83話 キャンプ①
キャンプ当日となった。わたしの目の前に広がるのは軽く百人は超えた学生と無駄に多い護衛の皆さん。正直言ってこれを管理しきれるのか不安な人数だ。
まぁ、護衛の人は良しとしよう。大人だし仕事だから何かあっても自己責任だ。だが百人を超える十二歳の学生共を教師六名で管理するのは無理だろ。ナルス帝国学院はブラックか!?
「これは予想外だわ……」
「諦めてくださいルシアさん。毎年これなので」
ショックを受けているわたしを慰めてくれたのはAクラス担任のメリーさん。電話をしてきて背後を取ってくる妖怪ではない。金髪巨乳の超絶美女だ。冒険者からの冒険者ギルド受付からの教師という異色の経歴を持つ人で、昔はランクBまで上り詰めたこともあるそうだ。まぁ、強いけど今年はわたしが居たせいでAクラス担当になったらしい。
あ、本人は気にしてないから彼女とは普通に仲がいいよ!
「メリーさん。わたしはもう帰りたい。これならワイバーンを百匹相手にする方が楽だわ」
「それはルシアさんの感覚です。普通はワイバーンが百匹も出たら街が壊滅します」
「大丈夫。わたしは一分もあれば退治できるから」
「強さSSSって規格外ね……」
いやいや。
だって『雷降星』を数発使ったら八割は倒せるし、残った奴は『白戦弩』で仕留めていけば余裕だ。逃げ出そうとしても風を操って墜落させたらワイバーンなんてトカゲと同じである。
「まぁ頑張りますか」
「ルシアさんは安全確認と確保をよろしくね」
「はーい。メリーさんもね」
基本的にわたしの仕事はこれだ。狐族だから尻尾感知が使えるし、強いから魔物が出たら基本的にわたしが対処することになっている。
とはいってもこの人数は大変だ。
この学院の正式名称はナルス帝国総合学院。【ナルス帝国】の最も有名なエリート学院である。日本で言うところの東大のようなものだ。当然ながら他にもいくつか学院があり、魔法学科も存在しているのだが、やはりこの学院は質も人数も帝国最大である。
優秀な学生から順にS、A、B、C、D、Eの六クラスに入るのだが、この時の人数は一クラス当たり二十人程度になる。年度によってバラバラだが、基本はこれぐらいだ。つまり合計すると約百二十人。六人の担任教師で管理する人数ではない。
そしてこの人数でこれから移動をするのだ。
そう、移動である。
まだキャンプは始まってすらいないのだ。
「注目! これからキャンプ予定地のセドムの森まで向かう。南門から出るので、列を整え逸れないようにして欲しい。護衛の方々も大変じゃろうが適宜注意してくださると助かる」
そういって声を張っているのはCクラス担当のシュリフト先生。担任団の中では一番経験が長い先生なので今回のキャンプでは全体を仕切ってくれるリーダーだ。見た目は既におじいちゃんだが、霊術の腕は全く衰えていないらしい。霊力量も結構あるので戦略級とも言われる三式霊術を使える。
今更だが、魔法(霊術)は六式と呼ばれる基礎魔法、五式と呼ばれる下位魔法、四式と呼ばれる上位魔法、参式と呼ばれる戦略級魔法、弐式と呼ばれる極大魔法、壱式と呼ばれる原理魔法の六種が存在している。一般的には五式まで使えたら十分であり、参式を扱うともなれば軍でもエリートとして扱われるレベルの術者だ。
詠唱を重ねて消費霊力を分担するという技術もあるが、一人で参式を使える人物は貴重である。何故に学院で教師などやっているのか分からない。
「では出発じゃ」
シュリフト先生の言葉で移動を開始する生徒たち。先頭を行くのはDクラス担当のコーランド先生と、Eクラス担当のグリッツ先生だ。この二人はシュリフト先生の補佐を担当している。ちなみにグリッツ先生は肉体を強化する霊術を研究している熊獣人の学者でもある。わたしと同様に兼任しているのだ。それに同じ獣人としても興味がある。
そして残ったBクラス担当のフィリップ先生は荷物担当だ。テントや食料、その他の荷物の管理を総合的に担当している。さっきはその確認で忙しそうにしていたのを見た記憶がある。
まとめると……
Sクラス わたし 安全確認、確保
Aクラス メリーさん 保健、健康管理
Bクラス フィリップ先生 食料、荷物管理
Cクラス シュリフト先生 全体指揮
Dクラス コーランド先生 全体補佐
Eクラス グリッツ先生 全体補佐
となっている。
まぁ……ギリギリで対応できているって感じだね。とにかく二泊三日のキャンプを頑張ろうと思う。
