96話 研究成果
大量の魔力を注ぎ込んで魔法を実行してみる。まぁ、転移魔法なんて初めてだから、間違っても『石の中にいる』なんて状況は避けたい。だから絶対に成功するように願いを込めた。
まぁ、魔力を注ぎ込めば大抵の魔法は叶えられる……と信じている。
たぶん大丈夫だ。
「『転移(仮)』!」
魔力波長が一致しているギンちゃんを基点にして『転移(仮)』を実行する。
そしてわたしの視界は瞬間的に明るく変わった。
「うわ! 眩し!?」
「ルシア?」
「ルシアちゃんか?」
「あ、残念勇者とエレンさん。ただいまであります」
突然現れたわたしに唖然としている二人。
まぁ、驚くよね。
「あ、ギンちゃんもありがとね」
ぷるん
(それほどでも)
わたしの足元でプヨンプヨンと震えるギンちゃんはいつも通り愛らしい。器用に飛び跳ねてわたしの胸に飛び込んできた。
プニン……
くっ! わたしの胸より柔らかい。
「えっと……。ルシアはどうやってここに? さっきまでいなかったはずだよ」
「ちょっと『転移(仮)』で戻ってきました」
「転移魔法だって? というか(仮)ってなんだい!?」
驚いているねー。
まぁ、仕方ないか。誰も使えなかった魔法だもんね。わたしも魔素の泉がなければ魔力不足で発動できなかっただろうしね。一応帰ったら研究課題の一つにする予定だけど。
わたしの研究テーマとしてサマル教授との共同研究だけじゃなく、魔力と霊力に関する研究とかもしているし、資金が手に入ったら顕微鏡を作成して治癒魔法の理論発表の準備を進めていく予定もある。これでも結構忙しいのだ。
でも転移魔法は研究のし甲斐がある課題でもある。
合間を縫って実用化させよう。
それはともかくエレンさんにも説明しないとね。エルフとして、特Sランクとして気になって仕方がないって目をしているからね。
「えーと。やってみたら出来ました? てへっ☆」
「可愛く言ってみてもダメだよ! ちゃんと説明しな!」
ダメか。
あざとくキメてみたけどエレンさんには通用しなかったようだ。
「まぁ、魔力が無限に湧き出ている場所を見つけたんです。そのおかげか、わたしの魔力が超回復していたので魔力量に任せてゴリ押しの発動をしました。あとはギンちゃんに目印になってもらったことぐらいですかね」
「ふーん。魔力が無限にね……それが本当ならギルドにも報告しないといけないね。それはともかく、ルシアは相変わらず無茶苦茶な魔法を使うねぇ」
「それほどでも」
「未知の魔法なんか使って失敗したらどうするつもりだったんだい?」
「失敗しないぐらい魔力がありましたから」
「……ルシアの言っていた無限の魔力が本当ならそうかもしれないね」
実際に失敗しない自信があったからね。
ゴリ押しはあんまり好きじゃないけど、なりふり構っていられなかったし。あんな馬鹿みたいな魔力を持った魔物がいたし。
あ、でもエレンさんと残念勇者はどうやって逃げ切ったんだろ。
「そういえばお二人は逃げ切れたんですね」
「ああ、そうだね。どうにか見逃されたよ。あたしもイザードもね」
「見逃された?」
「そうだぜルシアちゃん。後ろを見てみな?」
うしろ?
何があるって言うんだこの残念勇者は?
と思いつつわたしは後ろを向いてみた。
ふむ。どうやら残念勇者とエレンさんは魔境から抜けていたみたいだね。さっきまでいた【魔の鉱山】が遠くに見えるね。
……ん? なんか鉱山の隣にもう一つ山が……
「って巨大魔物!?」
「おう。神地王獣だ。神獣クラスの原種だな」
「あー。ヤバいのってあれだったんですね」
「そうだね。あたしたちも死ぬかと思ったよ」
「それな。必死に走って魔境を抜けたら追いかけてこなくなったのは不思議だな」
そうだったのか。
あんな化け物が魔境にいたなんて驚きだけど、偶然襲われたわたしも運が悪いね。残念勇者とエレンさんは何度も調査に来てたみたいだけど初めて見たのかな? あんな巨大な魔物が潜んでいたなんて結構ビックリだよ。
ちなみに、他の場所から移ってきたという線は無いと思う。
あの神地王獣は莫大な魔力を身体の強化に回すことでどうにか動けるような奴だ。あの魔王すらも超える魔力を以てしても、一時間動くだけで魔力を消費しきってしまうだろうね。本当に山みたいにデカい奴だから仕方ないだろう。魔素の泉ほどではないにしても、魔力が急速回復する魔境みたいな場所じゃなければ過ごせないだろうね。
そういった点では手出し無用の神獣クラスといっても心配することはないだろう。
まぁ、わたしの予想だけど。
でもこの予想を説明して見たら案外納得してくれた。
「なるほどな。そうかもしれん」
「確かにね。筋は通っているよ」
原種ね……
神地王獣なんて名前と姿絵しか知られていないような奴だ。本気を出せば、大地を亜音速で駆け抜けるとも言われている。何もしなければ大人しい魔物らしいけどね。高位の原種らしく、知能も高いと言われているのだ。
御伽噺では神地王獣と戦った勇者がいたとかもあるけど、あんなのと戦えるわけない。向こうに戦っているつもりが無くてもこっちは死ぬレベルだし。
坑道が崩されて追いかけられたのは多分偶然だ。
普通に移動していた神地王獣とぶつかってしまったんだろうね。運が悪かったと諦めるしかないだろう。
「帰りましょう。やることは終えましたし疲れました」
「そうだね。まさか原種に会うなんて思わなかったさ」
「そりゃあ俺もだ。帰ろうぜー」
わたしたちの意見は一致した。
それにあの神地王獣がいる場所を再探索なんてやりたくもない。鉱石は惜しいけど、もう採掘には行けないかもしれないね。
残念。
というわけでわたしたちは【帝都ナルス】へと帰っていった。
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あれから結構時間が経った。
【魔の鉱山】に行って実際に魔力変異鉱石を調べてみたけど、おかげである程度の仮説が出来た。『物質化』を組み込んだ兵器開発と並行して魔鉱石の解析を進めていたのだけど、どちらもようやく結果が出そうだね。
仮説が事実になる瞬間というのは本当に嬉しい。学者にとっては最高の瞬間だね。
サマル教授との共同開発も完成したからまずはこちらから。
「これで改良点もすべて終わりましたね」
「ああ、ルシア君のお陰だね」
サマル教授と共同開発したのは新武装―――霊素銃だ。その名の通り、『物質化』を利用して弾丸を生成し、魔法で発射する銃器。火薬も必要としないので無反動であり、霊力が続く限り弾切れは有り得ない。それに『物質化』で生成される弾丸の結晶を調整することで効率的かつ省エネな兵器となっている。一般的な霊力量の人物でも百発は余裕で撃てる。
そして試しに撃ってみると……
バゴンッ!!
