85話 キャンプ③
色々あって生徒たちは夕食までありつくことが出来たようだ。平民出身の子たちはともかく、貴族連中は大変だったのだけどね……
文句ばかり言う役立たずが多くてどうしようもないというのが率直な感想だ。まぁ、料理なんてしたことないだろうから仕方ないかもしれないけど、それでも面倒な奴が多かった。
例えば……
「おい、夕食がないぞ。どうなっている」
「そこの平民。私の前で旨そうに食べるな。不愉快だ」
「おいしくないわ。……なんですって? これしかない? ふざけているのかしら」
「これが携帯食? ああ、下賤な冒険者が毎日食べるモノか。捨てておけ。私には焼きたてのパンでも用意するのだ。紅茶を忘れるなよ」
「肉をよこせーっ!」
などである。
まぁ、それぞれに反論してやると……
「おい、夕食がないぞ。どうなっている」
→知らん。作れ。
「そこの平民。私の前で旨そうに食べるな。不愉快だ」
→お前が不愉快だ。
「おいしくないわ。……なんですって? これしかない? ふざけているのかしら」
→だったら喰わんでいい。
「これが携帯食? ああ、下賤な冒険者が毎日食べるモノか。捨てておけ。私には焼きたてのパンでも用意するのだ。紅茶を忘れるなよ」
→私も携帯食なんか食ったことないわ! パンと紅茶が欲しけりゃ自分で持ってこい。禁止してないだろ。
「肉をよこせーっ!」
→魔物でも狩って食ってろ。
こんな感じだ。本当にふざけている。
バッサリ言ってやったら身分がどうとか言い出したからSランクの冒険者カードを見せたらパッタリ黙って面白かった。ランクS冒険者は下手な貴族より立場が高いからね。世界に九人しかいないランクSのなかでも強さランクSSSのわたしは貴族なんかに縛られたりしない。
ざまぁ☆
「すまんの、ルシア先生」
「ああ大丈夫よ。シュリフト先生もお疲れさま」
馬鹿貴族の相手をしていたわたしに声を掛けてくれたのはCクラス担任のシュリフト先生だ。本当は今回のキャンプを統括しているシュリフト先生が対処しなくちゃいけない問題だったけど、わたしが何とかしてしまったので労ってくれたのである。
人の好過ぎるこのおじいちゃん先生は怒ることが出来ない人なのだ。
「アホな貴族なんてあんな扱いで十分よ。アルさ……アルヴァンス皇帝陛下の役に立たないならね」
「ほほ、手厳しいの」
「甘やかしたら増長するもの」
この帝国では皇帝が最も権力があり、貴族は皇帝を助ける義務がある。偉そうにしているだけで役に立たないのなら、それは貴族の義務を放棄していることに他ならない。ならばこそ子供の内に躾けておかないといけないのだ。
まぁ、この国の貴族なんて大した権力がないから雑な扱いをしても大丈夫だ。わたし以上の権力者限定だけどね。現に皇太子のアレックス君を雑に扱っているけど問題になってない。
「それでルシア先生。夜の警備はどうするつもりじゃ?」
「護衛の人に既に頼んであるわ。ローテーションを組んであるから一晩中誰かがやってくれると思う」
「なら安心じゃの」
「わたしもギンちゃんと分担して一晩中見張りをするつもりよ」
「ほほ、さすがはランクS冒険者じゃ」
この集団はナルス帝国総合学院の生徒でありながら、貴族や皇族の子たちもいる。いくら雑に扱って良かったとしても、ちゃんと守らなければいつ暗殺者に殺されるか分からないのだ。
特にアレックス君は危ない。
なぜなら少し前に【マナス神国】の手先と思しき者によって大惨事が引き起こされるところだった。皇帝直属諜報工作部隊所属のゾアンが対処し、わたしが協力したことによって大事にならなかった。まぁ、証拠がなかったから【マナス神国】に問い詰めることは出来なかったんだけどね。さらに【マナス神国】に協力してクーデターを企てたランドリス公爵一派は全員殺されて国中が面倒なことになった。
