89話 キャンプ⑦
「次の奴で最後ね!」
人工精霊アウルムから送られてくる殺意を追いかけて雑魚暗殺者たちを仕留めていくこと数時間。ようやく最後の一人になるまで追い詰めていた。
わたしからみれば雑魚暗殺者でも、一般人からすれば十分な脅威だ。ましてや十二歳ほどでしかない生徒たちには荷が重すぎる。何人かはわたしも間に合わなくて怪我を負ったらしく、森の中はかなり騒然としていた。彼らが自主的に連れてきた護衛の人たち、そして諜報工作部隊の人たちが何とかしてくれたおかげで死者は出なかったらしい。本当に良かった。
そして今追いかけている最後の一人は、諜報工作部隊の人たちに反撃されて逃亡を選択した奴らだ。彼らは二人一組で行動していたのだけど、諜報工作部隊の人に一人をやられたらしい。やっぱり皇帝直属だけあって頼りになるようだ。どうにかして彼らから逃げ出した力量は認めてやるけど、わたしから逃げ出せるとは思わないことだ。
「【イルズの森】で鍛えたからね。森はわたしのフィールドなのよ!」
魔力強化で出力が上昇している身体能力を行使して、逃げる暗殺者の背中に追いついた。わたしが走れば時速五十キロメートルは出るからね。普通の人間が逃れることなど出来るはずないのだ。
「とりゃー」
「ゴホッ……グボッ!」
わたしの気の抜けた掛け声と共に背後から殴られた暗殺者は吹き飛ばされて木々にぶつかり、身体を激しく打ち付けながら飛んでいった。まぁ、わたしが走る速度を乗せたパンチだったからね。普通に車がぶつかってくるぐらいの威力は出ていたと思う。
吐血して苦しそうに悶えていたからトドメを刺しておいた。仮にも裏の人間だし、こんな仕事を受けてくるぐらいの二流だからね。面倒になる前に始末するのだ。
「さてと……あとはテイムされていると思しき魔物かな」
雑魚暗殺者に続いて魔物も厄介であり、すぐにでも討伐した方がいいのだけど、わたしは敢えて魔物を後回しにしていた。理由の一つはこの魔物たちが地面の下にいたからである。どうやらワーム種と呼ばれるミミズみたいな魔物らしく、着々と地中を進みながらある一点を目指していた。
それは皇太子ことアレックス君……ではなくわたしである。
そう、何故かわたしなのだ。
雑魚暗殺者を十人ぐらい始末した辺りからワームたちはわたしの方を目指して地中を移動し始めた。初めは気にしていなかったが、わたしが移動する方向に合わせて魔物たちも方向転換していることに気付いたのだ。ならばと魔物を後回しにして先に暗殺者を始末したのである。これがもう一つの理由だ。
「本当はテイマーを仕留めるのが一番なんだけど……上手く殺意を消しているね」
ワームたちのテイマーは上から指示を出すだけに留めているらしく、決定的な悪を出していないらしい。だからアウルムたちも悪意を感知できないのだ。もちろん魔物も五十匹程度だし、正攻法で正面から潰すことも不可能じゃない。
だけどやっぱりテイマー本人を捕縛したいのだ。
以前に帝国の地下水道を利用して魔物を終結させていたテイマーも確認している。同一人物かは分からないけど、【マナス神国】が関わっている証拠となるものを抑えることが出来れば有利になれるからね。皇帝のアルさんも喜んでくれそうだし。
「取りあえず魔物は潰して様子見かな。もしかしたら動きがあるかもしれないしね。ギンちゃんは一度スライム形態に戻ってフードに入っておいて」
「ウォンウォン!」
大型犬サイズになっていた銀狼モードのギンちゃんがグニュグニュと変形して両手で抱えられる程度の柔らかな物体に変化していく。そうしてスライム形態に戻ったギンちゃんは飛び上がってわたしのフードの中へと入っていった。
定位置はギンちゃんも落ち着くらしい。居心地が良さそうにプルプル震えていた。わたしはそんなギンちゃんの様子だけで可愛さに悶えそうになる。そんなことしたら変態っぽいから自重するけどね。
「じゃ、魔物たちを瞬殺しますか」
