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怪物と天使

 夜風は冷たい。しかし、その冷感を心地よいと感じ、白髪の少女は風に当たっていた。そこへ、男の声が掛かる。スーツを着込んだ金貨を弄ぶ男。強欲の悪魔、マモン――。


「星を見ているのか?」

「はい、マスター」


 少女は淡々と応える。そうするべきだ、と義務付けられている。

 吹き抜けとなっている部屋の真ん中には、フード付きコートと大型のライフルが置いてあった。十九世紀に存在するはずのない代物。対物ライフルをモチーフとして構築された大口径の狙撃銃。それをマモンは指を鳴らして金貨に変えると、そこからまた新しく鎧を精製した。蒸気機関を流用した機械仕掛けの鎧とでも形容すべき代物だ。

 計器や管のようなものが鎧のあちこちに備え付けられ、背中には蒸気を放出する筒もある。


「驚異的な身体能力を獲得する、言わば戦闘服コンバットスーツだ。狩りのお供にちょうどいい」

「敵、ですか」

「それは君次第だ」


 マモンは少女を試すような口ぶりで首を傾げる少女の周りをくるくる歩く。


「私、次第……? マスター、それは一体……」

「ここがどういう場所だか知っているかい?」


 マモンが問うと、少女は義務を果たすべく回答した。


「守護塔です。大昔に天使が降臨したと言われる場所でもあります」

「そうだとも。君の戦場としてここがふさわしい」

「敵を誘き寄せた、のですか?」

「狩りをする時は、狩場を選定しなければならない。……ふさわしい場所を探すのに苦労した。今度、狩りをする時はあらかじめフィールドをセッティングしておこう。人々を隔離すれば、まさに決闘場としてふさわしい」


 マモンは少女の疑問に答えることなく自分の言いたいことだけを一方的に話す。それを不快と思う機能は少女には備わっていない。ただ主の命令に従うことが、少女の存在意義である。主の導きに従うことで、少女は快楽を得られるのだ。


「マスター、ご命令を」


 少女は跪いて、主人の指示を仰ぐ。マモンは大量の金貨を使って、再び狙撃銃を錬成した。威力は控えめのライフルだが、その分扱いやすくなっている。


「スチームパンク、と言ったかな。なかなか面白いジャンルだと思うんだが、残念なことに彼女は知らない。まだ確立されていないからね。しかし、重要なのは僕のような傍観者ギャラリーが見ていて飽きない趣向だ。そういった意味では、彼女にとって未知の武装を使う方が好ましい。既知では反応も薄くなってしまうからね」


 黄金でできた狙撃銃は、またもや意味不明な計器が備え付けてられており、単眼鏡スコープも装備されていた。不思議に思って、少女は覗き込む。


「これは……」

「照準器だよ。まだまだメジャーじゃないが、もう少し経つとみんなこれを使うようになる」

「わかりました」


 一目見ただけで、使い方は学習できる。元々そういう風に少女は創られた。主は暗に告げている。これで来たる敵を始末しろ、と。

 なら、反目する理由は少女にない。主が望むままに成すべきことを果たすのみ。


「これも使うといい」

「剣、ですか」


 狩猟用のサーベルを受けとり、少女は腰に提げた。貴族が使うような高貴な装飾が施されている。


「イノシシ狩りに欧州の貴族は剣を使っていた。その方が愉しいし、競技性も高いからね。彼らにとって狩りとは純粋な娯楽だったのさ。生活のための狩りならば、罠を仕掛けるか、弓や銃、槍を使う。でも娯楽ならばわざわざ不向きな武器を用いて獲物を狩るのは道理だろう?」

「標的を教えてください、マスター」

「まぁ、待て。これも使った方がいいな」


 マモンが錬成したのは自動拳銃だが、これまた未知のテクノロジーを有した代物だ。ピストルと共に手渡されたのはドラム式の弾倉だった。持ち歩くには不便だから、使用する時に装填するといい。主はそう言って、少女に拳銃を渡す。

