84話 キャンプ②
六時間ほど歩くと目的地であるセドムの森に到着した。この森は【帝都】の南に位置する【セドム】という都市から取られた名前だ。だが実は【帝都】寄りの森という矛盾した名前となっている。なぜ帝都の森にならなかったのかといえば、帝都の近くには幾つもの森があるからだ。いちいち帝都の森だとか名付けてられないのである。
「ようやく着いたね。疲れたよ」
「ルシアさんは使い魔に乗っていただけでしょ?」
「いやいやメリーさん。わたしはちゃんと仕事してたし。合計したら五十匹は魔物を仕留めたよ!?」
「あらそう?」
まぁ、気づかなくても仕方ないだろう。感知した瞬間に仕留めていたから護衛の人たちですら「今回の旅は魔物が少ないなぁ」とか思っていたはずだ。新作の霊術や魔術の使い勝手を試しながらだけど仕事はしっかりしていた。
集中が必要だからギンちゃんに運んでもらったのだ。楽していたなど濡れ衣である。というかメリーさんにはちゃんと説明したハズなのに何で疑われるんだよ。
「ウォン!」
ほら、ギンちゃんもわたしの味方だ。
まぁメリーさんには何を言っているのか分からないだろうけどね。
「ギンちゃんもありがとうね。スライム形態に戻っていいよ」
わたしがそう言うとギンちゃんは嬉しそうに元のスライムに戻ってわたしのフードに飛び込んできた。可愛い奴である。
ちなみに今日は教師モードの白衣ではなく冒険者モードのローブ姿だ。余り有る大金と素材を使ってオーダーメイドした竜素材のローブだからその辺の鎧よりも防御力は高い。折角なので弓も新調して強靭なモノに変えておいた。矢に属性付与をする魔導弓もあったけど、わたしの場合は必要ないので頑丈さを優先させておいたのだ。素材は知らん。ローブを頼む時に一緒に頼んだ奴だからお任せである。一応説明は受けたけど、専門用語とかがあり過ぎて理解できなかった。二重構造がどうとか修復機能があるとか計算された素材の組み合わせが何だとか言ってたがよく分からなかったのだ。
まぁ、強度が高いなら何でもいいのだ。皇帝ことアルさんの紹介だったから大丈夫だろうし。
それはともかく、こうして目的地に到着したのでわたしの仕事をしなくてはならない。
「Sクラス集合!」
わたしの掛け声でSクラスの子たちが集まってくる。現地に到着したら人数確認のために一度集合させるのだが、こいつらは本当に団体行動が苦手だ。わたしが舐められているわけではないのに、集合も整列も非常に遅いのだ。
これには他の先生も苦戦している……ことはないようだ。金髪巨乳美人のメリーさんのAクラスは男子が中心となって素早い集合をしている。それ以外のクラスはそうでもないようだが、Aクラスだけやたらと集合が早い。
くっ! 胸なのか! やはり胸なのか!?
あの恨めしい巨乳め……
『…………っ!』
わたしがメリーさんの揺れる胸を見つめながら怨嗟のオーラを出しているとSクラスの子たちもビクビクしながら集まってきた。何か嫌な物を感じ取ったらしい。
前言撤回。
メリーさんの巨乳は最高です。
そしてどうにか集まった魔法学科の子たちを確認して揃っているのか確かめる。途中でいなくなっていたらわたしが奔走して探し回らないといけない。面倒な仕事は増やされたくないからドキドキものである。
「―――うむ。全員いるようじゃな。ではここで野営をする。皆、野営のための事前知識は調べてきているのかな?」
Cクラス担当のシュリフト先生が生徒たちにそう聞く。反応はまばらであり、どうやら調べてこなかった子たちもいるようだ。中には冒険者の親を持っている子もいるので、調べるまでもなく知っている子もいるらしいけどね。
そんな反応を見てシュリフト先生は話を続ける。
「はぁ、仕方ない。では調べてこなかった者は調べてきた者から説明をしてもらい、野営に何が必要なのかを聞きなさい。必要ならば護衛の冒険者の方にも質問してみるといいじゃろう。それにルシア先生はランクSの冒険者で、メリー先生は元ランクB冒険者でもある。彼女たちに聞くのもありじゃな」
おう……そこでわたしとメリーさんに振るのね。
まぁいいんだけどさ。たしかに野営生活は一年半ほどしたことがあるから慣れている。ランク特Sたちの野営方法が一般的かは知らんけどね。基本は変わらないハズだから大丈夫でしょう。
なんかわたしがランクSってことにビックリした顔をしている人もいるけど、後で絡まれないか心配だ。冒険者の中ではわたしを知っている人もいるけど、普通の傭兵ではわたしを知らない人もいるだろうしね。
「それでは護衛の皆さんもよろしくお願いします。では生徒たちは事前に組んだ班に分かれて作業を開始しなさい。テントやその他の必要物資はBクラスのフィリップ先生が担当している。順番に取りに来なさい」
シュリフト先生はそう締めくくって解散させた。
班は基本六人一組なので二十組できる計算になる。さっきよりは管理しやすくなったけど、それでも六人の教師では難しい。やはり護衛の人には活躍して貰う必要があるだろう。
それにわたしはこの辺りの警戒も担当しているので仕事がいっぱいだ。ここに来るまでに霊力と魔力を使いすぎたから正直寝たいんだけどね。今は耳と鼻を頼りに感知している。
「おい、ルシア……先生」
わたしが準備をしている生徒たちを眺めているとアレックス君から声を掛けれられた。今わたしを呼び捨てにしようとしたことは置いておくとして、ここで話しかけてくるとすれば理由は一つしかないだろう。
「野営って何するんだ?」
やっぱりそうか。
よくみればアレックス君の班には以前わたしに挑んできたガリーベン君とプロティン君もいる。後はどこだったかの裕福な女の子が三人だ。女の子はミラ、シーナ、マリアだったっけ? 男女で綺麗に分かれた班だと言えるだろう。
それはともかく、やはりこの班は誰も野営について調べなかったらしい。まぁ、皇族と貴族と女の子だしねぇ。期待もしてなかったよ。
後ろで溜息を吐いている護衛のバフォメスさんもお疲れ様だ。いつもの長い説教が待っていると思うけどわたしは知らない。仕方なく質問に答えてやる。
「さて、ではまず状況を確認して」
「状況?」
「今の時間は?」
「知らん。時計は今持っていないんだ」
馬鹿かコイツは?
