59話 暗躍する影たち
今回は少し短め
白いローブを着てフードで顔を隠した何者かが最後の魔物と共に佇んでいる。魔物のほうは体長8mを超える巨体に黄土色の鱗をビッシリと纏ったドラグーンのようだ。ドラグーンとは要するに地竜のことで飛竜と対を為す低級ドラゴンに部類される。
まぁただの雑魚だ。(※そんなことありません)
「さっきから俺の魔獣共が消されてると思ったがテメェが犯人か?」
てっきり黙り込んでいるものと思っていた白ローブがわたしに話しかけてきた。少しばかりドスの効いた声色ではあるが、若さゆえの驕りのようなものも垣間見える。おそらくまだ20代といったところだろう。
「魔物の駆除は冒険者の仕事ですから」
「はっ、ただの冒険者ごときがあの数の魔獣をこんな簡単に蹴散らせるかよ。こちとら制御する暇すら無かったんだぜ? 地竜だけでも確保しておこうかと思ったが以外に早く見つかっちまった。予想外に予定外のことだらけだっての」
「そう? ならこっちにとっては予定通りってことね。あなたもここで捕まえさせてもらう!」
まずは邪魔なドラグーンの排除からだ。この地下水道ではドラグーンの身体が大きすぎて本来の機動性能から大幅にダウンしている。選択肢としては前進と後退ぐらいしかない。『熱荷電粒子開放』で消し飛ばせば簡単だが、隣にいる男も殺してしまうことになる。たぶん生かして捕らえた方がいいと思うからこの案は使えない。
そこで背中に背負ったわたしの弓を左手に取る。随分と久しぶりの感触だが的は大きく、軌道修正も可能な物質化の矢を使うのだから外す要素はない。
向こうもこっちの様子に気づいたらしく、慌てて指示を飛ばす。
「何かする気か? ドラグーン、行け!」
「グルルゥァァァァァアアアアアッ!」
ドスドスビチャビチャと水飛沫を上げながら突進するドラグーン。やはり何かしらの手段でテイムしているらしく、本来ほとんど言うことを聞かない地竜が雄たけびを上げてこちらに迫る。
「意外と揺れるわね・・・・『白戦弩』!」
一瞬だけ高音を鳴らして飛び出した白い矢は水路を揺らして迫りくるドラグーンの頭を貫通し、そのまま体内を突き抜けて後方から飛び出した。当然脳を打ち抜かれたドラグーンは即死しているが、その慣性力はまだ残っているのでそれをギンちゃんが止める。
「な! なんだ今のはっ!」
大きすぎるドラグーンが邪魔で見えないが、白ローブの男が騒いでいるのが聞こえる。彼からしても、地竜が邪魔でわたしが何をしたのか見えていないハズだから、突然死んでしまったように見えたことだろう。わたしが放った『白戦弩』も速度が速すぎて目では捉えられないしね。
さっきの攻撃は『霊刀』と同じように、矢に超振動で貫通力を上昇させた。振動数は約10万Hzだから1秒間に10万回も振動していることになる。人間の音の可聴域は2万Hzまでぐらいだから、もはや超音波すら軽く超えた領域だ。ドラグーン程度なら貫通できる。上位ドラゴンは無理だろうけど。
「頼みのドラグーンもいなくなったことだし・・・チェックメイトよ」
死体と化したドラグーンを飛び越えて白ローブの目の前に立つ。相変わらず尻尾感知に霊力が反応しないのは、もしかしてローブの効果かな? 隠密系の付与がされた装備ならば気配とか霊力を隠すことができると聞いたことがある。音や匂いは誤魔化せないらしいが、普通に強力な道具だ。当然ながら高価なのでその辺の破落戸が手に入れられるような代物ではない。
「やはりあの面倒な宗教組織かしらね」
「・・・・っ! テメェは獣人か! しかもその尻尾の数は有名な狐の原種だな? 上位種の2尾や3尾どころか原種の九尾がお出ましとはなぁ! 帝国の件は失敗だがいい情報を手に入れたぜ」
「逃げられると思ってる?」
「逃げられるさ!」
そう叫んで懐から拳大の水晶を取り出し、地面に叩き付ける。何かしらの魔道具であることは分かったのですぐに取り押さえようと『白鎖縛』を放ったが、白ローブは淡い光と共に姿を消してしまった。白い鎖は虚しく空を切り、転移されたと気づく。
「まさか転移されるとは・・・」
転移系統の魔道具はあまり聞いたことがない。原理と理論は確立されているらしいが、かなりの機密分野であるため市場に出ることはない。使うとすれば軍事目的だろう。他国に潜む諜報員が脱出、逃亡をする際には便利極まりないからね。
