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女狐が異世界を調停します  作者: 木口なん
6章 ナルス帝国学院
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80話 物質化の秘密


 共同研究。

 これは別に珍しいことではない。研究が最新の進んだモノになる程、様々な分野の知識が幅広く必要になってくるものだ。ロボット一つを作るにしても、電気工学、材料学、力学、制御学などなど大量の知識が必要になる。

 そして研究が成功すれば関わった全ての学者たちの功績となるのだ。

 今の実績のないわたしにとっては是非とも受けて貰いたいものである。



「なるほど。それはいい。では私の研究室に来てくれ」



 ……憂うまでも無かったようだ。

 共同研究となればその成果を独り占めすることが出来ない。自分だけの功績にするために殺人事件が起きたり頭脳は大人な名探偵が解決したりするのがデフォルトだと思ったのだが。

 変人のサマル教授はそういうのを気にしない人らしい。

 そう確信できた。



「じゃあ、よろしく。さっそく案内してくれる?」


「いいとも」



 サマル教授とは長い付き合いになりそうである。





―――――――――――――――――――――――――――




 そういうわけでサマル教授の研究室に来た。わたしの研究室にも劣らない真新しい内装であり、違いと言えば本棚に大量の資料や本が置いてあることだ。夜食や間食用なのか、机にはお菓子や果物がいくつも置いてある。

 ……あとでわたしの研究室にも持っていこう。

 また、床の一部に魔法陣が敷いてあったり、謎の器具が置いてあったりと工学部の研究室のようだという印象である。前世で大学のオープンキャンパスに行ったときはこんな部屋を見学した記憶があった。



「散らかっていてすみません。壊れた研究室から引っ越したばかりでして整理できていなんですよ」



 そう言いながら足場を確保しようと機材を片付けている生徒会長ノブリス君。年下のわたしにも礼儀正しい好青年である。ウチのクラスのガキ共とは大違いだ。さすがは生徒会長と言っておこう。

 一応この学院では学院長、学院幹部、学者・教師、事務員、生徒の順で権力があるので、彼の対応は生徒の鏡そのものなのである。



「ありがとねノブリス君」



 ちゃんとお礼を言ってわたしはサマル教授を追いかける。わたしも礼を尽くしてくれる人にはちゃんと対応するのだ。

 サマル教授はノブリス君に構うことなく研究室の奥へと進んで行く。きっとノブリス君は雑用係として苦労しているのだろう。真面目過ぎるのも考え物である。



「さて、このあたりでいいかな?」



 サマル教授は床に散らばった謎の部品を足でどけながら場所を確保する。どうやらまた実験するようだがわたしはそれを許さない。まずは理論を理解しなければいつまでも失敗してオリアナ学長に怒られるに決まっているのだ。



「サマル教授待って。まずは失敗の原因を解説するから椅子に座って」


「何? 君の話を聞きながら実証すればいいじゃないか?」


「ダメダメ。結構ややこしいからね」


「いいじゃないか?」


「ダメよ」


「いい―――」


「ダ・メ・☆」


「……はい」



 ひたすら実験をしたがるサマル教授を笑顔で押しつぶす。

 見た目はおじいさんになりかけだけど、心は子供のように純粋なのだ。おねーさんことわたしにかかれば造作もない。ふふん!

 ノブリス君が目を見開いているのが視界の端に映ったけど……そんなに驚くことかな? まぁ特Sランクの残念勇者をいじってきたわたしに死角などないのさ。

 ともかく渋るサマル教授を机の前に座らせて解説を開始する。



「さてと、サマル教授は『物質化マテリアライズ』をするときに霊素を並べて押し固めるイメージをしたんだよね?」


「そうだね。そうすると上手く何かが形成された感触があったんだ」


「で、何かが形成されたと思った瞬間に部屋が揺れて床に罅が入ったと」


「そうだ」



 先程もある程度は聞いたがもう一度確認をし直す。研究では非常に大事なことだ。データ、状況の確認は全ての研究の基本である。可能ならば実験した時間、気温、器具の状態などもメモしておくのが望ましい。

