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女狐が異世界を調停します  作者: 木口なん
5章 つかの間の帝国生活
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64話 ルシアの孤児院(後編)

 元イェーダ教団の子供たちを受け入れて孤児院を開いてから数週間経った。

 18人いる子供たちも新しい生活に慣れ始めて、それなりに健やかな日々を過ごしている。最近では魔物の皮で作ったボールを使ってサッカーを教えた。サッカーと言っても11人ずつは揃わないのでフットサルに近いルールで簡単にやっているんだけどね。




「そっちに回り込め!」

「こっちにパスしろ! 追いつかれるぞ!」

「リオンはボーっとするな! ボールそっちにいってる!」

「・・・・あっ」




 そんな声を聴きながら、わたしは院長室と名付けた元ランドリス公爵の執務室で諸経費の計算をしている。意外なところでお金がかかるもので、慣れるまでは時間がかかりそうな予感だ。もうすぐメイドさんズと執事のルーベンスさんの給料も支払わないといけないので冒険者の仕事をする時間がない。


 特に今は孤児院を開いた初めの月なので、各商人たちとの定期購入契約の書類関係をまとめたり、あと1か月か2か月もすれば追加で送られてくるスラムの子供を受け入れる準備と計画を立てたりするので大忙しだ。冒険者志望の子供たちと一緒にギルドに行って登録する約束をしているのに、いつになったら守れるのだろうかと心配になる。


 執事のルーベンスさんに任せてもいいのだけど、初めての処理はわたしがやっておかないとするべきことが把握できないからね。今は隣でわたしに助言をしながら紅茶をいれてくれている。



「う~っ。まさかこんなにも面倒だとは・・・・」


「もう少しで終わりですよルシア様。それにルシア様はかなり計算が速いですね。先ほどからメモ用紙で計算しているようですが、見たことのない方法です。画期的だと思いますが誰かに教わったのですか?」



 わたしがメモ用紙にしているのはただの筆算だ。日本では小学生でも知っている程度のものなので気にせず使ってしまったが、どうやらこの世界では見ない方法らしい。


 この世界の数字は漢数字に似た表記方法を採用している。


 例えば562ならば五百六十二といったような書き方をするのだ。

 五十六+八十三とかの計算を見せられてもすごく分かりにくいのだが、筆算のように縦に並べると計算しやすくなる。



「この計算方法は誰かに教わったわけじゃないよ」



 この世界ではね。



「そうですか。ルシア様は役人か学者に向いているのでは・・・・?」



 ルーベンスさんは冗談交じりにそう言っているけど、前世では学者になりたかったという思いがあった。だからこそ初めて見る魔法というものに興味を持った。地球では全く見なかった法則だからね。今でも霊術や魔術の研究はしている。

 ただし役人は勘弁だ。



「よーし。これで最後の1枚だー」



 最後の書類は風呂場に設置した石鹸類の請求書だった。この手の日用品は高級品の扱いになるらしく、意外にお金がかかっている。しかもこの石鹸は、とある植物をすり潰して作ったものらしく、使いすぎると肌が荒れたりするような欠陥品なのだ。どうせなら植物油を採取して自作の石鹸を作ってもいいかもしれない。確か脂肪酸を水酸化ナトリウムで鹸化させれば良かったような気がする。あ、でも水酸化ナトリウムが作れないか。



「うーん。石鹸は次から無しにしよう。定期契約はやめておきましょうか」



 書類にサインして最後の一枚を片付ける。



「ようやく終わったわ・・・」


「お疲れ様です」



 ルーベンスさんはさりげなく空になったカップに紅茶を注ぐ。お茶うけに砂糖菓子まで用意してくれている彼は本当に気が利く。気が利くと言えば、ギンちゃんもわたしが仕事を終えたところを見計らって膝の上に飛び乗ってきた。可愛い奴である。


 癒しを求めてギンちゃんをプ二プ二突いていると、ルーベンスさんはおもむろに口を開いた。



「ルシア様、そろそろ文字を教える時間です」


「え? もうそんなに時間が経ってたのね・・・・」



 魔道具の時計を見ると、すでに夕方の4時前だ。いつもは4時から5時の一時間を勉強の時間として文字や簡単な計算を教えている。将来何になるとしても、覚えていた方がいいからだ。冒険者でも文字が読めなければ掲示板の依頼書が読めないし、一ケタの計算が出来ればある程度のお金の勘定も分かるようになる。



「じゃあルーベンスさんは子供たちを教室に呼んできてくれる? わたしも授業の準備をするから」


「かしこまりました」



 ルーベンスさんが部屋を出ていくと、わたしも今日教える文字の練習プリントを引き出しから取り出す。コピー機のない世界なので、18人分ともなると一苦労だ。子供たちに白紙のノートを渡して、問題はお手製の黒板にでも書いた方が効率的かもしれないな。