――――――――――――――
ともかく【帝都】を抜けて南側に出た。
こうして外にさえ出てしまえば寧ろ管理は楽である。色々と興味が引かれる【帝都】の中であちこちに行こうとする生徒たちを管理する方が大変だった。護衛の人が機転を利かしてくれたおかげで何とかなったけど、やはり六人で対応する行事じゃないと悟った。
正直言って舐めてたと後悔したレベルである。数日前に楽しみとか言ってた自分を殴りたい。
というわけで早速わたしは楽をさせて貰っていた。
「いやー、さすがギンちゃんだわ」
「ウォン!」
銀狼モードのギンちゃんに乗せて貰ってモフモフしながらだらけていた。ちなみにいつものシルバーウルフと違って大きさ調整をしてもらっている。本当は五メートルほどの大きさだが、今だけは半分以下の二メートルなのだ。スライムの擬態だからこその応用技である。
「呑気ですねルシアさんや」
「よいのですよメリーさんや。ちゃんと耳と鼻で感知しているから」
隣を歩くメリーさんは呆れた声で話しかけてくるが、わたしはちゃんと仕事をしている。今は敢えて言わなかったが、実は感知の魔術も使っているのだ。
空気の動きを感知する広範囲魔術なのだが、やはり魔力は制御が難しいので「何かがいる」ということしか分からない。それが魔物なのか動物なのか人なのかも判別できないのだ。
しかし霊力で発動すると範囲が狭くなる。感知が正確になる代わりに効果範囲が激減してしまうのだ。この規模の人数を管理するにはとても範囲が足りないので仕方なく魔術に頼っている。
そして何かが反応したら尻尾感知で対応するのだ。
この尻尾感知だが、最近気付いた性質がある。普段は自分を中心に約二十メートルの範囲の霊力や魔力を感知可能なのだが、一方向にだけ集中すれば五倍ぐらい距離が延びる。今は尻尾一本しか使っていないため、最大で一方向に百メートルまで感知できるが、九尾化していれば九百メートルまで感知できることに気付いたのだ。指向性だが、これを大雑把な風の感知と組み合わせればかなり使える。
「あっちは動物と人がたくさん……商人さんと馬かな? 車輪の音もするし」
こんな感じで周囲の安全は確保していた。
わたしは魔術の発動と尻尾感知に集中するために体を休めているのであって、決して怠けているというわけではない。そこは理解してほしい。
すぐに馬車を引いた集団とすれ違った。さっき感知した商人だろう。
「ホントに仕事してたのね」
「わたしを何だと思ってるのメリーさん?」
「……こども?」
いや、うん。
確かにそうだけどさー。一応まだ十二歳の子供だけどさ、精神年齢は立派な大人なんだよ? 前世を含めたらそろそろ三十歳だ。言わないけど。
「ちゃんと仕事しているから大丈夫。むしろ働き過ぎじゃないかな?」
「凄いわね。こんなに働いているのに全然すごく見えないのは逆に凄いわ」
失礼な。
おっと、また斜め後ろに反応アリ。尻尾感知を集中させてっと……
そんな感じでギンちゃんの背中でだらけながら尻尾をフリフリしていたら、メリーさんがすごく興味深げに眺めていた。なんだか触りたそうにしている。ちょっと両手をワキワキさせているから注意が必要だろう。
わたしの尻尾は安くないのだ。
「ねぇルシアさん―――」
「尻尾は触らせないよ?」
「えー……いいじゃないの」
やだよ。恥ずかしい。
尻尾は他人に触られるとエッチな声が出てしまうから嫌だ。こんなに人がいる場所で喘ぎ声を上げるとかどんな羞恥プレイだよ。というか獣人種は家族以外に尻尾は触らせないのが普通である。わたしもギンちゃん以外には触らせない。ギンちゃんはいつもプ二プ二モフモフさせてくれるからそのお返しである。
「ウォン!」
そうそう。ギンちゃんもわたしの意思を感じ取って喜んでくれているみたいだ。
まぁ、いつかわたしの尻尾のお手入れを手伝ってくれると言ってくれていたので将来に期待しようと思っている。やっぱり九本は面倒だしね。
「ねぇ……ホントにダメ?」
まだ狙ってたのかメリーさん。だが触らせないよ。
悔しかったら電話を掛けて背後でも取ってみることだ。わたしの感知を誤魔化して背後に立つことが出来たら触れるんじゃないかなー。
というのは冗談として、わたしとしてはメリーさんのプルンプルン揺れる胸元の方が羨ましい。
「メリーさんのおっぱいを半分くれたら触らせてあげる」
「本当? ならおっぱいを他人に分譲する霊術でも開発しようかしら……?」
何その夢の霊術!?
