92話 魔の鉱山②
坑道に入ったはいいけど、中はとても暗かった。昔はランタンで明かり灯しながら鉱石を掘っていたんだと思うけど、それも二十年ほど前の話でしかない。今では多少の残骸を残して何も残っていない洞窟みたいな場所だった。
「さすが狐族だねぇ。ランタンを持ってきたけど必要なかったね」
「まぁ、本来は『狐火』ぐらいしか出来ない種族ですからね。むしろわたしが異常です」
坑道内を照らしているのはわたしの魔術『狐火』だ。
小さな火種を起こす程度だから、攻撃に使えるような魔法じゃない。だけど霊力の少ない狐族が唯一得意としている魔法でもある。九尾なわたしは関係なく霊術も魔術も使えるけどね。
それにプラスして風の魔術も常時使っている。何故なら坑道内部の空気を入れ替えないといけないからだ。有毒ガスが溜まっているかもしれないし、そうでなくとも酸素不足になるかもしれない。負担にはなるけど魔境の効果で必要魔力は低下しているし、回復も早い。余程のことがない限りは魔力切れになったりはしないだろうね。
「気を付けろよ? 明かりに釣られて魔物が寄って来るからな。狭い坑道で戦闘になるのは厄介だ」
珍しく残念勇者がまともな助言をする。
わたしも尻尾感知を使っているから不意打ちを喰らうことはないと思うけどね。まぁ、某厄介な教団の奴らみたいに感知を妨害してくる奴もいるかもしれない。尻尾に頼り過ぎるのはよくないだろう。
「じゃあ気を付けます」
「……馬鹿な。ルシアちゃんが俺の言うことを聞いただと!? くっ、まさか世界が滅びる前兆なのか」
「残念勇者はわたしを何だと思っているんだ」
ちょっとぶっ飛ばしたい気分になったけど、それで坑道が崩れたらエレンさんに申し訳ないからね。ここは前方から近寄っている魔物に鬱憤をぶつけるとしようか。
「『虚空』」
わたしが魔術を使った瞬間、尻尾感知から魔物の反応が消えた。
「ルシア。何か魔術を使ったのかい?」
「はい。魔物がいたので消しておきました」
「へぇ。座標指定だね? 見えない場所を指定するなんてやるじゃないか」
座標指定というのは指定した地点に魔法を発動させる技術のことだ。基本的に自分に近い場所にしか座標指定できず、さらに座標指定をすると余計なエネルギーや精神力を喰う。普通に魔法を発動すれば無意識に認識した場所となるのだ。
これは人によって異なり、『この威力の魔法ならこの距離に放てば自分は巻き込まれないなー』という何となくの意識が元になっているのだ。その無意識を上回って魔法の発動地点を変化させなければ座標指定は出来ないのである。
まぁ、如何にも高等技術かのようにかたったが、実は大したものではない。
参式魔法クラスを扱うような人物なら当たり前に出来ることだし、四式以下の魔法しか使えない者でも練習すればすぐに出来るようになる。
しかし人という種族は目から得る情報を非常に重視しているため、見えない位置……遠くや、背後、障害物が多い場所などには座標指定が出来ないのである。これが近い場所にしか座標指定できない理由だ。またそれと同時に転移魔法が非常に難しい理由でもある。時空を操る魔法自体は確立しているのだが、この座標指定が難しくて転移には色々な制約がかかるのだ。
まぁ、だからこそ見えない場所まで座標指定できることにエレンさんが驚いているんだけどね。
「尻尾感知がありますからね。それにいずれはもっと遠距離も座標指定できるようにしてみせます」
「ほう……それは楽しみだね」
やはり霊術使いであるエレンさんには興味深い話らしい。
それにわたし自身も遠距離を知覚して座標指定することに関しては目途をつけている。色々と研究するべき項目があるけど、十年以内には確立させるつもりだ。転移魔法はやっぱり憧れるしね!
