61話 皇帝との謁見(前編)
イェーダ教団に関わる事件がひと段落した後、わたしはイザードやエレンとはパーティを解散してソロで活動していた。ランク特Sの2人は【ナルス帝国】近くにある魔境を調査する任務に就いているらしい。この仕事は冒険者ギルド本部から降りた勇者としての仕事らしいのでわたしは関われないのだ。
この日もランクAの討伐依頼をちょちょいと終わらせて昼前にギルドへと戻ると、受付の人に呼び止められた。
「ギルドマスターがルシアさんが帰ってきたら執務室に通すように言われているのですが?」
「え? マリナさんが?」
「はい」
「なんだろう・・・・ああ、あれかな?」
「?」
アレとは例の報酬の件だ。
ナルスの皇帝陛下から好きなものを要求していいと言われたので、子供たちを引き取って孤児院でも経営することにしたのだ。マリナさんは皇帝に話を通しておくと言っていたのでそろそろ返事が来ると思っていたところだ。
「取りあえず、知っているとは思いますが執務室まで案内しますね」
「あ、お願いね」
マリナさんの執務室は何度か出入りしているので場所は知っているのだが、一応ギルドの規則らしいので大人しく案内される。相変わらず他の部屋とは隔絶された豪華さを誇るドアで仕切られた部屋なので、知らない人が探しても一目で分かるのだが。
コンコンコン
「ギルドマスター、ルシアさんを連れてきました」
「入りなさい」
中から色っぽい声でマリナさんの返事が返ってくる。
扉を開くと、執務室に用意された来客用のソファにマリナさんともう一人、あのゾアンが対面して座っていた。内心驚きつつもポーカーフェイスをなんとか貫いて部屋へと足を踏み入れる。
「ありがとう。あなたは下がっていいわよ。ルシアはそこに座りなさい」
「はい、失礼します」
案内してくれた受付の人を部屋から追い出し、わたしをマリナさんの隣に座るように促す。謂われたとおりにゾアンに向かい合うようにしてソファに腰をかけた。高級品なのか、包み込むようにわたしの体を受け止める。
「さて、ルシアも来たことですし本題に入りましょう」
「そうしてくれ。これでも忙しい身なのでな」
「ふふふ、そうしましょう」
何でゾアンが? と疑問を浮かべるわたしとしても今日の話の内容を早く知りたい。てっきり報酬の件だろうと思ったが、それならばゾアンがいる必要がない。とすれば事件の後のことでも説明があるのだろうか?
「ルシアよ、そう身を固くするな。皇帝陛下から賜る報酬の件だ」
なんだ報酬のことなのか。
「それで私がわざわざここまで来た理由なんだが、お前を皇帝陛下に謁見させるためだ」
へぇ~。謁見ね。
「って、皇帝に謁見!?」
「うむ。皇帝陛下はお前に興味を持たれたらしいのでな。それに今回の事件の件で直接お礼もしたいそうだぞ?」
「わたしなんて田舎出身のたいしたことない獣人だし。一体何に興味を持ったのかな?」
「お前が大したことなかったら、世の冒険者たちはゴミ屑ということになるぞ? というよりどこの世界に11歳でランクS冒険者になれる狐獣人がいるというのだ。興味を持たれないハズがないだろう」
「デ、デスヨネー」
「ともかく皇帝陛下がお前に会いたいそうだ。報酬の件も陛下から直接話を聞くことになる」
そういうことか。それなら謁見に行かなければ拙いかな。
元日本人の感覚としては皇族なんて天皇陛下みたいな出来た人のイメージだけど、歴史的観点から言えばローマ皇帝みたいな横暴な人である可能性もある。会うと面倒になるかもしれないけど、合わなければ余計に面倒なことになるだろう。
つまりは選択肢などないのだ。
「はぁ、わかった。取りあえず陛下に会えばいいのね?」
「そういうことだ」
「よかったわ、ルシアが嫌がらなくて。ランクS冒険者って権力を嫌う人もいるから、最悪の場合は説得しないといけないかと思ったけど、手間がかからなくて嬉しいわ」
そうか。
やはり選択肢などなかったのか。
安堵で胸を撫で下ろすマリナさんを横目にため息を吐く。
「こちらとしても面倒がなくて助かる。では早速だが・・・」
ゾアンは丈夫そうな白い袋を取り出しつつ言葉を続ける。
「この袋の中に入ってくれ。私が運んでいくから」
・・・・・・・・・・・・・・
「はぁっ!?」
なん・・・だと!?
