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女狐が異世界を調停します  作者: 木口なん
5章 つかの間の帝国生活
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72話 事件の始まり

最近は「虚空の天使」の方にかかりきりでした。

久しぶりの更新ですね。

 春も直前。

 寒かった時期もようやく終わって段々と暖かくなってきた3月の終わり頃、【ナルス帝国】の帝都にある冒険者本部ギルドに一人の少年がギルド嬢のおねーさんと言い争っているのを見た。



「別にいいだろ!」


「ダメです」


「俺なら大丈夫だから」


「例えそうだとしても規則ですから」



 あー

 初心者冒険者君が自分の力を過信してランクに見合わない依頼を受けようとしているのか。まぁ、珍しくもない光景だけど、この本部ギルドで時間を無駄に取らせて周りに迷惑をかけるのはいただけないな。

 おねーさんも困っているみたいだし、少し助けてあげようかしらー




 なんて思ったわたしがバカだった。

 それが今回の事件の始まりだったのだから。











「どうしました?」


「あ、ルシアさん。実は……」


「あ、状況は大体わかってるんで大丈夫です」



 わたしが来たことであからさまにホッとする受付のおねーさん。

 言い争っていた少年A(なんか犯罪者みたいね)はわたしが急に入ってきたことで不機嫌そうに顔を顰めているけど、無視でいいでしょう。



「それでランクいくつでどんな依頼を受けようとしていたんです?」


「ええ、そこのアレックスさんは先ほど登録したばかりのランクFなのですが、いきなりランクBの盗賊団殲滅依頼を受けようとしていまして……」



 うわー

 バカがいる。



「なんだと!? 俺はバカではない!」



 おっと、思わず声が漏れていたみたいね。

 謝らないけど。



「そりゃ冒険者に登録していきなり盗賊の討伐なんて無理に決まっているじゃない。実力がどうであろうとも、ギルドに対しての信用がないんだからランクBの依頼なんて受けられるはずがないわ。ギルドへの信用と強さがランクという制度なんだからね。どうしても高ランクから始めたかったらランクS以上の推薦が必要だったはずだけど?」


「……」



 黙り込む少年Aもといアレックス君。

 正論を受け止める程度には理解力があるらしい。だけどその目には諦めはない。正確な理由は知らないけど、どうしてもこの依頼を受けたいという意思が垣間見える。

 それも誰かを助けたいとか、そういった殊勝な感じではなく力試し的な意思を。



「だから大人しくランクF、Eの依頼から受けようね?」


「……ふん」



 そう言ってアレックス君はどこかに行ってしまった。

 小生意気な奴。



「ちなみにその盗賊団ってどんな規模なんですか?」



 少し気になったので聞いてみることにした。わたしのことを知っている受付嬢だけど、規則だからギルドカードを渡しながら話を聞く。おねーさんもわたしがランクSだと知っているので、快く教えてくれた。



「はい、帝都から北東部へと1時間ほど行ったところで大きな盗賊団が出没するらしいです。アジトは全くの不明で、かなり多くの被害者がいるようです。大人数で包囲するようにして殲滅する方法をとっているらしく、何とか逃げ延びることのできた方のお陰でその盗賊団の存在を知ることが出来ました。調べがついているだけでも20近くの隊商や旅人の集団が襲われているようです」



 かなり近い所に出没したものね。

 おそらく、発覚してそう経っていないからアジトも分かっていないのでしょうね。正確な規模も不明な盗賊団だからランクBの依頼になっていると……

 正直言って、あまりソロ向きの依頼じゃないのよね。

 簡単なのは騎士を出動させて人海戦術のローラー作戦だけど、それをするだけの価値のある盗賊団なのかもわからないから冒険者ギルドに依頼が出されているのでしょうね。



「ルシアさん、やってくださいますか……?」



 受付嬢さんが期待を込めた眼差しでこちらを見てくる。

 うーん。わたし向きじゃないし、少なくともアジトが判明するまでは止めておこうかしらね。

 そう思って返事をしようとすると、後ろからアレックス君の声が聞こえてきた。



「おい、なんで俺はダメでそいつは大丈夫なんだよ。女だし狐獣人だし歳だって俺と変わらないだろ! そいつに出来るなら俺だって出来るに決まっている!」



 アレックス君は掲示板からランクEの薬草探しの依頼書を持って受付に戻ってきていた。どうやらわたしに盗賊の依頼を勧めていたのが聞こえたらしく、不満そうな顔をしている。まぁ、わたしを初めて見た人はみんなそう言うのだよ。

