77話 学院の試験
久しぶりの投稿
ふむふむ。
驚いているようだね。
まさかわたしのような狐っ娘がSクラスの担任だなんて冗談だとしか思えないだろうから同情するよ(笑)
しかしわたし自身もまさか教師として学院に通うことになるとは思わなかった。初めは残念勇者ことイザードの恩師が研究しているという『物質化』についての情報交換を兼ねて入学するつもりだった。
だが私は思ったのだ。
別に学ぶことないよね!?
とな。
だったらいっそ学者枠で学院に入って研究者になろうと思ったのだ。
給料も貰えて好きなことを研究できる!
元理系にはたまらないのですよ!
わたしは茫然としているクラスの子たちを見渡しながら人を探す。
お! いたね馬鹿皇子。
ちゃんとクラスの名簿に書いてあったからビックリした。皇子だから貴族学科だと思ってたしね。まぁ貴族令嬢たちの熱烈なアプローチから逃げるために魔法学科を選んだのかな?
馬鹿皇子もわたしを見て唖然としているようだ。ざまぁ☆
「という訳で君達の担任のルシア12歳だよ。よろしくね」
『はあぁぁぁぁっ!?』
再び驚きの声が上がった。
――――――――――――――――――――――――――――
時は遡って三か月ほど前になる。
わたしは学院の試験内容を確認するために、学院の貼り出した掲示を眺めていた。
◆ ◆ ◆
ナルス帝国学院試験概要
魔法学科
霊術試験(実技、基礎知識)
歴史試験
面接試験
将校学科
歴史試験
算術試験
武術試験(各自の武器を持参、貸出も可能)
商学科
算術試験
模擬取引試験
貴族学科
貴族常識試験
面接試験
試験日は第三の月の十日
◆ ◆ ◆
「ルシアちゃんはどの学科に入学するんだ?」
「普通に考えて魔法学科ですかね? 歴史とか全然知らないけどどうしよう」
突然、孤児院にやってきた残念勇者がわたしを連れてこれを見せてくれたのだ。あまりにも濃い二年を過ごしてきたせいか、学院のことなど地平の彼方に忘れていた。
「俺の恩師に頼んで試験免除してやりたいところだが……この学院はそのあたりが厳しいからな。頑張ってくれとしか言えない」
「まぁ、別に良いですけどね。わたしもまとも霊術を勉強したことないので」
「え?」
わたしの発言に目を見開く残念勇者。
結構前にもわたしの霊術は自己流だと言ったような気がするんだけど……
まぁいい。わたしは霊術を使用するために詠唱などしないし、魔術も使うからね。霊力と魔力の二つを同時に持っているというチート性能なわたしに常識など通用しないのだ。
面白そうだから将校学科も入ってみたいけど、ここは男ばかりらしいから遠慮したい。工学部に入った女子のような気分になるから止めておく。女子友が欲しいのです。孤児院の子たち以外にもお友達が欲しいと思う今日この頃。殺伐とした日々を送り過ぎて、わたしの話題は戦闘関連ばかりなのだ。流行の服とかは全く知らない。
「それで残念勇者の恩師はどこに所属している学者なのですか?」
「あの人は魔法学科と将校学科を融合させたような分野だから二つ所属している。霊力兵器の研究。ルシアちゃんがやっているみたいに、霊力を物質化して矢を発生させる武器とか作っている人だよ。魔法陣技術、戦略知識、兵器関連のスペシャリストだな」
「まともですか? 変人ですか?」
「変人……むしろ変神だな」
何処の世界にもいるのですね……変神。
聞く限りは結構クレイジーな感じに聞こえる。気をつけよう。
「ん? こっちは?」
その時わたしは偶然もう一つの掲示を見つけてしまった。
◆ ◆ ◆
求人:ナルス帝国学院の教師、学者
研究をしたい者、また教師としての職を探している者を求めます。
年齢不問
教師枠
担当可能な科目(算術、霊術、魔法陣、マナー、歴史、軍事など)の試験
面接試験
学者枠
研究内容の論文の提出
面接試験
教師枠と学者枠は併願可能です。(ただし、試験はどちらも受けて貰います)
推薦書を必ず提示してください。
試験日は第二の月の二十日
学者枠の論文提出は一か月以上前です。
