93話 魔の鉱山③
坑道を深く潜っていくと、やはり強力な魔物が増えてきた。魔境内部ではランクB以上が基本となり、それ以下の弱い魔物たちは魔境を追われて周囲に出てくることになる。そういった弱い魔物(とは言っても一般的には強い方だよ)を駆除するために【魔境イルズ】では頑張っているらしいけどね。でも内部の魔物はやっぱり桁違いだ。普通に死ねる。
……わたしたちじゃなければね。
「上位種のオーガですね。キングオーガが群れを成しているとかイジメですか?」
「そうだねぇ。ランクS魔物が群れを成すなんて普通じゃ考えられないだろうからね」
「確かにな。だが魔境ともなれば支配者はランクSSS級の奴らになってくる。どういうわけか、魔力が濃い場所に強力な魔物が出現する。魔境クラスの魔素濃度なら仕方ないさ」
正直に言うと、ランクAまでは雑魚みたいに扱える。
ランクSは多少手強いけど、まだ余裕を持って対応できるレベルだ。
だがランクがSSを越えると辛くなってくる。魔術を使うわたしがいるから戦えるけど、いつもは残念勇者もエレンさんも逃げるが隠れるかしているらしい。霊術が使えないのは結構痛いからね。いくら特Sランクの人外でも、霊術なしでランクSS魔物を相手にするのは無理がある。
「『虚空』」
わたしは大気圧をゼロに変える即死魔法でキングオーガの群れを一掃する。範囲は狭いけど、坑道のような狭い場所なら問題にならないからね。如何に強靭な肉体を持つオーガ種でも、血液が沸騰し、内部から破裂する攻撃に耐えることなんて出来ない。魔力消費の大きな魔術だけど、魔境だから魔力回復も早いし意外と連続で使えるのだ。
「あたしたちの役目がないねぇ」
「そうだな」
人外二人はそう呟きながらキングオーガのスプラッタな死体を眺めている。役目が無いと言っているけど、魔石や素材の確保は二人に任せているからね。役立たずという訳じゃない。それに魔物の解体に関してはわたしなんかよりも二人の方が上手だしね。さすがはベテランだよ。
わたしは残念勇者とエレンさんがキングオーガの死体を解体しているのを横目に、尻尾感知で周囲の警戒をし続ける。
「そう言えばルシア。例の鉱石の反応はあるかい?」
「ないですね。魔力が溢れているせいで感知しにくいですけど、今は九尾状態ですから見逃すなんて有り得ません」
「奥に行かなきゃダメなのかい?」
「可能性は高いです。そもそも、坑道は鉱脈を求めて掘り進めたものですからね。中途半端な場所に鉱石は無いハズです。例の鉱石は鉄の変異体だと考えられていますから、鉄鉱脈に近づけば見つかると思いますよ。残念勇者が見つけたのは偶然落ちていた鉱石の欠片だったのだと思います」
「それもそうだね。そうじゃなけりゃイザードがそんな貴重な物を見つけられるはずが無いさ」
「そうですよ」
「おい。地味に俺をディスってんじゃねーぞ」
残念勇者のくせに何か言っているようだ。
事実を言って何が悪いんだろうね。
まぁ、魔物の解体に関しては一目を置いているけど。
「ほら終わったぞ。魔物が寄ってこない内に行くか」
「そうですね」
わたしが魔術で水球を出し、二人の前に飛ばしてやる。魔物を解体したから両手が血だらけだしね。ちょっとしたサービスみたいなものさ。
「ありがとうルシアちゃん」
「ありがとね」
「いえいえ」
魔法って便利だね。
やっぱり魔境では霊術が使えないことが枷になる。エレンさんも槍しか使えないし、それ以上にこういった便利な魔法の使い方が出来ないからね。こういった小さな水球を出したり、灯火を出したりする程度の攻撃力を持たない霊術は一般人でも使えたりする。いわゆる生活魔法って呼ばれる魔法だね。
これらは強い『願い』によってギリギリ発動されている魔法だから原理魔法には及ばない。生活が少し便利になる程度の効果しかないけど、使えなかったら結構不便なんだよね。
血を洗い流したのを見計らって水球を消し、残念勇者を先頭にして進んで行く。
「そう言えば結構深くまで潜ったけど、帰り道は大丈夫か?」
「……今更ですか?」
「何だいイザード。道順を覚えていないのかい? 役立たずだねぇ」
「まったくです」
「だから地味にディスんな」
確かに坑道は複雑に絡んでいるから、しっかり覚えていないと二度と抜け出せないだろうね。すでに結構曲がりくねっているし、覚えてなくても仕方ないかもしれない。わたしも覚えてないしね。
でもわたしは匂いで道を辿れるから問題ない。エレンさんの場合はしっかり覚えているみたいだけど。
それを残念勇者に説明したら頬を引き攣らせていた。
「……マジで?」
「マジマジ」
「当り前さ」
こいつは本当にランク特S何だろうか?
