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女狐が異世界を調停します  作者: 木口なん
6章 ナルス帝国学院
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79話 研究室

余裕が出来たので更新。

夏休みが長いって素敵だね!


 例の模擬戦事件から数日が経った。

 生意気な生徒たちはわたしの実力を知って先生と認めてくれたらしく、特に問題は起きていない。尤も、勝手に模擬戦したことでオリアナ・コラム学院長には注意を受けた。



「面倒は嫌だからほどほどに!」



 とのことらしい。

 まぁ確かに怪我でもさせたら大変だ。一応ガリーベン君とプロティン君は貴族位の家系らしいので学院としても面倒なのだという。わたしはSランク冒険者だし皇帝ことアルさんとお友達なので問題ないと思うけどね。

 この【ナルス帝国】では皇帝の地位が圧倒的に強いため、貴族と言っても大したことはない。あらゆる事を皇帝が決定し、貴族はあくまでもその補佐の役目だ。だからこそ貴族平民に関わらず皇帝は好きな人を伴侶に出来る制度になっているんだけどね。

 普通なら皇后教育とかが必要だから貴族から伴侶を選ばれるのだろうけど、この国では皇后も権力を持たないから元平民でも問題ないのだ。

 話は逸れたが、何故こんなことを話し始めたかと言うとようやくわたしの研究室の用意が出来たからだ。



「やっぱり初めは何もないのね。机と椅子と……棚が二つ。まぁ、広さ的には実験も出来そうだし問題もないでしょう」



 魔法学科研究棟の一室に貰ったわたし専用の研究室。

 実はまだ何を研究しようとか決めてなかったのだが、先日の模擬戦の件を受けて決めたのだ。



「治癒魔法の研究。これで決まりね!」



 そう。

 今更だがこの世界では治癒魔法が殆ど発達していない。『光の教団』の教会に仕えている人たちが偶に使用できる程度だ。それも大した怪我は治せないレベルでしかない。

 そのほとんどはちょっとした切り傷を完治させられる程度でしかなく、骨折が治療できれば聖女、聖人として祀りあげられることになる。何でも心からの神への信仰と慈悲の思いこそが治癒の力となっているとからしい。

 何とも胡散臭いばかりである。



「さてと……」



 そう言いながらわたしはノートを広げる。

 一応だがこの胡散臭い治癒魔法のロジックは予想が出来ているので実験を重ねて証明していくつもりだ。もしそれが出来れば誰でも治癒魔法が使えるようになるだろう。まぁ、十年ほど様子を見てから発表する予定だけどね。



「まず治癒魔法を使える条件は……神に仕える聖職者であること。そしてその中でも特に信仰の強い者」



 だがこれには少数の例外がある。

 わたしが調べた帝国の資料によると、治癒魔法が使えるがために教会から聖職者としてスカウトされた人物もいるようだ。かなり昔の資料だったが、その人物は最終的に聖女として多くの人を癒した偉人という風に歴史の教科書にも掲載されているので間違いないだろう。

 それに帝国の集めた資料はかなり正確だ。

 わたしたち研究者用に図書館のような資料室が学園内にあるのだ。そこに集められた歴代研究者の論文を初めとした様々な資料を自由に閲覧することが出来る。これは教師にはない学者だけの特権だ。

 教師や生徒もその気になれば閲覧可能だが、学者資格を持つ者の二人以上の許可と監督がいるらしい。まぁわたしには関係の無い話だ。



「聖女は教会に入ってから増々治癒能力を強めた……とすれば神の力も嘘ではない? でもそんなはずはないのよねー」



 転生前に自称神と対話したが、この世界には神の干渉が全くない。わたしのような間接的な干渉はあるのだろうが、神が治癒魔法の力を高めてくれるといったことはない。つまり偶然か、別の要素が絡んでいると予想できる。



「魔法の発動に必要なのは『魔力』と『願い』……そしてわたしの調べた結果だと『知識』も必要になってくるはず。『願い』の部分を神への信仰が助けている? いわば神への祈りが『願い』を強めて『知識』がなくとも発動しているということ?」



 ふむ。

 仮説は出来た。適当だけどね。

 