 わたしは研究机を挟んでサマル教授と顔を合わせつつ話を続ける。



「あなたのやった『物質化マテリアライズ』はある意味成功はしているの。でもイメージに大きな誤りが一つだけあった」



 わたしはそう言いつつ空中に二つの真っ白な球体を創りだす。大きさはビー玉程度でいいだろう。

 結合エネルギーを消費して重力とつり合わせる魔法も慣れてきたものだ。フヨフヨと浮かぶ二つの球体を見て興味深そうにしているサマル教授へと一つの質問をぶつける。



「さて問題よ。この二つの球体を霊素とみなしたとき、どうすればくっつけることが出来る?」


「簡単だ。その二つを密着させればいい」



 まぁ、普通はそう答えるだろう。それは正解だし、そう答えて貰わないと教える意味がない。

 わたしは頷きつつ二つの球体をくっ付けて見せる。

 それだけで終わらず、さらにビー玉サイズの球体をいくつも創って次々とくっ付け、最終的に一辺が三十センチ程度の立方体に形を整えた。結構な数の球体を創ったから疲れたね。

 でも化学の教科書によく載っている図とそっくりに出来て満足である。



「さてと、あなたのイメージ通りに霊素を並べて物質を形成するとこんな感じになるわね。これが分子論を考えた『物質化マテリアライズ』よ」


「ほう。わかりやすい。君の論文の図もよかったが、こうして実際に目でみるともっと分かりやすいね」


「それはありがとう。さて、ここで重要なのは幾つの霊素を使ってこの立方体を創ったか……よ」



 霊素に見立てた球体は直径一センチ程だ。一辺が三十センチの立方体ならば三十の三乗をして二万七千個だと分かる。なるほど、それは疲れるはずだ。

 サマル教授も学者だけあって計算は早い。すぐに答えを導き出した。



「二万七千個だな。ふむ、思ったよりも多い」



 わたしは浮かしているモデルの立方体をサマル教授の机へと置いた。ゴトリと重厚な音がしたので結構な重さになっているのだと思う。サマル教授も指先で触れたりしながらキラキラした瞳でそれを眺めていた。

 サマル教授は両手で持ち上げてみようとしたようだが、力の入りにくい座った体制では上手く持ち上がらなかったようだ。改めて立ち上がり、力を込めて立方体を抱えている。



「結構重たいね」


「それほどですか?」


「持ってみるかい?」



 そこに片付けの終わったノブリス君もやってきたようだ。彼なら将校学科だし、力もあるから難なく持ち上げることが出来るかもね。ノブリス君はサマル教授から立方体を受け取るが、やはり涼しい顔で普通に持ち上げていた。



「本当に重いですね」



 まぁ、それでも重かったらしい。

 すぐに机に置き直していた。それを見てわたしも説明を続ける。



「さて、その立方体がサマル教授のイメージする『物質化マテリアライズ』だよ。次はわたしのイメージする『物質化マテリアライズ』を出すね」



 そう言って再び真っ白な球体を作り、細い棒で球体を繋いでいく。まぁ、この結合の棒はイメージに過ぎないのだが、頂点となるたった八つの球体だけで先程の同じ大きさの立方体を創ってみせた。

 大きさは同じだが、中身はスカスカである。

 これにはサマル教授もノブリス君も驚いているようだった。



「これは……」


「ルシア先生のイメージがこれですか……」



 そう。

 わたしは霊素を固めたりなどしていない。

 エネルギー結合でくっ付けているので、実はかなりスカスカなのだ。



「今は分かりやすくしたけど、実際はもっと距離を離しているよ」



 トドメにそう言うと絶句する二人。

 これは余りに衝撃だったのだろう。わたしもその気持ちは分からなくもないのだが、実際に霊素間の距離はかなり離さないと上手く『物質化マテリアライズ』出来ないのだ。

 もしもガチガチに固めてしまうと、初めに作った立方体のように重くなる。だがそれも当然だろう。同じ大きさの立方体にも拘らず、前者は二万七千個であり後者は八個だ。その差は明確である。

