78話 模擬戦
久しぶりの投稿。
次はいつになるのやら
さて、わたしの姿に驚きあきれているSクラスの皆を元に戻さないといけないだろう。アレックス君は最初に叫んだまま固まっているし、他の子たちも「え? え?」みたいな顔をしている。
「取りあえず自己紹介でもしましょうか?」
わたしの言葉にコクコクと頷く生徒たち。アレックス君はある程度わたしのことも知っているだろうけど、殆どの人は知らないハズだ。冒険者としての活動はそこそこ激しいけど、この学院に来ている子たちは滅多にギルドなんて利用しないだろうからね。
因みに帝国学院は余程のことがない限りは入学することになる。帝国が裕福な証だろう。しかし一部の貧しい人は幼い時から冒険者として活動することもあるから絶対とは言えない。こちらが余程の場合だ。
わたしの孤児院の子たちは帝国の戸籍に登録してない元スラムの民だから学院に入学できないのだ。今丁度戸籍を作成しているところらしいので来年からは何とかなるだろう。
話しが逸れたが、要はわたしがSランクの冒険者だと知る者はいないのだ。だから自己紹介がないと本当に謎の狐少女で終わってしまうことになる。
「始めも言ったけどわたしはルシア。歳は十二歳だから君達と同じだね。教える科目は算術と魔法実戦の二つだよ。それと学者としての立場も持っているからわたしに会いたかったら職員室じゃなくて研究室の方に来てね。休日は冒険者の仕事もしているからそれなりに強いよ?」
『…………』
全員が黙ってしまった。
どうしろと!?
何かおかしなことでも言ってしまったのだろうか?
とここでアレックス君が鋭いツッコミを入れてくれた。
「いや待て! 教師資格を二つと学者の資格も持っているってどういうことだよ!? その上このクラスの担任とか意味不明だわ!」
そっちか。
それに関してはわたしが優秀だからですドヤァ。
と言うのは冗談だ。
「資格に関しては簡単だったから? かな。それと担任は面倒な仕事だから新人教師に押し付ける伝統があるみたいだよ。わたしは優秀だったからSクラス担当だったの。褒めてくれていいんだよ?」
「褒めるか! しかもなんだよ『簡単だったから』って」
そう言われても事実だから仕方ない。
正直言って現代日本の教育を受けた上に全国でもトップクラスの成績だったわたしがこの世界のレベル程度で躓くはずがないのだ。さらに魔法に関しても実はちょくちょく勉強しているので実力も上がっている。
わたしは努力を怠らない。それが異世界に限らず人生のコツだと思うからだ。
それと、担任については本当に押し付けられてしまったのだ。どの世界でも担任教師と言うのは仕事が多くて大変らしい。にもかかわらず担当クラスの無い教師と給料が同じなのだ。つまり割に合わないのである。余程のもの好きが立候補しない限りは新人教師から若手にかけて適当に振られることになる。まぁ、ある程度の考慮はあるけどね。例えばわたしは魔法が得意なので魔法学科のSクラスである。
まぁ、それはともかく……
「文句がある人は手を挙げてねー」
ババッと三つほど手が上がる。一つはアレックス君なので無視と……
手を挙げたのは実に対照的な二人だった。
一人は魔法学科らしいインテリ風の男の子だ。おかっぱ頭の黒髪で、日本の学校ならイジメられてそうな見た目である。けど霊力は結構多いようだ。わたしの尻尾感知が反応しているので間違いないだろう。まぁ、多いと言っても歳の割にってだけだからね。わたしには遠く及ばないよ。将来有望だから努力を怠らなければ宮廷霊術師にもなれるかもしれないけどね。
そしてもう一人は「え? 十二歳?」みたいなゴツイ体の男の子。制服の上からでも分かる彼の筋肉はとても子供とは思えない。そんな幼いころから鍛えすぎると体を壊しやすいと思うんだけど……まぁ異世界だからと言うことにしておこう。ともかく将校学科にでもいそうなアウトドアな見た目だった。
「ふん。狐獣人が魔法実戦なんて馬鹿にしているね。弱小種族の癖に。算術なら分かるけど霊力が少ない狐獣人なんか相手にならないよ。それに十二歳だって? どんな伝手でズルしたのか知らないけどサバ読みすぎだよ」
ああ、うん。
そういえば狐族って霊力が少ない種族だったね。忘れてた。
基本的に狐火と尻尾感知の特殊能力があるから冒険者でも戦闘より偵察を担当することが多い。それに戦いは好まない種族だから冒険者になる人自体少ないけどね。彼の言葉こそ馬鹿にしてるようだけど事実だから仕方ないだろう。
だがズルってそっちか!
