95話 魔素の泉
一方でルシアとは反対側へと逃れた人外×2ことイザード、エレンの二人は坑道を崩壊させた超巨大魔物に追われ続けていた。
「チィ! ルシアちゃんが!」
「黙んなイザード。あたしたちも拙いんだから」
そういうエレンもルシアのことが心配でたまらない。
確かに魔法の実力面ではルシアには及ばないとエレンは自覚している。だが冒険者としての経験や、近接戦闘能力を組み合わせればまだまだ自分の方が上だとも思っている。
基本的にルシアは遠距離から一方的に攻撃することを主体としているので、近づかれると一気に戦闘力が落ちるのである。つまり一人だけで戦うのは非常に拙いのだ。
それにもかかわらず超巨大魔物のせいでルシアとは分断されてしまった。
エレンはすぐにでもルシアの方へと向かいたかったが、それに反してルシアの回避した方とは逆側に追い詰められ続けているのが現状である。
「イザード! こいつを倒せないのかい?」
「無理だ。どれだけでかいと思ってんだよ。今だって足の一部しか見えてねーだろ! 今は潰されないように逃げることに集中しないと殺される」
「役立たずだね」
「畜生言い返せん」
とは言うものの、エレンとて何もできないのは変わりない。
魔境という特殊な場所であるため、エレンは霊術を行使できないのだ。ランク特Sは一人で魔王とも戦えるレベルだと言われているが、霊術を封じられた状態で巨大な相手を倒せるほどではない。
さらに坑道は超巨大魔物が歩くたびに崩れるので、それから逃れるのが最優先事項だ。戦うにしてももっと開けた場所に出なくては無理だろう。超巨大魔物を恐れてか、ランクSS級の魔物たちすらも逃げ惑ってイザードとエレンに興味を示さないことが唯一の幸いである。
「こっちだよイザード」
「おう」
来た道をしっかり覚えているエレンが先行して道案内することでどうにか出口を目指す。底なしとも思える二人の体力のお陰で超巨大魔物から逃げることに成功しているが、普通ならば既に踏みつぶされている。そうでなくとも坑道に閉じ込められるか、崩れた岩に押しつぶされていることだろう。
「出口までどれぐらいだ?」
「もうすぐだよ。このペースなら一分もかからない」
二人の走る速さは凄まじい。
獣人には及ばないが、その半分程度はあるように思えた。分かりやすく言えば自転車で全力を出す程度には早かったのである。行きは魔物を警戒しながらゆっくりと奥に進んでいたのだが、帰りは本当にすぐだった。
というよりもそれぐらい早くなくては潰される。
現にイザードとエレンから十メートル後ろでは超巨大魔物の足で崩落している。一歩進むだけで鉱山全体が揺れ、前方にも注意しなければ岩の塊が降ってくることもあるくらいだ。
「出口だよ。急ぎな!」
「分かってる。取りあえず外に出たら魔物を確認するぞ」
二人は短くそう交わしてスピードを上げた。
そして坑道から一気に飛び出し、速度を落とすことなく走り続ける。すぐ後ろでは坑道が入り口諸共、全て崩壊した音が聞こえてきた。
ガラガラと岩が崩れていくのを聞きながら二人はチラリと後ろを見る。
そして同時に目を見開いた。
「おいおい……」
「ちょっと笑えないね。あんなの聞いてないよ」
それはまさに山。
山に足が生えて動き出したとしか思えない風貌だった。坑道も簡単に潰れるはずである。
遠目から判断しても、足だけで直径十メートルはありそうだと分かる。四本脚によって支えられた体は全体像をつかませないほど大きく、頭部には巨大すぎる一本角が生えていた。
額から突き出ている一本角は金色に輝いており、黒いオーラが漂っている。高濃度の魔素を纏っていることの証拠だった。
全身は灰色の毛皮で覆われているのだが、その表面はかなり固い。鋼の武器程度なら簡単に跳ね返してしまう可能性のある強靭なモノだ。魔剣クラスの武器ならば通用するだろう。あとは戦略級以上の魔法攻撃ならば通じると思われる。
「あたしも初めて見たね……原種『神地王獣』」
「ほ~。あれが神地王獣か。黒曜妖鬼や暴喰災豚とは比べ物にならんな」
「そりゃ神獣クラスって呼ばれている原種だからねぇ。あたしたちエルフ族の王、妖精森王様ぐらいじゃないと倒せないんじゃないかい?」