 少女に反発心はない。言われた通りに行動する。ゆえに、主人が敵について説明するまで待った。


「さっきも言った通り、誰を敵にするかは君次第だ。ただ、何かしらの存在がこの塔を昇ってくる。適時判断をし、行動してもらいたい」

「それは、私に方針を決めろと言うのですか」

「そうとも。これは一種の、運用試験だ」

「試験」


 自分は試されている。そう自覚した少女は、結果を残さねばならないと意識した。

 そうするのが少女の運命。そうすることこそが命題。

 少女はライフルを構えながら、地上へ目を落とした。地上は遥か下。

 これからそこに何かしらの存在が現われて、試練という名の狩りが始まる。



 ※※※



 ウェイルズの執務室を訪れたローズマリーは、マモン追跡の許可を取るところだった。


「これよりマモンを祓いに向かいます。任務の了承を」

「……祓えるか?」


 ウェイルズは試すように訊く。ローズは即座に頷いた。


「もちろん。敵の祓魔方法はまだ組み上がっていませんが、戦闘中に考え付くかと」

「いいものがある」


 ウェイルズは椅子から立ち上がると棚を開けて、古い銃を取って執務机に置いた。

 水平二連の散弾銃。狩人が好む道具だ。


「これは?」

「私の父は祖父の仇を討った後、アメリカに渡り南北戦争にも関わった。その時に散弾銃の有用性に気付き、これをビースト用だけではなく悪魔用としても改良した。使えるはずだ」

「大切に扱います」


 それほど大切な物を自分に預けるとは露ほど思っていなかったローズは、厳かな表情でその銃を手にした。歴史を感じる銃だ。散弾銃は狩人の銃ではあるが、使い方次第では悪魔祓いに転用できるとローズも考えていた。

 俊敏な魔獣を捉えられる散弾ならば、不可思議な技を使うマモンに対抗できるかもしれない。

 いや――ローズは逡巡する。かもしれない。可能性のお話。可能性を感じるのではなく、断定できなければダメだ。マモンが相手ならば問題ないだろうが、悪魔少女と対峙した時の可能性は全て現実の現象として発生する。

 いくらローズの使う純潔イノセントが十年程前の代物で、使用弾薬に黒色火薬が用いられていたとしても、いくら豪雨の中での戦闘とは言え不発の可能性は極めて低い。せいぜい遅発が限度だ。

 しかし、実際に使い物にならなかった。どんな状況下でも使える堅実な武器が必要だ。


「弾薬は壺娘に申請しろ。……それともうひとつ」

「なんでしょうか」


 ローズが問いかけると、ウェイルズは金貨の袋を取り出して渡した。

 煌びやかなそれは、人の命を錬成して作られたものだ。


「これを、使えと?」

「それはお前次第だ」


 古くでは、魔獣の素材を利用して、剣を創り上げた祓魔師の記録が残っている。

 マモンの金貨も何かしらの材料として利用する価値がある。ローズは懐に仕舞った。


「マモンを祓え、ローズマリー」

「わかりました」


 ウェイルズはそれ以上何も言わない。ローズも言葉を交わさなかった。

 マモンを祓う。その目的だけで十分だった。



 ※※※



 同行者として申請したのはマーセひとりだけ。リュンとケイはお留守番だった。

 さらに、マーセもあくまで予備要因としてローズマリーは考えている。御者兼馬車の護衛だ。

 守護塔までの道のりで、馬車を操縦するマーセが苦笑する。


「そうつんけんするなよ」

「別に、普通よ」


 ローズはそっぽを向いて、ひたすら水平二連の装填と排出を繰り返していた。水平二連はその名の通りたった二発しか装填できない。そういう意味ではレバーアクション式散弾銃の方が優れているが、ウェイルズから借り受けたこの銃は年代の古いものを現代式に合わせて改良したものだ。悪魔とその眷属には、年月が経った銃の方が効果的である。

 未だに古式銃を使う祓魔師も存在する。ロンドン支部ではホイールロックピストルを未だに使う祓魔師がいたほどだ。ウェイルズも祖父と父が使っていたとされるペッパーボックスのフリントロックピストルを所持している。

 

「普通だって? 面白いな」


 マーセは飄々と手綱を操る。外の景色は美しく、潮風の香りもする。

 夕日を反射させる海。美しくも恐ろしい怪物。

 カシャン、コトン。散弾を入れては落とす。


「いつも通り」


 コトンに次いでカシャン。カシャンの次はコトン。水平二連は装填に癖がある。自分の身体の一部として、使えるようにしておきたかった。


「どうして、リュンとケイを連れて来なかった」

「怪我してたでしょ。ケイは嘘を吐いてたし」


 そもそも、無断で誘き出しに混ざっていた事実が気に食わない。

 大事には至らなかったが、殺されていても不思議ではなかったのだ。あの銃器は謎すぎる。ローズもギリギリのところで難を逃れたが、既に一度、あの狙撃手に殺されたも同じだ。不意を衝いて、ローズの捕らえた売人を狙撃した時。あの場で、ローズは射殺されていてもおかしくなかったのだ。