別に年齢詐称とかしてないわ!
ちょっと唖然としていたらもう一人もついでとばかりに口を開いた。
「はっ! そいつの言う通りだぜ。あんたみたいな貧弱な体に強靭な霊力が宿るはずがない。鍛え直してから来るんだな!」
その言葉、一緒に手を挙げているインテリ君にも言ってあげなさい。わたしは魔力の自然強化のお陰でかなりの身体能力を持ってるから多分君より強いよ。
まぁ、霊力を感知する能力なんて狐族しか持ってないからね。わたしの霊力量が分かるはずがないのだから仕方ないだろう。
現にわたしの実力を知っているアレックス君は二人の言葉にちょっと引いている。わたしのことをチラチラ見ながらコッソリ手を降ろそうとしているからまぁ許してあげよう。寛大なわたしに感謝するといいさ。
他の生徒たちも困惑した様子でわたしを見ている。二人の言い分も尤もだけど、学院が用意した教師だからと悩んでいるのだろう。まぁ、こういう子たちには目で見せてあげるのが一番だ。百聞は一見に如かずとはこのことである。
「そうね。じゃあわたしの実力を見せてあげるから実践場に行きましょうか」
さて、生意気な二人には生贄になって貰おうかしらね!
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「後悔すんなよ!」
「今なら許してあげてもいいです。泣いて謝るなら……ね」
取りあえずわたしの前に立って吠える馬鹿二人。
因みにインテリ君はガリーベン、ゴツイ体のもう一人はプロティンという名前だそうだ。吹きそうになったのはわたしだけではないハズ。
さて、この生意気なガリーベン君とプロティン君にお仕置きタイムだ。
この実践場で模擬戦をすればわたしの実力も理解できるだろう。何せ二対一だしね。
「問題ないわ。始めるよ」
わたしは軽く構えて二人に対峙する。
いつもの霊刀は必要ない……というよりも魔法の戦いだからいらないだろう。一応アレも魔法だけど、この子たちには理解できないだろうから使わない方向で行く。その方が後腐れ無くていいだろうからね。
「じゃあ両者準備完了だな? 致命傷になる攻撃は禁止。相手が気絶するか明らかに負けと判断したら戦闘中止しろよ? いいな?」
審判役はアレックス君に押し付けた。
やけにわたしを凝視しながら注意してくるけど……やだなぁ、たかが学生相手に本気を出すわけないじゃないの。ちょーっとキツイお仕置きをしてあげるだけです。問題ありません。
身体は傷つけずに心を折る方向で行こうと思っている。
アレックス君がわたしにだけ念を押していることに面白くなさそうな顔をしているガリーベン君とプロティン君だが、試合が始まればそんな余裕はなくなるさ。
三者が同時に頷いたのを見てアレックス君が声を張り上げる。
「始め!」
目の前の二人は詠唱を始めた。
「『我が手に満ちる熱、我が前に顕現せよ。
吹き上がる炎にて敵―――』」
「『この身を創りし土よ、我が前に集え。
散らし、吹き荒―――』」
が、途中でその詠唱が止まる。
周りで見学していた他のSクラス生徒たちも「え?」みたいな顔をして驚いているが、最も驚いているのは本人たちだろう。何故なら彼らは別に詠唱を止めていないからだ。
パクパクとしながら必死に声を出そうとしているのでネタバラシをする。