太陽を見るんだよ。西に傾きかけて空を紅く染めているだろう?
唖然としていたわたしに変わってバフォメスさんが答えてくれた。
「アレックス様、太陽を見るのですよ。すでに夕刻となっているでしょう? あなたは学院に入る前から十分に教育を受けておきながらそんなことも気づかれないのですか? これは知識がどうこう以前に常識なのですよ。時間と言えば時計というのは貴族や皇族、一部の裕福な者たちだけの発想です。むしろ太陽や、星の動きから時間や方角を探る知識の方が重要と言えるでしょう。これは軍隊での行動においても求められることであり、現皇帝であるアルヴァンス陛下も知っておられることです。あなたはもし軍事行動中に時計の魔道具が壊れたときはどうするのですか? 時間が分からないからと作戦行動に支障をきたし、自軍が壊滅状態に陥ったとしても良いのですか? それに―――」
「ああ! わかったよ! わかったからもういいよ!」
相変わらずバフォメスさんの説教は長い。
まぁ、アレックス君だけでなく他の子たちも理解してくれたようで何よりだ。バフォメスさんだけでなく他の護衛達も首を縦に振って頷いていることも説得力を増しているのだろう。
わたしも説明が省けてラッキーである。
「ま、理解できたかな? それで今は夕刻だ。季節と太陽の位置を考えれば午後四時ぐらいだろうね。これから日は沈んで暗くなるわけだけど、何をするべきだと思う?」
「何をするんだ?」
「テントを張るのでは?」
「いえ、食料でしょう」
「火を起こすじゃないかな?」
「初日のご飯は配給されるはずだからテントに一票」
「わたしも火だと思います!」
上から順にアレックス君、プロティン君、ガリーベン君、ミラ、シーナ、マリアだ。ダメ皇子のアレックス君は論外として、他の五人は的を得ている。馬鹿でなくて何よりだ。
「アレックス君以外は正解。まぁ、食料に関しては配給されないときは必要だね。食料調達、テント、火起こしは同時進行でするんだよ。せっかく六人もいるからね。効率よく担当を決めて準備をしていくのが重要。今回は食料調達がないから代わりに料理担当がいるね。普通は食料調達=料理担当だから覚えておくといいよ」
わたしの言葉を聞いてなるほどと頷く五人。アレックス君だけはバフォメスさんに首根っこを掴まれて説教をされていた。まぁ、今回も彼が悪いから存分に説教されるといいだろう。
「食料はフィリップ先生が持っているから貰ってくること。そして火は魔法で起こせるよね? だったら燃料として薪を集めてくること。森があるから出来るだけ乾燥したやつを拾ってね。枯れ葉は煙がいっぱい出るから止めた方がいいよ。テントもフィリップ先生が管理しているから一組貰ってきなさい。組み立て方が分からなかったら誰かに聞くといいよ」
いつの間にかわたしの周囲には結構な生徒たちが集まって耳を傾けていた。どうやらアレックス君の班に乗じて情報収集しているらしい。まぁいいけど、下調べしてない子がこんなにいたのは悲しいことだね。
始めは誰が何を担当するかで揉めるかもしれないけど、日が沈むまで二時間近くはあるんだ。初めての野営を頑張ってほしいと思う。
「じゃあ、頑張って。わたしは別の仕事もあるから分からなかったらメリー先生に聞くといいよ」
わたしはそれだけ言ってセドムの森の中へと走って行った。
恐らく薪を集めるために多くの生徒が入ってくるはずだ。この前にギンちゃんが調べたときは強力な魔物がいたから、念のためもう一度調べてみるのだ。
まぁ、この前のオーガの群れは全滅させたから、いるとすればゴブリンだろう。あいつらはすぐに数が増えるから雑魚だからと油断できない。耳を頼りにして探知をしてみる。
あ、鼻は使わないよ。あいつら悪臭が酷いから。
耳で感知、尻尾感知を伸ばしてみる、魔力発見、『白戦弩』発射の戦術で仕留める。歩き疲れた状態で魔物に出くわすのは可哀想だからね。
「まぁ、こんなものかしらね」
取りあえず、十体ほど仕留めておいた。近くにはもう居ないだろう。血の匂いで新しい魔物が寄ってくるかもしれないから処理はギンちゃんにお任せだ。
ぷるん
(わかった)
「うん。不味いかもしれないけど宜しくね」
わたしのフードから飛び出したギンちゃんはプヨプヨと跳ねながら森の奥へと消えていった。恐らく死体となったゴブリンたちを捕食してくれているだろう。わたしのパートナーは本当に優秀である。どこかの残念な勇者とは大違いだ。
「ヘクシッ!」
「どうしたんだいイザード?」
「いや、風邪かな? エレンは大丈夫か?」
「あたしは大丈夫さ」
とあるランク特Sたちのそんな会話があったとか無かったとか……




