82話 キャンプ準備
さて、わたしはナルス帝国学院の学者であると同時に教師でもある。魔法学科新入生Sクラスの担任という立場もあるのでその仕事もあるのだ。
そして入学早々にあるイベントのためにわたしはギンちゃんを森の方へと送っておいたのである。
「ふーん。オーガが群れを作ってたのか。やっぱり調査しておいて正解だったね。多分冒険者ギルドも気づいていなかったみたいだし、丁度良かったね」
そう。
森に関するイベントなのだ。
入学したて、森、イベントとくれば予想できる人も多いと思う。つまりは魔法学科の新入生キャンプである。毎年この時期に実施されているみたいなのだが、やはり十二歳で入学したての学生となれば友達関係も重要視するべきだ。仲良くなるイベントとして用意されているのである。
とはいえ、やはり所詮は学生。冒険者のように戦いや野営に関して知識がある訳ではない。いかに魔法学科といってもせいぜいが五式クラスが精一杯なのだから。
だから教師が予めキャンプ場となる場所をチェックし、必要ならば安全を確保するのである。
「押し付けられた仕事だったけど、わたしが担当して本当に良かったよ」
ランクS冒険者であり、強さランクもSSSなわたしは間違いなく世界最高クラスと認識される。だから魔物も出現するような土地の調査はわたしにピッタリな仕事なのだ。それに一番若いし、Sクラスを担当しているから……
などの理由で押し付けられたのだが、まさかキングオーガまでいるとは思わなかった。これは本当に危なかったと言えるだろう。普通なら軍隊が出動するレベルなのだ。
「なんて言っても全部ギンちゃんがやってくれたんだけどねー」
ぷるーん
(そうだよ?)
まぁ、わたしも面倒だったからギンちゃんに丸投げしたのである。最近は魔物を食べることも少なかったからいい機会でもあったし、ギンちゃんも快く手伝ってくれたのだ。
「研究も進めたいけど、こっちも大事な仕事だしね」
このキャンプは三日後に開催される予定だ。それまでに森の状態を調査して、必要ならば安全確保し、オリアナ学長に報告書を提出しなければならない。今からするのはその提出書類の作成だ。
執務室の引き出しから白紙を取り出してサクサクっと書いていく。
まぁ、オーガが集まって危なそうだったから滅ぼしておきました(テヘペロ
と言ったことが主な内容だ。それほど面倒でもないから問題ない。
「あ、ギンちゃん。オーガの他には何かいなかった?」
ぷるぷる、ぷるるん!
(おっきな蛇がいたかなー)
「蛇系の魔物かな? 色は?」
ぷるん
(緑だよ)
緑ということは強い毒持ちだろう。いくらか心当たりがあるが、蛇でその色ならランクAに指定されているポイズンスネークだと思われる。専用の毒消しがないと百パーセント死ぬという毒を持っている危険な魔物だ。
おそらくそれで間違いないだろう。
まぁ雑魚だから報告しなくていいか。(※そんなことありません)
「あとは?」
ぷるぷる
(ゴブリン?)
「それなら生徒でも対処できるし、そもそもあいつら減らしてもすぐ増えるから放置でいいや」
ゴブリンは無駄に生命力が高く、ものすごい勢いで増えていく。環境適応能力が高いため、実は魔物ではなく魔族の一種ではないかとも言われている。まぁ、上位種がオーガだし嘘だと思うけどね。
ゴブリンの特徴としては種類が多く、中には魔法を使う場合もある。何故知能が低いゴブリンが魔法を使えるのかは謎だが、種族固有の能力だろうと考えられているのだ。これを解析して霊術習得や発動の手助けにならないかと研究している学者もいるらしい。
わたしは興味ないけどね。
魔法……つまり霊術と魔術はイメージと知識に左右される。わたしのように科学の正確な知識があると、その物理現象を思い浮かべることで簡単に発動できるからだ。有意義なのかもしれないが、わたしには不必要な研究なので興味ない。
「こんなものかな……」
ギンちゃんの報告からしてもこんなものだろう。
これを明日提出すればお仕事完了である。
「さてと……今日も遅いし尻尾をお手入れしたら寝ようかしらね」
『人化』を解除して九尾状態になる。この『人化』は魔法の一種であるため、解除した方がやはりリラックスできるのだ。グッと背伸びしてベッド座り、ブラシを手に取る。狐族にとってはとても大事な尻尾なのだが流石に九本もあれば結構面倒だ。誰かお手入れ手伝ってくれないかなー。
ぷるん!
(てつだうよ?)
「いや、スライムにはちょーっと難しいんじゃないかな?」
わたしの言葉に落ち込むギンちゃん。ぷるぷる震えてとても可愛い。いずれ人に擬態できるようになったら可能なのかもしれないね。正確には魔人に擬態かな?
