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女狐が異世界を調停します  作者: 木口なん
6章 ナルス帝国学院
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90話 謎の鉱石

 

 結局キャンプは何事もなく終わった。

 いや、確かに暗殺者とか魔物とかが襲って来たけど、生徒たちは少し怪我した程度だから何事もなく終わった……ということに出来た。

 わたしが間に合わずに怪我してしまった生徒はハグレの野党に襲われたということで納得してくれたし、一応は護衛に扮した諜報工作部隊の人たちが守ってくれたからね。特に問題になることはなかった。それに森の一件以外では手を出してこなかったし、アレックス君も全然襲撃されたりはしなかったらしい。皇太子暗殺ってのはデマだったのかもしれない。

 その辺りの情報捜査は諜報工作部隊の仕事だからわたしは知らないことだ。アルさんに聞いたら教えてくれるかもしれないけど、別に知らなくてもいいから聞かない。アレックス君の護衛はわたしの仕事ではないからね。どちらかと言えば個人的に手助けしてあげている程度だ。先生という立場上は贔屓してはいけないため、首を突っ込み過ぎないようにしているのだ。

 そう言うわけでキャンプに関しては解決済。

 生徒たちの友好関係も深まったところで本格的に学院の授業が始まるのである。わたしは算術と魔法実戦の授業を受け持っているから結構大変だ。加えて魔法学科Sクラスの担任もしているからね。結局そうこうしているうちに試験期間になり、いつの間にか一か月後には夏休みに入ろうとしていたぐらいだ。研究室にいないときも多くてサマル教授には迷惑を掛けている。

 ちなみにサマル教授はわたしと共同研究をしている変人学者さんだ。霊力兵器を開発することに力を入れているから、わたしの『物質化マテリアライズ』が役に立つ。今は『物質化マテリアライズ』の性質や発動条件を纏めて、魔法陣で再現する研究に取り組んでいるところだ。わたしも魔法陣学は基礎だけ勉強したから早く研究の方に参加したいんだけどね。

 そして今日は久しぶりに時間が取れたからサマル教授の研究室にお邪魔してどれぐらい進展したかの経過報告を聞きに行こうと思っている。複雑に入り組んだ魔法学科棟を歩き回り、サマル教授の研究室の扉の前に立ってノックした。



「どうぞ」



 中から聞こえて来たのは青年の声。おそらく助手のノブリス君だろうね。許可が出たから扉を開けて入ると、机の上にある黒い塊と睨めっこしているサマル教授と、こちらを向いて挨拶しているノブリス君が視界に入ってきた。



「久しぶりですルシア先生」


「うん久しぶり。それよりサマル教授はどうかしたの?」


「ああ、それがですね……実は先ほど新鉱石と思われる物質のサンプルが入ってきたらしくて、それを見つめたり触ったりしながらああやってニヤニヤしているんですよ」


「察したわ」



 なるほど。サマル教授はいつもの病気が出たということね。

 少年のような心で何でも知りたがるサマル教授にはよくあることだ。新鉱石とか言っていたし、兵器関連の開発をしているサマル教授にとっては興味のある物質のなのだろう。机の上にある黒い物体がそのサンプルのようだ。

 黒い鉱石と言えば砂鉄とかの酸化鉄(Ⅱ,Ⅲ)、つまり磁鉄鉱とかだったはずだけど、こんな結晶になっているのは見たことがない。でもこの世界にはわたしも知らない未知の金属があってもおかしくはないからね。興味深いのでわたしもサンプルの近くに寄ってみた。



「ふむ……やはり鉄に近い気がするがそれにしては……だが……」



 サマル教授は何かをブツブツと呟いていてわたしには気づいていない。まぁ、わたしも気づいて欲しいわけじゃないから勝手にサンプルを見させてもらっていた。

 確かに見た目は鉄鉱石に似ているけど、かなり黒くて黒曜石みたいになっている。精錬されていないから分からないが、金属として抽出すれば光沢のある黒色になるのだろう。そしてわたしだからこそ気付いたことだが、どうやらこの鉱石は強い魔力を帯びているらしい。尻尾感知が反応していた。



「いや、違うわね。これって霊力を魔力に変換している?」


『何だって!?』



 ふと呟いたわたしの言葉に反応するサマル教授とノブリス君。ノブリス君はともかく、あれほど観察に没頭していたサマル教授までわたしの呟きに気付いたのか……。わたしとしては独り言のつもりだったんだけどね。

 まぁ、いいや。二人が『説明求む!』みたいな顔しているから話してあげないとね。



「この鉱石は空気中の霊素を吸い取って魔素を放出している。謂わば霊力を魔力に変換していると言ってもいい物質だよ。わたしの尻尾感知が狂ってなければね」


「そうか。ルシア先生は狐獣人でしたからね。霊力も魔力も感じ取れるのでしたか」


「そうよノブリス君。この鉱石が常に魔力を纏っているのはそれが原因ね。鉱石自体にも相当な魔力がため込まれているけど、何よりこの変換機能はちょっと異常だわ」


「まさかそんな鉱石だとは……」



 サマル教授も非常に驚いているようだ。もちろんわたしも驚いている。わたしは霊力と魔力を両方持っているから分かるけど、この二つはまさに正反対の性質を持っていると言ってもいい。粒子性の強い霊素と波動性の強い魔素、静の霊素と動の魔素、そんな風にわたしは捉えている。そして霊素を魔素へと変換しているこの鉱石はどうみても異常なのだ。



