エンカウント
息を吸い込むと少し冷たさを感じる空気が肺を満たし、久しぶりに新鮮な空気を取り入れた気がした。
未だに人々が慌ただしく道を往来していくのを今度は間近で見ることになるとは思いもしなかったが…。
「いってらっしゃい優也!!赤飯炊いて母ちゃん待ってるからね!」
「せめて社会の役にたって、人らしく死になさい」
「あ、はい。いってきます…逝ってきます…」
涙をハンカチで拭う母ちゃんと、心底人を見下した様子で嫌味たっぷりに言葉を投げつける百合ちゃんに見送られて数年振りに家の外へと踏み出した。
そこに広がるのはゲームでもなんでもないリアルで、やけに陽の光が眩しく感じる。
嬉しそうにしている母ちゃんと今にも背中を刺そうかと殺気を放つ百合ちゃんの眼から逃れるために俺はとぼとぼと家を後にした。
家を出て憎たらしいくらい晴れ晴れとした陽射しを受けて、ふらふらと歩きながら寝れたら最高だろうなぁなんて考えていると、見知らぬおばさんがこちらに気付いて駆け寄って来るのが見えた。
無論、臨戦態勢に入る俺。
「あらあら!!神城さんとこの優也君!もしかしてお仕事?まぁ偉いわね!!頑張ってね!」
「あっ、あっりが…とござます」
「…久しぶりに顔見たわねー!おばちゃんこんな小さい頃から見てたからね!」
「はぁ…」
「……」
母ちゃんのことを知っているということは近所の人だろうか。
見知らぬおばさんであろうと俺の恋愛シミュレーションゲームで鍛えたトークスキルを駆使しスマートな会話を交わせるのだが、あえて短い言葉で感謝を告げた。
そもそもどこから引っ張り出してきたのかわからないリクルートスーツに着替えさせられて、朝方に仕事に向かう訳でもなくボーッと歩いているニートがいると誰が想像しようか。
このおばさんが勘違いするのも仕方がないことだろう、と無言で思い耽るうちにおばさんは
「それじゃあ…神城さんによろしくね!」
と無言の間に耐えられずに去っていってしまった。
コミュ障乙と言わざるを得ない。
兎にも角にも近所を歩き回るのは危険だろうし、どうせすぐには帰れないと踏んだ俺はOLとの出逢いに胸を膨らませ街中へと進み出すのだった。
数年振りの外出で辺りは俺の知る風景とはまるで別世界のようで。
お洒落な感じの珈琲店ではなぜかノートパソコンをボーッと打ち込む人々で溢れていて、無駄にでかいビルが立ち並びおまけにピンク色の髪をした奴までドヤ顔で道の真ん中を歩いている。
なんだ異世界に迷い込んだのだろうか。
「どうすっかなぁ…」
すっかりと変わった街並みを眺めているとなかなか楽しいものだが、改めて自分の状況を考えなければならない。
途方に暮れてため息を吐く姿はさながら営業マンにでも見えるかもしれないが、あえて言おうニートであると。
運動とは無縁の生活のニートが好奇心だけで街中を徘徊して見たものの、見事に俺の足は限界を訴えかけていた。