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金流追跡

 書庫の一室で一心不乱にペンを奔らせる金髪の少女。机の上には、奇妙な護符が置かれている。

 マモンの調査における初手として、ローズマリーが着手したのは金の流れを追うことだった。悪魔少女の思惑通り自分が動いているようで癪だが、今はそれしか手がかりがない。

 先日祓った堕落者である裕福な商人は、何ら問題のない人物だった。しかし、所持品に気になる点が散見された。

 護符である。退魔教会が配布した物とは別種の物。曰く、あらゆる罪から解放され、神の加護を受けられるという。


(不審な商品)


 まさに謳い文句が免罪符のそれだ。十六世紀にローマ教皇がマモンに唆されて行った愚策と同等である。当時の祓魔師も、マモンの追跡に免罪符を利用していた。これが偶然の一致とは考えにくい。わざとマモンは手がかりを残して、ローズを誘っている。

 リュンの時と同じように。そう考えて、ローズは誘拐事件に想いを馳せる。


(何でわざわざ誘拐したのだろう。そんなことをしなくても……)


 ただローズを苦悩させるためだけだったという安直な理由が妥当とも考えられるが、何か別の意図があるように思えてならない。特に友人に関わる事案のため、しっかりと整理をつけておきたかった。

 マリア先生のようにリュンまでもが堕落させられてしまったら。その危惧は、ローズの調べ物を中断させるのに十分すぎた。

 ローズは椅子から立ち上がると、リュンの家族がいる部屋へと移動する。ウェイルズが付けた警備兵に会釈して扉を開けると楽しそうな遊び声が聞こえてきた。

 一瞬だけ、かなり古い記憶が脳裏を掠る。幼い頃の、父と母と共に暮らしていた頃――。


「ローズ? どうしたの?」

「……何でもない。紅茶を、もらいに」


 適当に取り繕って椅子に座る。傍目で遊ぶ子どもたちを眺めていると、リュンはローズの前紅茶を置いて、自分も対面席に腰を落とした。


「ああやって遊んだことはなかったわね。いつも、エクソシズムの話」

「今度、人並みの遊び方って奴を教えてもらうわ」

「珍しいわね、ローズ。あなたが俗世に染まろうとするなんて」


 リュンは嬉しそうに頬を緩ませて、見つめてきた。余計なお世話だと思う反面、彼女が頼りであることは間違いない。

 思えば、今まで悪魔にばっかりかまけていて、普通の人間の楽しみ方というものを味わう時間がなかった。堕落は普通の人間に対して引き起こされるもの。祓魔師としての観点からではなく、常人としての感性もこれからは必要になるかもしれない。


「こんな言葉、知ってる? 優れた人間になるには、誠実な友か、徹底した敵を持たねばならない」

「……誰の言葉?」

「昔の人よ。あなたは優れた人間になる素質を持っている。だから、そう不安がる必要はないわ」

「優れたエクソシストとしての才能は――っ」


 リュンは人差し指を立てて、ローズの言葉を阻んだ。


「ストップ。自虐しない。退魔教会を危機から救ったら、今度は人間らしいことも学びましょ? 手伝ってあげるから。あなたは確かに怪物かもしれないけど、人間でもあるのだから」

「……ありがとう」


 反論は沸いて出たが、口には出さなかった。必要のない言葉だとローズにも理解できる。

 リュンとしばしのティータイムを愉しんだ後、彼女はローズの部屋に訪れた理由を訊ねた。


「で、本題は何? 本当にお茶を飲みに来るほど、あなたは暇じゃないでしょ?」

「……マモンを捜索する手立てを探してるの。取っ掛かりは見つかったんだけど……」

「取っ掛かり?」


 ローズはマモンが手配したと思われる護符を取り出して、机に置いた。


「免罪符。ローマの時と同じ方法をマモンは使ってる」

「じゃあ、当時と同じように調査すれば」


 リュンの提案を、ローズは即座に却下する。


「それじゃダメなの。逃げられてしまう。悪魔も学習するわ。ビーストだって中世の頃は矢で始末できたのに、今は銃じゃないと倒せない。敵も進化してるの。同じ手は通用しないわ」


 何が悪手かはわかるものの、良い方法を思いつかないのもまた事実だった。追跡するのにマモンほど厄介な相手はいない。サキュバスなどの下級悪魔であればすぐに捕捉できたものの、マモンは上級の悪魔。強欲に代表される象徴的悪魔である。

