親は子に子は親に似る
「や、やぁ何年ぶりだろうな我が妹」
「誰が私に口を利いていいと言ったんだ?薄汚い二酸化炭素を吐き出して地球にごめんなさいしろ」
「え?あぁん!!てめ…いえ…ごめんなさい地球さん」
何年か振りに話をした兄に向かって我が妹は最大限の敵意をむき出しにして、もはや殺意を込めて言い放った。
自分の存在を疑ってしまうほどの無視を決め込まれていただけあって、有無を言わせないほどの軽蔑を買っているのが伺える。
はるか昔はよく懐いてにぃにぃなどとじゃれ合っていたのだが、
いまや仁王立ちで目の奥に『殺』という文字が浮かびそうなくらいに睨みつけているのは何故だろうか。
…いやニートだからだろう。
よく考えてみたら俺が高校に行かないようになったくらいから話をしていなかったが、こんな声だったのかこいつ。
「母から聞いた。社会不適合という文字を人間の形にしたような貴様が働くと言っていた。………どこだ?」
余計な言葉とよくわからない例えを交えて切り出す百合ちゃん。
それにしてもなぜ母ちゃんは働くと勘違いしてすぐに百合ちゃんを呼びに言ったのだろうか…質問の意図もよくわからないがパキポキと指を鳴らしていることから選択肢を間違えれば死を免れないことは確かだ。
ここはひとつ誤解を解いて真実を言うしかない。
大声で精一杯、働かないし働きたくない!!!!…と。
「このシャツと早起きのせいで誤解してると思うんだが…これはそういう意味じゃなくてだな…いやほんと!」
「口を挟むな言わずともわかる」
本当に有無を言わせない百合ちゃんはゆっくりと歩みをこちらに寄せ、後ずさる俺を壁際に追いやった。
死ぬのだろうか、彼女とのイチャイチャも積みゲーも消化せずに俺は死ぬのだろうか。
いやこれは死ぬ!無表情で実の妹に殺される!
「どこの企業だ?どこの商社だ?言え!!」
「……!…ふぇ?」
死を覚悟し目を閉じようとしたその刹那。
振り上げられた百合ちゃんの腕は俺の後ろの壁にドンと突かれていた。
俗に言う壁ドンである。
かくいう俺は小動物のように怯えきったまま間抜けな声で、真剣な眼差しを送る百合ちゃんに返事をすることしかできなかった。
「インターネットを毎日していると思えばこそこそと鼠のように就活していたとはなぁ…」
やれやれと呆れ顔で意味がわからない事を言い出す百合ちゃんを見て俺はある事を思い出していた。
そう、百合ちゃんは小さい頃にドライヤーの事を『乾燥した耳に風を送る装置』と思い込み、ドライヤーをしばらく耳に使っていたっけな…。
「やるじゃないあんた…母ちゃん感動したわ!」
「まさかIT系の企業に就職したのか?就活中の私を差し置いて生意気な…くっ!!」
「は?えぇ!!!」
こっそりとこの状況を覗き見していた母ちゃんは目に涙を溜めて、百合ちゃんに至っては恨めしそうに腕組みしながらジト目でこちらを見つめている。
ハードルはなぜか俺のはるか頭上にまで高くなり、唖然とする俺を差し置いて祝福ムードに包まれる家庭。
「おめでとう!優也!!仕事頑張りなさいよ!!」
「まぁ、貴様にしてはよくやった方だろう。勘違いするなやっとゴミ虫が人に近くなれただけだ」
勘違いしてんのはお前らの方だあぁあああぁああ!!!
と、絶叫に近いツッコミをかましてやりたいところだがこの状況でうっそでしたーてへっ!なんて言えば半殺しにされた上で家を追い出されるのは確実だ。
バレても同じ末路を辿る。
長らく話していないせいか、俺は完全に失念していたのだ。
この親にしてこの子あり。
母ちゃんも百合ちゃんも究極の天然だったのだ。
「ありがとう」
絶望的な状況に泣きそうになりながらも二人に向けて最高の笑顔を返した。
さようならニート生活。ありがとうニート生活。