87話 キャンプ⑤
皇子ことアレックスの班は森の入り口辺りを彷徨っていた。アレックス、ガリーベン、プロティン、ミラ、シーナ、マリアは皇族と貴族であり、このような森に来る機会はほとんどない。アレックスは冒険者ギルドに登録してしまうという暴挙に出たのだが、本来は帝都から出ないことすら珍しくないのだ。
それゆえ行動は恐る恐るといったようすであり、サバイバル実習開始から一時間経っても奥へと進むことがなかったのだ。
「不気味ですわね」
「私も貴族学科のように夜会がよかったわ」
「ミラ様もシーナ様も文句を言わないでください。殿下の前ではしたないですよ」
特に女性陣は森という場所が堪えるらしい。管理のされている森ではないため木や草は繁っているし、歩くことも苦労する。さすがにドレスではないものの、貴族らしくそれなりの服装だ。刺繍の入った貴族らしい衣装は森で行動することを想定していないのだから当然であるが……
そして文句を言っているのは女性たちだけではない。
「はぁ、ルシアの奴も無茶を言うよな……」
「殿下、僕たちで食事は用意できるのでしょうか?」
「ガリーベン。獲物さえ捕らえることが出来れば俺が解体できる。殿下を煩わせるな」
「す、すみません殿下」
「いいよいいよ」
アレックスは気だるそうに手を振りながらそう答える。やはり貴族たちはアレックスに対する遠慮があるらしく、どことないぎこちなさを感じさせる。だがそもそもの原因はアレックスが急に貴族学科ではなく魔法学科へと入学してきたことに起因しているのだ。
まさか皇子が入って来るとは思わなかった貴族の三男以下の生徒たちはかなり戸惑っているのだ。それに将来は家を継ぐわけではない彼らは将来も貴族の付き合いなどは殆ど関わることなく魔法師団などへ就職することになる。どうするべきかと距離を決めかねるのは当然だった。
「取りあえず昼食の確保だな。まずは獲物を見つけられるか?」
「ど、どうでしょうね? 僕は狩りには詳しくないのですが。プロティンはどうです?」
「そうですね。我がグラムヘント家は武術の一族ゆえに狩りも嗜んでいます。ですが自分は未熟であり、さらに素人だけでは獲物を仕留めるどころか見つけることすら難しいかと。それに魔法学科には既に冒険者登録している者や、それなりに有名な冒険者の子供も混じっています。彼らに先を越されているとすれば、森のさらに奥へと行かなければならないかもしれません」
プロティンの言葉に悲壮な表情を浮かべるミラ、シーナ、マリアの三人。十二歳とは思えない体格を有しているプロティンは一家全員が武術を得意としている。そして将校学科へと進学して将来の帝国の軍部へと就職するのが通例だ。しかしプロティンに関しては魔法に対する適正が高かったため、こうして魔法学科へと来ることになったのである。
それでもプロティンが武闘派であることには変わらない。その彼が難しいと言っているのだから説得力があったのだ。
現に護衛として付き従っている者たちも「その通りだ」と頷いている。
「どうしましょう……」
この中では一番魔法の成績が悪いシーナがそう呟く。
事前に予習などしていないこの班のメンバーは既に詰んでいる。護衛達もさすがに手助けするべきではないかと目配せをし始めていた。如何に魔法学科といえども所詮は十二歳の子供だ。ルシアのような規格外を除けば急なサバイバル実習を生き残れるはずがない。
たしかに一日ほど食事をしなかったところで死にはしないが、護衛としてはそろそろ手を出すべきだろうと思い始めていたのだ。見かねたバフォメスもアドバイスとして口出しする。
「アレックス様、まず食事を確保するにしても狩り以外に採取という方法もあります。木の実や果物などを見つければ空腹は満たせるでしょう。プロティン様の言う通り、森の奥へと言って獲物を見つけるという手段もあります。私たちも護衛していますし、思い切っていってみるのもアリでしょう。ただし、サバイバルとは縁遠い貴族令嬢の方々もいます。体力の差から気を遣わなくてはなりませんね。さらに奥へと行く場合は途中で食事を確保できなければ戻る時も苦労します。アレックス様がどう選択されるのかは分かりませんが、素早い決断で民を導くことも皇帝に求められる条件です。それが無茶でどうしようもない選択ならば優秀な部下が止めてくれるでしょう。どうなさいますか?」
相変わらず話が長いバフォメスだが、アレックスは珍しく最後まで話を聞いて考え込む。こうして魔法学科に逃げてきたが、結局は皇子としての対応が求められる。これに関しては逃げることなど赦されないのだ。
アレックスとて本当に馬鹿なわけではない。考え為しの行動を取ることも多いが、それは年相応な部分が強いのだ。しっかりと将来の皇帝としての勉強はしているし、父アルヴァンスの静かなカリスマ性も受け継いでいる。アレックスは数秒考えたのちに決断を下した。
「奥まで行くことにしよう。採取は知識がない俺たちでは毒があるか判別できない。バフォメスたちに頼るのも負けた気がするしな。プロティンが解体できるなら獲物を仕留めよう」