 他宗教の司祭は寄付金を寄越さない人間に向かって、マモンに憑りつかれているせいだ、という罵り文句を使うほどに認知された存在だ。実際にマモンに憑りつかれていたのはその司祭の方であるのだが、教会の人間が悪魔に憑りつかれていると思う人間は少ない。

 しかも、人心掌握術に長けている。下手をすれば、大聖堂にいる祓魔師の中にもマモンの協力者が紛れ込んでいるかもしれない。

 悩めるローズにリュンはじゃあ逆に、と別の案を提示してきた。


「あなたが金を使えばいいの。金のあるところにマモンあり、でしょ? あなたが免罪符を買い占めれば、マモンの息のかかった人間が出てくるかも」

「そう上手くいくかしら。こちらの動向は敵に筒抜けかもしれない」

「だから、誰か別の人間を使うのよ。祓魔師じゃない一般人をいいカモだと知ったら、マモンはお金を稼ぐために必死に商売するでしょ?」

「大丈夫かな……」


 一般人を巻き込むのは気が引ける。それに率先して協力してくれる人物も思い当たらない……。

 思案したローズはひとりだけ、協力に応じてくれそうな男を思い出した。祓魔術に興味があり、優れた洞察力を兼ね備える男――。


「コルシカ……」

「誰?」

「小説家。彼なら協力してくれるかも」


 すんなりと了承し、率先して手を貸す彼の姿が目に浮かぶ。風貌こそ気弱な学者のようだが、彼には何か秘める者があるとローズは感じていた。雰囲気が戦士のそれだ。

 もしかすると退役軍人なのかもしれない。軍を退役したのをきっかけに、志望していた作家を志した。

 気乗りはしないものの、当ては定まったのでローズは席を立つ。

 もう行くの? とリュンが呆れた。


「この調子じゃ、ローズが遊びを覚える頃にはおばあさんになっているわね」

「心配しないで、リュン。すぐに遊びも覚える」


 微笑んで、ローズは扉に手を掛けた。そこへリュンが声を投げる。


「心配事は解消された? 一度は不覚を取ったけど、私はもう大丈夫よ」

「そうね。ちょっと、弱気になっていた」


 リュンはローズの不安を見抜いていた。敵わないな、と思いながらローズは部屋を後にする。

 そして、都合よくコルシカと出くわした。彼は奇遇だな、と声を掛けて、


「まぁ、本当は私が君を探していたんだが。言っただろう? 自分で機会を創作する、と」

「私もあなたを探すところだった。手伝って欲しいことがあるんだけど」




 ローズマリーの要請は予測通りあっさりと通った。コルシカは二つ返事で承諾し、むしろ進んで自分から提案をしてくるほどだ。あまりに熱心なその様子は初めておもちゃを貰った子どもを彷彿とさせた。

 コルシカは地図を見つめ、持論を振りかざす。


「大聖堂のふもと街……ヒムの首都サンクチュアリ。やはり金が大きく動くのはこの街だ。ここで網を張るのが一番いい」

「以前、あなたがした推論では、敵は包囲戦を仕掛けている、と」

「だから、そろそろ決着をつけるつもりなのさ」


 コルシカは地図に印を書き入れていく。免罪符の売買が確認された地点に丸をつけ、線で結び始めた。すると、そこにはまるで魔法陣のようなものが浮かび上がってくる。魔法陣は魔女が悪魔を召喚する時に用いられる儀式に欠かせないものだ。

 実は、供物さえ捧げれば誰でも悪魔を召喚できる。気まぐれな悪魔が素直に召喚に応じるかは謎だが。退魔教会における魔女とは、悪魔学の知識を持ち合わせ、実際に悪魔を召喚した者のことを指す言葉である。


「……意図があると思う?」


 浮かび上がったサークルを眺めながらローズが問う。魔法陣は二種類存在し、悪魔から身を守るために施すものと悪魔を召喚するために拵えるものがある。これが前者であるならば、マモンとその協力者は退魔教会を守護しようと奔走する守護天使だ。そんなことは有り得ない。


