86話 キャンプ④
「―――というわけじゃ。皆は今日の昼食と夕食を確保するために努力してほしい。もちろん護衛を連れてきた者は共に行っても構わん。ただし護衛の方はあくまでも護衛であることを忘れぬようにして欲しい」
そう言って締めくくるシュリフト先生。
今日のサバイバル実習についての説明をしているのだけど、やはり反応はよろしくない。事前の説明でも言っていたはずなのに勉強してこなかったのだ。自業自得である。
どうせ護衛に頼ろうとでも思ったのだろう。だがそんなことは許さん。たまには平民や冒険者の気持ちを知ることもいい勉強になるだろうからね。せいぜい頑張り給え。
「どうして護衛に頼ったらダメなのだ?」
「そうよ。私たち高貴な者が出来るはずありませんわ」
「横暴だ。父上に言いつけるぞ」
「ここは魔法学科なのだろう。どうして狩りなどする必要がある」
「肉をよこせ~」
……肉貴族がまた混じっているようだが言い分は理解できる。
まぁ、いきなり血生臭い世界に放り込まれるのは確かに横暴なのだろう。貴族にも狩りを趣味としている人たちはいるけど、解体に関しては別の者に任せている。こいつらも魔物や動物を狩ることに関しては問題としていないのだろうけど、解体して食べられる状態にすることを問題としているのだ。
だがわたしからひとこと言わせてほしい。
予習してこい。
「事前にサバイバル実習のことは説明したはずじゃ。それを聞いてキャンプのために必要なことを準備することを怠ったのは君たちだろう。それとも貴族はこの程度のキャンプの準備も出来ないというのかね? 平民でしっかりと予習して準備をしてきた者は多くいる」
シュリフト先生も言うね。
要は『平民でも出来たことが出来ないのか? 貴族とはその程度か?』と言っているのだ。しかも彼らの知能レベルに合わせて結構直接的に言っている。プライドが高い奴らは刺激されていることだろう。
教師>生徒という決まりがあるし、シュリフト先生に非はないのである。まだ文句を言っている奴もいるけど、学院の規則上はシュリフト先生に逆らうことなど出来ないのだ。
……まぁ、普段は貴族に多少の遠慮するのが一般的だけどね。わたしは無視しているけど。
「そういう訳じゃ。範囲は森全体になる。事前にルシア先生が危険な魔物を全て討伐しておられるが、絶対に安全とは言えないじゃろう。気を付けて行ってほしい。では解散じゃ」
っと……考え事をしているうちに話は終わったらしい。こういったことが好きな冒険者の子たちは我先にと班員を率いて森に入っていく。何とも頼もしいね。
そして貴族や金持ちの子供のいる班も渋々だけど徐々に森に入っていった。
「わたしの仕事もここからが本番ね!」
「頑張ってねルシアさん」
「もちろんよメリーさん」
巨乳美人のメリーさんに背中を押して貰ったからにはやる気十分だ。今ならドラゴンでも余裕で討伐できそうな気がする。ワイバーンなら何百体いても、いつだって余裕だ。だけど真竜クラスのSSS級ドラゴンはさすがに簡単ではない。奴らの竜鱗は魔法防御がおかしいのだ。魔法タイプであるわたしの天敵である。
まぁ、それはいいとして……
「いきますか」
「ウォン!」
ギンちゃんも銀狼モード小型でわたしに付き従ってくれる。わたしは新調した弓を片手に森の中に入っていった。昨日の段階でも使い勝手を確認しておいたけど、今回の弓は優秀だ。『物質化』の結合エネルギーを使わずとも遠距離まで飛ばすことが出来る強い弓なのだ。そして何よりメンテナンスなしでも壊れない。
この生い茂る森の中でも木に邪魔されることなく遠くまで矢を飛ばせるだろう。今回の安全確保でも役に立ってくれるはずだ。
「とりあえず風の魔術ではどうしようもないからね。あの霊術の出番かな?」
存在を感じ取る風魔術では誰がどうなっているのか分からない。この魔術で感じ取れるのは何者かがいるということだけだ。それが人か魔物かも判別できない。尻尾感知と併用してようやく実用できる程度のものでしかないのだけど、わたしだからこそ使える原理魔法だから実は他の誰にも使えない。
そしてこれから使うのはその上を行くものだ。
「『I wish your powor. Hey come here. I am going to give my enagy for the compensation. That would constitute your astral. I am going to tell my heart. That would let you know identity.
I am your mother. I wish your powor. Hey come here, my chirdren.
I am calling "Artificial Spirits".
I am giving the name "Aurum". The meaning is eternal perfect. I wish you tell me any imperfect!