 わたしが少し面倒そうな顔をしていると、受付嬢のおねーさんが捕捉説明をしてくれた。



「アレックスさん、こちらのルシアさんはこの見た目でも高ランクの冒険者です。ですから私も盗賊団討伐の依頼を勧めていただけですよ。厳しいことを言うようですが、例えアレックスさんが100人いてもルシアさん1人に勝てないぐらいの実力差があるんです」


「はぁ!? そんなわけ……」



 ないだろ、と言葉を続けようとしてアレックス君は黙り込む。

 別に誰かが威圧を放っている訳でもないのに、急に口を閉じたアレックス君を不審に思っていると、何事もなかったかのように薬草採取の依頼書を受付のおねーさんに差し出した。

 なんかさりげなく順番も抜かされているけど……まぁいいや。分かってくれたと信じたい。



「……えーと、ランクE依頼の薬草採取ですね? 傷ポーションの材料となる薬草20束の採取です。薬草の見た目は分かりますか?」


「ああ」


「はい、受領しました。気を付けて行ってきてくださいね」



 そうやりとりして、アレックス君はさっさとギルドを出て行ってしまった。



(……なんか違和感あったのよねー。もしかして……)



 わたしは少し考えてから、結局ランクB依頼の盗賊団討伐をうけることにした。








――――――――――――――――――――








「は、ちょろいぜ」



 俺、アレックスは帝都の外に来ている。

 ランクE依頼の薬草採取を受けるふりをして、盗賊がいるっていう北東へ向かっている最中だ。

 掲示板の依頼書には盗賊団の詳しい出現場所なんかは説明されていない。だからわざと揉めて高ランク冒険者に仲裁に入らせ、俺が諦めた風を装って去っていく。そしてその後高ランクの冒険者に詳しい説明をしているところを盗聴の魔道具で聞き取るだけだ。もう一度依頼を受けに行ったときに、盗聴の魔道具も回収済みだし証拠もない。完璧だぜ。

 まぁ、まさか俺と同じぐらいの歳の狐少女が高ランクの冒険者だとは思わなかったがな……



「確か1時間ほどの距離に出没するんだったな」



 そう言いながら腰につけたショートソードに触れる。

 自分専用に調整された剣で、俺自身の腕もそれなりにあると自負している。それに魔法も全属性を五式まで使えるんだ。盗賊程度に負ける要素なんてない!



「俺は十分に強いんだ。学園なんて……」



 そう呟きながらひたすらに歩いていった。


















「話ではこの辺だったよな」



 北東の鉱山で栄える街へと続く街道を歩いていると、いくつかの商人の一行とすれ違った。大抵が6人ほどの冒険者を護衛として連れており、俺を見るたびに迷子だと勘違いして声を掛けてきた。

 これでも冒険者だと言ってカードを出すと納得して、盗賊が出るから出来るだけ近づかないようにって忠告してくれた。だけど、俺の目的はその盗賊団だ。出てくるなら出て来てほしいね。



「って言っても出てくるわけないか。」



 そりゃ、こんな小僧1人を襲うような盗賊団なんているはずがない。それに集団で襲い掛かられたらさすがに勝てるとは思わない。

 俺の作戦としては、盗賊を発見して追跡し、アジトを発見して魔法を撃ちこむ。これで完了だ。

 だけどその後をつける盗賊すらも見つからなかったら話にならない。こんなことは想定してなかったから、実は少し焦っているのだ。



「あ~、どうするかな~。こうなったら手あたり次第探索して盗賊団のアジトを…………ん?」



 しらみつぶしにアジトを捜索しようかと思いかけていた時、不意に前方から金属音が聞こえてきた。それと同時に悲鳴や何かが潰れるような音も響いている。

 まさか! と思ってコッソリ近寄ってみると、盗賊らしき集団が商人の馬車を襲っている場面に遭遇した。とは言っても既に襲撃はほとんど終わっているらしく、商人側は全滅していた。いや、女だけは縄で縛られて連れ去られようとしていた。