ギンちゃんは魔物だから擬態できるのは魔力をもつ生物だけだ。つまり霊力を持つ人、エルフ、獣人などには擬態できないのである。いつか魔人を捕食することがあれば擬態を成功させてくれるだろう。
そんな期待を込めつつ、わたしはギンちゃんを抱いて眠るのだった。
――――――――――――――――――――
そして翌日……
「さて、君達に重大な発表がある」
背が足りないので箱の上に乗って教団から顔を出しているわたしは仰々しくそう告げる。今日を締めるホームルームの時間だ。今日最後の授業がわたしの算術だったのでサクサクと三桁の足し算を教えて、そのままこのホームルームへと突入したのだ。
初めこそ生意気なガキ共だったが、わたしが実力を示せば実に従順になってくれた。まぁ、歳が同じなのに優秀なわたしを見て火が着いたのだろう。それにSクラスだけあって元から優秀である。
それはともかくとして、クラス全員がわたしの言葉を聞いて緊張した面持ちをしながら注目した。
そこでわたしは続きの言葉を口にする。
「明後日から毎年恒例帝国学院魔法学科新入生合宿があるから準備してね」
どこからともなく「おーっ」と声が挙がる。
まぁ帝国学院では結構有名なので知っている子もいるのだろう。ちなみに将校学科も別の日程でキャンプをするし、商学科はエルフの里までちょっとした旅行を、貴族学科は夜会を開いて交流の場を持つようだ。
そして一番ハードな魔法学科と将校学科のキャンプは教師のほうも大変である。特に安全確保という最難関が待っているのだ。生徒はまだ十二歳でしかないため、教師の負担は大きい。
まぁわたしの場合はギンちゃんがやってくれたから大したことなかったが……
それにわたしは現地調査を担当したので、他のテントや食料の手配などは別のクラスの教師がやってくれている。あとは当日の引率だけだ。
「プリントに必要な物とか注意事項が書いていあるからよく読むこと。森にはゴブリンとかも出るから必要なら武器や杖も持って行っていいよ。楽しむのが目的だからボールとか遊べる物もあるといいかもね」
このキャンプは遊びの側面が強いので教師としても気が楽だ。卒業前には魔物狩りを前提にした遠征もあるらしいけどね。まぁ、今回に関しては勝手に行動したり森の奥まで行きそうな奴を監視する程度で十分だろうね。
「それと護衛を連れていく人は申請書を明日わたしまで持ってきてね。護衛の人の身分証明書と一緒に持って来たら許可証を渡すから、当日はその許可証を持ってくること。不審者が護衛に混じってたこともあるらしいから忘れちゃダメだよ?」
まぁ、貴族に関してはどうせ護衛を連れてくるだろうからね。このSクラスにも結構な人数いるし、アレックス君なんかは皇子だからね。多分バフォメスさんを連れてくるんじゃないかな?
それにこの前のガリーベン君とプロティン君も一応だが貴族だ。誰かを連れてくる可能性はある。それにこの手の護衛依頼は毎年冒険者ギルドでも募集されているらしいからね。大体ランクB以上が基準らしいけど。
それに貴族だけでなく金持ちの息子、娘も護衛を連れてくる可能性がある。優秀なSクラスは幼いころから教育を受けさせてもらっている子が多いからね。自然と貴族と金持ちが集まるのさ。
日本でもそうだろう。
お金を掛けた方がより優秀になる傾向があるのだ。家庭教師、塾、参考書、通信教育などいくらでもお金はかかる。貧乏学生はよほど頑張らないと彼らには追いつけない。
「蛙の子は蛙」と諺にもあるように、優秀でお金の稼げる親の子供も優秀でお金を稼げる大人になっていくことが多いのだ。それを何とか公平にするために奨学金制度があったりするのだけど、日本は海外に比べると制度が充実しきっていない。
ま、転生したわたしにはどうでもいいことだけどね。
それはともかくとして、この護衛がまた面倒臭い。中には貴族に仕官している人が護衛していることもあるから、そう言う人が自慢してきたり嫌味を言って来たりで面倒なのだ。教師としてボコることも出来ないのでちょっと憂鬱である。
幻術でも作って精神攻撃してみようかな……
「ま、そういうわけで明日は班分けもするから今日の内から考えておくといいよ。誰かと一緒になりたいなら先に手を回しておくことだね」
わたしがそう言うと女子の目に火が灯った気がした。
まぁ、このクラスには皇子様ことアレックス君がいるからね。将来の皇帝になることは確定しているに等しいから、上手く取り入れば将来は安泰だ。尤も、皇后に権力はないから変な贅沢は出来ないけどね。
それにアレックス君じゃなくとも結構な家の三男、四男もいる。将来彼らは魔法学科卒業のエリート霊術師として軍に所属する可能性もあるから、狙い目は皇子だけではないのだ。
反対に男子も好みの女子と一緒になるために必死になるのだろう。明日までにどんな戦いが繰り広げられるのか……傍観者は気楽でいいね!
というかこれぞ学院! みたいで面白い。
「じゃあ質問はないかな? なかったら今日は解散!」
さぁ、明後日が楽しみだ。