無限の霊力を持つとも言われる原種『妖精森王』。たとえ魔境内ですらも霊術を行使可能と言われ、エルフ族最強の存在でもある。ルシアと同じく原理魔法の使い手であり、普段は南部のエルフの森に籠って優雅に暮らしているのだ。
動くとすれば【ナルス帝国】との会談があるときぐらいである。
それはともかく、原種の中でも神獣クラスと呼ばれる埒外の存在が神地王獣だ。魔王など比ではないぐらいに強く、知性すらも有していると言われている。つまり勇者と言われるランク特Sすらも手出し無用の相手だった。
「逃げるよ。ルシアには自力でどうにかして貰うしかないね」
「仕方ねぇ。ルシアちゃんも強さランクSSSだし、信じるしかねーな」
ルシアは完全に後衛タイプの戦い方だ。
一人で残すのは不安だが、二人に出来ることもない。
イザードとエレンは神地王獣から逃げるようにして魔の鉱山から避難するのだった。
―――――――――――――――――――――――――――
「ウオォォォンッ!」
「ギンちゃんナイス」
ランクSSS級魔物のメガキャノン・タートルを銀狼モードのギンちゃんがひっくり返す。そしてわたしはその隙にミニバージョンの『雷降星』を放った。高熱のプラズマ球はメガキャノン・タートルの腹で炸裂し、殻にこもっていた引きこもりをコンガリ焼き尽くしてしまう。
『狂乱鎮魂歌』で争い合い、消耗したランクSSS魔物何てわたしたちにかかればこんなものである。
まぁ、わたし一人だったらこうも簡単にはいかなかっただろうけどね。
ギンちゃんがいてくれてよかったよ。
ぷるん!
(食べていいよね!)
「いいわよ。綺麗に食べちゃいなさい」
ぷるーん
(はーい)
散らばっている高位魔物の死体を食べ始めるギンちゃん。流石はスライムだね。あっという間に捕食されて死体が消えていく。それに強い。
今戦ったメガキャノン・タートルは甲羅に篭って高圧空気砲を連射してくる魔物なんだけど、銀狼モードのギンちゃんは空気砲全てを回避してメガキャノン・タートルをひっくり返した。もう惚れ惚れするほど格好良かったね。
そしてスライム状態では愛らしい姿も見せてくれる。
最高だ。
大好きだよギンちゃん!
……………………
…………
……
…
さてと。
それよりも問題はこの奥にある魔力の膨大な塊だ。
正直言ってまともに感知すると酔いそうになるほど濃くて莫大な魔力を示している。それが無限に湧き出て周囲に拡散している様子が感じ取れるのだ。まるで魔力の湧水である。
というか魔境を形成している原因なのではないかと思ってしまうぐらいだ。
「じゃあ行ってみようか」
たくさん食べてご満悦のギンちゃんを抱きかかえつつ奥に進んで行く。
『狂乱鎮魂歌』のお陰で魔物が一掃できていたのかな? かなり楽に奥まで行くことが出来た。こういった広範囲系の殲滅魔法は扱いどころが難しいけど、一対多の戦いではとても役に立つ。あとで幾つか開発しておこう。
それはともかく、ようやく魔力の湧き出る巨大空間に辿り着いた。
「うわぁ……」
まさにうわぁ……な場所である。
魔素の密度が高すぎて空気が黒く染まっているし、よく見てみれば空間の壁面は全てが魔力変異物質になっているようだ。わたしも尻尾感知を切っておかないと刺激が強すぎて気絶してしまうだろうね。
言うなれば煩すぎる音、きつ過ぎる匂い、濃すぎる味のようなものだ。尻尾感知をオンオフ出来なかったらヤバかったかもしれない。
これが魔境を創り出している魔力の源泉。
まさかこんなものがあったとはね。
恐らくは地中を流れている魔力の流れが地上に流出したのだろう。地中を流れているマグマが溢れることで火山となるように、魔力脈が地表に晒されることで魔境になるのだ。となると霊力脈が地表に現れる場所が霊域になるのかな。
以前に魔力脈、霊力脈に関する論文を見たからこれのことだと思う。霊素と魔素について考察していたときに参考文献として読んだやつだ。こんなところで役立つとはね。あの論文では魔力脈と霊力脈は仮想上の存在だったから、これで信憑性が高まったわけだ。
鉱山を掘り進めているうちに偶然にも魔力脈にぶつかってしまったとすると、二十年前に起こった突然の魔境化にも納得がいく。