わたしはそう言って着々と移動しているワームたちの方へと歩いていく。テイマーがこいつらを操っているとしても、それほど距離が離れているわけではないはずだ。またこれほどの大軍を操るとすれば、相応の準備も必要になる。だからもしもわたしが一瞬で魔物たちを消せば、テイマーは慌てて何かしらのアクションを起こすはずなのだ。
それは『バカな!』『クソッ!』程度で終わるとは思えない。色んな準備をして用意した魔物を一瞬で始末したわたしには相応の悪意を向けてくるはずである。それをアウルムで感知してやるのだ。
「魔力の塊は……こっちね」
九尾モードで尻尾感知すれば、半球状に感知範囲を広げても半径百八十メートルはわたしの領域だ。そして一方向に感知を限定すれば距離は五倍に伸びる。魔物とわたしの距離は五百メートルほど離れているらしく、指向感知しなければ魔物の塊を見つけることは出来ないようだ。
まぁ、アウルムの悪意感知を使えば関係ないけどね。
一応はテイマーっぽい人を探すために尻尾感知をしているのだけど、やはり簡単には尻尾を出してくれないらしいね。ワームの魔力しか感じ取れない。
(まぁ、あの時みたいに感知できない奴がいるのかもしれないけどね。それともあのときに見た奴と同じ奴なのかな?)
以前のイェーダ教団事件で地下水道に魔物を集めていた白いローブの人物。奴はどういう訳か、わたしの尻尾感知に引っかからなかったのだ。霊力を持っていないということはあり得ないので、何かしらの方法を用いて霊力を遮断していたのだと思う。
狐獣人のような霊力や魔力を感知できる人が斥候をしていることもあるからね。それの対策をしていたのだろう。本当にそうだとすれば、わたしもアウルムたちに頼るしかない。
「さてと……取りあえずはこの辺りでいいかな」
今回のテイマーがどんな奴にしろ、わたしのやることは変わらない。ワームを一瞬で潰して揺さぶりをかけてやる。
「原理魔法『鉄牙乱舞』」
ズズン……
何かが地面の下で動いたような感覚があり、少しだけ揺れた。まぁ、震度三程度だし気になるような揺れじゃないけどね。あ、でも震度三を気にしないのは日本人だけの感覚だったね。近くに生徒か護衛の人がいたら驚いているかもしれない。
それはともかくとして、この『鉄牙乱舞』は土中の砂鉄を利用した魔術だ。地面に含まれている鉄の成分に働きかけ、それを剣のようにして形成し突き刺すのである。敢えて言うなら『土槍』の上位互換かな。一度に出せる剣も多いしね。
そしてこの『鉄牙乱舞』を地中で炸裂させ、地面をゆっくり移動していたワームたちを一網打尽にしてしまったのだ。わたしにとっては足止めにもならない程度だったね。
上位ドラゴンとかワイバーン百体とかオーク一万体とかならわたしも本気を出さざるを得ないけど、こんなワームを五十程用意したところで意味はないのだ。
「よし、これで何か動きがあるといいけど……」
そう言ってアウルムの感知に集中するが、何も反応はない。これぐらいあっさり始末したら何かしらのアクションを起こすと思っていたのだけど……
もしかしたら相当な遠距離から操っていたのかな? アウルムの感知範囲は森全体にしてあるから、森の外からワームを操っていたとすれば悪意を拾い上げることは出来ない。
「まぁいいか。何か反応があればすぐに分かるしね。取りあえずアレックス君の様子を見に行って、諜報工作部隊の人たちとも連絡を取ろう。一応の脅威は全部取り除いたしね」
わたしは『人化』で尻尾を一本に戻し、森の中を駆けて行った。
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セドムの森からかなり離れた場所にある廃墟。それは崩れかけの小屋のようだが、よく見れば完全に崩落しないように細工してあるのが見て取れる。この崩れそうな小屋は完全にカモフラージュであり、その中では三人の男が集まって何かを話していた。
「また転移で逃げ戻ってきたのかギルゲル」
「うるせぇよ。まさかあんな手段で特別製のワーム・カラミティを潰されるとは思わなかったんだよ!」