◆ ◆ ◆
「これだっ!」
そう。どうせなら先生として学院に入ろう。女教師とか憧れる。
出来の悪い生徒たちを鞭で叩きのめして……それは違うか……。
ともかくわたしは残念勇者を放っておいて帝城へと走って行った。入城許可証代わりのペンダントを持っているので、今のわたしは皇帝の友人である。いつも通りすんなりと通ることが出来た。
「という訳で推薦書下さい」
「いきなり来たと思ったらそれですか」
皇帝ことアルさんの執務室にお邪魔して頼み込む。もちろんお土産は忘れない。今日はギンちゃんの異空間に収納していた秘蔵のお菓子とお茶だ。
かりんとうみたいな茶菓子で、和風テイストが好みなアルさんは少し嬉しそう。一緒に持ってきた緑茶によく合う一品である。
まぁ、アルさんもいきなり現れたわたしの相手をしてくれる出来た人だからね。これぐらいの手土産は忘れないのですよ。アルさんもわたしとお話しするのを結構楽しみにしてくれているしね。
「まぁ、構いませんよ」
「ありがとうございます。さすがは皇帝」
「僕直々の推薦書なんて学院関係者が卒倒するよ?」
「アルさん以外に推薦書が書けそうな人はギルドマスターのマリナさんしか知らないので」
「それでも十分大物だよ」
どうやら推薦書は大きな商会の会長や、その辺の貴族などから貰うのが一般的らしい。学者と言う職業は安定して儲けられる仕事ではないので、バックに誰かの支援があるのが普通なのだそうだ。
「ちなみに論文は?」
「サクサクっと書いておきます」
「論文はサクサク書ける物ではないよ……」
そうかな……?
わたしとしては分子論と霊素の物質化についての論文を書くつもりだ。それが無理そうなら算術に関する適当な論文でも書こうと思っている。地球の学者さんには悪いが、この世界ではわたしが発見したということにさせて貰うことにする。どうせ誰にも分からないから大丈夫だろう。
それに物質化についてはわたしが発見したといっても過言ではないのだ。
問題ない。
しかしアルさんもよくぞ引き受けてくれたものである。推薦書を書くということは簡単ではないのだ。もしも推薦した人物が大したことなかったり、問題を起こしたりすると、推薦した側にも批判が及ぶこともある。特に皇帝ともなれば、恰好の攻撃材料にされるだろう。
わたしの冒険者としての能力は信頼に値するのだろうが、学者としては未知数である。それにも拘らず、二つ返事で推薦書を書くことを了承してくれたアルさんには感謝しかない。
期待に応えなくては……
「はい、これでいいかい?」
「ありがとうございます。頑張って活躍しますよ!」
「期待しているよ」
その日は少しだけ歓談してわたしは帰った。忙しい皇帝様の時間を取らせてしまったのは申し訳ないが、本人も「いい気分転換になった」と言っていたので大丈夫だろう。
そしてその日の内に論文は完成させておいた。ついつい徹夜で頑張ってしまったのは理系の性というものだろう。
魔法学者と算術教師、魔法実戦教師として併願するつもりだ。
頑張ろうと思う。
時は過ぎ、あっと言う間に試験日となった。
孤児院の子供たちと遊んだり、たまにSランク以上の依頼を受けたりしながら過ごしていたらいつの間にか試験日になっていたのだ。毎日が充実していると時が過ぎるのが本当に早い。
わたしはいつものローブとフードにギンちゃんを入れた状態で学院まで行った。見ればわたしと同じく学者、教師枠として学院に受験する人が多い。年齢不問であるため、生徒と違って若者から老人までさまざまだと言える。ちなみに最も若いのはわたしだ。
所定の場所で受験の受付をしているので、わたしもそこに向かう。
「次の方、身分証と推薦状を提出してください」
「はーい」
わたしの番となったので、ギルドカードと一緒にアルさんの推薦書を手渡す。
「ルシアさんは12歳と……12歳!? もしかしてルシアさんは生徒枠と間違えていませんか? 今日の受験は学者、教師枠ですよ?」
「大丈夫です」
