60話 事件後の処理
帝国転覆計画阻止事件から数日が経った。
何やらとんでもない事件っぽく言っているが帝国民は全く知らないし、帝国の上層部ですら詳しいことを知っている者はほとんどいない。一夜の内に有力な貴族一派が反逆罪で捕らえられたのち処刑されたとなっているだけであり、イェーダ教団や光の教団との関わりは知られていない。
というのも、ゾアンたち皇帝直属工作諜報部隊が例の貴族たちの屋敷に突入した際、ランドリス公爵をはじめとしたクーデターを企んでいた貴族たちが軒並み始末された状態で見つかり、その上光の教団と繋がる証拠は全て消された後だったそうだ。わたしは白ローブの男と直接会ったが、わたし一人の証言になるので証拠としては弱すぎた。
諜報工作部隊の集めた証拠はクーデターを企んでいたことに関するものだけであり、かの教団との繋がりを示す直接的な証拠はランドリス公爵を捕らえてから探すつもりだったそうだ。それが綺麗さっぱり始末されていたので、【マナス神国】に訴えを起こせないのだ。下手に問い詰めれば戦争にまで発展しかねないので、表向きはただの貴族の反乱となっている。
今は大きく数を減らしてしまった貴族たちの穴を埋めたり、財産の処理や雇われていた使用人の処遇などに追われて死ぬほど忙しいそうだが。
イェーダ教団のアジトには冒険者ギルドの精鋭が流れ込み、一瞬で制圧したので子供たちの救出と元々犯罪者である大人たちの捕縛は既に完了した。ゾアンとゲハムートはわたしが先行してアジトに戻ったときには姿を消していたということにしてある。
ギルマスのマリナさんはイェーダ教団の狙っていた貴族と光の教団との繋がりを知っているので、わたしと同様の答えにたどり着いたのかもしれないが、わたしは何も話してはいない。世の中知らない方がいいこともあるのだ。
捕らえた大人たちは即行で牢へと入れられ、洗脳された子供たちは国が正しい教育を施すとして保護されることになる予定らしい。ちなみに真実を知ったパズたちやリゲルたちが説得したので、他の子供たちもイェーダ様なる者を信じてはいない。まだまだ純粋な子供だったからこそ正しい知識を取り入れる柔軟性が残っていたが、これが大人なら処理にも困ったことだろうと思う。
ナルスの皇帝は今回の事件を機に、スラムの縮小計画とスラム民への仕事と住居の紹介をすることで今後このようなことがないように対処するという政策を叩きだした。発表後は貧困層の民のことすらも思いやる素晴らしい皇帝という称賛の声で帝国民は湧いていた。
全て皇帝の計画通りであることを知っているわたしからすれば複雑な気持ちだったけどね。
そして今わたしは冒険者本部ギルドのギルドマスター執務室でマリナさんと対面している。
「依頼お疲れさま、ルシア」
「はい、本当に疲れました」
「ふふふ・・・いろいろとあったものね」
「まぁ・・・そうですね」
はっきりとは言わないが、やはりマリナさんもある程度のことは推測しているのだろう。機密事項すぎて大っぴらには話せないし、ゾアンからも一応口止め料を貰っている。元々死蔵されていた大金がさらに増えてしまったのはご愛敬だ。
「それで今回の依頼達成で冒険者ルシアはランクS冒険者になりました。おめでとう」
「ありがとうございます」
「さっき提出してもらったギルドカードは更新しているところだから、帰るときに渡すわね。それと依頼報酬のことなんだけど、なんか皇帝陛下から好きなものを要望させるように、って御達しが届いているのよねぇ。どうする?」
なん・・・だと!?
それか! それでマリナさんも色々と知っているのか!