クリスマスイヴのサンタさんの如く袋に入れられて、私が皇帝にプレゼントされる的なアレか!?
まさか皇帝は幼女趣味の変態さんだとか・・・?
「なにか勘違いしているようだから言っておくが、これから陛下に謁見するのは極秘となる。ゆえに帝城の正面から入る訳にはいかないのだ。私たち諜報工作部隊が使う秘密通路を通るので、この袋に入ってもらう必要があるのだ。帝国の恩人とは言え、無闇に見せていいものではないのでな」
なるほど。そういうことか。
顔も知らない皇帝陛下さん。疑ってごめん。
「ともかく陛下も時間があるわけでもない。すぐに袋に入ってくれ」
「はぁ、そういうことなら仕方ないか・・・」
変な気分だが、ゾアンの用意した袋に身体を入れる。大きさとしてはわたしの体を十分に包み込むことにできるほどだ。窮屈でないだけマシである。
すっぽり入りきると、ゾアンが袋の口を閉め、それと同時に浮遊感を覚えた。どうやら持ち上げられたらしい。
「ではギルドマスター、しばらくルシアを預からせてもらう」
「ええ、貴重な戦力だから丁重にお願いね」
「わかっている」
その言葉が終わると同時に、振り回される感覚に陥る。移動をし始めたらしいが、袋に入れられたわたしの視界には白しか映らないので、今どこにいるのかは不明だ。感覚的にかなり早い速度で移動していると分かる程度の情報しか入ってこない。
右に揺られ、左に揺られ、時々上下に揺られ・・・
白い布を通して光が差していたが、少し暗くなった。どうやら室内にでも入ったらしい。
カツカツという音と下へと降りる感覚がする。もしかして地下に降りているのか? イェーダ教団だったころもゾアンの執務室には地下水道と繋がる抜け道があったし、諜報工作部隊の秘密通路とは地下水道のことなのかもしれない。
それから30分ほどだろうか。
袋の中でシェイクされて、少し気持ち悪くなってきたところで今度は上へと昇る感覚がした。ようやく地下の移動を終えたらしい。
それからはゾアンの移動速度も弱まり、袋にいるわたしへの被害も小さくなったので、目的地が近いのだろう。少し音が響いているので、室内だと分かる。恐らく帝城内部だ。
だがわたしは油断していた。
そろそろ到着するのかなー と思い始めたところでグルングルン掻き回された。まさか上げて落とすスタイルだとは思わなかったよ・・・
なんか跳んだり飛び降りたり曲がりくねったりで散々な目にあった。
マリナさんが丁重に扱えと言っていただろう・・・
最終的にはもう一度吐きそうになったところで袋を地面に降ろされた。
「ルシア、出ていいぞ。到着した」
振り回され過ぎて三半規管がおかしくなっていたのかフラフラする。動きたくないと訴える体に鞭を打って何とか這い出ることが出来たわたしを褒めてやりたいぐらいだ。微妙に歪む視界の端に映るゾアンに心の内で呪詛を吐きながら正面を見上げると、机の奥に誰かが座っているようだった。
酔いからなんとか復帰して観察してみると、短くサッパリした赤髪と綺麗な青い目が特徴的な青年らしい。キツイ顔立ちではなく、どちらかと言えば草食系のひ弱な印象を与える雰囲気だ。
誰だ? と疑問を浮かべるが、ゾアンが皇帝と合わせるとか言っていたと思い出す。まさかこの幸薄そうな青年が【ナルス帝国】の皇帝・・・・?
「やぁ、初めましてだね。僕が【ナルス帝国】を治める第13代皇帝のアルヴァンス・タカハシ・ナルスだよ。突然こんなところに呼んで済まないね」
はい、皇帝でしたー。
普通ファンタジー世界の皇帝と言えば、傲岸不遜の絶対君主って相場決まっているでしょーよ。なんか知らんけど凄い名君っぽい人が出てきちゃったよ。
てかタカハシだと!?
日本語の高橋じゃないのよ!?
