68話 パズたちの依頼(後編)
「ここ……どこだ?」
勢いに任せてギルドを出たはいいものの、すっかり迷子になってしまった。ちゃんと渡された地図通りに来たはずなのにどういうことだ。歩いてすぐだと言われたはずなのに、30分以上歩き続けている気がする。
「ねぇ……もしかして……迷子になっているの?」
「この道はさっき通った……」
レナとジーナが冷たい視線を向けてくる。
「はい……迷いました」
2人の後ろにオーガが立っているのが見えるぜ。図鑑でしか見たことないけどな……
文字の時といい俺はこのパーティのリーダーをやってて大丈夫なんだろうか……?
「ねぇ……ギルドまでレナは戻れる?」
「私は無理かも。パズは期待できないし……」
うぐ……痛いところを……
だがレナとジーナもすでに道が分からないのかよ。依頼をする以前に、依頼者の元までたどり着けないとか恥ずかしすぎるぞ。これはなんとかしないと……
「ボク、道を覚えてるよ?」
何?
俺だけでなくレナとジーナもリオンの方へと向く。
確かにリオンは文字や計算を習得するのも早かったし、ぼーっとしている割には案外なんでもこなすような奴だ。隠密行動とかもかなり得意だったしな。
「本当ですかリオン!」
「ちょっとギルドまで案内して!」
リオンの言葉を聞いたレナとジーナはリオンに詰め寄って肩を掴む。リオンもコクコクと頷いて右側の通路へと向かっていった。レナとジーナもその通路へと消えていく。このままでは俺は一人残されるので、リオンに付いて行った。
リオンは迷いなく複雑な通路を右へ左へと曲がって行くので、見失わないように追いかける。15分ほど歩くと、徐々に見覚えのあるような……ないような景色が見え始めた。そしてそこから大通りに出た後は早かった。通りを真っすぐ進むだけで簡単に冒険者ギルドまでたどり着いたのだ。
「はい、着いたよ」
「リオンすごいね」
「……どこかのリーダーとは大違い」
「グハッ……」
ジーナの奴……最近は心の傷口を抉るのが上手くなっている気がする。
「というか初めからリオンが地図を持っていればよかったんじゃないですか?」
レナにトドメを刺されて俺は膝から崩れ落ちた。
くっ……なんか冒険者って思ってたのと違うぞ!
ともかく道に迷った前科のある俺は仕方なくリオンに地図を渡して案内してもらうことにした。リオンは地図を少し眺めた後、周囲をキョロキョロ見渡してから歩き出す。
「お、おい」
突然歩き出したリオンに慌てて付いて行く。
何も言わずに唐突にやらかすところがリオンの欠点だが、こいつの優秀さは折り紙付きだ。道行く人をスルスルと避けながら迷いなく進んでいく。逆に追いかける俺やレナとジーナは見失わないようにするだけで精一杯なくらいだ。
「リオンー。待ってくださいー」
「リオン……早すぎ……」
リオンは走っている訳でもないのに何故か俺たちよりも動きがはやい……というか動きがすごい滑らかで無駄がないように感じる。道行く人たちにぶつかりそうになりながら進む俺たちに対して、リオンは無駄なく間をすり抜けているのだ。あいつはマジで天才か……?
そんな考えが頭に浮かんだとき、リオンは突然足を止めた。
「ついたよ。ここ」
「えっ?」
リオンが指さしたのは少し古ぼけた雑貨屋だった。紙やらペンやらインクやらの日用品が店に並べられており、店先には白髪が混じった青髪のおばあさんが座っていた。
俺たちが受けたのは確か庭の草むしりだったよな……この店にはそんな庭なんかなさそうな感じがするんだが、やはりリオンも道を間違えたのか?
「なぁ……リオン。ホントにここで合ってるのか?」
「うん」
まぁ、間違ってたとしても道を聞けばいいか。
そう考えて雑貨屋へと足を踏み入れると、座っていたおばあさんが立ち上がってこちらに寄ってきた。
「何か用かい?」
「えーと、ギルドで草むしりの依頼を出したのってここですか?」
そう答えるとおばあさんは驚いたような顔をした。
やっぱり間違ってたのか……と思ったがどうやら違うらしい。次の瞬間には口元に笑みを浮かべて嬉しそうな顔になったからな。
「そうかい、そうかい。なかなか依頼を受けに来てくれる冒険者がいないからどうしようかと思ってたところだよ。腰が悪くなってから庭の手入れが出来なくて困ってたんだ。さぁさぁ、こっちに来ておくれ」
そう言って店の奥へと向かうおばあさんを俺たちも追いかけていくと、なんと店の裏手側に小さな庭があった。マジでここだったのか。リオンすごいな……
てかこの場所って冒険者ギルドがここから見えるぐらいに近いじゃないか。30分以上も道に迷い続けた俺は一体……
衝撃の事実に落ち込んでいると、おばあさんが俺に麻袋を渡してきた。
「これは?」
「これに毟った雑草をいれておくれ」
なるほど、引っこ抜いた草は袋に入れておけば邪魔にならないしな。
それだけ言っておばあさんはまた店先に戻っていった。
「よし、レナ、ジーナ、リオン、やるぞ!」
俺の言葉に3人は深く頷いてさっそく庭の草を引き抜いていく。
それを見て、俺も早速とばかりに足元の草の一つを手でつかんで力いっぱい引っ張った。ブチブチと音がして根っこから草が抜ける。
意外と楽しい。
プチプチと周りにある雑草を次々と抜いて麻袋に詰め込んでいく。
レナ、ジーナ、リオンの3人も俺に続いて草を引いては麻袋へと詰め込んでいく作業を淡々と続けた。裏庭だけあって、広さ自体はそんなにないため4人で作業をすれば簡単に片付く……はずだったのだが以外にもリオンが1番最初に根を上げた。
「疲れた……もう無理……」
「おいリオン! まだ草は残っているぞ?」
「もともと体力のないリオンがパズのせいで余計に歩かされたからじゃないの?」
「うっ……」
ジーナに痛いところを突かれたが、それにしても体力なさすぎだろ。レナやジーナでもまだ動けているのに男のリオンが何で体力尽きてんだよ!
