65話 子供たちの冒険者登録
翌朝の朝食では、子供たちがいつもよりもそわそわしているようだった。もちろん理由は分かっている。冒険者志望の子たちに今日ギルド登録に行くと約束したからだ。18人の内、12人も冒険者になりたいと言い出したのはさすがに予想外で、ギルドにはゾロゾロと大挙して押し寄せることになりそうだ。忙しい朝の時間帯は避けて、昼過ぎに行くのが丁度いいだろう。
ちなみに冒険者志望以外の残りの6人は料理に興味を持ったり、メイドさんに憧れてメイド術を伝授して貰っていたりする。ここ最近は、朝ご飯に限りこの6人が担当しているのだ。
「今日はパンとベーコンと野菜のスープかぁ。そろそろ和食が恋しいのよね。どこかに米と味噌と醤油が落ちていないかしらね」
「ルシア、何か言った?」
独り言のつもりが、隣にいたリオンには聞こえていたらしい。内容は聞き取れなかったみたいなので「何でもない」と言っておいた。サッパリした性格のリオンなら変に追及してこないでしょう。
思った通り、リオンは「ふーん」とだけ言ってパンを齧る。こうして並んで食べていると、スラムで初めてリオンと出会った頃を思い出す。あの頃はパン一つ手に入れるために走り回ってたなぁ。底辺を経験することで今の食事のありがたみが身に染みて分かった。日本では学校の道徳の授業とかで飢餓のDVDを見せられたことがあったけど、映像で観るのと体験するのではまるで違う。映像だと、どうしてもどこか他人事だという思いが頭の隅っこにあるのだ。
少し感慨にふけって食堂を見渡すと、子供たちは和気あいあいと朝食を堪能している。この風景だってタダではないのだ。わたしが孤児院を経営する以上はちゃんと稼がないと子供たちは飢えてしまう。今日は少し張り切って依頼を受けようかな。どうせランク差のせいで子供たちとは同じ依頼を受けられないことだしね。
今日のプランを立てつつパンを千切って口に運び、スープを啜る。
冒険者登録したら簡単な依頼を受けさせるつもりだし、今日の勉強はお昼前にしておきましょうか。
「くっ…。出来たぜルシア」
「そう? 見せてみなさい」
昨日は文字の練習だったので、今日は算術の日だ。相変わらず勉強が苦手なパズは最後まで残ってわたしお手製のプリントと睨めっこしていた。どうも繰り上がりで躓いているらしい。
「お~。悩んだ甲斐があって全問正解しているね。今日は終わりでいいよ」
「やっとかよ…」
「近いうちに暗算もできるようになってね☆」
「げぇっ! てか2ケタ以上の計算を暗算するルシアの頭はどうなってんだよ!」
「慣れだよ慣れ」
「嘘だろぉ…俺には一生出来る気がしねぇ」
教室の机に突っ伏して項垂れるパズは放っておこう。わたしもお腹がすいたし食堂にいってお昼ご飯を食べようかしらね。午後からは12人もの子たちを引率して冒険者ギルドに行かなきゃいけないからね。
お昼ご飯はセルフサンドイッチだった。
パンと具材が並べてあるので、各自好きに挟んで食べるのだ。手抜きなようだが、ハムに野菜にソーセージ、魚のマリネ風、ゆで卵をわたしの教えたマヨネーズで和えたものなど、意外と種類が多いので満足できた。皆でいろんな組み合わせを試しながらワイワイ楽しめるのがよかった。こういったタイプは女子には嬉しい。
ただ、食べ盛りの男子共のせいでパンの消費が予想以上に多かったので、あとでヴェンスさんに手配してもらうことにしよう。
午後にギルド登録に行くと宣言しただけに、先ほどから子供たちにチラチラと視線を向けられる。
わかっているよ。落ち着き給え君達、すぐに出かけるから。
「ねぇルシア、そう言えば僕たちの装備はどうするんだい?」
出かける直前になっていきなり質問してきたのはリゲルだ。イェーダ教団時代にはトップクラスの実力を持っていただけあって、冒険者になりたいと言ってきた子の一人だ。
リゲルの言った通り、子供たちは一般的な「ぬののふく」を身に着けただけの姿であり、当然ながらナイフ一本でさえも所持していない。「ひのきのぼう」すらないのだ。最弱装備以下である。
