプリディオール。
贋作の名を与えられた、何も持たない少年だ。
『―――して、目標の様子はどうであるか?』
顔面の筋肉を一切動かすことなく、喉に埋め込まれた電動式の発声機から声を発する。
答えるのは傍らのウィルバーだ。
彼は双眼鏡のレンズを覗き込み、カーテンに閉ざされた学棟の教室を注視している。
「今のところ動き無しッスねー。そっちではどうだよ、ジュニア?」
「……えと……目標を、光学で捕捉していますが……まだ、教室から出ていないです……」
無線戦車隊を統制する指揮用機。校舎であるビルディングを包囲する形で展開する合計四十五両の大部隊の後方――遠く離れた専用仕様の戦車に乗ったジュニアが、搭乗口から上半身だけを出した状態で応答する。
搭乗口の周りには急拵えのプラットフォームが備えられていた。
幾つものモニターに視線を走らせながら忙しなく指先を動かし、制御卓のキーボードを叩く。五つの画面には各無線戦車に備えられたセンサーが拾う情報が表示されており、更に現在進行形で行っている違法行為の状況を報せていた。
アランの位置を捉えたのは偏にジュニアの手柄である。
携帯端末の管理会社が有する管理端末に不正接続し、ここ数時間の間に新規購入された携帯端末とその位置情報を獲得。そして都市の運営を司る階差解析機関『サード・ヘルメス』にも侵入。街中の監視カメラの映像を取得し、携帯端末の位置情報と照合。アランの居場所を突き止めるに至った。
そしてトライアドのサーバーを支配し、番組として配信されている撮影機の映像をダミーのものと差し替え目標の油断を誘う工作まで実行したのである。
言うは易し、行うは難し。
そのあまりにも優れた電子諜報能力は、碩学の二大巨頭の一雄であるアブドゥル・アルハザードの名を継ぐ者に相応しいものだった。
「ん? 目標に動きあり。なんか窓に張り紙をしてるんスけど」
双眼鏡を覗き込んでいたウィルバーが報告する。
『ふむ。張り紙にはなんと書かれているのであるか?』
「あー……『こちらには人質がいる。そちらに不審な動きがあれば、これの安全は保障できない』って書いてあるッスねぇ」
『なるほど、そうきたであるか』
思案気に、顎に指先を添えるダーレス。
これに対して最も慌てた反応を示したのはジュニアだった。彼は指揮官用の戦車車両から身を乗り出し気味になり、私見を述べる。
「……ま、まずいですよ……建物内部に目標以外の生体反応は、ありませんが……もしかしたら、どこか監視カメラの死角になるところに人質を捕縛して、遠隔で危害を加えられるよう準備している可能性は、あります。……初めから、彼の行動を監視できていた訳ではないので……」
彼の言い分はもっともだ。
イベントの開始から既に二時間半が経過しているのだ。ダーレス達がそうしていたように、アランにも予め手を打っておけるだけの時間は十二分にあった。
『ウィリー、君はどう思う?』
正面を見据えたまま、ダーレスは傍らに立つ灰色の少年に水を向ける。
ウィルバーは頭を振った。
「ありゃ時間稼ぎの為のブラフだな。こっちが手を拱いている間に、屋上かどっかから包囲網を抜けようって魂胆だと思うぜ」
―――そもそもアレ、人質を取るなんてカワイイことする性格じゃないっしょー?