是非とも開発して欲しい。わたしも子供に戻ったからすっかり平原になってしまった。少しずつ大きくなってはいるけど、前世の大きさになるまであと何年かかるだろうね。目指せ巨乳美女で頑張ろうと思っている。
最悪エレンさんみたいなスレンダー美女でもいいからデブるのだけは避ける方向で。
「っと魔物ね」
「本当?」
こんな感じでふざけた話をしている間にも感知は続けていた。どうやらこの魔力の大きさから見てゴブリンが四体ほどいるらしい。指向性尻尾感知でロックオンしてるので適当な魔術で仕留めるか。
折角だし新作の霊術でも使ってみようと思う。
「『土槍』」
その瞬間に四つの魔力反応が消える。
地面から突き出した硬い土の槍がゴブリン四体を刺し貫いたのだ。この聳える槍はそのままゴブリンの墓標となってくれることだろう。少し遠かったから霊力消費が多かったが、中々に使える魔法だ。
え? なんで土魔法が使えるかって?
そりゃ練習したからだ。
というか今までの認識が間違っていた。わたしは属性を操るのに適性が必要なのかと考えていたが、実はそうではなかったのだ。詠唱を覚えて練習すれば、どんな属性の霊術も使えるのが一般常識らしい。だがわたしはずっと無詠唱で魔法を使おうとしていたのでより正確なイメージが求められていた。
まず初めて炎魔法を使ったときは炎の性質を正確に思い浮かべた。風魔法の時にも粒子の動きを考えて、しかもかなり長い間練習した記憶がある。
だが土や水に関しては適当なイメージしかしていなかった。「地面が動かないかなー」とか「水よ集まれー」とかみたいなね。だから上手く発動せず、その後もわたしには才能がないとばかり勘違いしていた。
そもそも魔法を使うのに属性を意識する必要はないのだ。魔法とは「願い」を叶えてくれる不思議な力なのだという認識が丁度いい。いちいち術式とか詠唱とかに固執するから創造性の失われたショボい魔法しか使えなくなる。もっと、自由に「願い」を込めれば魔法の幅は非常に広くなる。
わたしは自分で整理しやすくするために『粒子魔法』と『波動魔法』を分けているが、もっと魔法に慣れたらこの考え方も必要なくなると思っている。それぐらい魔法とは自由な力なのだ。
(それに魔力も霊力も大量に持っているわたしは普通よりもさらに自由度が高いしね)
これからは魔法自体ではなく魔力や霊力自体の研究をした方が、魔法の発展につながるかもしれない。そんなことを考えながらわたしは周囲の警戒を続けるのだった。
わたしメリーさん。今あなたの後ろにいるの
という電話がかかってきたとき怖がるよりも先に思考がフリーズした記憶があります。まぁ、実際に電話が来ると唖然とするだけで怖くないです。
ちなみにこの電話を掛けてきたのは友達でしたww
わざわざ公衆電話からかけてくるという徹底ぶり。何がしたかったんだwww