 そう思いつつギンちゃんをローブのフードに入れて教室へと向かった。







 教室とはわたしがこの屋敷の中でもかなり広い部屋を改造して作ったものだ。日本の学校にある教室のように、黒板を取り付けてチョークで文字を書けるようになっている。ちなみに黒板とチョーク自体は、ナルスの学院でも使用されているので、皇帝のアルさんに頼めば簡単に設置してもらえた。

 机と椅子は、大学の講義室のように長机を横向きに並べて椅子を配置している。好きな所に座って授業を聞くスタイルだ。


 わたしが扉を開けて教室に入ると、既に何人かの子供たちは席についていた。ルーベンスさんが呼びに行った、外でサッカーをしている子供たちはまだ来ていないようだが、もうすぐ到着するだろう。


 予想通り、4時を少し過ぎたころに8人ほどの10人ほどの子供たちが教室に流れ込んできた。少し遅刻していることが分かっているのか、慌てて空いている席に着く。自覚している分マシだけど、これは注意が必要ね。



「遅刻だよ。外で遊んでいても勉強の時間には注意しなさい」


「わかってるよルシア」



 遅刻した子の一人であるパズが口を尖らせて常套句を言っているが、この言葉を聞くのは5回目だ。絶対に分かってないだろうと言いたい。



「まぁいいわ。今日は文字を勉強する日だよ。前回やったことは覚えているかな?」



 グルリと教室を見回すと、子供たちはコクコクと頷いている。まぁ、ホントに覚えているかなんて分からないけど、ここは子供たちを信用してあげよう。



「じゃあ・・・・シスタ、前に出て黒板に『男』『女』『子供』を書いてみなさい」


「え? えぇぇぇぇ。なんで俺が・・・」


「文句言わない。前回のことは覚えているんでしょ?」


「お、おう」



 ふふふ、覚えているよね・・・?














「あ、もうすぐ5時になるわね。じゃあ最後に今から配るプリントを出来た人から解散。今日の料理当番の人は終わったら調理場に行きなさいね」


『は~い』



 一通り教えたら最後に問題を解かせる。

 問題の内容は、文字で書いていある質問を呼んで文字で答えることだ。

 例えば『あなたの名前は?』『あなたの好きな食べ物は?』とかである。


 子供たちがまだ知らない単語についての質問を受けたり、アドバイスをしながら最後の一人が提出するまで教室を歩き回る。ちなみにパズは文字が苦手らしく、割と最後の方まで残っていることがおおい。逆にリオンはかなり優秀だ。レナやジーナも早く終わることが多いので残されたパズは涙目である。毎回心を鬼にしてていねいに教えてあげるので、すぐに習得してくれるだろう。



「・・・・やっと終わったぜ」


「そう? 見るわね? えーと・・・『あなたの好きな食べ物は?』『レナとジーナです』って・・・え? パズあんたまさか・・・」


「ちょっと待て! その質問は『あなたのお気に入りの人は?』じゃないのか!?」


「あぁ、『食べ物』と『人』を間違えたのね・・・。どんな間違いしてるのよ」


「す、すまねぇ」



 今日はパズが最後の一人だったおかげで恥を晒さずにすんだようだが、この事件は永久保存版にしてわたしの記憶野に焼き付けておこう。



「そう言えばいつになったら冒険者ギルドに登録しにいくんだ? 冒険者になるって言ってる奴は結構いただろ?」


「ああ、それね・・・。なかなか日がなくてねー。冒険者志望の子が12人もいるからわたしも一緒に行かないと絶対絡まれるから、子供たちだけでは行かせられないのよねー」


「ルシアもまだ子供じゃねぇかよ。それに俺らはあそこで訓練もしてたんだぜ?」


「それは分かってるんだけど、それでもまだ君達は弱いよ。冒険者としてもランクE程度しかないもの」



 わたしの言葉にパズも黙り込むが、確かに冒険者登録したくてウズウズしている子はたくさんいる。予定を繰り上げて先に登録だけでもした方がいいかもしれない。登録させて4人パーティを3つ作ればいいかな。



「そうね。明日いこうか」


「え?」


「冒険者登録は明日行きましょう。パズ、もうすぐ夕食だから食堂にみんな集まっているわ。あなたは先に行って冒険者志望の子供たちに伝えなさい」


「お、おう!」



 ガッツポーズをして教室を飛び出し、パズは食堂の方へと駆けて行った。食堂では今頃パズのせいで大騒ぎになっているだろうな。まぁ、待たせたのはわたしだし、しょうがないか。


 この後遅れて食堂に行ったわたしは、冒険者志望の子供たちから何度も明日のことを質問されてクタクタになった。どんだけ楽しみなんだと言いたい。切実に!



 挙句の果てに、テンションが上がり過ぎた子供たちが夜遅くまで騒いでいたので「そんな様子なら明日ギルドには行かないよ?」と笑顔で説得(恐喝)したら、ピタリと静かになった。

 

 ふふん、所詮はガキ共ね。






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