剽軽な笑みを口元に浮かべて、そううそぶく。
実際の所、彼の読みはぴたりと当たっていた。
「あ……目標が移動を始めました。教室を出て……階段の方に……!」
「うしっ、予想通りの動きキタコレ!」
拳を握りガッツポーズ。
段階としてまだ決め付けるのは早計であるが、ウィルバーが培った勘と戦術眼は確かなものだ。アランがそうであるように、彼もまた数多の諜報戦を潜り抜けてきた天才である。
経験則に基づく見解――ダーレスはそこに確かな信を置いている。最早、疑う余地はない。
『さて――ならば、これから我々が取るべき方策は明確であるな』
一歩、前に出て。
威風堂々たる佇まいで、ダーレスは両腕を組む。
愛すべき友人達の手腕によって状況は整った。ならば次は自分の番だと、金色の少年は胸を張る。
『ウィリーとジュニアはこの場に待機。目標の動きに応じて無線戦車隊を指揮し、並行して不測の事態に備えオルガン・アカデミー中のありとあらゆる場所を確認。彼が捕らえたと思しき人質を発見したならばこれを報告。迅速に開放するよう動き給えである。
僕はこれから、目標を直接押さえに行く―――』
雄々しく宣言する。
それはまさに大将と呼ぶに値する采配だった。動員可能な人員の能力を正しく理解した模範解答だ。少なくとも、ウィルバーとジュニアに出した指示に関しては非の打ち所がない。
ただし、彼が自身に与えた役割のみ分不相応だった。
少なくともウィルバーはそう評価していた。表向きはさも「異論はありません」と善良に笑っているが、内心では「無☆理!」と嘲笑い舌を出している。
彼は知っている。
アラン・ウィックがどういう生き物なのか、正しく理解している。
彼の者は魔術をその身に宿した最強の神話生物。百戦錬磨の諜報員であり、格闘技の達人だ。ただの人間が太刀打ち出来る存在ではない。故にダーレスどころか自分達には一パーセントも勝ち目はないと――そう決め付けていたのだが。
『カメラを切り替えろジュニア! 僕の姿を、遍く楽園の民に見せ付けるのだ!』
叫ぶように宣い、組んでいた両腕を宙空に掲げる。
合掌を組み合わせた一連の動きは、見る者に特撮番組の変身ヒーローが真の姿を現す場面を想起させた。
『さあ、目に焼き付けるがいい! 本物のエンターテイィィィィィインメントというものを!
―――――変身ッ!』
≪認識しました。インターフェイスを接続。『エルダー・サイン』、展開します≫
―――瞬間。
雷が落ちた。
そう錯覚してしまう程の閃光と轟音。あまりにも眩い翡翠色の光の奔流が、物理的な衝撃を伴って辺りに拡散した。
それは、一秒を百京まで刻んだ刹那の内の出来事だった。
故にその現象を観測できた人間はいない。機械ですら認識できない。あたかも箱の中の猫めいて、彼は量子力学的に自由な存在と化したのだ。
それこそ魔法のように。超常的な神秘の如く、“おどけもの”・ダーレスは文字通りに『変身』していた。
光の嵐が収まり、視界が開ける。
果たして――先程までダーレスが立っていた位置に、機械の塊が在った。
手足を持つ美しい人型の輪郭。しかしソレは、明らかに人間ではない。
一目で有機物ではないと分かる質感。つるりとした白い表面からは、ソレが強かな弾性と硬度を備えていることが窺える。
無骨な外骨格。
しかしその形状は流麗且つ洗練されていて、甲殻類とは似ても似つかない。両腕を組み仁王立ちした立ち姿。多数の関節で構成された灰色のマニピュレーターは、紛れもなく人の手を模した人工物だった。
端的に言えばスーパーロボットだ。
そうとしか表現のしようがない代物。人を模して造られた、人ではない物体。主に珪素系の物質で構成された超常存在。魔術理論に基づいて設計された電脳群と人工知能、そして最新にして最高性能の魔導書であり永久蒸気機関でもある『臨界性二十四面空間充填媒体』を動力源として駆動する機械だった。
