71話 覇獅子
突然やってきたレオニー君とアシュレイ君の正体が判明したところで邸宅もとい孤児院の客間に通してあげることにした。まぁ、一応とは言え客間を作っておいてよかったよ。
メイドさんズと残念勇者とエレンさんに子供たちはお任せして、執事のルーベンスさんにはお茶を入れてもらう。来客を想定していないから、いつもわたしが飲んでいる奴だけどね。
「それでスカウトって言ったけど何のつもりなのかな?」
「ククク……光栄に思うがいい! 【イルズの森】開放義勇組織の『覇獅子』に入ることが許可されたことをな!」
「あ、別にわたしは入る予定ないんで」
「何っ!」
いや、あまりにウザかったから反射的に拒否してしまったけど、本心から入りたいとは思わない。というか【イルズの森】からここまで片道で1年以上もかかるのにご苦労なことですね。そんな暇があったら魔境化した森の魔物でも倒せばいいのに。
「レオニーは少し黙っていてください。交渉事は僕がしますので」
レオニー君の外付け良心(ルシア命名)であるアシュレイ君の方は荒事は避けたい派のようだ。わたしとしては決闘でサクッと決めちゃう方が楽なんだけどね。
あ、脳筋じゃないよ? 冒険者色に染まっているだけだよ?
まぁ今回は話し合いで解決する方が良さそうな空気だから、肉体言語は封印ね。
「それで……交渉って言っているからには、何かの対価があると考えてもいいのかな?」
「ええ、必ず」
アシュレイ君は不敵に微笑んでこちらにペースをつかませないようにしている。肉体派の獅子族の割にはこういったことにも慣れているみたいだ。族長の息子であるレオニー君の護衛を務めるぐらいだから、恐らく腕もいいのだろう。
気をつけないと思わぬところでしてやられそうね。
「ま、取りあえずは『覇獅子』について詳しく説明してくれないかな? わたしも人伝に少し聞いたことがある程度だからね」
「そうですか。ではまずは僕たちの組織の説明から始めましょうか―――――」
『覇獅子』という明確な組織が出来たのは大体1年前になるそうだ。初めは霊域が消え去ったあの日の生き残りが集まって出来たらしく、その中に強い霊力と肉体を持つ獅子族の長がいたため、彼を中心に森を取り戻そうと決起したのだということらしい。
獅子族、熊族、鳥族、狐族、猫族、兎族の6部族間で隔たりなく受け入れ、住処を失った【イルズの森】の獣人たちを保護して回ったり、戦力を集めていたのだという。中には嘗て森を出て冒険者として活動していた者も、有志として組織に入ってくれたそうだ。
組織の本拠地は、【イルズ騎士王国】の第四都市として建設された【ハリス】にある。わたしも森を脱出した当初はそこに身を寄せていたので覚えがある。たしか残念勇者ともそこで出会ったのが始まりだ。そう言えばロロさんは元気にしているだろうか……?
まぁ、それはともかく『覇獅子』の皆さんは森を取り戻そうと躍起になっているということだ。まず突然ある日に魔境化してしまった原因を調査して、その後頑張って取り戻すとかいう適当な計画しかないそうだが、そもそも魔境化の要因が不明なままでは対策も立てれないから仕方ないだろうね。
一応、例の魔王軍が関係しているのではないかと考えられているらしいけど、普通は魔境のせいで魔族領まで行けないから確かめる方法は皆無だ。まぁ、わたしは行けるけどね。
それで今はどうしようもないから、いざという時に備えて戦力をかき集めているらしい。そして狐獣人でありながらランクS冒険者になったというわたしの噂を聞いて、丁度近くにいたレオニー君とアシュレイ君が勧誘に来たんだとさ。
「それでどうです? 『覇獅子』に入ってはくれませんか?」
アシュレイ君が表情を崩さずに問いかける。
どう答えるべきかな……
正直に言うならば、その手の組織に入るというのは面倒だ。わたしは一応この孤児院を経営しているし、帝国の学院にも用事がある。たしか残念勇者の恩師が学院で『物質化』の研究をしていたはずだから、出来れば会ってみたいからね。
だから答えは決まっている。
「悪いけど断るわ」
「おい! 何で断るんだよ!」
バンッ! とテーブルを叩いて立ち上がるレオニー少年。何故にこの子はわたしが断らないと思ったのだろうか?
興奮するレオニー君に対して、アシュレイ君はやはり冷静だった。
「ちなみに何故断るかを聞いても?」
「理由は簡単。わたしは忙しい。以上」
一瞬だけピクリとアシュレイ君の眉が動いた。微笑んで表情を崩すことのなかっただけに、少し勝った気分だ。まぁ、こんな適当な返しでも怒らない彼は優秀なんだろうね。
「そうですか……てっきり孤児院を経営しているぐらいですので暇なのかと思いましたが……?」
「そう思う? 意外と忙しいよ。それにこの屋敷を維持するのには月当たり金貨200枚ほど必要なのよね。それを稼いでいるのはわたしだよ? それに来年から学院にも少し用事があるからね。帝国からは離れられないかな」
「ふむ……」
アシュレイ君は顎に手を当てながら考え込んでいる。一応わたしの言葉には納得できる部分はあったようだ。それに無理矢理に引き入れたいというわけでもないらしい。もしそうならば、もっと強引な手段に出ているだろうしね。レオニー君も弁えていることから間違いないと思われる。
「それならば指名依頼という形なら【イルズの森】まで来てもらえますか?」
そう来たか。
確かに依頼ならば冒険者であるわたしを縛ることは出来る。もちろん報酬は必要だが、例えどんなに用事があってもわたしは【イルズの森】まで行かなくてはならないだろうね。その依頼を受ければ……
「指名依頼だとしてもわたしは受けない選択が出来るからね。依頼の内容にもよるけど、あんまり時間がかかりそうなら却下させてもらうよ」
「おやおや……ここから【イルズの森】まで往復2年以上もかかるのですよ? それでは絶対に依頼は受けないと言っているようなものではないですか」
ん? そうか。
本当は銀竜モードのギンちゃんに乗れば3日以内に向こうまで行けるんだけど、これは黙っておこう。能ある鷹は爪を隠すっていうしね!