「そういえばギンちゃんは大丈夫?」
ぷるんぷるるん
(大丈夫。心地いい)
「まぁ、スライムにとっては大量のエサがあるようなものだしね」
魔素がメインの食料であるスライムにとっては心地よい空間らしい。正直言って黒い空気とか身体に悪そうだけどね。消費されていたわたしの魔力は一瞬で回復してしまったから相当な濃度なんだと思う。
ん? ってことはここなら魔術が撃ち放題というわけか。
なるほど……
「ここから魔術を発動させて地上まで掘り進められるかな……?」
ここは鉱山のかなり奥だ。
魔術で掘って地上までの道を見つけるにしてもかなりの魔力を消費するため、いくらわたしでもちょっと無理があると思う。分子操作系の魔術で硬い岩でも破壊できると思うけど、やっぱり結合が強い分だけ消費魔力も急上昇するからね。
原理魔法を使えば理論上は金属加工すらも出来るけど、鉄とかを変形させるとすれば相当な魔力を消費するから無理だ。これが砂鉄を操るとかなら簡単なんだけどね。あとは液体金属の代表例である水銀とかも簡単に操れる。
やはり固体流動操作だけはエネルギーの消費量が半端ないのだ。
だが今はその魔力消費を気にする必要はない。
大魔術も使い放題である。
と、いうか……
そもそもこれだけの魔素があれば転移魔法も使えるのではないだろうか?
転移魔法は時空間系という魔法の中では最高難度の部類だ。そして術として使える者はおらず、魔法陣や魔道具の力を借りてようやく使えるのである。そして転移先の座標を指定するということに難があるため、魔道具としてすら作成は難しい。指定の転移陣を組むことで特定の陣同士を行き来可能だと言われているが、実用化までは至っていない。あくまでも理論上だけの話だ。
しかし本来、魔法とは『願い』を叶えてくれる不思議な力のことだ。
理論や物理的な計算試行結果があればローコストで正確に魔法を行使できるが、大量のエネルギーと強い『願い』によって有り得ない事象を引き起こすことも可能なハズである。
つまりここにある大量の魔素を燃料とし、わたしの『願い』によって無理やり転移魔法を発動させることが出来るのではないかと考えたのだ。
「んー。『願い』だけでは難しいかもしれないけど。少し工夫すればできるかもしれない。ちょっとギンちゃんの力が必要だね」
ぷるん?
(そうなの?)
「銀幻影モードには影転移の能力があるからね。そしてわたしとギンちゃんは同じ波長の魔力だから、上手く使えば簡易的な転移理論を構築できると思う」
まずギンちゃんには影転移で残念勇者かエレンさんの所へと転移して貰う。一応は登録しているから転移できるはずだ。そしてギンちゃんには先に二人と合流してもらうのである。
ギンちゃんはスライムの魔核にわたしが魔力を注ぎ込んだことで生まれたから、わたしとは魔力波長が一致している。だからギンちゃんを目印にして魔法を発動させるのだ。
わたしのいるこの場所を始点(点A)、そしてギンちゃんを終点(点B)としてデカルト座標空間上に座標点を認識し、わたしとギンちゃんの座標点間の中点を原点Oとするのだ。この状態で点A、B、Oの三点を含む二次元デカルト座標系を再定義し、原点Oを中心として点Aを点Bへと転移させる計算をする。計算は行列計算か複素座標系による座標の回転で行えばいい。
わたしは高校で複素座標による回転を習ったから、長さOAを半径として、半径長を変化させないままπ(180度)回転させればよいのだ。具体的にはわたしのいる点A座標の実軸の符号を反転させるだけでいいから計算としては簡単だ。
というか最後の計算を簡単にするためにややこしい座標定義をしたからね。
この座標定義も同じ魔力波長をもっているギンちゃんがいるからこそ出来ることだ。
「よし。やってみよう! 魔素は大量にあるから失敗なんてしないさ!」
ぷるんぷるん!
(頑張ってルシア!)
「ありがとギンちゃん。じゃあ、悪いけど銀幻影モードになって二人のとこに影転移してくれるかな?」
ぷるーん
(わかったー)
ギンちゃんは素早く幽霊魔物ファントムに擬態して影転移を実行する。
あとはわたしも演算を実行するだけだね。
世界初(たぶん)の転移魔法。
成功するかな?