 ある意味、慈悲を掛けられたと言っても過言ではない。もしくは悪魔にとっての対等なゲーム相手だからか。好敵手とも言うべき相手を不意打ちで殺すことは有り得ない。それが生死を賭けた生存競争ならばともかく、心高鳴る遊びなら。


「他人の心配ばかりで自分の心配はできないか」

「そのセリフ、そっくりそのまま返すわ」

「後方支援なら問題ないはずだぞ」

「相手がただのビーストならね。悪魔祓いに怪我人を連れていくなんて冗談じゃない」


 マーセの気遣いは痛いほど伝わってくる。だからこそ、ローズはまともに取り合わない。マリア女医を射殺したあの感覚をまた味わいたくはない。祓魔師という職業自体を自分以外から消去してしまってもいいと思うほどに。もし、謎の協力者が正義感や義務感、憎悪や復讐で退魔教会を狙うなら、教会などなくなってしまえばいい。

 全て自分に集約してしまえばいいのだ。自分だけが悪魔を祓い、残虐行為に走る人間を暗殺すれば、全ての災いは自分という怪物だけに向けられる。もうそれでいいではないか。世界の悪者がたったひとりになった後、正義の味方とやらが殺しに来てくれればいい。


「思い詰めるなよ。ひとりで抱え込むなって何度言えばわかる?」

「たぶん、一生わからないわ」


 小さな声で呟く。わかりたくもない。

 他人と繋がる術をマリアは教えてくれた。ウェイルズも、人には様々な種類がいると諭してくれた。

 しかしこればかりはどうしようもない。ローズマリーは生まれついての怪物で、悪魔の子なのだ。みんな否定してくれているが、では、堕落者と共感してしまうこの能力は一体何なのか。


「……これだけは言っておくが」

「何」

「お前がどう思っていようが私たちはお前を心配して助けようとする。それだけは忘れるなよ」

「感謝はしてる」


 本心が口を衝いて出た。感謝はしている。だからこそ――。

 銃身を折るようにして薬室を開き(ブレークオープン)、ローズは散弾を滑り込ませた。




 夕日は沈みかけ、世界が闇に呑まれようとしている。

 闇夜は悪魔の時間だとされている。悪魔にとって有利な時間。人間にとって不利な時間。

 しかしそんな些細な問題はローズマリーにもマモンにとっても関係ない。ローズは一刻も早くマモンを祓いたく、マモンは自身が愉悦できるゲームを求めている。

 ゆえに、油断ない視線で、ローズは守護塔を見上げた。崖際に立つ守護塔は、この島に国を作ると決断した初代祓魔師と国王が、天使の降臨を目撃したとされる神聖な場所だ。そこに悪魔が君臨している。皮肉な想いが巡って流れ出る。


「てっぺんに灯りが灯ってるな」

「わかってる。あなたは指示通りに」

「……わかったよ。大人しくしてる」


 マーセはしぶしぶ指示に従い、馬車を塔から離した。

 ローズは背中に崩壊コラプス、左右のヒップホルスターに純潔イノセント継承サクセション。左腰にレイピア、後腰にナイフ。右側にはスリングで水平二連が固定してある。移動用のロープピストルも忘れない。重装備だった。

 しかし、これでも足りない、とローズは思う。悪魔は常識の範疇外の存在だ。


『――やぁ、来たね』

「マモン!」


 ローズは崩壊コラプスを構えて、塔の最上階に向ける。止めた方がいい、とマモン。


『下手に刺激すると、彼女は攻撃してしまう。いくら君ほど美しい花でも、圧倒的不利な状況で彼女に撃ち勝てるとは思えない。まずは塔の中に入ることを勧めるよ』

「言われなくてもすぐに向かう!」


 ローズは塔の戸口を開けて、中に躍り出た。開けた空間には騎士の甲冑が飾られている。上に行くには階段を使うしかないので、取り回しの良いリボルバーへと構え直し、甲冑の脇を通り過ぎようとした。

 だが、不意に騎士の首が落ちて転がる。兜の中には生首が入っていた。


「――ッ!」


 瞬時に異変に気づき、ローズは飛び退く。首なしの騎士が動き出し、剣を振り下ろしていた。


「デュラハンか……!」


 デュラハン。首なし女性の妖精もしくは怨霊で死者の予言をすることで広く知られている存在だが、退魔教会では、首なしの騎士として記録されている。とかく凶暴な魔獣であり生命力も非常に高い。