キリリとした皇子モードのアレックスがそう言えば、他の者は頷くしかない。そしてそれをみたアレックスは手早く指示を出す。
「体格もあるし、魔法以外の戦い方を持っているプロティンを先頭に進む。俺はその後ろについていつでも状況を把握できるようにしたい。その後はミラ嬢、シーナ嬢、マリア嬢だ。一番後ろにはガリーベンに担当してもらいたい。魔物からの奇襲があるかもしれないから警戒を任せたいんだ。護衛の人たちは女性陣を挟むように頼む」
「ふむ……いいでしょう。それなら合格ですね」
バフォメスはアレックスの指示を聞いて合格点をだす。他の護衛達もすぐに動いて陣形を取る。彼らは雇われたランクB以上の冒険者であり、非常に優秀な者たちだ。理に適っているとすぐに判断したので特に文句も言わない。
そしてガリーベン、プロティン、ミラ、シーナ、マリアもアレックスの指示通りに移動してすぐに一直線の陣形へと変化した。鬱蒼とした森の中、蔦や草を切り裂いて道を切り開くのは剣を持参したプロティンの役目であり、それに気づいたプロティンは早速とばかりに腰の剣を引き抜いていた。
「よし、行こうか」
アレックスの言葉を聞いたプロティンは頷き、豪快に草を薙ぎ倒しながら奥へ奥へと進んで行った。
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「うーん。やっぱり面倒なのが紛れているわね」
わたしは『精霊創造』でアウルムたちを解き放ってから様々な悪意を監視していた。するとあの子たちが森中に散らばった一時間後にはもう見つかったのだ。
殺意を心に持った奴らが二十人ほどね……
「多すぎでしょ……」
アウルムたちの報告にわたしはゲンナリしていた。さすがに二十人は多すぎだ。如何に諜報工作部隊の人たちが見張っていると言ってもこれは多い。こいつらもそうだけど、さらにテイムされていると思しき魔物たちが五十ほど見つかっている。こいつらはアウルムたちからすると不自然に見えるらしい。どうやらわたしとギンちゃんのように絆を深めているわけではなく、何かしらの方法で隷属させているようなのだ。
やはり【マナス神国】が関わっているとしか思えない。
それにあの時、わたしの尻尾感知を誤魔化す方法を持っていた。だから尻尾に反応がないからと言って安心できないのである。アレックス君ごときに本気を出し過ぎだ……と文句を言いたい。
「となるとアウルムたちが頼りね。ギンちゃんも今回は目立つ擬態はダメだよ? 生徒たちもいるから怖がらせちゃうしね」
「クゥゥン……」
「基本は銀狼モード小型でお願い。どうしても無理なら本来の大きさに戻ることは許可するから」
「グルゥ、ウォン!」
存分に暴れられなくて気を落とすギンちゃんを見ると心が痛む。それにギンちゃんはこれでも二歳ほどでしかないのだ。出来るだけ甘やかしたいのが本心だけど、賢いし聞き分けもいいからついつい上を求めてしまうのである。
キャンプが終わったら殲滅系の依頼を受けるから今は我慢して欲しい。
「ま、取りあえずは例の奴らを潰さないとね。二人一組で行動しているみたいだし、順番に気絶させてOHANASHIでも聞かせて貰おうかしら」
一番近いのは二キロほど先にいるらしい。私の足なら三分ぐらいの距離だし、さっさと行って捕獲しましょうかね。
そう考えて足に力を込め、一気に走り出した。わたしは【イルズの森】で生活していたし、この程度ならば軽々と走破できる道だ。多少は木の上とか伝っていく必要もあるかもしれないけど、獣人であるわたしにはアスレチック程度の感覚でしかないのだ。余裕過ぎである。
「ギンちゃんは念のためわたしの後ろで待機ね。まずは会話から始めるから必要だと思ったら飛び出してきてほしい」
「ウォンオン!」
移動中にそう指示を出すとギンちゃんは後ろへ下がって追随し始めた。今のギンちゃんは匂いでターゲットとの距離を測れるので、最適な場所に隠れて様子を窺ってくれるだろう。やはりもしもに備えた隠し戦力を置いておくの鉄則だと思う。特に相手が裏の人間ならば、どんな手を使ってくるかわからないしね。
さすがにわたしも毒とか使われたらどうしようもない。解毒薬は常に一通り揃えているけど、解毒方法のない必殺の毒を使ってくる可能性もあるしね。その点、スライムのギンちゃんなら毒無効だから存分に盾になってくれる。
べ、別にわたしは鬼畜じゃないからねっ!
「クゥン!」
おっと、もうすぐターゲットに接触するようだ。ギンちゃんは静かに吠えて『待機しておくよ』と言って速度を落としていった。もう奴らはわたしの指向型尻尾感知でも居場所を特定できるところまで近づいている。アウルムたち曰く、悪意を持って害を為そうとしている輩らしい。あの子たちは暗殺者をピンポイントで見つける能力を持っているわけじゃないから、念のため聞いておかないとね。尋問して嘘をついていたらアウルムが知らせてくれるし。
わたしはニヤリと嗤いつつ例の二人組の前へと飛び出した。
「ちょっとお話いいかな?」
さてと、質問タイムの始まりだ。