「なければないに越したことはない。だが、あると仮定して進めた方が無難だろう」

「正論ね。場所さえ決まればやることは単純よ」


 魔法陣は台形であるエヴァンジェルヒムを取り囲み、首都サンクチュアリが中心点に収まっている。

 マモンと謎の協力者が欲しいのはここ。退魔教会の生命線。教会はヒュドラではない。首を取られたら最後、二度とその首は戻らず変わりも生えてこないのだ。世界に退魔教会は必要だ。

 マモンはともかく、やはり謎の協力者は退魔教会を憎んでいるらしい。ローズはまた協力者について考える。


「……そこまでして退魔教会を破壊したいのかしら。悪魔が存在する限り、いずれその人も不利益を被るのよ」

「或いは、悪魔とエクソシストもその人物にとっては大差ないのかもしれない」

「え?」


 コルシカの発言は、ローズの興味関心を刺激するものだった。普通の人間にそんなことを言われたら、ローズも激昂したかもしれない。しかし、コルシカの言葉は神経を逆なですることのない不思議な吸着力がある。


「突然現れて、歴史を変える。人々の生活を狂わせる。君たちの行いは高貴だが、君たちのせいで勃発した争いごとも珍しくはない。世界は繋がっている。どこか別の地点で起きたことが、新たなる火種となる。特に欧州では日常茶飯事だ。近隣諸国の出来事が、自国の将来を左右する。どこかの国で革命が起きると、自国でも起きないか王族や貴族たちは冷や汗を掻いた。言うなれば、君たちと悪魔による創作が昨今の歴史だ。合意の上の作り話に過ぎない」

「エクソシストは悪魔と取引は――」

「していないだろう。だが、為政者が取引をすれば、そこへエクソシストが現われて本来あるべき姿を捻じ曲げる。悪魔を利用する為政者が愚かなのは確かだが、君たちを気に入らない輩も出てくるのは当然だ」


 ローズ自身、何度も自分に言い聞かせてきた話だ。コルシカの言い分は正しい。

 しかし正しいことと許容することは別物だ。昂りつつある気分を落ち着けるため息を吐き出した。


「つまり、謎の協力者は、正義感や義務感で動いている可能性もあるってことね」

「動機としてはふさわしいだろう。争いとは正義と正義のぶつけ合いだ。……さて、話を戻そう。私は君から大金を受けとり、金持ちであるアピールをする。すると……」

「金に目が眩んだマモンの隷属者が現われて、免罪符販売を持ちかける。強調するのは富裕層の部分だけではダメね。罪に苦しんでいないといけない」

「それは、牢獄で神に救いを求めていたというサド侯爵のように、かな?」


 フランスの貴族であり、小説家の名前だ。あまりいい趣味の作家であるとは言えないが、コルシカは小説家であることもあって彼の作品を嗜んでいるようだ。

 侯爵の素行は知らないが、とにかく救済を求めている不運な金持ちを演じてくれれば文句はない。


「そうね。とびきり派手に救いを求めて」


 ローズは同意して再び地図へと目を落とした。それなりの大金を所持し、自らの罪悪感に苛まれる人間。傍から見れば、自分もそう見えるのではないか。その事実から目を逸らし、敵を探るように睨み続けた。




「おお、神よ! どうか私に救いを! 巨万の富なら持ち合わせています! 罪を贖うために、私は一切の資金を寄付する所存です!」


 そんなことをのたまいながら、コルシカは広場の中で奇態を演じていた。

 ローズマリーはベンチで新聞を読むふりをしながら嘆息する。周囲の人間は遠巻きにコルシカを眺めて不思議がっていた。

 それもそうだ。寄付するというのなら、退魔教会に金を思う存分寄付すればいい。

 しかし、風変わりな金持ちはわざわざ公衆の面前で救いを求めて叫び回っている。悪目立ちが過ぎるかもしれない。ローズはこの作戦を決行したことを、半ば後悔していた。


(こんな露骨なエサに引っ掛かる……?)


 コルシカは自信満々に演技を行うが、こんなあからさまな罠に引っ掛かるバカがいるとは思えない。外国ならいざ知らず、ここは退魔教会である。

 だが、もしマモンがローズの推測通り、わざと痕跡を残しているのなら、あえて接触してくるかもしれない。

 一縷の望みを賭けながら、ローズは監視を続ける。すると、みすぼらしい恰好をした男がコルシカに近寄っていくのが見えた。


(来た……!?)