「早速だけど実験しよーっと」



 ふんふーん……と鼻歌を歌いつつ『物質化マテリアライズ』でナイフを作り、指先を軽く切ってみた。ちょっと痛かったけどこればかりは仕方ない。余り人には見せたくないし、検体は自分で用意するしかないのだ。

 これだけだとマッドな匂いがするけど、わたしは至って正常だ。

 そう、正常だと自分に語り掛けつつ魔法を使ってみる。



「傷の修復は……血液中の血小板を固めて止血、それで血管を応急処置して細胞分裂で完治させるとかだったような気がする。よし、『治癒ヒール』」



 軽く霊力を込めて自分の傷口に集中すると……早回しするかのようにして傷が治ってしまった。



「わたしの研究……もう終わってしまった……」



 これはちょっとショックだった。

 もう少し研究っぽいことをしたかったのだ。まさかこんなに簡単だとは思いもしなかったと言えるだろう。わたしの立てた仮説のままだったのだ。

 


「ま、どちらにせよ細胞の概念がないから論文に書き起こせないのよね。取りあえず顕微鏡でも開発してみようかしらね」



 そう。

 わたしは治癒魔法を習得できたが、それを公的に発表するには難しい。細胞や血液成分の知識がまだ世界に根付いていないのだ。そこから研究する必要があるだろう。

 これに関してはわたしも日本の教科書レベルでしか知らないことだ。ある程度の予備知識はあるのだから研究してもいいと思う。



「となるとまずはレンズの解析ね」



 この世界はレンズの概念がない。

 魔法が便利過ぎる故に自然現象を解析しようという試みが薄かったのだろう。魔法陣や詠唱の研究は盛んなのだが、物理を研究する人はあまり聞いたことがない。

 だがそれではいけないのだ。

 わたしの『荷電粒子魔法プラズマ・マジック』は計算で制御しているし、先程の治癒魔法も科学知識なしには開発できなかった。つまり知識さえあれば無詠唱で自然現象を操る『原理魔法プリミティ』すら体得可能なのである。

 方針は決まった……が……



「でもレンズか……何の法則だっけ」



 そう、何せわたしも勉強したのは十二年前のことだ。大まかなことは覚えているが、細かい自然法則などは忘れていることも多いのである。特にレンズに関しては受験でも出にくい箇所なので熱力学程は勉強してこなかったのだ。



「しかたない。大体は記憶しているからそれを頼りに実験装置を作ろう」



 レンズに関する実験装置は割と簡単だ。

 ロウソク、レンズ、スクリーンがあればなんとかなる。あとは幾何学的に仮説を立てつつ実験すれば論文にもなるだろう。学者として論文は定期的に提出する必要があるから、これはそのついでである。



「スクリーンは『物質化マテリアライズ』で作れる。ロウソクは適当に用意するとして……問題はレンズよね……」



 この世界にもガラスがある。

 しかし非常に高価な品なのだ。貴族屋敷や帝城などの一部の家にしかない。



「凹レンズ、凸レンズの両方が欲しかったんだけど……難しいわね」



 これに関しては一応あてがあるのだが、少し難しいかもしれない。要は研究費として学院に請求するのである。しかしわたしはまだ新人の学者であり、成果がない。つまりレンズを揃えることが出来るほどの研究費を請求できるかが微妙なのだ。

 しかし世の中上手くできているものである。

 わたしは奇跡というものは信じない立場なのだが、時の運というものは存在するらしい。丁度このことについて考えていた時、わたしの研究室の扉が勢いよく開いた。



「ルシアと言う学者の部屋はここかねっ!」



 そう叫びながら一人の男が入ってきたのだ。

 乙女の部屋だぞ。ノックぐらいしろや! とでも言うべきだったのだろうが、あまりに唖然とし過ぎて頭から抜け落ちていたようだ。そしてようやく我に返って文句でも言うかと思ったとき、もう一人誰かが駆け込んできた。



「サマル教授! ノックぐらいしてください。研究室とはいえ女性の部屋ですよ。それにどんな実験しているかも分からないんですから、集中を乱すようなことはご法度です!」



 わたしが言わんとしたことを全て言いながら入ってきたのは一人の生徒。すっきりとした顔立ちで青い髪が目立つイケメン。どこかで見たことあると思ったら生徒会長のノブリス君だった。

