74話 救出
取りあえず気配を隠しながら奥の部屋に近づいてみた。
相当酒に酔っているのか、アホみたいなことで騒いでいる声が聞こえてくる。アレックス君の縄抜けも余興らしい。
漂うアルコールの匂いに顔を顰めながらもゆっくり近づいていく。相手は酔っているのだ。部屋に侵入して5秒以内に全員仕留められたらこっちの勝ちである。
取りあえずわたしは尻尾感知で人数を数える。
「1人、2人……19人ね。部屋の中央にいるのがアレックス君かな? 思ったより少ない。たぶん順番に見張りを交代しながら騒いでいるんでしょうね」
アレックス君を抜いた盗賊18人といえば、わたしだけで仕留めるには多すぎるような気がする。
が、それは暗殺に拘ればの話だ。
方法はいくらでもある。
「ふむふむ。やっぱり真ん中にいるのはアレックス君だったか。それ以外は盗賊しかいないみたいね。多分他の人たちはギンちゃんが確保してくれているでしょうし、ここは一気に決めさせてもらうとしますか」
一応目視で部屋を確認し、酔ってフラフラになっている盗賊共をロックオンする。
ちなみにアレックス君は蓑虫みたいにグルグル巻きにされて天井から吊るされていた。アレは縄抜け師でも脱出できないでしょーよ。
そんな哀れ(笑)なアレックス君を助けるために魔力を使って全力の『大気圧殺』を発動する。
アレックス君だけを避けるように、ドーナツ状に展開した高圧領域にいた盗賊たちは一瞬で押しつぶされてしまった。酒瓶や食べ物ごと地面に押し付けられて平らになり、周囲は深紅の絨毯が敷かれたように染まっている。
「えっ……?」
瞬きする程度の間に音が止み、酒の匂いを吹き飛ばすように生臭い血の匂いがたちこめる。アレックス君も理解が追い付かずに茫然としていた。
さすがにこんな汚い絨毯を歩きたくはないので、『物質化』で板を創り、その上に乗って浮遊しながら蓑虫アレックス君に近寄っていく。
「…………」
アレックス君はあまりの光景に茫然としているようだが、こちらとしては騒がれない方がいい。『白鎖縛』でさらに蓑虫状態にして『霊刀』で天井から吊るされている縄を斬る。『白鎖縛』はわたしの制御下にあるのでアレックス君も血と死体の絨毯の上に墜ちることなく空中に留まっていた。
そしてそのまま部屋を脱出すると、そこにはギンちゃんが待機していた。
どうやら頼んだお仕事は完了したらしく、あとは捕まっている人たちを助けるだけらしい。素晴らしい限りである。
「ギンちゃんは外で待機してて。わたしが捕まっている人たちを連れ出してくるから魔物が襲ってきたら撃退して守ってあげてね」
ぷるーん
(おっけー)
盗賊は捕まえた人たちを数人ごとに分けている。
全員脱出させるには何往復かしないといけないだろう。面倒極まりない。
まぁ、気合と根気で何とかしたけどね。何度も洞窟と外を行き来しながら捕まっていた女子供を連れ出したのだ。マジで一人でする仕事じゃないと思う。
「ありがとうございます。ありがとうございます!」
「もうダメかと思いました……」
「わ、私より年下の子に助けられるなんて……屈辱です。これでもランクD冒険者なのに……」
「おねーちゃん、ありがとー」
「盗賊たちも全滅してたね……こんなお嬢ちゃんが一人で殺……まさかね……?」
「私たち、助かったのね!」
「奴隷コースにまっしぐらだと思ってたわ。本当にありがとう!」
まぁ、こんな風に感謝されたのだから良かった。
助けた甲斐があったというものだ。
数人ほど護衛で雇われていた冒険者さんもいたらしく、わたしのような狐少女に助けられたことが謎で仕方ないらしい。ランクDパーティらしいけど、このレベルの盗賊団ならばどうしようもないだろうね。今回の依頼もランクBだったし。
ともかく後はこの人たちを帝都まで連れて帰って、ついでにアレックス君を締め上げるだけだ。冒険者のランクに合致しない依頼をこなそうとしたのだ。先輩(笑)として教育しておかないとね。
「それじゃあこれから帝都まで行きますね。わたしは依頼を受けて盗賊団を殲滅に来た冒険者ですから、帝都に到着したら状況説明をするためにギルドに行きます。そこで保護されると思うので、一旦はついて来てくださいね」
もしかしたら帝都からどこかに行く途中に捕まった人もいるかもしれないと考えての発言だったのだが、どうやら杞憂だったらしく、全員帝都に来ることに異論を唱える人はいなかった。
まぁ、助けに来たわたしに文句を言うような人は中々いないと思うけどね。
盗賊団のアジトに会った馬車を奪って……じゃなくて有効活用して、捕まっていた人たちを乗せた。全員で26人も居たので、馬車を3台使って何とか乗ることが出来た。御者は一緒に捕まっていた女冒険者にお任せである。
アレックス君は罰も兼ねて、わたしと一緒に銀狼モードのギンちゃんに乗せた。もちろん蓑虫のままでね。
銀狼モードのギンちゃんを見てみんな驚いていたけど、従魔だと言ったら納得してくれた。盗賊を倒して救助したことで勝ち取った信用である。異世界人ちょろいとか思ったのは秘密だ。
「じゃあ、帝都まで帰りますよー」