「バカね。そんな風に鈍い詠唱なんかしてたら的になるよ? 今のはわたしだけの霊術で『無音』っていうんだよ。声を出せなくなるから発動に詠唱が必要な霊術使いはこれで負け」
わたしの説明を聞いて目を見開く二人。いや、二人だけでなく他の生徒たちも同様だ。まぁ、そんな霊術なんて聞いたことないだろうからね。これもわたしの完全オリジナル魔法だ。
粒子を操る『粒子魔法』とも双璧を為す新しい系統の魔法『波動魔法』だ。音や光などの波を操る魔法である。
いやー、やれば出来るもんだね。
「ねぇ……どんな気持ち? 威勢よく吠えておきながら詠唱も出来ないなんてどんな気持ち?」
意地悪く聞いてみる。
だが未だに『無音』は発動中だ。どんな気持ちが答えられるはずがない。顔を真っ赤にして必死で声を出そうとしている姿を見るとSの気が湧き上がってきそうだ。
だが公開処刑でこれでは終わらない。
一旦『無音』を解除してやる。
「くぅ卑劣な! どうやら霊力が切れたようだね! 僕の霊術で木っ端微塵になれ!」
「……」
どうやらガリーベンは懲りていないらしい。一方でプロティンはわたしの奇妙な霊術に警戒を始めたようだ。まぁ、もう遅いんだけどね。
「『我が手に満ちる熱、我が前に顕現せよ。
吹き上がる炎にて敵を焼き尽くせ。
昇滅炎』!」
様子見で一歩下がったプロティンに対してガリーベンは容赦なく霊術を撃ってくる。五式の結構強い炎魔法だ。ホントに容赦ないな。
まぁいいさ。絶望を見せつけてやる。
わたしの周囲に霊素が満ちていくのが感じられ、空気が熱を帯びていく。
だが慌てることはない。わたしの『波動魔法』は結構万能なのである。
「遅い『解呪』」
途端に熱が消失し、霊素が動きを停止させる。ガリーベンも発動しかけていた霊術の手ごたえが無くなって驚愕しているようだ。
今のは音を消す『無音』よりも単純だ。魔力を波動にして放出しただけである。魔力は波動としての性質が強いので結構簡単だ。これで魔法を形成しようとしている霊素を阻害して霊術を強制停止させるという魔術である。
霊素の動きが限りなく停止する魔境を参考にして作った魔法だ。魔力波をいくつも重ねて合成し、強力な波動にすることで一瞬だけ魔境と同じ状況を作り出す。わたしの創った魔法の中では桁違いにズルい魔法だと言えるだろう。何故ならこの魔術のお陰でわたしには霊術が一切効かないのだ。
「『我が手に満ちる熱、炎を纏う槍と成りて其を貫き暴れろ。
爆炎槍』」
「『解呪』」
「『我に纏いし風、敵を押しつぶせ!
圧弾』」
「『解呪』」
「『この身に満ちる潤い、形を成して其を散らせ。
水玉弾』」
「『解呪』」
連続して三属性の六式魔法を使って来たけど全て停止させる。エレンさんクラスの化け物ならいざ知らず、学院に入学したての生徒如きの霊術などいくらでも消すことが出来るだろう。インテリっぽい顔の癖に中身は単純ならしく、ガリーベンは霊力が切れるまで無駄撃ちをし続けた。
「ぜぇ……はぁ……れ、霊力が切れたはずじゃ……」
「いやいや。誰もそんなこと言ってないからね」
最後にわたしの言葉を聞いてパタリと倒れるガリーベン。霊力を使いすぎたのだろう。たかが模擬戦で何をムキになっているんだか。
え? わたし?