とはいっても【マナス神国】にとっては失敗。ならばと次の皇帝であるアレックス君を始末する可能性は指摘され続けてきたのだ。そして今回のキャンプは絶好の機会。間違いなく暗殺者はやってくるのだろうと思っている。
(現に森の中には諜報部隊の人も何人かいるしね……)
誰にも言わなかったが、他にも見えない護衛が何人も混じっている。直接的な護衛はバフォメスさん一人だけだが、他の護衛に混じって密かにアレックス君を守っている人が十人いる。この人たちに関してはアルさんから聞いていたから把握している。
この護衛に混じっている人たちも諜報部隊のメンバーだ。護衛に紛れている暗殺者がいないかを監視する役目を負っているのである。
シュリフト先生を初めとした他の先生方は何も知らない。安全確保関連を任されているわたしだけが知っている事実なのだ。
「まぁシュリフト先生はしっかり休むといいよ。明日からの監督も大変だしね」
「そうさせてもらおう。コーランド先生もグリッツ先生も手伝ってくれるのじゃが、さすがに歳じゃ」
「うん。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
シュリフト先生はそう言って自分のテントに戻っていった。
そして入れ替わるようにして護衛として来ていた一人が近寄ってきた。当然ながら例の皇帝直属諜報工作部隊のメンバーである。
名前も知らない彼が密かにわたしへと話しかける。
「ルシア様」
「どう?」
「今のところは動きなしです」
「わかった。一応わたしも気を付けるけど、他の子にも気を配らないといけないから」
「わかっています」
それだけ話してどこかへと去って行った。
アルさんからも聞いていたけど、やっぱり隙が無い人たちだと思う。普通じゃ気付かないけど、歩き方とかが完全にプロだものね。あんな人たちに守って貰うなんてアレックス君の癖に贅沢だと思う。まぁ、だからといって暗殺者に狙われる生活は御免だけどね。
「それにしても【マナス神国】か……わたしにとっても敵なのよね」
そうなのだ。
あの国は唯一神シュランゲを崇める宗教国家で、一般市民はまだしも聖職者はかなりヤバい。未だに獣人差別を行っているのだ。魔力を持っているから嫌われているんだとさ。
そしてあの国はエルフも嫌っている。エルフは霊術が得意な民族で、精霊にも好かれている。どうやらそれが気に入らないらしい。精霊は清く美しい者たちを好くという傾向にあると信じられているからだ。
つまりはくだらない嫉妬である。
この【ナルス帝国】はわたしにとってもエレンさんみたいなエルフにとっても拠り所となり得る国なのだ。絶対に滅ぼさせはしない。ルード・コウタ・タカハシ・ナルス初代皇帝もそう言う意思でこの国を作ったのだと思うしね。
「ま、わたしもお仕事しますか。ギンちゃんも宜しくね」
ぷるん
(うんー)
フードに入っているギンちゃんもプルプル震えて了解してくれた。変幻自在なわたしのパートナーは何とも頼もしい限りである。
結局その日は何もないまま夜が明けたのだった。
―――――――――――――――――――――
ぷよん、ぷよん……
「ん……朝?」
目が覚めたわたしの視界に飛び込んできたのは銀色の丸い物体……ギンちゃんだった。どうやらわたしの体の上で飛び跳ねていたらしく、柔らかな感触がお腹に残っていた。起こし方まで紳士なギンちゃんは本当にイケメンだと思う。
「ギンちゃんおはよ~」
ぷるる~ん
(ルシアおはよ~)
「夜は何もなかった?」
ぷるんぷるん
(何もなかったよ)
「わかった。ありがとね。フードで休んでいいよ」
ぷるーん
(そうする)
そう言ってわたしのフードに飛び込んでくるギンちゃん。寝ている間、わたしに変わって周囲を見張ってくれていたのだ。本当にお疲れである。まぁ、スライムに疲れるという概念は無いのだけどね。
「さてと……」