そうしてエレンさんと話していると、先程わたしが魔法で倒した魔物が倒れている地点まで辿り着いた。
「これは……すげーな」
「確かにね。あたしでもどんな理論の魔法だったのかさっぱりわからないね」
わたしたちの目の前にあったのは蝙蝠の魔物、ナイトメアバットである。こいつらは特殊な超音波で対象に嫌悪感や恐怖を与えることが出来る。たとえは悪いが、黒板を引っ掻いたような不快な音波でバッドステータスを与えるのだ。しかもナイトメアバットは集団で襲ってくるため、特殊音波は際限なく鳴り響き続ける。こういった洞窟では特に反響して立っているのも難しくなるだろう。そうして動きを止めた隙に、対象を生きたまま喰らうのだ。
だがその大量のナイトメアバットはわたしたちの前でバラバラに引き裂かれ、破裂したかのように大量を血液を散らしていた。まぁ、わたしのせいなんだけどね。
「さっきのは指定空間の大気圧をゼロにする魔法です。範囲は狭いですし、こういった狭い場所でないとあまり有効ではありませんが、威力は絶大ですね。外圧がゼロになったことで内部から破裂。さらに血液の蒸気圧を下回ったので血が体内で沸騰します。いわゆる即死魔法ですね」
「怖っ!?」
「また恐ろしい魔法を考えたもんだねぇ」
イザードには怖がられ、エレンさんには呆れた目を向けられる。
まぁ、範囲が異常に狭いから普通では役に立たないよ。
でもこの魔法は威力で考えると魔王も裸足で逃げ出すレベルだ。
わたしたちは普段、とてつもなく重たいものを背負って生きている。それが何かと言えば、そこら中に溢れている空気だ。何を馬鹿なことをと思っているかもしれないが、理科の授業で1013[hPa]という言葉を聞いたことがないだろうか? これは一メートル四方の空間には101300[N]、つまりおよそ10トンもの重さが掛かっていると簡単に計算できる。空気は流体だから、こういった強い圧力が体に纏わりつくようにして掛かっているである。
ならばなぜわたしたちが押しつぶされないのかと言えば、空気がわたしたちを押しつぶそうとしている力と同様の力で身体の内部から押し返しているからだ。つまり外部からの気圧が急に消え去れば、内部から押し返す力によって身体が破裂してしまうのである。
さらに液体には常に蒸発しようとする力が働いているのだが、それも気圧によって抑え込まれ、蒸気とならずに済んでいる。つまり気圧が無くなれば蒸気圧が暴走して体内の水分が一気に蒸発してしまうのである。富士山頂のような気圧の低い場所では百度より低い温度で水が沸騰するのも同じ原理だ。
「まぁ、常に動き回っている戦場では役に立たない程度の効果範囲ですから、即死魔法といっても暗殺程度にしか使えませんよ?」
それに即死魔法というなら高熱プラズマ球を炸裂させる『雷降星』の方が断然扱いやすいからね。
だがエレンさんは納得していないようだ。
「何言っているのさルシア。そもそも新しい魔法を開発すること自体が異常なんだよ? その上で当てたら即死の魔法だなんて常識がひっくり返る思いさ」
「そうですかねぇ? 原理魔法を使うわたしとしては普通なんですけど」
「噂に聞いた【マナス神国】の教皇も原理魔法使いらしいけどね。でもルシアみたいな化け物級の霊術を使うなんて聞いたことないよ」
そうなのだろうか?
でも魔法というものは意外と単純で、願いと現象の原理さえ分かっていれば大抵のことは出来る。使いたい魔法を思い浮かべ、その理論を提起すれば簡単に創作できるのだ。~式魔法とか意味不明な区分けを使っているから進歩しないのである。
魔法はもっと自由に、思いのままに使えばいいのだ。
「まぁ、わたしの魔法はいいですから先に進みましょう。目的は例の鉱石ですからね」
「……そうだね。ルシアとはいつでも会えるんだし、また今度聞くことにするよ」
「おーい。話は終わったか? 先に進むぞー」
どうやらわたしとエレンさんが話している隙にイザードがナイトメアバットの魔石を集めておいてくれたようだ。一応ナイトメアバットはランクBの魔物だし、魔石としては上等の部類になる。お金には興味ないけど、ギルドとしては高ランクの魔石が大量に手に入ってウハウハだろう。
残念勇者が予想外に仕事をしてビックリである。
まぁ本来はランク特Sなんてベテラン中のベテランだからね。むしろそんな人外共を二人相手にしてついて行くことが出来てるわたしは褒められるべきだ。
(注:ルシアも十分人外です)
「じゃあ行きましょうか」
「そうだね」
エレンさんと頷き合って少し先にいるイザードを追いかける。
恐らく鉱石があるのは坑道の奥だろうからね。あまり余計なことはしていられない。
その後も襲ってくる魔物を軽く滅ぼしつつ、わたしたち三人は坑道の最も奥を目指して歩みを進めたのだった。