「さっそく試すべきね」


 ローズは水平二連を構え、不安定な足取りで接近するデュラハンに射撃を見舞う。散弾は金属鎧を貫通したが、デュラハンは止まらない。人間の身体をズタズタに引き裂く散弾の適性射撃を持ってしても、デュラハンはそう簡単に壊れないらしい。

 ローズは観察して、祓魔方法を模索する。動きに一定の滑らかさを持つことから、デュラハンの本体は中身の人体であることが推測できる。しかし、正面から撃っても何らかの防護が掛けられた鎧のせいで効果が薄い。

 しかし、唯一生身を曝している箇所がある。ローズの方針は固まった。

 残り一発となった水平二連を右手で構え、左手でロープピストルを掴む。天井にピストルの狙いをつけると、ローズは騎士の斬撃を避けながら天井に張り付いた。

 そして、水平二連の銃口を定める――唯一装甲に覆われていない、首元へ。


「終わりよ」


 引き金を引き、血しぶきが舞う。デュラハンが崩れ落ちたのと同時にローズは着地した。水平二連をリロードする合間にもマモンの声は語りかけてくる。


『やるね、ローズ』

「この程度で足止めできると本気で思ってる?」

『まさか。ただ、何もなく踏破するのは味気ないと思ってね。演出は必要だろう?』

「これはオペラじゃない」


 と応じながらもローズは至って冷静だった。怒りはとうに振りきれて、どうやって悪魔を血祭に上げるか算段を立てているところだ。


『怖いね、ローズ。君は可憐だ。ゆえに、より恐怖が際立つ。最初から恐ろしい姿をしている者は結局その程度でしかない。真に恐ろしいのは、人の皮を被った怪物だ』

「……」


 ローズは肯定も否定もしない。応答する気が失せていた。マモンを倒せば全て片が付く。ならばなぜ、悪魔と会話を楽しむ必要があるのだろう。


『ああ……無視か。酷いな、君も。僕がなぜ退魔教会に手を出したのか興味はないのかい?』


 ないと言えば嘘になる。だから口に出さなかった。

 ローズは階段を昇って、上の階へ。螺旋状の階段を上へ上へと昇っていくと上階から物音が。

 ケルベロス。獰猛な魔獣が、ローズを喰らわんと駆け下りて来ている。


「邪魔よ」


 恐れることなくリボルバーで処理して、先へ進む。ローディングゲートを開けて、排莢と装填も行う。緊張感溢れるリロードだった。今この瞬間も何かが自分の命を狙っている。そんな予感がひしひしとする。

 だが、そんな極限状態だからこそ、ローズの怪物は昂り真価を発揮できる。

 ――怪物を狩る時は決して追い詰めてはならず、一瞬で仕留めなければならない。追い詰めたが最後、怪物は死にもの狂いで抵抗し、相討ち覚悟でその喉元を搔き切るであろう。


『君は狩りの獲物として最良で、ゆえに恐ろしい。彼女がご執心なのもわかる。君に一目惚れしたんだ』


 マモンは空間に音声をこだまさせながら饒舌に話す。その最中にも、彼の演出は続けられる。

 ケルベロスに加え、ゴブリンも階段を下ってきた。ゴブリンは体表が赤い小鬼で、主に鈍器を使うそれなりの知能を有する魔獣だ。しかし、ローズの敵ではない。散弾と銃弾で迎え撃ち、足場が血で汚れていく。


『悪魔を惚れさせる怪物は実に珍しい。才能を持っている者はいる。だが、悪魔が焦がれるほどの状態にまで仕上がることは滅多にない』


 リボルバーの弾が切れたので、レイピアに持ち変える。ゴブリンもケルベロスも銀の刺剣を用いればあっさり狩ることができた。急所である頭に刃先を捻じ込む。斬る剣ではなく突くことに重きを置いた剣だからこそ、予備武器にふさわしい。これがもし、もっと新しい武器が発達した未来だったら、こうも容易く狩ることはできまい。


『彼女は色々探していたようだが、偶然か必然か――彼女は君に目を付けた。或いは、何かしらの仕掛けを施したのかもしれないが、僕にとっては関係ない。ただ、羨ましいとは思う。彼女を。僕は滅多によき宿敵に出会えない。大抵の人間はあっさりと僕になびく。メフィスト君にコツを訊いてみたが、君は交渉が得意すぎる、と言われたよ。才能があるのも困りものだ』