 高鳴る鼓動を抑えて、ローズはじっと静観する。その男は二、三、コルシカに告げて、彼に付いて来るよう誘った。コルシカは男に追従を始め、こっそり後ろを振り返ってウインクしてくる。

 余計なことしないで、と叫びたい衝動を鎮め、ローズは静かに尾行を始めた。尾行術も祓魔師の持つ技能の一つだ。ロンドン支部では、図らずも警察が追跡していた犯人を逮捕したこともある。アバーラインは喜んで、自分を密偵にしようと勧誘してきたほどだ。すぐに面倒事を引き起こすトラブルメーカーだと知り、彼は出会うたびに顔をしかめるようになっていったが。

 コルシカと男はやはりと言うべきか、人気のない場所を選んだ。流石に裏路地をそのまま尾行するのは怪しまれるので、門外不出の秘密兵器(ロープピストル)で屋根の上へと昇り、屋根伝いに二人の追跡を続行する。

 そして、不意に立ち止まり、男は免罪符を取り出した。コルシカに商売を持ちかける。


「これを買えば、神の赦しを得られる。どうだ? 買うか?」

「興味深いな。是非、見せてくれ」


 先程までの狂人めいた様子はどこへやら。知的な学者然とした雰囲気を醸し出し、コルシカは免罪符を興味深げに眺めた。


(演技を続けて!)


 心の中で念じるが、コルシカには届かない。手に取って注意深く観察するコルシカの挙動の一つ一つにキナ臭いものを感じた男はリボルバーを取り出し、激昂した。


「貴様、警察だな!」

「まさか。私は小説家だよ。そのような無粋な物は仕舞いたまえ」

「バカっ!」


 ローズは思わず毒づいて、飛び降りると同時に屋根へ向けてロープピストルを放つ。上手い具合に着地すると、純潔イノセントを抜き取って構えた。


「動かないで」

「なんだ? 逮捕するのか? できるものなら――」

「いいえ、殺す」


 ローズの即答に男は慄いた。銃の狙いがコルシカからローズに変わる。


「な、何だって? ふざけるな!」

「ふざけてなんてないわ。あなたの依頼主は、あなたが情報を漏らした瞬間、躊躇なく切り捨てる。とっても綺麗な金貨を貰ったでしょう。きらきらきらきら輝いて、見る者を虜にする魔法の金貨。あれが何であれほどまでに美しいか知っている? 人の命でできているからよ」

「ま、まさか……!?」


 男はあからさまに動揺する。金貨が人体錬成によって製造されたとは思いもしなかったのだろう。

 しかし、有り得ないことではないと男は思っている。だから動揺し、銃口が震えるのだ。免罪符を売りつけるだけの割のいい仕事。リスクはあるが、その分リターンも多い。男にしてみれば、ちょっとした詐欺を働いた程度の認識しかなかったはずだ。

 だが、実際には違う。退魔教会を崩壊させるための一手段に男は加担している。

 ローズは笑みを浮かべて、主導権の確保に乗り出した。


「あなた、銃の扱いは慣れていて? セーフティが掛かりっぱなしよ?」

「う、嘘だ!」


 男が言い返しながらも、恐る恐るリボルバーを確認する。絶好のチャンスだった。


「ええ、嘘よ」


 ローズは答えて、一気に男に距離を詰める。銃を蹴り飛ばし、男の胸倉を掴んで詰問した。


「あなたの雇い主はどこにいる!?」

「し、知らない、あ、ああ、いや、言う! 言うよ! た、高いところが好きだって言っていた。金を溜めて、将来巨大な建造物を建てるらしい! 機械の島を作って、世界をコントロールするとかなんとか……!」

「それはいい! どこにいるか答えて!」


 ローズは急いていた。下手をすれば、彼は口封じで殺される可能性がある。遠方で何の予兆もなく行われる錬金術に抗う術はない。ふと、不思議に思う――。それほど強力な技を持つのなら、なぜ直接自分を始末しないのか、と。