ニッコリと笑顔で答えてあげるが、受付の人は納得していないようだ。まぁ、騒がれるのが嫌なので冒険者カードのランク表示を隠しているからなんだけどね。
まさか目の前の狐少女が世界に九人しかいないSランク冒険者だとは思いもしないだろう。
「はぁ、そうですか? では推薦状を拝見しま……え?」
アルさん謹製の推薦状を見て固まる受付さん。そりゃそうだろう。成人もしていない獣人の少女が皇帝の推薦状を持っていたら驚くはずだ。
むしろ簡単に納得する方がおかしい。
「し、少々お待ちください……」と言って席を外す受付さんが気の毒になった。主にわたしのせいなんだけどね! 奥からは何やら話し合う声が聞こえてきた。
「主任! これを見てください」「は? なんだこれは?」「本物でしょうか?」「バカ! ここに皇帝陛下の印が押してあるだろう! 持ってきたのは何処の貴族様だ?」「それが12歳の冒険者なんです! しかも狐の獣人です!」「はぁっ!? 冗談もいい加減にしろっ!」「声が大きいですよ主任。嘘だと思ったら来てくださいよ」
とまぁ、こそこそと話していらっしゃったので非常に申し訳なかった。
あ、なんで聞こえたかって? 狐耳のお陰です。初めから終わりまでバッチリ聞こえてました。
そして出てきた中年のおじさま。おっさんと呼ぶには相応しくないダンディな風貌の人だった。歩き方に隙が無いので、何かしらの武術を嗜んでいるのだろう。
そんな人がわたしに話しかけてきた。
「お嬢ちゃん。この推薦状なんだが、どこで手に入れたんだい?」
「帝城です」
「はっはっは。冗談も大概にしたまえ。君みたいな子供が帝城に入れるわけがないだろう」
話し方は物優しげだが、その目の奥では疑うような色が見える。まぁ、わたしのような美少女狐獣人冒険者が皇帝の推薦状を携えてきたらこうなるわ。失念してた。
これならいっそギルマスの推薦状を持ってきた方が穏便に済んだかもしれない。
しかしどうしたものか。わたしは何一つ後ろ暗い所がないし、嘘も言ってない。完全に誤解されているだけなので質が悪いのだ。
あまり騒がれたくないが、切り札を使わせて貰おう。
「あの、わたしのギルドカードを貸してくれますか?」
「? 何かするのかね?」
「証拠を見せます」
クエスチョンマークを浮かべる主任さんをよそに、わたしは一時返却して貰ったギルドカードの隠蔽を解除した。もちろん貯金額は隠したままだが、これでわたしのランクが見えるようになったわけだ。
「これが証拠」
「な、Sランク!」
「うっさい静かにしろ!」
「あ、すみません」
叫び声を上げる主任さんについつい殺気をぶつけてしまった。しかし理解してほしい。非常に耳のいいわたしの側で思いっきり騒がれるのがどれほど不快かを。
しかしこれで誤解も解けただろう。Sランク冒険者ならば皇帝と接触していても不思議ではないし、推薦状を持っていることも有り得る話だ。そしてギルドカードの隠蔽は所持者本人にしか操作できないことなので、他人のカードを利用しているということも有り得ない。
つまりわたしは正真正銘のSランク冒険者であり、皇帝から直々に推薦を受けた者ということになるのだ。疑ってかかった主任と受付さんの顔が青くなっていくのがよくわかる。
「じゃあ、納得してくれたかな?」
トドメとばかりに微笑む私。
疑ってきやがったのは分かってますよ。どうしてくれようか? という無言の圧力を込めた最高の笑顔をプレゼントだ。今にも土下座しそうな雰囲気を発しているのが見て取れる。
面白そうだからこのままもう少し弄ってもいいのだけど、後ろで待っている人もいるからこれぐらいで許してあげよう。
「じゃあ、わたしは通ってもいいよね? 試験会場はどこなのかな?」
「ははははいぃっ! 私が案内させていただきます!」
「そう? よろしくね」
どうやら主任さんが自ら案内してくれるそうだ。
わたしは学者枠と教師枠の算術、魔法実技の三つ分の試験があるので長い付き合いになりそう。
そしてわたしがぶっちぎりで三つの試験に合格したのは言うまでもない。