「それでこれは誰がどこから持ってきたの?」



 わたしは新鉱石のサンプルが手に入ったからサマル教授が興奮していたということまでしか知らない。どういった経緯で手に入れたのかが気になったのだ。それにサマル教授は戦略、兵器、魔法陣などが得意な学者だ。鉱石などの素材関連は専門でないのに、この鉱石を手に入れているという部分も気になる。

 しかしサマル教授の言葉を聞いてわたしも納得せざるを得なかった。



「これは二時間ほど前にイザードが持ってきた鉱石だ。最近ずっと調査していた【魔の鉱山】で発見したものらしい。ギルドの提出した余りを持ってきてくれたんだよ」


「ああ、そういえば……」



 確かに残念勇者イザードとエレンさんはランク特Sとして【魔の鉱山】を調査していた。この【魔の鉱山】は帝国にある魔境であり、西の方に位置していたと記憶している。調査任務の合間に還ってきた二人から話は聞いたからね。わたしも調査に誘われたんだけど、丁度あの時は孤児院に新しい子供が入ってきた時期だから忙しくて辞退していたのだ。

 魔境は濃密な魔素が充満している地帯であり、そこでは一切の霊力が停止する。つまり霊術を使うことが出来なくなるのだ。逆に魔術は威力が上がり、ついでに魔力の回復速度も上がる。その代わり強力な魔物も多いんだけどね。それこそランク特Sの冒険者でもない限りは生きて帰ってこれないだろう。



「それにしても魔境か……」



 わたしは今更だが故郷の【イルズの森】を思い出していた。今でも魔境化のせいで強力な魔物も出現したりと被害が増えているらしい。ギルド経由で得た情報だから間違いないだろう。

 そう言えば覇獅子レオンハルトとかいう獣人の組織があったね。すっかり忘れてたけど最近は勧誘も無いから諦めてくれたのかもしれない。暇が出来たら話ぐらいは聞いてあげてもいいかもね。

 それはともかく、魔境から見つかったというのなら不思議な性質も納得だ。やはり調査が進みにくい場所であるため、未だに知らない物質など幾らでも眠っている可能性が高い。というか、そういうものを見つけるために残念勇者イザードとエレンさんが調査に行っていたんだけどね。



「高濃度の魔力を浴びすぎて変異したってことかな?」


「それは私も思ったことだ。磁石と反応することから鉄であることには違いないのだが……」


「磁石と反応する? 鉱石なのに?」



 普通、鉱石として採掘できる酸化鉄は磁石にくっつかない。砂鉄も酸化鉄の一種だから例外もあるけど、基本的に鉱山から出てくるのは赤錆の酸化鉄だ。こちらは磁石とは反応しないので、今のサマル教授の発言から考えると矛盾していることになる。

 だがわたしの疑問に答えるように磁石を取り出したサマル教授が例の鉱石に近づける。すると確かに黒い鉱石は磁石に引き寄せられてくっついた。



「不思議ね」


「ああ、興味深い」


「ちょっとわたしの方でも解析してみるわ。霊力を魔力に変換するなんて調べないわけにはいかないだろうからね。それに少し前から霊力と魔力についての研究もしているし、役に立つかもしれない」


「なら頼もう。私は専門ではないのでな」


「うん。夏休みになったら【魔の鉱山】の方にも行ってみるよ。やっぱり見つかった現地を調査して環境とかも調べた方がいいだろうからね」


「何っ!? だがあそこは危険だ! 君のような子が入れる場所ではないぞ!」



 何やら興奮して叫ぶサマル教授。

 もしかしてわたしのもう一つの顔を知らないのだろうか? 確かにわたしは残念勇者イザードの知り合いだとは言ったけど、ランクS冒険者で強さランクSSSだとは言ってなかったね。そう言えばわたしってまだ十二歳だし、普通は魔境に足を踏み入れる年齢じゃない。

 だがここで口出ししたのはノブリス君だった。



「大丈夫です。ルシア先生は世界に九人しかいないランクS冒険者ですよ。しかも強さランクはSSSらしいですから問題ないでしょう。僕も冒険者ギルドに登録しているのでよく知っていますよ」


「……何を言っているのだね?」



 一瞬だけ茫然としてサマル教授は言葉を絞り出す。

 逆にわたしはノブリス君に知られていたことにビックリだ。彼も冒険者として登録しているみたいだからノブリス君が一方的にわたしを知っていたんだろうね。だから初めて会った時も礼儀正しく対応してくれたのかもしれない。わたしは彼が冒険者ギルドに登録していたことは知らなかったよ。

 まぁ、サマル教授は驚いているみたいだけど、わたしも特に隠すつもりはないからギルドカードを取り出してサマル教授に見せてあげた。



「証拠だけど……」


「……はは、これは久しぶりに言葉が出ないほど驚いたよ」



 その反応は正しいですよ。

 でもわたしだけでは不安だし残念勇者イザードとエレンさんにも手伝ってもらおうかな。実際に調査した人物の意見も聞きたいからね。

 取りあえず夏休みが始まるまでは鉱石の解析。そして霊力と魔力の研究をさらに進めて、夏休みに入れば【魔の鉱山】に行ってみよう。久しぶりにギンちゃんの良い餌場にもなりそうだし丁度いい。

 わたしの夏休みはどうやら愉快なことになりそうな予感である。





学院編なのに学校自体の話は少ないです。だって先生(学者)だもの。どちらかと言えばルシアの強化期間だと思ってください。

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