 すぐに答えは見つかった。つまらないからだ。もし自分がマモンの立場だったとしたら、そんな味気ない殺害方法を絶対に取らない。


「塔……塔だ! 北に位置する守護塔……う?」

「――なッ!」


 ぐしゃ、と血の舞う音。そのワンテンポ前に放たれた銃声。

 男はローズの右肩上を通った弾丸に銃撃されて死んだ。撃った方角へと振り返って、驚愕する。


「コルシカ……?」

「ああ、私は無事だ。どうやらよほど君にご執心らしい。君に当たらないよう配慮していた。まぁ、私には命中したが」


 コルシカが右腕を押さえて蹲っている。治療するか逡巡したが、コルシカに促されて謎の狙撃手の追撃を開始した。

 遠目で目撃できたのは、フードを被った狙撃手だ。屋根の上に佇み、ライフルを所持している。体格は不明。

 ローズは路地を抜けた後、道路を挟んだ家々の屋上にロープピストルを撃ち込んだ。反対側までショートカットし、屋根を走って狙撃手を追う。

 しかし、狙撃手は身軽でなかなか追いつくことができない。瞬時に、プロだと推測する。パルクール移動に長けたやり手だ。


「待て!」


 ローズは叫びながら、屋根の上での追跡劇を繰り広げる。狙撃手はローズの存在に気づき、世にも奇妙な小型の連発銃を乱射してきた。まさに短い機関銃とも言うべき代物で、そんなものはどこの銃器会社も、壺娘でさえ発明していない。恐るべき銃器だった。


(マモンの錬金術……!)


 煙突などにカバーしながら距離を詰めようと試みるが、驚異的な小型機関銃の連射力は脅威だ。ローズは純潔イノセントを取り出して、狙いを屋根につける。角度を計算。そして、カバーした状態で身を乗り出すこともせず引き金を引く。

 跳弾。狙撃手は驚いて、銃撃を中断した。すかさず追撃を掛ける。確かな手応え。一発は狙撃手のどこかへ命中したが、身をすっぽりと覆うコートのせいでどの部分に当たったかはわからない。正確な身長すら計測が困難だった。


「止まれ!」


 ローズの警告を無視して、狙撃手は地上へと降り立った。ローズも急いで後を追うが、鳴り響いた轟音に反射的に身をかがめる。すぐに、自分ではない別の誰かに向けて撃ち放ったことに気付く。発生源へと走り、そこで倒れていた人物に瞠目した。


「……リュン!?」

「ごめん、ローズ。逃がした……」


 リュンは脇腹を撃たれ、壁に寄り掛かり血を流していた。また何回か銃撃音が鳴り、馬の嘶きも聞こえてくる。

 ローズが大通りへと顔を覗かせると、強奪されたと思しき馬車が一心不乱に駆けて行った。だが、馬の制御に失敗したのか喫茶店へと突っ込んだ。もはや確認するまでもない。即死だろう。


「くそ……」

「参った。あとちょっとだったんだが」


 歯噛みしたローズは似たように悔しがる聞きなれた声を聞いて、またもや驚く。狙撃手の追跡経路からマーセが歩いてきたためだ。


「マーセ……!」

「すまんな、ローズ。前回の失敗を挽回できなかった」


 謝罪する彼女も、銃創がある。あの不可思議な銃器にやられたのだろう。


「面目ないです、ローズさん」

「ケイまで! 一体どういうこと?」


 マーセの後ろから身を晒したケイに、ローズは疑りの眼差しを全員に注ぐ。そこへコルシカがやってきて、真相を話した。


「私が呼んだ。助けが必要かと思ってね」

「余計なことを……。みんな怪我してるじゃない!」


 コルシカを責めるのは筋違いと知りながらも、ローズは怒鳴らずにはいられなかった。自分と関わったせいで、皆傷ついてしまった。その事実がとてつもなく恐ろしい。


「大丈夫ですよ、ローズさん。興奮しないで。僕は怪我してませんし」


 ケイが宥めるように言うが、ローズは聞く耳を持たなかった。ふん、と鼻を鳴らして、みんなから距離を取る。近くにいると、また何かしらの責め言を紡いでしまいそうだった。彼らは何も悪くないのに。悪いのは全て、私なのに。