でもまさか会ったこともない皇帝から好きなものを賜る日が来るなんて誰が予想できるだろうか。転生したころはただの神子だったのになぁ。
「皇帝陛下からの褒美は置いておくとして、ギルドからの報酬は金貨50枚になります。ギルドカードに追加しておくから確認してね? 他に何か質問はあるかしら?」
「そうですね・・・ランクSになって何か変わることはありますか?」
「あ、そうだったわね。まずランクSは全ての依頼を受けることが出来るようになるわ。あなたの場合は強さランクもSSSだから最高クラスの冒険者になるわね。いろいろな高難度依頼が殺到するんじゃないかしら?」
「指名依頼というやつですか」
「そうね。貴族や王族からの依頼を受けることも出てくると思うわ。あなたの場合はある程度の礼儀作法の知識もあるみたいだし、そもそも敬語さえ使えたら大抵は許されるから問題ないでしょう」
「ちなみに断ることは?」
「ルール上出来るけど、実質できないものと思っておきなさい。その辺の商人ならばともかく、地位の高い人の指名依頼を断ると色々面倒になるわよ?」
「うわぁ」
「その代わり報酬がすごいから我慢しなさい」
「正直言ってお金が有り余っているんですよね・・・」
「普通は防具や武具、回復系の薬にお金がかかるから有り余ったりはしないわよ。そう言えばあなたの装備ってえらく貧弱ね。というかよくそんな装備品で今まで生き残れたわね」
「あははは・・・」
そう、わたしの装備は低ランクの魔物のレザーアーマーと安物のローブ、初期から修理しつつ使っている弓だ。魔法がメインで、矢も『物質化』で創っているので消耗品への出費がゼロだ。強力な魔物が相手になるときは『荷電粒子魔法』を使えば近づけさせることなく倒せるので防具も要らない。数が多ければギンちゃんが守ってくれるし。
素材類もギンちゃんの亜空間にため込んでいるので、優秀な防具を作ってみるのもいいかもしれない。
「まぁお金はあって困るものでもないでしょう。いつか使う時が来るかもしれないわ」
「個人で大金を貯蓄するのは経済学上はよくないんですけどね・・・」
「あら、そうなの?」
「あ、聞こえてましたか?」
小さい声で言ったつもりが聞こえていたようだ。
「まぁ、お金というのは流れなんですよ。たくさんお金が流れれば自分の所にも多く入ってくるし、たくさんお金を流せばお金がよく回る。貰って消費しての循環が大事なんです。どこかで流れが悪くなると、全体のお金の循環も悪くなって、物価とか収入とかに悪影響をもたらします」
「なんだか学者みたいなことを知っているのね・・・。本当に11歳なのか疑いたくなるわ」
失礼な。
ちょっとばかり前世の知識を持っているだけだ。
わたしは前世の知識を広めるつもりはない。下手に技術革命をもたらして自然な発展を阻害するのはよろしくないからだ。あ、でも医療系の知識は浸透させていくつもりだけどね。現在は医療というよりも薬草学が治療のメインだから、消毒とか手洗いうがいとかは広めたいと思う。
「そう言えばイェーダ教団の子供たちは結局どうなるんです?」
「ああ、あなたも2か月ほどは共に過ごした仲ですものね。気になるかしら?」
「はい、一応保護するとは聞いていますけど・・・」
「そうね・・・恐らく新設の孤児院でも建てるか、孤児であることを利用して諜報員にでも鍛えるかのどちらかじゃないかしら?」
「諜報員・・・ですか」
「まぁ、あなたからすれば複雑な気持ちかもしれないわね」
確かに。
2か月とはいえども、それなりに仲良くなったつもりだ。同年代の知り合いが少ないわたしとしては孤児院に入ってくれると嬉しい。いつでも会いに行けるしね。とくにリオンとかパズ、レナ、ジーナの元5班のメンバーと別れるのは寂しいものだ。
というか帝国の諜報部隊に入れるために鍛えるとか、今までの暗殺訓練と変わらないじゃん。つまりは戦闘訓練とか隠密行動の訓練とかでしょ? しかも諜報工作部隊ってゾアンとかゲハムートが所属しているしね。
元日本人のわたしとしては子供には十分に遊ばせて、のびのびと成長させるべきだと思う。小さい頃から殺伐とした生活を送るのは精神衛生上よろしくない。何とかできないものだろうか。
とここで閃いた。
「あ、そうだ。皇帝からの褒美に子供たちを貰おう!」
「えっ?」
「18人の子供たちをわたしが引き取る! だから大きな家を用意して欲しいかな。それを皇帝に要望する今回の報酬にします」
「引き取るって・・・ルシア・・・あなたね・・・」
「まぁ、お金も有り余っているし孤児院経営でもしようかと」
企業などが慈善事業で出資するのは地球でもよくあったことだ。孤児院を経営しても、冒険者としてお金を稼げば問題ない。ついでに学院にも行くから拠点に家を買うというのも悪くないハズ。
一緒に住む子供たちにある程度は勉強させてから、例えば冒険者として自立できるように支援してあげればいいんじゃないかな? 算術を学べば商人に雇ってもらえるかもしれないし、職人さんの所に弟子入りさせてあげて技術を身に着けるのもいいかもしれない。子供たちの可能性を広げる素晴らしい計画だ!
「はぁ、まぁいいでしょう。子供を引き取る件と18人以上が十分に住める家の件は、皇帝陛下にもお伝えしておくわ」
新しい家か。
なんだかとても楽しみだ。
次回から新章はじまるよ