全長は三メートル近い。
前腕部の後ろは肥大化し、肘に当たる部分にはそれぞれ三本の刃が生えている。尖鋭的なラインを描く脚部には踵がなく、脛の外側に、胸の高さまで伸びる細く薄い板状のユニットがそれぞれ一基ずつ備え付けられていた。
背面――両肩の後ろに一つずつ、膝まで伸びる板状の推進機。そして腰の付け根には大型の尻尾型第三脚。
白い装甲には幾何学的な細い溝のエネルギーラインが走り、そこを緑に色付く外宇宙線の光が流れている。全身を巡る無機質な碧い輝きが、脈打つように強く瞬いた。
最も目を引くのは頭部だ。
貌が無い。ほんのりと光るのっぺりとした碧い仮面が、側頭部の半ばまでを覆っている。よくよく見てみればそれは多数の小さな六角形で構築されており、虫の複眼を模した一種のカメラ・アイであることを見る者に直感させた。
頭頂部からはエネルギーラインを走る碧い色彩の粒子が溢れ、ビーム状の鬣を構築していた。
「―――――いや、なにこれ?」
ウィルバー・ウェイトリィは困惑した。
突然の事態に灰色の少年は追い付けない。果たして目の前のコレは銀幕の中から飛び出してきた怪奇現象なのか、それとも気付かぬ内に自分が空想の中の住人になってしまったのか。彼にはいまいち判断が付かなかった。
ただし碩学であるアブドゥル・アルハザード・ジュニアは、一連の現象がどういうものか正しく理解していた。
根本的な原理は魔導書と全く同一。
正確には魔導書の進化した姿というべきか。その性質上、魔導書は装置内の物質しか分解・電送できないが、ダーレスの体内に搭載された機構はその枠組みを超える。御多聞に漏れぬ、条理の中の例外だ。
あの瞬間、ダーレスの肉体は光と化した。
正確には脳と脊椎、そして神経網以外の物質を光――つまり電子へと分解・変換。それと同時に外部の魔導書から送られてきた電子を組み込み物質としてその場で再構成。そうして出来たのが目の前に在るスーパーロボットなのである。
その名も―――
『―――悪を討つ破邪の星! 正義装甲・機巧輝騎士二十世だッッッ!』
≪違います。当機の正式名称は『EXTTM-O-Mk.XX01「ベテルギウス」』です。説明が必要ですか?≫
「えぇ……? いや、えぇ……?」
支離滅裂にも程があった。
目前の頓珍漢な物体を指差し、説明を求めるよう傍らの友人に引き気味の半眼を向ける。
ジュニアは無言で頭を振った。説明することを放棄したのだ。
『それではジュニア! ウィリー! 君達は先程の手筈通りに! 僕は直接、目標ことアラン・ウィックを制圧する! ―――ワトソン君! 飛翔準備!』
≪私は独立型統括制御ユニット、『Augusta ADA』です。『シュヴァリエ・ド・シャーロック』シリーズの登場人物である、ジョン・H・ワトソン氏とは一切関係がありません。
―――諒解。戦闘モード、起動します。
空間歪曲機構『ナイトゴーント』開放。擬装重力圏、展開。飛びます≫
合成音声の案内と同時に、ベテルギウスの脚部に備え付けられた板状のユニットが展開。脛の基部を起点にして、丁度扇子を開くようにして極薄の翼を広げた。
玉虫色の特殊な光沢を持った金属板が光る。
楕円に近いなだらかな菱形を多数並べた構造は、昆虫の翅に似ている。それが鱗粉のように魔素・外宇宙線の碧い粒子を放出しているのだから、まるで妖精のようだった。
ふわりと、白い騎士の機体が宙空に浮き上がる。
『無限の彼方へ――さあ征くぞォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
裂帛の叫びが大気を奔る。
次の瞬間、背部の推進機が一斉に火を噴いた。青白く燃える推進剤。ロケットと同じ反作用の原理により、白い機影は瞬く間に遠くへと飛んで行く。