道を覚えるなんて冒険者の基本じゃないか。ベテランなら一発で覚えようよ。
そんなこんなで残念勇者を弄って和みながらもわたしたちは坑道の奥へと進んで行く。途中でランクSの魔物が結構出てきたけど、わたしの『虚空』で一撃死だったから大したことはなかったね。
そして遂にわたしの尻尾感知が反応する壁面を見つけた。
「ちょっとストップです。反応が見つかりました」
「本当か?」
「はい。そこです」
わたしが指をさした場所に目を向けるイザード。エレンさんもつられるようにして視線を移動させた。
そこにあったのは『狐火』で照らしても黒く光っている壁であり、わたしがサマル教授の実験室で見たサンプルとよく似ている。それに鉱石自体が膨大な魔力を含んでいる点も同じだった。
霊素が停止しているから変換機能は確認できないけどね。
「解析します」
ま、違っていても問題は無い。こんなに魔素を含んでいる鉱石なら調べないわけにはいかないしね。それにせっかく解析用の魔法も創ってきたんだから、使わないと勿体ない。
「『波動解析』」
わたしは両手を鉱石が張り付いた壁に当てつつ魔法を発動させる。これはX線クラスの光波と魔力波を対象にあてて元素解析するための魔法だ。いわゆるX線解析とも呼ばれる手法に似ている。振動数の高い波をぶつけることで波の反射吸収などを測定し、結晶の規則性などを見るのだ。
正直言って、高校生レベルだったわたしには身に余る魔術だった。だけど、どうにかして習得するべく練習と実験を行ったのである。多数の判明している金属に『波動解析』を使ってデータを収集し、その法則性をリスト化したのだ。わたしの尻尾感知があったからこそ出来たことである。
理論としては、光波によって得た元素特有の特徴を魔力波にコピーし、わたしが尻尾感知で読み取っていくというものである。エネルギー吸収度から物質を判断し、反射から得られた特定パターンで結晶構造を読み取ることが出来る。
エネルギー吸収度に関しては経験則でデータ化したものを参考にしているけど、結晶構造解析に関しては結構工夫をしているのだ。尻尾感知で得た魔力波パターンと放出した波動のパターンを比較することで幾何学的に構造を予測する方法論をしっかりと作ってきたのである。これに関してはマジで褒められるレベルだろうと自負しているぐらいだ。
「例の鉱石と同じ反応です。やはり基本は鉄となっているようですね。というよりも鉄そのものです。酸化鉄ではなく鉄として存在しています」
解析の限りでは鉄と同じだ。
尻尾感知すれば魔力を帯びているとわかるけど、解析では鉄のパターンを示している。特に不可思議な要素は無いね。
ならば何が普通の鉄と違っているのだろうか?
自然にある鉄にもかかわらず、酸化鉄ではなく鉄として鉱石が存在していることは不思議だ。つまりエネルギー的に安定しているということだろうか?