わたしもよくは知らないのだけど、1つ作るのに莫大な時間とお金がかかるそうだ。その辺りの犯罪組織程度が手に入れられるようなものではない。超大手裏ギルドみたいな組織のボスクラスならなんとか1つ持っている可能性があるぐらいだ。
「やっぱり【マナス神国】自体が絡んでいる可能性があるわね。一応ゾアンに言っておいてあげた方がいいかしら? まぁ今更だろうけど」
証拠隠滅のために殺しつくした魔物はギンちゃんに捕食させて綺麗にし、念のため地下水道をひとっ走りして他の魔物がいないか確認した後、その場を後にした。
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「あぶねぇぇぇぇぇぇ。なんとか逃げ切れたぜぇ!」
【ナルス帝国】の帝都の郊外にある林の中、白いローブで身を隠した男が淡い光と共に出現した。
「騒がしい奴が帰ってきたと思ったらギルゲルか。ようやくだな」
「そちらもうまくいかなかったようだな。地上には一匹も魔物が現れなかったぞ?」
ルシアと対峙した男はどうやらギルゲルと呼ばれているらしい。
その名を呼んだ男2人もギルゲルと同様の白いローブを被って近くの岩に腰を掛けていた。
「そっちは早々に退却してるじゃねぇかよ」
「皇帝の犬の動きが予想以上に早かったのでな。我々と繋がる物証となりそうなものを全て処分して早めに退却した。帝都に潜んでいた仲間は俺たち2人とお前を除いて先に9人とも脱出しているさ」
「そういうことだ。私たちはお前を待って国に戻ると言っておいた。まぁ6時間連絡もなければもう一度潜入していたがな」
「そいつは良かった。転移石が無かったら俺は確実に捕まってたからなぁ!」
「帝国兵の大群でも差し向けられたか?」
冗談交じりでギルガルに問いかけるが、深刻そうな顔で首を振る。
その様子を見て2人の纏う雰囲気が少し変わった。
「なんだ? 何があった?」
「俺が隷属させた魔物共を数百体全て葬り去ったのはたった1人だ。いや、正確には1人と1匹か?」
「なんだと?」
「詳しく話せ」
「そろそろ魔物を地上に解き放とうかと思って命令の魔道具を調整していた時だ。突然50体以上の隷属魔獣の反応が消失した。慌てて何があったか探ろうかと思ったが、奴は次々と魔物を消してそれどころじゃなくなってな。混乱して命令を聞かなくなった魔物の中でなんとかドラグーンだけ奴から引き離して地上に持っていこうかと考えたんだが・・・・」
ギルゲルは言葉を続ける代わりに左右に首を振る。
「馬鹿な・・・まさか例の勇者か?」
「たしか『双術』と『極大魔法師』が2か月ほど前に帝都に来ていたな」
「いや、見た目は女のガキだったな。歳は10歳より上ぐらいの」
その言葉に二人は顔を見合わせて苦笑する。
「ギルゲル・・・さすがにそんな嘘はダメだろ」
「もう少しまともな言い訳でも考えろ」
「うるせぇよ! 話は最後まで聞きやがれ。そいつは九本の尻尾を持った狐獣人だったんだぞ?」
「「何(だと)!?」」
驚愕の余り言葉を詰まらせる2人にギルゲルはさらに続ける。
「見た目は少女のままだったが実力は本物だ。900年前のネテルが復活したのかもしれねぇ。原種は基本的に不老だから見た目じゃ歳が分からねぇしな」
「九尾のネテルはイルズの森で人柱となっていたはずだよな。1年と少し前の魔境化でネテルが消滅したと思われていたが・・・まさかの復活か?」
「だとすれば魔物を一瞬で消し飛ばしたというお前の言葉も納得がいく。それとさっき言っていたもう一匹というのは一体何だ?」
「暗くてよく分からなかったなぁ。かなりの大きさで銀色の毛をしたウルフ系の魔物だったからシルバーウルフじゃねぇか?」
「ランクSの魔物を使役するか・・・。ますますネテルの可能性が出てきたな。それに奴が古文書通りの存在ならば帝国に手を貸す理由も納得できる。魔族と共存などと嘆かわしい・・・」
「どちらにせよこの情報は早めに国に持ち帰るべきだ。それにダラダラしていると帝国の捜索の手がここまで伸びてくる可能性もある。考えるのは後にして退却するぞ!」
「ああ」
「わかった」
三日月が照らす林の中、3つの影がその場から消えた。
次でこの章もラストです。
投稿はたぶん明日