「くそっ!」


 むしゃくしゃして、自分自身に悪態を吐く。ケイの苦しそうな呻きでハッとしたが、彼はにこやかな笑顔を浮かべているだけだった。


「……嘘、吐いてない? 本当は怪我をしてるんじゃ」

「まさか。僕はローズさんの悲しむ顔を目にして、心苦しいだけですよ」

「言うなぁ、後輩」


 マーセが茶化すが取り合う気分にはなれない。捜査は進展し、収穫もあった。マモンの居場所も突き止めた。

 ローズは一刻も早く、この借りを返したくてうずうずしていた。仲間たちを傷付けた報いを、マモンには払ってもらわなければならない。


「来いと言うなら、行ってやる。今に見てなさい……!」


 ローズは怒りを隠すことなく、狙撃手の事故現場へと歩んで行った。仲間たちが不安の面持ちでその後ろ姿を見つめる。

 コルシカだけは白紙の本を懐から出して、ペンで何かを書き記していた。




 死体は確保したが、衝撃のせいか肉塊へと変貌しており、解剖が困難だった。似たような死体が複数あり、結局どれが狙撃手だったのかわからずじまいだ。遺品である謎の銃器を回収したローズは武器について詳しい武器商人の元へと向かう。

 武器庫を訪れると壺娘は苦笑して文句を言い放った。ローズ以外の誰かに語るように。


「うわー、サブマシンガンですか。時代錯誤も甚だしい。私もアサルトライフルとかロケットランチャーとか出しちゃいますよ?」

「何を言ってるの」


 持ち寄った謎の銃を壺娘に見せたローズマリーは呆れる。壺娘はまるでそれが何であるか知っていたような口ぶりで話を進めた後、こちらの話です、と話を打ち切った。


「あなたが欲しいのはこれが何であるかという情報ではなく、これがマモンが創ったものなのかという確信ですね? 肯定しましょう。これは悪魔の武器ですよ。文字通りに」

「悪魔の武器。確かに」


 作業台の上にある壊れた銃器を見つめて、ローズは感慨深く呟いた。ローズが危惧していた通りの、虐殺武装である。こんなものが市場に出回れば、より殺戮は容易になり、戦場は地獄と化すだろう。軍部はこぞってこの革新的な武器を買い占めるに違いない。


「んー、そこまで不安視しなくても大丈夫ですよ。射程が足りません。今の時代ではまだ、価値を見出せないでしょう」

「本当? まるで未来を見てきたような言い方だけど」

「さて、どうでしょうね」


 ころころ、と不自然な動き方をして、壺娘は短機関銃を掴み、壺の中へ入れた。


「あまり強力過ぎる武器を使うのはオススメしません。敵の学習速度を速めるだけですから」

「別にそれを使う気はないわ」


 壺娘の言う通り、そのオーパーツを使うことで悪魔が人間の実力を見誤り、より強力な魔獣を使役してくる可能性が高い。そうなれば、祓魔師と言えども対抗するのが困難になる。それは避けねばならなかった。

 退魔の歴史では、銀の矢が魔獣に通用しなくなったのは、銃器が一般的に流通するようになってからである。もしまたグレードの高い武器を人間が使うようになれば、それに合わせて魔獣の強さも変わる。まさにゲームだ。人間の品質ランク向上に伴い、敵の強さも変わってくる。


「で、行くのですか? マモン討伐に」

「ええ」

「現状の装備で勝てますか」

「戦ってみないことには何とも」


 まずはマモンの弱点を知る必要がある。が、明確なウィークポイントはどの記録にも載っていない。あえて危険に身を晒し、弱点を見つけ出す必要があった。


「一度、ウェイルズに相談してみるのはいかがでしょう。あなたの師なら、何かヒントをくれるかもしれない」

「それもそうね」


 マモン討伐任務を申請しなければならないため、ついでに助言を貰うのも悪くない。そう考えたローズは武器庫を去ろうとする。そこへ、壺娘が声を投げた。


「ああ、同行者には注意してください。誰が信頼できて、誰が信用ならないのか、その判断を誤らないように。もしかすると、敵が味方の中に紛れ込んでいるかもしれませんからね」

「肝に銘じておく」


 そう返事をし、ローズは執務室へと移動する。残った壺娘は盛大に嘆息をした。


「ああ――ローズ。私の忠告に耳を貸す気はありませんね? やれやれ。せっかく美しい花が咲いても、枯れる時は一瞬なんですよ? まぁ、過ぎたことは仕方ありませんか」


 壺が回る音がする。ころころ、ころころ。彼女が部屋を動き回って、壺の中へ手を突っ込んだ。破損した短機関銃を弄びながら、笑みをこぼす。


「この銃はさしずめ、ガーディアンと言ったところでしょうか。あの子もカワイソウですね。彼に隷属を誓わされるとは。急いで食事を準備しなければいけません。ああ、忙しくなりそうだ――」

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