「今日はギルド登録後に簡単な雑用依頼を受けてもらうわ。その依頼が成功したらご褒美に装備品を一式買ってあげるから大丈夫よ。あ、雑用系依頼なら街の中で何かするだけだから武器も防具も必要ないよ?」
雑用系依頼はどのランクの冒険者でも受けられる。だが労力の割に報酬が少ないことが多く、これを受ける冒険者は非常に少ないのだ。せいぜい駆け出しのFランク冒険者が義務で受けさせられる程度だ。冒険者登録直後は最低3回雑用系依頼を受けなければならないというルールがあるらしい。ちなみにわたしは残念勇者がランクBに推薦してくれたので、雑用系依頼は受けたことがない。
「え? ルシアが買ってくれるの?」
「やったぜ! やっぱり剣かな」
「俺は使い慣れたナイフがいいかな」
「ルシアみたいに魔法使ってみたい!」
「魔剣魔剣!」
わたしの言葉を聞いた子供たちはさっそく夢を膨らませているようだ。残念ながら魔剣は買ってあげないけどね。一番安い防具と武具で我慢してもらおう。もちろんその気になれば全員をフルカスタマイズ装備で固めることができるけど、優しくすることと甘やかすことは違う。装備は個々で稼いでグレードアップしてもらおうと思う。
それにしても魔法か…。
わたしの使う魔法は特殊過ぎて教えられないのよねー。しかも詠唱とかも全く知らないからどうやって教えたらいいのかも分からないしね。暇があったらエレンさんにでも聞いておこうかな。都合が合えば特別講師でもしてもらおう。ランク特Sにレッスンして貰えるとか他人が聞いたら涎ものだろうな…。
「さてと、そろそろ出かけるよ。ヴェンスさんはお留守番組のことよろしくね」
「かしこまりました」
すっかりハイになっている子供たちを現実に呼び戻す。冒険者志望の12人以外の子たちはお留守番なのでヴェンスさんとメイドさんズに面倒を見て貰おう。
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【ナルス帝国】の一等区画にある屋敷(孤児院)から一般区画にあるギルドまで子供たちを率いていく様子を道端で談笑するマダムたちに不信の目で観察されながら行くのは中々に辛かった。服装はそこまで粗末なものではないけど、一等区画に住む者たちからすれば品質が劣る。そしてそれを狐獣人のわたしが引率していく風景はどうみても怪しいのだ。通報されなかったから良かったけどね。
少し気まずかったけど、それも一般区画に入れば景色に馴染んだ。上品な令嬢やマダムたちが喫茶店で優雅に紅茶を楽しむ景色から、露店や屋台で道行く者たちに声を掛けては商品を売りさばくおっちゃんとおばちゃんたちの喧騒に変わる。庶民なわたしにはこちらの方が落ち着くのだ。
屋台で焼いている串焼きやらサンドイッチやらの匂いが漂ってきて、子供たちも物欲しそうにそれを眺めている。さっき昼食を食べてきたばかりでしょうに…。
昼過ぎだけあって、食べ物系の屋台や食堂は人でいっぱいになっている。子供たちも12人もいるので迷子にならないように見張っておかないとはぐれそうだ。ときどきすれ違う、荷を運ぶ商人らしき人達とぶつからないようにしながら、人混みを抜けて冒険者ギルドまでたどり着いた。
「お~、ここが冒険者ギルドか~」
「人がすげぇ多いな」
「うわぁ、あの人の槍カッコイイなぁ」
「早く依頼受けようぜ!」
「バカ、その前に登録だよ」
冒険者ギルドといってもここは本部だ。他の街のギルド支部とは建物の規模も人の数もまるで違う。それが例え、人の少ない昼過ぎであったとしてもそれなりの人数はいるのだ。子供たちは初めて都会の景色をみる田舎者みたいにはしゃぎまくっていた。
「ほら、騒いでいないでさっさと入るよ?」
『は~い』
神殿のように柱が建ち並んだギルド本部の入り口をゾロゾロト通り抜けて受付へと向かう。その光景を見た一部の人は、一瞬だけギョッとしていたようだが、特に絡まれることもなかった。さすがにこれだけ人数がいれば絡むのも大変だろうしね。