翡翠の軌跡を置き去りにして、白き星が天を翔ける。
飛び立ったそれは凄まじい速度で無線戦車隊の頭上を越え、その先の校舎へと接近し―――
―――指先で紙を突いたように、コンクリートの壁をあっさりと蹴り砕いた。
* * *
『廊下を走ってはいけません』――そんなありきたりな文字列が視界に入ったものの、その一切を無視して、アランは教棟を疾走する。
手近な階段に踏み込み、数段飛ばして駆け上がる。
三階から四階へ。
四階から五階へ。
障害物無し。行く手を阻む者もまた皆無。
疾駆する肉体はこれ以上ないほど快調で、足を縺れさせて転ぶ気配もない。このまま何事もなければ難なく屋上へ辿り着けるだろう。そうすれば後はこちらのものだ。喩え二十を超える戦車に包囲されていようとも、どうとでも逃げられる。
そう――何事もなければ。
(……さっきから、何か妙な予感がするな)
虫の報せとでも言うべきか。彼の獣じみた第六感が、すんなりと脱出することは出来ないだろう――と告げている。
経験則に基づく勘は決して馬鹿に出来ない。
特にアランの勘と戦術眼はウィルバーのソレと同様、歴戦の諜報員に勝るとも劣らない域にある。欠点があるとすれば、「根拠に乏しい」として当人がいまいち勘の精度を信用していないことだが……今回は不思議と当たると確信できた。
そして、その予感は現実のものとなる。
危機を察知した猫のように目を見開き、アランは駆けていた足を急に止めて後方へ飛び退く。―――その瞬間。先程まで彼がいた位置の床が、瞬く間に多数の瓦礫で覆われた。
轟音と共に、砕けた壁と天井の建材が散弾の如く飛び散っている。もしも回避するのが一瞬でも遅れていたら直撃しただろう。或いはそれを狙ったものか―――
「―――――」
赤い双眸を注意深く細め、アランは臨戦態勢を取る。
目の前の空間を包み隠す粉塵の帳。その向こうに人型の影が見える。
不意に、灰色の闇が割れる。不自然な気流に乗り、波が引くようにして視界が明けた。すると影の正体が否応なく眼球に飛び込んでくる。
それは、白い騎士だった。
脚部に妖精の翅を備えた、無垢なる機械騎士の鎧。穢れなき星の貌。全身を走る幾何学模様のラインは眩く輝光し、頭頂からはビームの鬣を靡かせている。
明らかにまともなものではなかった。
「―――……これは。一体、どいういう悪ふざけだ」
『フッハハハハハハハ! 悪巫山戯などではないとも! これが! これこそがッ! 人の叡智! 人の道標! 人の希望! 人類が辿り着いた、究極の正義の形! その具現ッ! 枢機卿である父上より賜った、我が真の姿ッッッ! 悪を討つ破邪の星――正義装甲・機巧輝騎士二十世だッッッッッ!
―――さて、名乗りが済んだ所で! 早速だが、こちらの要件は先程の放送の通りだ! 大人しくお縄について貰おうか、アラン・ウィック!』
「嫌だが?」
『ならば結構、実力行使に移る! ―――ワトソン君改め親愛なる相棒!』
《諒解。戦闘行動を開始します》
淡々と応える音声案内。
白い騎士『ベテルギウス』の背面――腰から生える尻尾型第三脚。その両側面の根元部分にある円筒形のユニットが、がしゃりと音を立てて迫り上がる。開いたのは数センチほどの隙間。そこから僅かに顔を覗かせるのは、ずらりと並んだレンズ状の装置だった。
片側十四――合計二十八門。
レンズの内に碧い光が灯る。
その正体は発振器。鉛の実体弾ではなく、目標に向けて膨大な熱を伴う可視光線を照射する、言わずと知れた指向性エネルギー兵器である。
《撃ちます》
『駆けよ流星! 悪(仮)を骨の髄まで焼き尽くせ! 「星屑を供に謳い踊れ」!』
其は、とある騎士道物語から引用された聖句。
斯くして口訣と共に放たれる二十八条の流星群。摂氏にして千度を超える雷霆の槍衾。それは文字通りに、光の速さでアランへと殺到する―――!