そう言いながらグッと伸びあがって体を目覚めさせる。やはり野営は疲れが取れにくい。それに十二歳には睡眠時間がまだ足りないのだ。あと四時間は寝かせて欲しい。見張りの仕事は思ったより体にダメージを与えているみたいである。
(ま、野営も久しぶりだから仕方ないか)
ここ一年近くはずっと街で暮らしていたから布団で寝ることが出来た。それ以前は普通に野営をしていたけど、一度贅沢に染まると中々抜け出せないのだろう。
きっと貴族連中も寝起きから体の痛さに眉を顰めているハズである。
「うわーっ! 身体が痛いぞ。誰か医者を連れてこいっ!」
……と早速か。
しかもその程度で医者が必要なわけないだろう。どんだけ箱入りに育てられたんだ。
だがそう思っていたら各地で騒ぎ出す奴らが出始めた。
「く、首が回らん。どうなっている!?」
「髪がボサボサですわ……シャワーは無いのかしら?」
「治癒術師を連れて来てくれ。足が痛くて敵わない!」
「モーニングティーがないなんてどういうこと? 早く用意しなさい」
「肉~っ!」
そんな感じで朝からシュリフト先生たちがてんやわんやしていた。どうやら貴族連中はどうしようもなく贅沢しか知らんらしいな。平民を見てみろ。お前たちよりよほど上品だ。しかも率先して水を霊術で出したり、朝食を用意したりと随分な働き者だぞ。
だがやはり貴族が相手ではこういったことも言いにくいみたいだ。わたしの出番だろうね。
「く、首が回らん。どうなっている!?」
→寝違えただけだ。初体験おめでとう(爆笑)
「髪がボサボサですわ……シャワーは無いのかしら?」
→ない。水霊術で頑張れ。魔法学科だろう?
「治癒術師を連れて来てくれ。足が痛くて敵わない!」
→それは筋肉痛だ。普段から運動しろ。
「モーニングティーがないなんてどういうこと? 早く用意しなさい」
→草でも煎じて飲んでろ。きっと目が覚める。
「肉~っ!」
→お前はそれしか言えんのか?
という感じでツッコミを入れていった。どうやらこの数日で関西人と戦えるようになりそうな予感だ。ついでに口調を京都弁にしたら羽衣狐っぽくなれそう。
そうして貴族たちに対処していったらまたシュリフト先生が近づいてきた。
「ほほほ、今日もスマンの」
「いいよ。わたしぐらいしか強く言えないしね」
「本当に体調の悪そうな者はメリー先生が見ておられる。今日はキャンプ一番のメインイベントがあるから皆が元気だと良いのじゃが……」
「そうね」
キャンプ二日目。
二泊三日で行われるこのキャンプの真ん中の日はとあるイベントが行われる。それは冒険者の子供たちからすれば大したイベントではないかもしれないが、貴族や富豪の子供からすれば新鮮過ぎるだろう。
「サバイバル……全員が食事にありつけると良いがの」
「獲物を仕留めてもそれを解体できるかが肝になるわね。それに食べられる植物を見極めることも重要になってくると思うわ。こういうときは冒険者の子供を班に入れている生徒たちが有利ね」
そう。
セドムの森全体を使ったサバイバル実習。目標は食料調達をして無事にこのテントまで戻ってくることになる。昼食と夕食にありつけるかどうかは班次第。果たして貴族連中が無事に帰ってご飯を食べられるか実に見ものだ。
そしてわたしにとっては一番の鬼門となる。念のため昨日も危なそうな魔物は狩りつくしておいた。余程のことがない限りは見逃していないハズだが、完璧なものなどないのだ。生徒の安全確保を担当している以上は頑張らなくてはならない。各護衛達も頑張ってくれるだろうけど、護衛など雇っていない平民も多くいるのだから。
魔物と暗殺者……
面倒事はきっと起こるだろうと確信している。以前に【ナルス帝国】地下水道に集められていた魔物たちはテイムされていた。こういった余程の理由によって強力な魔物がセドムの森に侵入している可能性は否めないのだ。
「よし!」
パンッ! と両手で頬を叩いて気合を入れ直し、二日目をスタートさせた。