(あなたの力を貸してほしい。だから来て。わたしは対価に霊力を与えましょう。それはあなたの幽体を作ってくれる。わたしは心を教えましょう。それはあなたに生きる意味を知らせてくれる。
わたしはあなたの生みの親。あなたの力を貸してほしい。だから来て、子供たちよ。
あなたを”人工精霊”と呼びます。
あなたに送る名は”アウルム”。その意味は永遠なる完全。どうかわたしに数多の不完全を知らせて欲しいの)』」
長い詠唱と共に現れたのは白っぽく光る球体。淡い光を放ちながら次々と出現していく。まるで大量のホタルが集まってきたかのような幻想的な光景だ。まぁ、わたしが作ったんだけどね。
こうしてわざわざ詠唱までして発動したのは実験段階の霊術だ。正直ヤバすぎて人前では使えない類のモノだと言えるだろうね。
これは人工的に精霊を創造する霊術だ。精霊といっても意思のない幽体だし、わたしの命令には全てイエスで応えてくれるロボットのようなものだ。本物の精霊には到底及ばない。それに見た目も直径十センチぐらいの球体だしね。
だけどこの世界ではかなりマッドな領域に入っている霊術だと言える。地球で言うところのホムンクルス作成に近いと言ったところだ。精霊だってこの世界では自然を司るエネルギー生命体だと認められているし、ぞんざいに扱ったら罰せられる。人工精霊は(前例がないから)法律上はシロだけど、倫理観的にはクロに近い灰色のようなものなのだ。
だったら何故この霊術を作ったのか?
それは、元々はゴースト系の魔物を参考にして作った霊術だったからだ。ゴースト系の魔物は実体がない代わりに生物の精神に影響を与えることができる。そしてその身体は魔力で構成されているという特徴があるのだ。
そして精神に作用する性質を利用して、悪意を感じ取れる人工魔物を創りだそうとしたことが全ての始まりだったのである。スライムのギンちゃんをテイムしているし、魔物を創造して使役したところで問題なんかないからね。
だがここで問題だったのは魔力の扱いが難しいことだ。そして幽体の人工魔物なんて理論がさっぱりわからない。一応その手の論文も読み漁ってみたけど、核がどうとか意思がどうとかと曖昧なものばかりで決定的なことは解明されていなかったのだ。
仕方ない……と一旦は諦めかけたのだが、ここで思い出したのが詠唱である。わたしの『願い』や『理論』で補いきれない分を詠唱で補完してしまえば完成するのではないかと考えたのだ。しかし問題はやはり魔力の操作だ。絶対的に魔力の操作が難しすぎて、詠唱以前の問題となったのである。
ならばと霊力で再現することにした。そして霊力で体が構成されたゴーストに近い種族といえば精霊ということになる。そして精霊といえば西洋文化であったため、詠唱もイメージに合わせて英語にしてみたのだ。
初めは軽い気持ちだったんです。
だってまさか成功するなんて思わなかったもん。
「嘘やん……」
それが成功してしまったときのわたしの言葉だ。
わたしはそれはArtificial Spirits(AS)と名付けて本当に精霊なのか調べてみた。ASの性質として分かったことが意思がないこと、霊力幽体であること、わたしの命令通りに従うこと、そして名前を付けることで力を得ることだ。
わたしの命令に従ってくれるという点では実験成功といえる。何故なら言葉にせずとも思っただけでわたしの考えを汲み取ってくれるのだ。精神に干渉する性質を見事に再現している。
だがヤバいのは名付けによって力を得ることである。ある程度、意味のある名前を付けてあげることによって、それに準じた能力を得ることになるのだ。ガチで精霊なのである。
本来、精霊は自然エネルギーの塊なのだが、何者か(精霊でもエルフでも人でも誰でもいい)から名前を貰うことによって属性と力を得るらしい。これを知ったのはASを作ってしまってからなので、わたしは全身から血の気が引いていく思いだった。
だから人が見ているところでは封印。絶対に封印である。
そう自分に言い聞かせながらわたしはASのアウルムたちを放っていく。
「これで完璧……あとは寝ていても大丈夫だけど一応は見回りもしようかな」
あの子たちに与えた名前はアウルム。ラテン語で金を表す言葉であり、頭二文字のAuで金の元素を表しているのは有名な話だ。
そして金とは完全な金属。不変の金属と言われている。込めた意味は『邪悪に染まらない純粋なる善』となる。つまり暗殺とか、その他悪意に染まったことを為そうとしてる奴らを感知してわたしに知らせてくれるASなのである。
しかも精神で繋がっているので報告はリアルタイム。即座に対処することが可能だ。ヤバいと分かりつつも便利過ぎて手放せない霊術なのである。もはや原理魔法にすら収まらない領域に到達している気もするけど、いずれは精神魔法として改良して表に出せる状態にするつもりだ。
「ああ、さっそく……これはただの不満ね。貴族たちかしら? こっちは標的を取り逃がして仲間内でケンカしているみたい。仲裁に行った方がいいかな」
細かいことまで教えてくれるアウルムちゃんはマジで優秀だ。グレーな魔法だけど生徒たち約百二十人を見張るためには仕方ない。それにアレックス君を狙う暗殺者まで来るかもしれないのだ。
わたしは形振り構うつもりなどない。
「行こうかギンちゃん」
「ウォンウォン!」
今日も元気で可愛い相棒を連れてわたしはセドムの森の更に奥へと歩いていった。