 どうして彼がここに? と考えている間に彼らは会話を続ける。



「いやぁ、失敬。あの論文を書いた人物の研究室が出来たと聞いて興奮してしまってね。これは仕方のないことさ」


「仕方なくありません。あと謝る相手は僕ではなく彼女でしょう?」


「おっとそうだった。やぁこんにちは。君がイザードの言っていた天才だね?」



 悪びれもなく先程のことを無かったかのように振舞う男。ノブリス君の言葉が正しいならばサマル教授ということだ。

 白くなりかけている頭と老けた顔立ちから五十台だと予想。

 そして彼の言動から鑑みるに……



「もしかして残念勇者イザードが言っていた『物質化マテリアライズ』の研究者?」


「そうそう! 彼からも私のことを聞いたのかな? いや、君凄いね。君が学位を貰うために学院に提出した論文は非常に画期的だよ。私の研究が一気に進んだ!」



 サマル教授……

 どうやら彼が残念勇者の恩師らしい。確か魔法学科と将校学科を掛け持ちしている魔法兵器関連の研究者だったかな? それで将校学科のノブリス君がいるのか。彼もまたサマル教授の研究室でお手伝いでもしているのだろう。

 生徒の中には学者の研究室に入って研究の手伝いをしている人も結構いる。研究者の立場から見ても助手は欲しいし、生徒としても最新の成果に触れることが出来る機会だ。winwinの関係なのである。

 それはともかくわたしが学院に提出した分子論の論文を読んだらしい。『物質化マテリアライズ』は基本的に分子結合の概念が必要になるのでインスピレーションが湧いたのだろう。



「それは良かった。研究は完成しそう?」


「いや、『物質化マテリアライズ』が発動した手ごたえはあるのだが……どうにも上手く形成してくれないようなんだよ。私の霊力が足りないのかと思ったけど、意味不明な現象も同時に起きているんだ」


「意味不明な現象? ですか」


「ああ、発動した瞬間に具現設定した空間の真下の床がひび割れるんだ。同時に部屋自体も少し揺れてね。何度か実験を繰り返しているうちに私の研究室が壊れてしまったのさ! はっはっは」


「いや、笑い事じゃないです。お陰で僕も学院長に怒られたんですからね!」



 なるほど。

 サマル教授は噂通りの変人らしい。ノブリス君も苦労しているようである。

 しかし部屋が壊れるか……何が起こったのかは予想できたが、よく怪我をしなかったものである。というか分子論なんていう怪しい論文をよくぞ信用したものだ。こう言った一見有り得ないとも思えることを検証し、自分の研究に取り入れていくのが本当の研究者なのだろう。

 知識だけのわたしとは大違いである。

 まぁ、わたしも結構魔法の研究はしているのだけどね。

 それよりももう少しサマル教授に話を聞いた方がいいだろう。



「ちなみに私の分子論は小さな粒子が規則正しく並ぶことで大きな物質を形成しているというものだったけど……サマル教授はどういう風に『物質化マテリアライズ』を実行したの?」


「うむ。霊素を綺麗に並べて押し固めるイメージだな。今までは霊力というエネルギーを固めようとして失敗したのだが、霊素を並べるという発想はなかった!」


「やっぱりね。霊素は並べて固めただけだと『物質化マテリアライズ』は失敗するよ?」



 わたしはそう言って右手に真っ白な『霊刀』を形成する。

 それを見たサマル教授は目を見開いてわたしに詰め寄った。



「そ、それは! やはり『物質化マテリアライズ』かね!? どうやったんだ! それに霊素を並べて固めただけではダメとはどういうことなんだね!?」



 わたしの研究机をバンッと叩きながら顔を近づけるサマル教授。傍から見れば幼女に詰め寄ってハァハァ言っている変態さんにしか見えない。ノブリス君も頭を抱えて溜息をついていることから止められないぐらい興奮していると分かる。

 これはもう教えてあげた方がいいだろう。

 もちろんただではないけどね……



「サマル教授。わたしとの共同研究にしてくれるなら教えてあげてもいいよ」



 わたしはそう取引を持ち掛けた。




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