「―――――ッ!?」
驚愕する暇もない。
騎士の背面から照射されたレーザーは、幾何学的な軌道を描きながら障害物を躱し、アランの体を貫く。咄嗟に顔を掌で覆い隠したが、防ぐことは叶わなかった。二十八条全ての熱光線が命中した。
しかし熱量操作の魔術を有するアランに対し、純粋な熱のみの攻撃ではダメージなど到底見込めない。
事実アランは怪我一つ負っていない。
精々が網膜が焼けて使い物にならなくなった程度だ。
しかしそれで問題ないと、機体の制御を担う『エイダ』は判断する。そして彼女に全ての信を置くダーレスもまた同様だった。
『‘NGAAAAHHHHHHHHH!!』
「しまっ―――」
突撃――猪突、猛進。
凄まじい速度で接近し、勢いのまま、胸の高さまで持ち上げた右腕をアランの腹に引っ掛ける。鍛え抜かれた腹筋が内臓を保護したものの、ダメージそのものは交通事故に遭ったのと大差ない。常人ならば重傷――悪くて即死だ。
だがそれだけに留まらない。機体背面の推進機が火を噴き、更に前進する。
凄まじい速度で加速する。進行方向に壁があろうと関係ない。二つ三つとコンクリートの塊を紙細工同然に砕きながら、瞬きの間に目的の地点まで爆走した。
辿り着いたのは広い空間だった。
四方凡そ二十五メートル。校舎の一階から最上階まで続く吹き抜けの縦穴。そこに向かって腕を振り抜き、引っ掛けていたアランを放り捨てる。
『地の利を得たぞ! ようこそ、僕の世界へ! 歓迎しよう! 盛大に!』
「―――……ッ! 本当に何か薬をやってるんじゃないだろうな、お前!」
それは単なる罵倒だったが、実の所正鵠を射ていた。
ベテルギウスの機体には、ダーレスの脳を始めとする肉体が直に組み込まれ完全に一体化している。生き物の骨肉や内臓に神経が繋がっているのと同様に、鋼の装甲と機関に直接有機の神経網が埋め込まれ接続されている。痛覚や皮膚感覚などの器官を機体制御に役立てるためだ。
当然、本来の肉体ではない機械の塊に搭載する都合上、彼の精神に掛かる負荷は計り知れない。よってストレスを軽減するため、モルヒネ等の脳内麻薬の過剰分泌を促す各種薬品を常に投与されている状態だった。
総じて、今のダーレスは言わば暴走状態であり、正常な思考能力が宇宙の彼方に飛んで行ってしまっているだけで、別段アラン・ウィック個人に対して悪意や殺意がある訳では決してない。
無論、アランにはそんな事情知る由もないが。
落下の最中――巧みな重心移動によって空中で態勢を立て直し上下反転、獣の如く三階の壁に両足と右手で着地。同時に熱量を操作することで接触面と外気の間に温度差を作り、それによって生じた圧力で壁にへばり付く。
逆さの姿勢で白い騎士を見上げる。はっきりと敵意を込めて睨め付ける。
(適当にやり過ごそうかと思っていたが、予定変更だ。ここまでやりたい放題やられて黙ってられるかッ)
如何なる仕掛けによるものか、縦穴の頂点にて浮いたまま静止する白い妖精騎士。その姿を確と見据えて、アランが跳ぶ。
まずは垂直に、三階の壁面から四階の壁面へ。
更に壁面を蹴って宙返り様に、転落防止用の柵の隙間に爪先を引っ掻けて破壊。勢いを利用して、引き千切れた欄干を槍の如く射出する。そして再び壁面に着地すると同時、再度跳び上がる動作。そこに加え魔術を行使――爆発による加速を得て、一気に十メートル以上の距離を越えて肉薄する。
《動体反応を検知。回避します》
『否――迎え撃つ! 人質を取るような無頼に、手加減は元より遠慮も無用! 何故ならそれが正義だからだァ!』
高速で飛来する槍に対し、ベテルギウスは右腕を振り被った。
上腕の装甲の一部が展開し、黒い管を束ねたような形状の人工筋肉が露出する。手首部分に備え付けられたブースターが火を噴く。