「おやルシアさん。お久しぶりです」
「うん、ひさしぶり」
取りあえず子供たちのギルド登録のために適当に空いている受付に行くと、割と顔見知りおねーさんが対応してくれた。名前は知らないので受付のおねーさんと呼んでいる。
「それで今日はどうしましたか? ちなみに後ろの子たちはルシアさんのお連れでしょうか?」
「ああ…うん。この子たちはわたしが経営している孤児院の子たちだよ。冒険者になりたいそうだからギルド登録しようと思ってね。お願いできる?」
「そうですか。そういえば最近孤児院を開いたと噂になってましたね。なるほど、その子たちがですか。人数が多いので時間がかかりますが、登録は問題ありませんよ」
「うん、お願いね。…じゃあ、今からギルド登録するからこのおねーさんの言うことをちゃんと聞いてね」
わたしの後ろで今か今かと待ち受けている子供たちから生返事が帰ってくる。
…ホントにわたしの話を聞いていたか心配だ。
「はい、ではギルド登録するので半分に別れてくださいね。私と、隣にいるこの娘が一人ずつ登録していくので順番にならんでください」
おねーさんは隣の受付嬢も巻き込んで子供たちを一人ずつギルド登録し始めた。一人につきだいたい10分ぐらいの時間がかかるので、2列に別れても1時間はかかることになる。暇なので、後は任せて適当な依頼でも探しておきましょうか。
子供たちには、わたしは自分の依頼を探しに行くとだけ言って別の受付へと足を運ぶ。ランクAやSほどの依頼となると、機密性を持っていたり危険度が高かったりするので掲示板には貼り出されない。受付に行って直接仕事を斡旋して貰うのだ。
わたしは丁度空いていた3つ隣の受付まで言ってギルドカードを見せる。この人も名前は知らないけど顔見知りではあるので、わたしのランクに驚くようなことはない。営業スマイルで見事に対応してくれる。さすがは本部ギルドである。
「ルシアさんがいらっしゃるのは久しぶりですね。依頼を受けますか?」
「うん、そっちにいる子たちを引率してギルド登録に来たの。登録したばかりだとわたしとはパーティも組めないし、なにかソロでも行けそうな仕事はないかと思ってね」
「そういえばイザード様とエレン様とはパーティ解散なされているのですね」
「あの二人は別口のお仕事だって」
「そういうことですか……ああ、そういえば【魔の鉱山】と呼ばれる魔境の調査がなんとかって聞きましたね。あれですか」
「うん、それだよ」
「魔境の調査なんて大変ですね~。あそこは霊力が完全停止している空間なので、特にエレン様は得意の霊術が全く使えませんからね~」
「まぁ、エレンさんは槍の腕も結構あるから大丈夫でしょ。それに調査なんだから極力戦闘は避けるでしょうしね。残念勇者もいるから大丈夫だと思うよ」
「そうですよね。だからこそのランク特Sですもんね! ……っと、そう言えばルシアさんの依頼でしたよね。えーと……これなんかどうですか?」
受付のおねーさんその2が渡してきたのは3枚の依頼書だった。
「何々? 趣味で魔物討伐する貴族の護衛、【エルフの森】近くの行商ルートに出没する盗賊団の殲滅もしくは捕縛依頼、それと…グリフォンの討伐?」
グリフォンと言えば、身体が獅子で頭と翼が鷲の混合獣だ。強さで言えば、混合獣系のランクSSS寄りのSS級といったところだ。わたしでもギリギリの相手である。
「はい、南西部の酪農地域で家畜を襲撃する事件が多発しているようです。すでに調査によって巣は特定されていますので、依頼を受けるのならば資料をお渡しいたします」
グリフォンか…
そういばまだギンちゃんには食べさせたことがない魔獣だったっけ? 滅多に遭遇しないから受けてもいいかもしれない。多少遠くても、ギンちゃんのあのモードを使えば問題ないでしょ。
「わかった。グリフォンの討伐依頼を受ける」
「了解しました。では資料をお持ちするので少々お待ちください」
そういっておねーさんその2はカウンターの奥へと入ってく。
ふふふ、久しぶりの獲物ね。