 倍率にして3375倍と言われれば分かりやすいと思う。

 重さも霊力消費量も3375倍になってしまうということが理解できるだろう。

 この説明を紙に書いてしたら二人とも納得してくれた。



「なるほど。私の『物質化マテリアライズ』で創ったモノは小さすぎて見えなかったのか。大量の霊力を使用してもこれほど押し固めてしまえば当然だな」


「それに重さも凄まじいですからね。床が割れたのはこれが原因ですか……」



 そう言うことだ。理解してくれて何よりである。

 実際の原子はプラスの原子核とマイナスの電子が合わさって一つを形成している。原子核の周囲を電子が回っているというのは誰もが知っている話だ。

 だが、その電子の半径がどれほどか知っている人はいるだろうか?

 わたしは机に置いてある果物……リンゴのような果物プフェルを手に取って説明を続ける。



「もしもこのプフェルを霊素とすると……だいたい三キロぐらい離すのが適正かな」


「いや、それはないでしょう」



 素早くノブリス君がツッコむが残念ながら本当なのだ。

 もしも原子核を固めて一円玉程度の大きさの物体を作るとすると、その重さは実に三千万トンを超える。これは冗談抜きで本当の話なのだ。

 結局のところ、スカスカの霊素の配列の間にエネルギーを詰め込むことによって硬さが現れているに過ぎないということを知っておかなければならない。

 そうでなくては私ですら霊力全てを使っても矢一本創れないのだから。



「これが『物質化マテリアライズ』を完成させられない理由よ。本当に重要なのは霊素を固めることじゃないの。出来るだけ強い構造の配列を考え、その間にエネルギーを詰め込むこと」



 サマル教授は並べた二つの立方体を交互に眺めながら唸っている。わたしの説明通りならば、確かに失敗した理由も理解できるからね。だけど、あまりに突拍子もない考えに戸惑っているのだろう。

 あまり実感がないかもしれないが、ミクロ以下の……原子レベルの話となればそんなものである。

 実際に原子よりも小さなニュートリノという物質は一秒で何兆何億という数がわたしたちの体を貫通していると言われているのだ。それも光の速さで。

 だがわたしたちはそんなことでは死んでいない。理由はスカスカの原子の間を通り抜けているに過ぎないからである。結局のところ、わたしたちの体なんて空洞だらけなのである。



「ね? 難しかったでしょ?」



 馴染のない人からすればとても難しい理論だ。もちろんわたしだって完全な理解はしていない。でも実際に『物質化マテリアライズ』は出来るからサマル教授でも出来るようになるはずである。頑張って理論を受け入れて貰うしかない。



「よし……」



 サマル教授はともかく実験だと言わんばかりに霊力を集める。放出され、霊素として空間のある一点に集まっているのがわたしの尻尾感知で分かった。

 わたしと違って霊素の動きを理解できないため、少し難しそうにしている。まぁ、尻尾感知は有能だから仕方ないね。感覚で頑張って貰うしかないだろう。



「出来た!」



 その言葉と同時に出現した真っ白な謎の物体が床に落ちる。

 本当に物質を形成しただけなのだろう。見た目は二の次のようだ。まぁ、わたしのように一発で矢のような形にするのは難しいからね。

 ……が、これでも少し失敗していたようだ。





 ゴドオォォォォォォォォンッ!!





 霊素間の距離が足りなかったらしい。

 見た目よりも重くなっていたようだ。これは要練習だね。

 わたしはそう思いつつため息を吐いた。





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体内の霊素を使って物質化しているのだったら,この世界の人間の体重って凄いことになってませんか?
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