 咄嗟に近くの岩場に隠れて密かに様子を窺うが、どうやら俺には気づいていないらしい。ファーストミッション、盗賊とのコンタクトは完了だ。



「よーし。金目のものは纏めたか? 女や奴隷にできそうなガキは縛ったか?」


「へい、親分。今終わったところでさぁ」


「では撤収するぞ!」


『おうっ!』



 盗賊たちは奪えるものを全て奪って街道から外れていく。

 商人の馬車があったところを見ると、質の良さそうな服を着た隊商の主人らしき人物や、護衛と思われるレザーアーマーを付けた男などが血だらけで転がされていた。

 身体を刺し貫かれ、四肢を切り落とされ、腹を裂かれて内臓の飛び散った死体が10以上もあり、周囲には吐き気を催すような生臭い匂いがたちこめている。街道にはその人たちの血で真っ赤な水たまりが出来ており、とてもではないが見ていられなかった。



「だけど……俺の目的はあの盗賊を追いかけることだ……うぇっ!」



 なんとか気合を入れようとしたが、それでも岩陰に吐いてしまった。

 既に盗賊共は視界の端まで行っている。すぐに追いかけないと見失うことになりそうだ。助けられなかった商人の人達のためにも俺が頑張らないとな!

 気合を入れ直して立ち上がり、アジトへと戻っていく盗賊の後をつけ始めた。
















 盗賊たちは森の中へと入っていき、慣れた様子で奥へ奥へと進んでいく。俺は見失わないようにその後をずっと追いかけていた。



「くっ、険しすぎだろ! なんでこんなところにアジトを作ったんだよ!」



 静かに叫ぶという器用なことをしながら何とか追いかけるが、なかなか奴らのアジトへは到着しない。地面に広がるコケに滑ったり、蔦に絡まって躓いたり、蜘蛛の巣に引っかかったりと散々な目に遭いながら盗賊の後方40mあたりを保ち続けた。



「ん? ようやく着いたのか?」



 遥か前方では、商人から奪い取った金や食料が運び込まれている洞窟が見えていた。洞窟の前には見張らしき2人の人物が槍を持って立っており、侵入するには彼らを無力化しなければならないらしい。

 どうやらアレが盗賊団のアジトで間違いないようだ。



「よし、セカンドミッション完了っと。次は魔法を撃ちこんで――――」


「それでどうするつもりだ?」


「っ!」



 不意に上から声が聞こえてきて咄嗟に横へ飛びのいた。

 ザクッ!

 さっきまで自分の居たところにはナイフが刺さっており、よく見るとその表面は少し濡れている。



「毒ナイフ……」


「よく避けたな。冒険者か?」



 スッと黒い服装の人物が降り立って地面に刺さったナイフを抜き取る。どうやら木の上から投げたらしく、もし声もなく攻撃されていたらと思うと背中に冷や汗が流れた。



(拙い……まさかこうも簡単に見つかるなんて……コッソリ行動するのには自信があったのに!)



 男がナイフを構えながらこちらを向くと、薄暗いながらもその顔を見ることが出来た。

 40代ぐらいの壮年の顔立ちに、無精髭を生やしたそいつは油断なく俺を見つめている。それなりに腕が立つ人物らしく、隙だらけのようで隙が無い。



「どうした? あの洞窟へ魔法を撃ちこむのだろう?」


「くっ……ならお望み通り魔法を撃ってやるよ!

 『我に纏いし風、敵を押しつぶ―――』」


「遅い!」



 ナイフの男はその瞬間に俺の視界から消えて……

 そして俺は首の後ろ側に衝撃を感じてそのまま気を失うことになった。






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