「まぁ聞きたいこともあるかもしれないけど、取りあえず今は静かに聞いてくれ。この会談も一応は極秘扱いだから声が漏れると色々拙いんだよね」
聞きたいことたくさんあるけど釘刺された。
まぁいい。タカハシだって偶然にも高橋と同じ読みだったという可能性も無きにしも非ずだ。今は心の隅っこに置いておこうか。
「あ、はい。分かりました。
えっと・・・皇帝陛下? ですよね。一応跪いたりしたほうがいいですか?」
「ああ、別にいいよ。正式な謁見じゃないし、僕もそういうのはあまり好きじゃないんでね。まぁ、立ち上がってくれた方がいいかな? 目が合わせにくいしね」
暗にチビだと言われた気がしたが、広さ無限大のわたしの心に免じて赦してやろう。
まぁ、確かに目が合わせにくいので僭越ながら立ち上がらせて貰う。目に映る丈夫そうなデスクの上には書類らしきものが積み重ねられており、その奥には心地よさそうな椅子に腰かけたアルヴァンス皇帝陛下が座っていた。
「まずはお礼からだ。帝国の危機に手を貸してくれたことに感謝する。君の協力がなければ、これほど速やかな解決には至らなかっただろうね。どうやったか知らないけど、地下の魔物の死体すらも処理してくれていたみたいだしね」
「いえ、成り行きですので。初めはこちらとしてもゾアンが陛下の部下だなんて思いませんでしたから」
「そうかい? それでもゾアンの正体を見抜いた君やギルドマスターのマリナの洞察や諜報能力には驚いたものだよ。是非とも帝国に迎え入れたいぐらいだ」
「え・・・えぇと」
「ああ、別に勧誘しているわけじゃないよ。純粋に評価しているだけだから安心するといい。もちろん仕官してくれると言うのならば歓迎するけどね」
優しく微笑む皇帝が眩しすぎる。なんだこの名君は! テンプレ皇帝どこいった!?
「さて、君の提示した報酬の件だね」
「あっ」
「僕としては君の要求を完全に受け入れるつもりだよ。こちらとしても子供たちのこれからをどうしようかと思って考えていたところだ。孤児院を開く形であの子たちを受け入れてくれるのなら、僕も便宜を図ろうと思っている」
「はい、ありがとうございます」
少し不安だったが、全面的に要求を呑んでくれそうだ。しかもwinwinの関係っぽい。
「ところで、君はまだ11歳だよね?」
「そうですね」
「最年少ランクS到達、及び最速ランクS到達記録を大きく更新してしまったことに関してはあえて聞かないことにしよう。それより君は孤児院を開いてどのようにするつもりなのかな?」
え? 最年少最速だったのか。
まぁ、そうだろうね。2年も経たずに11歳でランクS冒険者とかちょっとありえないですね。
さすが転生チート。
それにしても孤児院を開いて何をする、かぁ。
資産が余ってるから慈善事業でもしようかという魂胆なだけだしなぁ。
「わたしの考えていることとしては、子供たちにある程度の教育をするつもりですが? 冒険者になりたい者はその知識と技術を。商人を目指したいなら計算や文字を教えたり、職人技を身に着けたいなら弟子入りをさせたり、料理人になりたければ料理を教えたりさせたりとして、自立させることですかね? 正直な話をすると、資産が余り過ぎて困ってるから投資しようかと思っただけです」
わたしの話を聞いて、目を瞑り、肘をついて両手を組みながら思案顔をする皇帝。
10秒ほどの沈黙の後、皇帝はゆっくりと口を開いた。
「君の考えていることはよく分かったよ。本当に11歳の子供なのか疑いたくなるほどにしっかりした計画を持っているようだ。
僕も君の開く孤児院を出来るだけ支援しよう。だが、少し条件があるんだ」
「条件・・・ですか?」
「なに、そんなに身構える必要はない。
まず、これから君が保護する18人の子供の他に、スラムで子供たちを保護して欲しいんだ。たまにこちらから保護して欲しい子を送るかもしれないから面倒を見てくれ。もう一つは、君の孤児院にメイドや執事を雇ってほしい。彼らは先のクーデター事件で処分された貴族に仕えていた者たちでね。出来るだけ次の仕事場を斡旋しようとしているんだけど中々見つからないんだ。そこで失業してしまった彼らの一部を雇ってくれないかな?」
「それだけですか? わたしもスラムの子供は率先して保護しようと思っていたので問題ないです。それに人数が増えたら管理も大変そうだから人を雇おうと思っていたので願ったり叶ったりですよ」
「そうか! それは丁度いい。この条件を飲んでくれるなら、孤児院としてランドリス公爵の大邸宅を上げるから好きに使ってくれ」
「はい、わかり・・・・えっ?」
ランドリス公爵ってクーデター事件の首謀者の貴族だったよね・・・?