岩が砕けた。
いや、文字通り粉々に吹き飛んだ。
弾丸が対象に当たったと同時に爆裂の効果が発動するように組み込まれているからね。もちろん、スイッチを切り替えることで爆発しない弾丸を発射することも出来る。この切り替えの調整で苦労したんだけど、わたしの数学力のお陰でどうにかなった。
魔法陣ってのは電気回路に似ているからね。
特定の効果が欲しければ、論理回路計算とエネルギー計算を使うことで、大まかな魔法陣を構成することは難しくない。まぁ、慣れるまでは大変だったけどね。
でもお陰で想定以上の結果が得られた。
「だが強力すぎる武器だ。開発したのは良いが、どうするかねルシア君?」
「そうですね……わざと劣化版を大量生産するのもアリですけど、どうせすぐに他の学者に改良されてしまうので意味がないですね。どうせなら皇帝直属の部隊にだけ配備する特殊装備にすればどうです? わたしには伝手があるのでどうにかなりますけど」
「なるほど。陛下の……それならば良いかもしれな。まぁ私たちの功績は公に認められないということになるがね」
「まぁ、お金さえあれば問題ないです。アルさ……じゃなくて皇帝陛下に霊素銃を独占売却しても大金が来るのは間違いないですからね。それに少数ならばわたしとサマル教授でも用意できます。本格的に帝国軍の装備として配備するとすれば、技術公開が必須になりますから。この武器はすごく危険なので」
この霊素銃はハンドガンと同じサイズだ。極小の魔法陣を刻むのはわたしたちじゃないとできないから、簡単には解析も生産も出来ないと思う。だけど、どこから流出するかは分からないからね。わたしにとっての仮想敵国である【マナス神国】にだけは絶対に渡したくない。
無音、無反動、証拠の残らない霊素弾というトンデモ兵器には絶対に対抗策が必要だからね。
サマル教授も共同開発者だけあって危険性には気づいたようだ。
「そうだね。ではルシア君に任せるとしよう。どうせ世間の評価は興味がない」
「じゃあ。十個ほど用意してから陛下のところに交渉しに行きます。それと念のため対抗兵器も渡していくことにしますね」
「ああ、あれか。アレはルシア君が独自に開発したモノだったね」
「はい。霊術にも有効なので、渡しておいた方がいいでしょう」
わたしが霊素銃とは別に開発したのはディスペルリングという指輪型の魔道具? みたいなものだね。こっちが魔鉱石を解析して完成したものだ。
このディスペルリングも名前そのままだね。これは霊術を発動できなくする波動を放つための特殊魔法道具だ。わたしの『解呪』を参考にしている。
仕組みとしては簡単だね。
霊素を魔素に変換することが出来る魔鉱石の性質を利用して瞬間的な魔境を生成する。まぁ、ディスペルリングの装着者の霊力を喰って強烈な魔力波をぶっ放すだけなんだけどね。これがあれば霊素は停止するから霊素銃も霊術も機能しなくなる。
ちなみにこの魔鉱石。
どうやら高密度の魔素に晒されていたせいで、原子核内部に極小魔素増殖機関が出来ているらしい。まるでブラックホールみたいな物理現象の限界を超えた何か……だ。わたしにも詳しく分からないけど、そういったものがあるということだけ分かっている。ともかくその謎の魔素増殖システムが霊素という燃料を取り込んで魔素を排出しているらしいんだよね。
まぁ、これからも研究は進めていくつもりだ。
「それでルシア君。陛下に渡すと言ったが、君の開発したディスペルリングはかなりの性能だね。霊術防御という観点からすれば今までにない性能だ。それも売る気はないのだね?」
「ま、そうですね。これも売る訳にはいかないので。でもこちらは陛下にも宣伝する気はないですね。神地王獣のせいで魔鉱石が貴重なので、お祝いとして一つだけ渡すつもりです」
「お祝い……かね?」
サマル教授が不思議そうに問いかける。
あれ? 知らないのかな?
「皇太子のアレックス君が学院を卒業するんですよ」
「……もうそんな時期だったかな?」
あの問題児が入学してから四年。
わたしが担任している魔法学科Sクラスは卒業の季節になっていた。
いきなり時間が進みます