 ローディングゲートから排莢し、弾薬を流し入れる。反対側の段差をゆっくりと下るデュラハンにロープピストルを向け、放つ。身体を宙に浮かせて、レイピアを構えた。一閃一突。剣を振って剣を弾き、首元へレイピアを突き抉る。血が迸って、ローズの黒衣を汚した。


『だから僕は、自分で創ることにしたよ。怪物を。僕に生の実感を与えてくれる強敵を。残念ながら――それは君じゃない。とは言え、それじゃ君に失礼だ。せっかく君は装備を充実させて、僕を祓いに来てくれた。だから――僕も、ふさわしい敵を差し出そう』

「マモン……!」


 最上階へと上がったローズは純潔イノセントを構えて吹き抜けのある屋上へと進入を果たす。悪魔を探すべく周囲を見渡すが、落ちているのは金貨が数枚。既にいなくなった後だ。

 しかし、何らかの気配を感じてはいる。油断なく身を隠せそうな場所を重点的に探す。


「本当に逃げたの、マモン」


 挑発的な口調で、マモンに呼び掛ける。だが、返答はない。接敵することもなく取り逃がしてしまった。

 悪魔学では、悪魔と対峙するためには、悪魔を欲情させなければならないとある。悪魔は自分好みの人間を見つけた時に初めて姿を露わとする。昔は囮を使っていたこともある。悪魔が欲する人間は、思いのほか簡単に見つかる。

 だが、金欲の一切ないローズは、マモンにとって関心はあれど魅力はない人間だったのだろう。マモンを引きつけるには、困窮し、常に金という概念に苛まれる者でなければダメなのだ。お金がなくても生活できるローズでは、マモンの心に響かない。響きたくもないが。

 方針を変える必要があるかもしれない、とローズは考え頭の隅に追いやる。今はマモンの置き土産の捜索が先決だ――そこまで思考を回して、


「目標、捕捉」

「――ッ!」


 反射的に前へ跳ぶ。ローズが立っていた場所に着弾。ノーマークだった天井からだ。

 銃を上へと向けて、ローズは一瞬、奇妙な光景に目を奪われた。天井にはステンドグラスでできた天窓があり、淡い月灯りを透過させている。グラスには、天使が降臨する絵が彩られていた。

 そこに神秘的な雰囲気を持つ少女が張り付いていた。白い髪、白い肌。幻想的な少女は無骨な鎧を身に纏い、絵と同じように着地する。

 そして、ローズマリーに金の拳銃を突きつけた。


「適時判断。対象を敵と断定。作戦行動を開始。目標を排除します。マスターのご命令のままに」

「……人間? それとも、天使?」


 ローズマリーは問う。少女は答えず毅然としたまま。

 月光がローズの銀のリボルバーと少女の金の自動拳銃に反射した。



 ※※※



「もう投入したの?」

「データが必要だからね」


 紅茶を嗜む少女にマモンは答えた。目の前に広がるのは夜空だが、彼と少女の瞳には困惑する怪物と、敵という概念を獲得した天使が銃を向け合う姿が映っている。


「スチームスーツ、とでも言うべきかしら。あれは。流行りはもっと後、百年後ぐらいだと思うけど」

「十九世紀は科学が発展した時代だ。産業革命は僕たちにとっても喜ばしいことだ。そう思わないかい?」

「もう少し、面白おかしく発展させても良かったかもしれないわね。死人を動かせるようになったり、生命の創造をできるようにしたり」

「それは君の特権だろう? 僕はあくまでビジネスマンだ。少々、ビーストのデザインもするが」

「だからあなたも学ぶのでしょう? 自分好みの怪物の創り方を。そのために、退魔教会が邪魔だった」

「どうだろうね。でも、教会はもう崩壊する。滅びは避けられない。ならば、どうやって生き残りを逃すかだが――そこのところ、どうなると思う? 僕たちの敵は、教会をどうするつもりだろうね」


 マモンの疑問に悪魔少女は笑って答えた。


「それがわからないから楽しいんでしょう? 勝ち続けて、悪魔の心は涸れている。敗者には理解できない勝者の悩み。その苦悩を取り除いてくれるかもしれないのが私にとってのローズマリーであり、あなたが見つけられていない未知の人。ただ、もし――」

「もし、なんだい?」


 マモンは笑いながら問いかける。少女も笑みをみせた。


「もし、ローズが私を祓えなかったら……私もあなたの怪物に、興味を持つかもしれないわね」


 仮定の話を口にして、紅茶を飲む。見世物を鑑賞する傍観者ギャラリーとして。

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