右腕を振りぬくと同時――白い妖精騎士の右腕が射出された。
無限に伸びる腕。それは騎士が持つ鉄騎槍の再現。長距離射程の貫き手が、鉄屑を呆気なく吹き飛ばし、更に目標を穿たんとして猛然と迫り来る。
「舐めるな―――!」
アランは僅かに身を捻り、紙一重の差で回避した。
彼我の距離は零。如何に空中といえど、アラン・ウィックの土俵である。
伸びきった騎士の腕を両手で掴み、全体重を掛けて身を乗り出し蹴りを見舞う。狙いは頭部。首からもぎ取り、文字通りに一本取ってやる腹積もりだった。実際、直撃すればそうなっただろう。
ベテルギウスの装甲は特殊な性質を持っており、普段は弾性の高いゴムと同程度の強度しかないが、強い衝撃に対しては強靭な硬度を発揮する。熱に対する防御力も高く、理論上は水素爆弾の直撃にも耐え得る。ただし物体が持つ熱量そのものを操作するアランの魔術だけは例外で、防ぐことは不可能だった。ただの蹴りであろうと、容赦なく溶断される。
無論、当たればの話であるが。
『湖の乙女の加護よ、我を護り給え―――!』
《―――『エルダー・サイン』、展開します》
「なんだと!?」
白い妖精騎士の脚部から放出される碧い粒子が、中央に眼が穿たれた五芒星――それを中心に据えた球形領域を形作る。
その瞬間、蹴り――だけでなく、腕を掴んでいたアランの身体そのものがベテルギウスから弾かれる。まるで自分が磁石にでもなったかのような現象に、黒い少年は忌々し気に目を眇めた。
空中に放り出されたアランの身体は無防備だ。
黒い少年の背後から――迂回してきた騎士の右腕が迫り、背中側から腰を鷲掴みにする。そして左腕をも射出。二本の機械の腕が、アランの身体を確と捕らえた。
『DIE-SET-ZAN―――OROSHIIIIIIIIII!!』
螺旋を描くように、無限に伸びる腕を振り回す。
それはさながら物理的な実体を持った竜巻のようだった。翻弄され、揉みくちゃにされ、アランの三半規管は完全に失調する。最早上下の感覚がない。そのアランを、ダーレスは天井に向かって放り投げた。
為す術なく天井に叩き付けられアラン。凄まじい威力により、建材が陥没し大きく罅割れた。
伸び切った両腕を戻しつつ、ダーレスが叫ぶ。
『マイ・ディア!』
《諒解。棺桶型弾頭誘導弾、八基、召喚。発射態勢、完了》
阿吽の呼吸で、しかし淡々と応える音声案内。
白い騎士の背後に光が収束し、物質化する。顕現したのは凶悪な、鋭角的な造形物。全長一メートル弱。現代科学の粋を凝らして設計された八つの戦略兵器。槍の穂先にも似た形状の誘導弾――所謂、ミサイルだった。
ミサイルに備わったセンサーは、一切の慈悲も無く正確に獲物を捕捉。機械故の従順さで、主の号令を今か今かと待っている。
その兵器に与えられた名は、とある騎士道物語に紡がれし聖句の引用。
最強にして最高と謳われた騎士が、己が犯した罪の罰から逃れ、贖いも叶わず、敬愛した王と王妃の隣で眠ることも許されず。絶食の果て――事切れる間際に遺した、最期の祈りである。
曰く―――
『「我は埋葬の栄誉に能わず」、一斉発射! 死ねェ!』
「今なんて言ったお前―――!」
罵声に応じたのはミサイルの発射音だった。
薄い棺桶型のプレート状弾頭。カラーリングは白を基調としており、推進機を兼ねる基部には碧いラインで縁取られた漆黒の外装を有する。
基部の両側面には一つずつセンサーユニットが備わっており、毎秒百七十フレームの画像処理を行う。そして撮影された情報を基に統括制御AIである『エイダ』が誘導弾の軌道を修正、猟犬の如く執拗に目標へと追い縋らせるのだ。
斯くして八機の誘導弾は、過つことなくアランの下へと殺到する。獰猛に、狡猾に、獲物を食い殺さんと迫り来る。