だがリオンは本当に疲れているらしく、地面にへたり込んでしまった。こうなったら完全にマイペースのリオンを動かすことはできないだろう。こうなった原因の一端は俺にあるんだし、いっそリオンの分も頑張ってしまおう。そうすれば道に迷ったこともチャラに出来るはずだ。
「分かったからリオンは休んでろ。道案内もしたし、今日の働きは十分だろうしな。あとはリオンの分も俺がやるから大丈夫だ。レナとジーナもまだいけるか?」
「私は大丈夫です」
「私も……」
そう言いつつしばらくは草引きをしていたが、とうとう疲れたらしく、レナとジーナもギブアップしてしまった。最後に残った俺はまだ体力が続くので、ひたすらに目の前の草を引っこ抜いては麻袋へと詰め込む作業をこなしていく。
元々大きな庭ではなかったとは言え、段々と作業人数が減ったことで草が無くなるペースは落ちていくため、あと少しのようでなかなか終わらない。
結局最後まで俺一人で草を引き続け、庭の雑草が綺麗さっぱりなくなるのは、既に空が紅くなるころだった。というか3人とも休憩終わったら応援なんかせずに手伝えよ。
「まぁいいでしょ? ここに来るまでパズは役に立たなかったんだから」
「力仕事はパズが得意ということです」
上からジーナ、レナの順に訳を聞かされたが、暗に俺は脳筋だと言われているような気がする。
「「気のせい(です)」」
こいつらは俺の心が読めるのか……?
ともかく依頼された草引きも完了したことだし、店の表にいるおばあさんに報告だな。
何故か居眠りしているリオンを叩き起こして雑草で膨れ上がった麻袋を携えて雑貨屋の店先で座っているおばあさんの下へと報告に行った。
「おばあさん、庭の草引きは終わったぜ」
「へぇ、思ったより早かったね。その麻袋は店の前に出しておいておくれ」
「分かった」
言われた通り、麻袋を店の前の端っこに置いて戻ると、おばあさんが1枚の紙を渡してきた。
「これは?」
「依頼完了の証明書だよ。今日はありがとうね」
ああ、そう言えば依頼者のサイン入りの依頼完了書を受付に持っていけば報酬が貰えるんだったっけ? 初めての依頼完了は意外とあっけなかったな。
一応パーティリーダーである俺が依頼完了書を受け取って冒険者ギルドへと戻る。ちゃんと建物も目視出来ているのだからさすがに帰りは迷うことが無かった。これで迷子になろうものならレナやジーナにどんな冷たい視線を向けられるか分かったものじゃないからな。
ギルドに戻ると、俺たち以外の冒険者が数えきれないほど受付に並んで報酬を受け取っていた。ルシアにも聞いたことはあったが、夕方ごろの混雑は本当にとんでもないようだ。
全ての受付に20人以上は並んでいることに4人で顔を見合わせつつ、適当な所に並んで順番を待つことにする。清算が終わって受付から離れていく冒険者とすれ違うたびに珍しいものを見たような視線を送られるのだが、何か俺たちに変な所でもあるのだろうか?
「なぁ、さっきから何か視線を送られてるよな……」
「そうですね」
「……ジロジロと見られてる」
「(ボーッ)」
リオンは気にしていないようだが、レナとジーナも気づいていたみたいだ。何かおかしい所があるのなら受付の人に聞いてみようかな。
ようやく俺たちの順番が来て、まずはおばあさんから貰った依頼完了書と俺たちのギルドカードを手渡す。担当してくれギルド員は男の人で、さっと書類を見てから印を押し、報酬をカウンターに置いた。
「依頼お疲れさま。報酬の銅貨5枚だよ。確認してね」
優しそうな声で丁寧に対応してくれたことに少し驚きつつ、銅貨が5枚あることを数えて確認する。さすがに数ぐらいは数えられるのでここは問題ない。まだ20までしか数えられないけどな。
取りあえず5枚とも俺が受け取って、ついでにさっきから気になっていることを聞いてみた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど……?」
「ん? なんだい?」
「ギルドに来てから他の冒険者とすれ違うたびにジロジロと見られているんだけど、俺たち何か変なところでもあるのか?」
「変? ああ、もしかして年齢じゃないかな?」
「年齢?」
「うん、君達はまだ子供だろう? 冒険者は10歳から登録できるようになるんだけど、実際は15歳を超えてから登録する人がほとんどなんだよ。だから変というより珍しいという気持ちで見てたんじゃないかな? あとは冒険者なのに武器とか防具を装備をしていないこともあると思うよ」
なるほど。
だったら既にランクS冒険者のルシアはどんだけ規格外なんだよ。どうやったらそんな簡単にランクが上がるのか不思議だ。10歳で登録したとしてもランクSまで2年もかかってない計算になるんだぞ?
レナとジーナもそのことに気付いたらしく「ルシアちゃんすごいね」と言い合っている。くっ、俺だって頑張ってやるさ!
初依頼を終えてさらなるやる気に満ち溢れるのだった。
今回の話はかなり削ったり加筆したりしながら時間をかけました。投稿するまでに予想よりも長くかかったのもそれが原因ですね。