『はい』
3台の馬車と一匹の巨大狼という異色な集団が帝都への街道を進んでいった。
白い鎖で簀巻きにされた何かを引きずりながら……
―――――――――――――――――――――
「という訳で依頼完了しました」
「お疲れ様です。というか一人でよく出来ましたね」
「……わたし、がんばった」
「……本当にお疲れ様です」
受付嬢さんは本気で労わる目をしながら報酬を手渡してくれた。
下手なランクS依頼よりも疲れた気分だ。
ともかく連れ帰ってきた人たちはギルド員に事情徴収を受けてから身の振り方を考えることになる。冒険者の女性はまだいいが、襲われた商人に仕えていた人やその子供などはどうしようもない。仕事も最低限のお金も失っているのだ。一応だが帝国から生活補助金のようなものが出るらしいので、出来るだけ早く新しい仕事を見つけて欲しいものだ。
わたしが引き取っても良かったのだが、一度そんなことをすれば毎回しなくてはならなくなるので止めておいた。今回だけという無責任なことはしたくないのだ。
「ありがとうございました」
「おねーちゃんありがとう」
5歳ぐらいの女の子を連れた親子がわたしに一礼してギルドから立ち去っていく。ギルド側が用意した宿に向かうのだろう。一週間分は帝国からの補助で暮らせるらしいので、がんばって就職して欲しいものだ。
手を振って見送る。
夕刻になって混雑している通りの奥へと消えていった。
「嬢ちゃんありがとうね」
「まさか噂のランクS冒険者、『狐幼女』ルシアちゃんだったとはね……」
「本当にビックリしたわ」
次にお礼に来てくれたのは冒険者の女性3人組だ。
狐幼女とかいう聞き捨てならないものが聞こえたので、後で詳しく調査する必要があるだろう。そんな二つ名を付けた無礼者は成敗しなければ……
「わたしって一応『銀狼使い』って二つ名があるんですけどね……」
「そうなのかい? 知らなかったよ」
「あのシルバーウルフですか。でも正体はスライムの擬態なんですよね?」
「『狐幼女』の方が可愛いのに……」
見た目は子供だけど中身は大人なんだよ。
言わないけど。
「ともかく次は捕まらないようにしてくださいねー」
「もちろんよ」
「次は油断しないです」
「いや、今回は油断してなかったけど捕まったよね?」
なんか危うい感じだけど大丈夫なのだろうか?
彼女たちはギルドカードに貯金があったので問題なく帰っていった。冒険者なので仕事に困ることもないだろう。盗賊たちのため込んでいた宝の中に彼女たちの装備品が残っていたのは幸運だったと言える。
盗賊団のため込んだ宝は、普通は討伐した人の物になる。~の盗賊から~を取り返して欲しい、のような依頼でない限りは所有権を主張できるのだ。だが、わたしには大してお金も必要ではなかったので返してあげることにした。今度おいしいご飯でも奢って貰おうと思う。
「おい! そこの狐獣人の冒険者! いい加減この白い鎖を外せー!」
ちっ
うるさい奴が残ったな。
先ほどギルド員にこってり絞られたはずだが、思ったより元気だ。こういうのは懲りないタイプだろうし、シメとかないと後々のためにならないだろう。
登録したばかりと言っても冒険者なのだ。ルールはきっちり守らせて、今回のことを反省させるのだ。ギルドのルールは冒険者の命を出来るだけ無駄に失わせないためにあるのだ。こういう奴がいると規律も乱れるし、ギルド員にも迷惑なのだ。
「反省してないようね? 君がとった行動の危険性を理解しているのかな?」
「うるさいね。俺はこれでも魔法が使えるんだ。今回はちょっと油断しただけだ! いつもなら盗賊ぐらいは簡単に倒せる!」
「でも詠唱もさせてもらえずに負けてたじゃない」
「う……それは……って見てたのか!?」
「うん。初めから終わりまでずっと。実にマヌケだったよプププー」
「うおーっ! 殴る! てめー絶対殴る!」
バタバタと暴れるアレックス君だが、『白鎖縛』は簡単には壊れない。結合力を高めているので、下手な鋼鉄製の鎖よりも丈夫なのだ。『物質化』様様である。
というかこんなアホの子に狡猾な盗賊団を倒せるわけがない。
あの盗賊団はわたしだから簡単に殺害していったが、それなりの手練れが多くいた。その最たる例が、アレックス君を捕らえた黒服だろう。冒険者でいうところのランクB~C程度はあったからね。
「君はまだまだ弱いんだからランクFからコツコツ頑張れ」
「俺は弱くないんだーっ!」
……子供か!
いや、アレックス君は子供だった。わたしと同い年らしいからね。
そう考えればこの歳で魔法が使えるというのはすごいかもしれない。
え? わたし? 転生者だから除外でしょ。
「というか君の歳なら学園に通うのじゃないかな? もう入学テストも終わってるし、魔法が使えるなら合格しているんじゃないの?」
「うっ……まぁ、受かってるけどさ……」
何やら口ごもっているアレックス君。
学園は嫌なのかな?
そう考えた時、わたしは背後から迫ってくる霊力を感知した。
「探しましたよアレックス様」
「げっ、バフォメス!」
……どうやら保護者の登場らしい。