閑話 デルフィンとネリー 1
閑話になります
グリューンオスト地方のタイクバーンという町は畜産が盛んな町だ
温暖な気候と自然豊かなロケーションもあり良質な牛や豚が飼育されている
この町に住む大半の人間はそう言った家畜を飼い、それを売る事で生計を立てている。ネリーの家も例外ではなく、鶏を大量に飼育している
ネリーの一日の日課は朝の健康チェックから始まる。鳥の様子を見つつ、餌をやり、卵を収穫する。同じ作業を毎日、毎月、毎年繰り返してきた
動物の世話は嫌いではなかった。だがそれと同時にこのままここで動物の世話だけをして生きていくのかと聞かれると答えられない自分が居た
「おい! またデルフィンが喧嘩はじめやがったぞ!」
柵の向こうから近所に住むおじさんが走り去りながら叫んでいった
ネリーはまたかという気持ちを抑え騒ぎのする方へと向かった
騒ぎの中心にいるのはデルフィンと若い男だった
「おら! でかいのは口先だけかい!?」
「くそ……この男女が!」
「ははっ!その男女にすら勝てないお前は女ってことか? いや女でももっと気骨あるからねぇ。お前は女以下ってことだな」
「なめんな!」
——っぼこ!
挑発され殴りかかった男の顎にデルフィンの拳が見事に突き刺さる。男は前のめりに倒れた
「大したことない癖に突っかかってくるんじゃないよ!」
埃を払うように手を叩くとデルフィンはこちらに気が付いて走り寄ってきた
「ネリー! いたんだ?」
「何事かと思ってきたらやっぱりデルフィンだったのね」
「あの野郎がいきなり突っかかってきたんだよ。まあ、いつもの事だし、いつものように黙らせてやったけどね」
デルフィンは男勝りな性格と男顔負けの体格もあり、その辺の男では太刀打ちできない。そのせいもあってデルフィンは女連中が言えないこともズバズバと男連中に言ってくれる。そんなデルフィンを慕う女性は多い。逆に男としてはプライドが傷つけられる事だろう。こうしてちょっかいを出してくる連中も多い。味方も多ければ敵も多いのだ。結局はこうして黙らされてしまうのだが、男共は懲りないようだ。
「今日は何したの?」
「女は黙って家の事してりゃいいとか言ってきやがったんだよ。あたしより弱いくせに何言ってんだって感じだけどね」
ケラケラと笑いながら話すデルフィンにネリーは溜息をもらす
「あたしはそのうちこの村を出てく。家の事なんてやりたい奴にやらせときゃいいのさ」
昔からデルフィンは村を出たいと言っていた。冒険者に憧れているのだ。ネリーもデルフィンも今年で20歳になる。本来であれば結婚していてもおかしくないのだが、デルフィンがこの調子なので、男共は女性に強く出れない。それが村全体の婚期を遅らせている原因でもある
「ネリーはどうするのさ? このまま鳥や牛の世話して過ごすのかい?」
デルフィンの問いかけにネリーは俯いてしまった。数年前まではそれが当たり前だと思っていた。だが、ネリーも人並みの夢はある。心躍るような冒険。冒険に描かれているような恋をしてみたい
「私は……」
「難しく考える事なんてないよ。一度だけの人生なんだし、好きに生きたほうがいいって!」
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翌日、デルフィンは村長に呼ばれ男衆達と話し合いをした。先日の乱闘騒ぎの件だろう
夜になるとネリーの窓を叩く音で目が覚めた。窓を覗き込むとデルフィンが周りを気にしながらこちらを呼んでいた
「どうしたのデルフィン? こんな夜に」
窓を開け突然の訪問者に話しかけた
「いやー、まいったよ」
「村長達と話してたのよね?なにか言われたの?」
「なんてことないさ。村を出てって欲しいってさ」
「え!? どうしてそうなるの!?」
ネリーは突然の事に驚きを隠しもせずに聞き返す
「手に負えないからって事らしいけどね。情けない連中だよ。まぁ、どのみち出て行くつもりだったからいいんだけどね」
「そう……デルフィンは村を出るの?」
「ああ、冒険者になるのは昔からの夢だからね」
「そっか……」
「ネリーはどうする?」
「え?」
ネリーは脈絡のない問いに間の抜けた声を出してしまった。私が? どうする?
「え……と?」
「なんだよ。変な声出しやがって……どうするのかって聞いただけじゃないか」
「どうする……って?」
「どうするって……どうする? ってことだよ。自分の人生だろ? どうしたいのかなって思ってさ」
村の女性は十六頃になると結婚し、家の手伝いを始める。もちろん恋愛結婚の方が多いが、中には家同士で決めることもある。ネリーは二十歳という年齢もあり、そろそろ両親が焦って独身の男を紹介するだろう。結婚し、子供を産み、家の手伝いをする。どうするも何もそれが当たり前だと思っていた。物語にあるような出来事は自分とは無縁だと思っていた
「私は、結婚して、子供を産んで……」
「うん、それは女ならだれでもそう思うって。その前だよ」
「その前……」
「このまま家畜の世話だけして生きてくのかい?」
「……」
ネリーは何も言えなかった。家の手伝いをして生きていく。それが当然なのだが、そうじゃない人生を期待していいのだろうか?
「あたしは明日の夜には出て行こうと思ってるんだ」
「明日の夜……」
「一緒に行かないか?」
「え!?」
「一人で行ってもつまらないしね。それにネリーが着いてきてくれたらあたしは嬉しい」
突然の告白に胸が高まる。自分を必要だと言ってくれた目の前の友は知らない世界を私に見せてくれるのではないかと
「まあ、決めるのはネリーだからね。無理にとは言わないよ。ただ、もし来てくれるなら……村の門で待ってる」
そう言い残し、デルフィンは暗闇に消えていった