やだなぁ、こんなガキ相手に本気を出すわけないでしょう。わたしが本気なら学院が吹き飛ぶから。
そして倒れてしまったガリーベンを見てようやくわたしの実力を理解し始めたらしい。また一歩後ずさったプロティンだけでなく、周りで見ている生徒たちも言葉を失ってわたしを見つめていた。
わたしの力を知っているアレックス君だけは「ああ、やっぱりな」みたいな顔をしている。アルさんの息子だけあって胆力もあるようだ。摩訶不思議なわたしの魔法を見ても落ち着き払っている。
「さて……まだやる?」
「…………」
意地悪にもプロティン君に聞いてみる。まぁ、わたしの魔法行使能力を見てすっかり戦意喪失しているらしく、大きいハズの彼の体が小さく見えた。ここで降参するか、最後まで戦うかで悩んでいるのだろう。
まぁ十二歳と言えば難しい時期だ。男としてもプライドもある。魔法が苦手なハズの狐獣人に負けたとなれば情けなくってSクラスに居られない気持ちになるだろう。
だから背中を押してあげることにした。
「そう言えば強い霊力は強靭な肉体に宿るんだっけ? あなたの肉体能力を見せてみてよ。それならわたしは魔法を使わないでいてあげるよ」
その言葉に俯きかけていた顔をバッと上げて目を滾らせるプロティン君。見た目通り身体能力には自信があるということだ。魔法学科なのにね。
プロティン君は少しだけ考える素振りを見せてから強く頷くと、随分と慣れた様子で構えをとった。何かの格闘術でも習得しているのか、やけに様になっている。本当に何で魔法学科に来たんだろう。
「来い」
「おうっ!」
わたしは特に構えることなく自然体でいるのだが、滲みだす経験者のオーラが彼にも見えたようだ。プロティン君は本気の踏み込みでわたしに迫ってくる。
Sランクとしての実力は魔法の力で勝ち取ったものだが、獣人だけあってある程度は肉体でも戦える。ましてや魔力が豊富なわたしは普通よりも強いのだ。この程度が見切れないハズがない。
「甘いね」
そう一言だけ告げてハンマーのように振り下ろされた腕を合気道の要領で掴んで力を受け流し、そのまま一本背負いで地面に叩き付ける。身長差があったからこその技だね。上手く腕を引っ張ることで簡単に上半身のバランスを崩すことが出来た。
「ごはっ!」
背中から叩きつけられたことで肺の空気が抜けたのだろう。受け身も取らなかったことから、わたしに投げられたことが余りに意外だったようだ。茫然として動きを止めたので、わたしは左手でプロティン君の胸元を抑えつつ右腕を振りかぶる。
「っ!」
殴られると思ったプロティン君は即座に起き上がろうとしたようだが、わたしが左手で抑えているのでそれは不可能だ。少女の細腕一本で身動きを封じられていることに驚いているようだが、もう遅い。
わたしはプロティン君の顔に向けて拳を振り下ろし、それを見たプロティン君は目を閉じて歯を喰いしばった。
ボゴンッ!!
岩が砕けるような破壊音が実践場に響き渡り、一部の女子生徒は目を背ける。
プロティン君も激痛を予想していたようだったが、実践場を揺らした一撃はちゃんと外した。狙ったのは顔だったが、途中で軌道修正して拳は地面に打ち付けた。わたしのパンチをこんな子供にあてる訳ないじゃないの。
薄っすらと目を空けるプロティン君だが、目の前にはドアップのわたしの顔。驚いて慌てて飛びのこうとするが、相変わらずわたしが押さえつけているので動けない。
そして観念したように首を傾けて隣に目を向け……
絶句していた。
「…………」
そこにあるのはわたしの右拳を中心に広がった蜘蛛の巣状のひび割れ。この威力が当たっていたら間違いなく大怪我を負っていたことだろう。
狐族に魔法で負け、同い年の少女に力で負ける。
きっと彼のプライドはズタズタである。
わたしはそんな様子の彼を見下しつつスッと起き上がってチラリとアレックス君に目を向けた。一応審判役の彼は、わたしの言わんとすることに気付いたのか声を張り上げて宣言する。
「勝者、ルシア!」
先生を付けろ。
そう思いつつ後でアレックス君お仕置き計画を考え始めるのだった。