鉄が酸化する、つまり錆びるという現象は、鉄よりも酸化鉄の方がエネルギー的に安定しているからこそ起こる現象であり、鉄として存在している方が安定ならば酸化は起こらない。というよりも自動的に酸化が解除されていることだろう。
「魔素が鉄を安定にさせている? ということかな?」
原子の安定・不安定には電子が関わっており、詳しくは量子力学的な知識が必要だった。そんなものを正確に習っていないわたしにはちょっと理解が難しいね。高校レベルの話だと、原子の最も外側の軌道を回っている電子―――価電子―――が重要だったはずだ。
原子の周囲を回っている電子には幾つもの軌道が存在しており、電子は内側から埋まっていくルールになっている。より正確にはエネルギーが低い軌道から埋まっていくのだ。そのあたりで量子力学が関わってくるのだが、高校レベルで扱う原子なら内側から電子が埋まっていくという認識でOKだった。
そして一番外側にある価電子の軌道にも幾つ電子が埋まっていれば安定する、という数が決まっており、その数を補うために酸素などと結合して電子を補完しているのである。
「でも魔素と電子は関係ないよね。魔素も霊素も電気的には中性だし」
魔素と霊素が電気的に中性であることは磁石を用いて実験済みだ。ローレンツの法則を利用し、尻尾感知で観測すればすぐに分かることである。磁石のN極とS極の間に魔素と霊素を通過させ、その時に魔素や霊素が特定の向きに曲がればローレンツ力と呼ばれる力が掛かっていることになる。いわゆるフレミングの左手の法則で分かるやつだ。定期テストのときに左手を色んな向きに変えながら問題を解いたことのある人は理解できると思う。
それはともかく、魔素は電気的に中性なので電子の軌道自体とは関係が薄いと思う。だから別の要員で魔素が作用しているハズなのだ。
「中性……中性……やっぱり中性子?」
そこですぐに思い浮かんだのが中性子だ。これは陽子と共に原子の中心である原子核を形成する微粒子の一つである。原子は電気的にプラスの陽子、中性の中性子、マイナスの電子である三種類の微粒子から形成されているのは常識として知られている。陽子と中性子をさらに細かく分けたらアップクオークとかダウンクオークとか呼ばれる素粒子が存在しているんだけど、今は気にしなくてもいいでしょう。わたしもテレビとかで見た知識しかないからね。
そして思いついたのが、魔素が中性子と入れ替わっているのではないかということだ。
突拍子もない考えだが、それぐらいのことがなくては鉄原子の変化を説明するのは難しい。
そもそも百を超える種類の原子は、陽子、中性子、電子の組み合わせで出来ている。鉛も金も元を辿ればこの三つの組み合わせなのだ。卑金属から貴金属を作り出す錬金術も、こういった微粒子を操作することで理論上は実現可能なのである。(現実には不可能だが)
そして中性子が魔素という全く別の微粒子と入れ替わることで、性質が大きく変化してもおかしくはないのだ。役割としては中性子と同じだが、新しく魔素としての効果が鉄に加わっても不思議ではない。
むしろこの鉱石が大量の魔素を含んでいるのも、そういう理由なら納得できる。
一般的な鉄は、原子一個あたりに中性子が三十個含まれている。そして、およそ鉄56gあたり6.02×10の23乗もの数の原子が含まれているのだ。
中性子が全て魔素に置き換わっていると仮定しすると、鉄一キログラムについて
(1000[g]/56[g])×6.02×(10^23)×30[個]=3.225×(10^26)[個]
これは3.225を一兆倍して、さらにもう一兆倍した数となる。もはや数えられるレベルではない。そりゃ豊富に魔素を含んでいるわけである。ちなみに縦横高さが一メートルの立方体内部に存在している空気粒子の数はその十分の一以下の数だ。それがたった一キロの鉄の中に納まっているのだから、魔素の豊富さが理解できると思う。
この鉄原子魔素同位体とも仮定するべき原子は、まだまだ調べることが多そうだ。
X線解析は教科書を引っ張り出して出来るだけ分かりやすく書いてみたつもりです。
本来はもっと細かい指標もあるのですが、元高校生のルシアならこれでもレベルが高すぎるかもと思っています。僕自身もX線解析は得意ではないので、結構適当な部分もあります。ご了承ください。