「まぁ、ともかく面倒だからその話は無かったことにしてね」
どちらにせよ関わるつもりはないから強引に話を終わらせようとしたけど、さすがにここでレオニー君がキレた。
「おい、お前! 俺たちの生まれた地が魔境化して魔物共の住処になっているんだぞ? 少しはどうにかしたいと思わないのか!? お前にはあの森に愛着というものがッ!?」
ガバッと立ち上がってわたしに手を振りかぶったところをアシュレイ君に止められる。執事のルーベンスさんも思わずわたしとレオニー君の間に入って盾になろうとしてくれた。
でもわたし……ルーベンスさんより強いですよ?
「アシュレイ! 俺はこいつの言い分に我慢できん! 取りあえず1発殴らせろ」
「いやいやレオニー、女の子に手を出すのは良くないよ」
さすがにハッキリ言い過ぎたかな?
まぁ、わたしにとっても【イルズの森】は故郷であるわけだし、愛着は…………いや、愛着はそんなにないかもしれないわ。だってあそこの思い出って祠とルークぐらいしかないし。多少は自分の親のことも心配だけど、転生した身としては微妙な感じがするんだよね……
「ハアァァァアッ!」
「おい! レオニー!」
考え事をしていたら、レオニー君がアシュレイ君の腕を振り払ってわたしに飛びかかってきた。一応ルーベンスさんが盾になる位置でわたしを守ってくれているけど、彼はこの屋敷を管理するのに必要な人材だから怪我をさせる訳にはいかない。レオニー君には悪いけど、少し痛い目にあってもらうことにした。
「『大気圧殺』」
クッと指を下げて儀式形式で『大気圧殺』を使った。魔力発動だったら10倍以上の圧力に潰されることになるけど、わたしがやったのは捕獲時に使う霊力発動の方だ。せいぜいが3倍程度なので、死ぬことはない。
「がはぁっ!?」
飛び上がったところをいきなり重圧がかけられたために、レオニー君はテーブルの上に叩き付けられた。用意されていた紅茶とお菓子が床に落ちる。あー、勿体ない。
「レオニー?」
何が起こったのか理解できていないアシュレイ君は首を傾げながら、テーブルの上でジタバタと苦しむレオニー君へと手を伸ばす。レオニー君の上には通常の数倍の大気圧が掛かっているため……
「うおっ!?」
「ぐえっ」
意図しない形でレオニー君に掌底を喰らわせることになった。思わぬ加重で体ごと引っ張られたアシュレイ君の全体重が掛けられた掌底はかなりの威力だったらしく、レオニー君はそのまま気絶する。
『…………』
なにこれ? 何かのリアクション芸なの?
と言いたかったけど、アシュレイ君はいたってマジなのでその言葉は飲み込んだ。なんというかやってしまった感溢れる空気になったので、もはや交渉がどうとか言っている場合ではないのだ。
「えっと……今日は帰る? それとも泊まってく?」
「い、いえ……今日は帰らせていただきます。レオニーが失礼しました」
「ああ、そう? じゃあ、ルーベンスさんは見送りをお願いね」
ルーベンスさんも「かしこまりました」とだけ言ってアシュレイ君に案内をし始めた。彼も気絶したレオニー君を抱えて部屋を出ていく。
何というか哀愁漂う背中をしていた。苦労しているんだろうね。
「ふぅ……」
2人の客人が帰った後で、少し【イルズの森】の状況を考えてみた。
魔境とは確か、魔素が異常な濃度で空気中に存在している空間であり、霊素が完全に活動停止してしまう。そして魔物は空気中の魔素を取り込むことで、通常よりも強力だったり上位の魔物に進化したりすると言われている。
そして霊域はその逆で、【イルズの森】が霊域だったころは神子ネテルが核となることで霊力が満ちた空間を作り出していた。つまり魔境を作るには原種クラスの存在が必要になる。
「原種……ねぇ……」
意図的に創りだされた魔境なのだとしたら、その元凶はおそらく原種に準ずる何かがいるはず。とすれば『覇獅子』だけでは手も足もでないでしょうね。
仮に自然現象だとしたら諦めた方が早いし。
「ま、暇だったら助けてあげてもいいかもしれないわね」
紅茶を一口飲もうと手を伸ばして気づいた。
ティーセットが全て床に落ちていることに。
「カーペットごと買い直しね……彼らに賠償請求でもしようかしら」
今日一番のため息が出た。
覇獅子はしばらくは出てこない……ハズ