万事休す――かと言えば、当然そんなことはない。
アラン・ウィック――彼は正真正銘の怪物である。
「―――ッ! 舐めるなと言っているだろう!」
両耳を掌で覆う。瞬間、アランの耳の中で爆発が起きた。
自らの耳管を破壊し、その後即座に再生。三半規管を無理やりに回復させた上で態勢を立て直し、一番槍を担っていた誘導弾の弾頭に手を伸ばす。そしてその穂先を掴み取った。
この時、統括制御AI『エイダ』は遠隔操作でミサイルの爆破を試みたが、しかし不発に終わる。
信管そのものは正常に作動した。ただ、爆薬が爆ぜなかったのだ。
アランの魔術は爆発させるだけが芸ではない。接触した熱光線の熱量を無にしたように、火薬を安定した状態のまま固定することをも可能とする。
「シ―――――!」
『なんとォッ!?』
アランは掴んだミサイルを武器代わりにして横薙ぎに振るい、四機のミサイルを撃墜した。そしてサーフボードのように掴んだミサイルに乗ると、魔術によって直接推進機を操作することで『エイダ』の制御を外れた機動を開始する。
アランが飛翔可能な足場を得たことで、両者の力関係は完全に逆転した。
上に下に、左に右に。
縦横無尽に宙を駆けながら、残る三機のミサイルをも呆気なく墜とし、黒い少年は白い妖精騎士へ真っ向から接近する。
「自分で食らっておけ!」
蹴り飛ばすようにして誘導弾を主に嗾ける。その瞬間に『エイダ』の制御が回復するが、今から軌道を曲げて逸らすことは不可能に近かった。
《『エルダー・サイン』展開》
再び出現する球形の不可侵防壁。
非実体の防壁が持つ反発力によって阻まれ、直撃することなく誘導弾が爆裂する。爆発の規模はあまり大きくない。元々は対象に突き刺さった後、指向性爆薬によって内側から破壊することを前提に設計された、対魔物用兵器であるからだ。
しかし、目晦ましくらいにはなる。
「―――――」
爆煙の中から躍り出る黒い影。その正体が何かなど、語るまでもない。
防御陣『エルダー・サイン』はあらゆる物理的干渉を弾く半面、使用時に多大な電力を消費する。それ故に連続使用できないという欠点があった。
アランは左手で白い騎士の首を掴み、固く握り締めた巌の如き拳を大きく振り被る。王手。―――しかし、詰みにはまだ早い。
(なんだ―――――?)
勝利を間近にしておきながら、アランの直感は危機を告げていた。
それも死を予感させるほどの重篤な危険。全身が総毛立ち、皮膚が粟立っている。走馬灯こそ見なかったものの、早鐘を打つ心臓が脳の処理速度を極限まで高め、時間の感覚を緩やかにした。
視界の端――白い妖精騎士が、右腕を折り畳んで肩に担いでいる。
肘に生える三本の刃で突き刺そうとしているようには見えない。肘の先をアランに向けた――ただそれだけの姿勢。にも拘らず、アランは直感した。王手を掛けられたのは自分の方だと。
気付けばアランの赤い双眸は、ベテルギウスの右肘――放射状に生える刃の中央。そこにある擂り鉢状の窪みの中央に埋め込まれた装置に釘付けになっていた。
それはレンズ状の機械だった。
まるで生き物の眼球のような構造の機械装置。それがアランを見返している。凝視している。お前は今からこの世から消えるのだと告げている。
『正義の無敵の印に於いて、力を与えよ―――――「悪を裁つ枢機の剣」』
瞬間、光が溢れた。
陽光を浴びた湖面のような、蒼褪めた白澄みの輝き。夜空に灯る星々の光を束ねた、透明に澄んだ光の刃金。それこそはとある騎士道物語において、決して刃毀れすることがなかったと謳われた伝説の剣――その名を与えられた殲滅用兵装。
現状――怪物を斃すことが出来る、唯一の科学兵器だった。