彼らは白いローブのようなもので顔も体も隠しており、分かるとすれば声色ぐらいだ。だがこの小屋には防音の魔法陣が付与されており、外にまで音は漏れない。このことからも偶然できた廃墟ではなく、意図的に造られたアジトだと理解できた。
そしてギルゲルと呼ばれた男。彼は以前に帝国の地下水道にテイムした魔物を集め、それを使って帝都襲撃を企んでいた人物である。ルシアの活躍によって未然に防がれたが、彼自身は転移の魔道具で逃げおおせていたのだった。
「ギルゲル。それで奴はやはり九尾妖狐ネテルなのか?」
「どうだろうな? 少なくとも記録に残っている術は使っていないみてぇだな。『殺生石』も確認してねぇし本人かは不明だ。もしかしたらネテルの転生体かもしれねぇな」
「ネテルは消滅したという報告を受けましたからね。原種のルール通りならば新しい九尾妖狐が生まれていてもおかしくありません」
「だがルシアと名乗っているターゲットは十二歳なのだろう? ならば二年前に消滅したネテルの転生体だとは考えにくくないか?」
「いえ、ネテルは自らの霊力を放ち続けることで霊域を造り上げていましたからね。その過程でネテルの魂の欠片が漏れ出していたのかもしれません。そしてネテルが消滅したと同時に全ての因子が揃い、九尾妖狐が本当に復活したと考えられます」
「なるほど。有り得るな」
抑揚に頷きながらそう言った男は懐から紙を取り出して何かを書き込んでいく。他の二人からは見えないが、この手紙は彼らの仲間でも一部の者しか理解できない暗号で記されており、普通では読めないようになっていた。
それを見たギルゲルが口を開く。
「何を書いてんだリーダー?」
「これか? 一応は報告書を別に本国まで飛ばそうと思ってな。ギルゲル、あとで鳥を借りるぞ」
「どれがいい? 今なら鷹と鳩がいるぜ?」
「鳩でいい。それほど急用でもないからな」
リーダーと呼ばれた男は書いた報告書を小さな筒に入れ、それを再び懐にしまう。
それを見ながらもう一人の男がギルゲルに尋ねた。
「それでギルゲル。奴はどのようにワーム・カラミティ五十体を潰したのです? あれは体内に特別な毒を秘めた種ですよ。普通に戦えば体液を浴びて即死です」
「それがなぁ……奴はワーム・カラミティが地中を移動している最中を狙って潰しやがった。既存の土魔法じゃ有り得ない効果だったな。オリジナルかもしれねぇ」
「もしや原理魔法を?」
「はっ! まさか? 十二歳のガキが原理魔法に到達するなんてそれこそ有り得ねぇさ。ありゃ魔法の真髄だぜ? 俺たちの教皇様が使えるような魔法の真理を獣人如きが使えるわけねぇよ。お前の心配性もそこまでいけばギャグにしか聞こえねぇぜ? ジェクト」
「それもそうですか……」
ギルゲルは鼻で笑い飛ばしたが、ジェクトと呼ばれた男はそれでも手を顎に当てて考え事をしていた。だがそんな二人の会話を遮ってリーダーが口を開く。
「ともかく今回の調査は終わりだ。可能なら九尾を始末したかったが仕方ない。アレックスを囮にして帝国の戦力も多少は探ることも出来た。アレックス暗殺の誤情報を流して皇帝直属諜報工作部隊について知ることが出来たのは特に大きい戦果だと言えるだろう」
「それもそうかァ? まぁ元は九尾妖狐を調べるために来たわけだしなァ。俺としちゃワーム・カラミティを五十も殺されて大損だ」
「ふん。所詮は汚らわしい魔物だ。死んだとしても補充は効く」
「そりゃぁそうか! まぁ魔物のテイムなんて所詮は通り道に過ぎねぇ。最終目的の研究にも一歩ずつ近づいているらしいからなァ」
「僕も聞きましたよ。あと十年以内には実用できそうだと」
そんな怪しい会話も防音の魔法陣によって他には誰にも聞こえない。魔物は彼らにとって駒の一つでしかないため、たとえ何百体殺されようとも思うところはないのだ。だからこそアウルムの悪意感知に引っかからなかったのである。
そして次の朝日が昇る頃には、既に三人の姿は消えていたのだった。