58話 魔物の掃討
真っ暗闇の地下水道を5つの『狐火』で照らしながら駆けていく。
今は尻尾を9本全て出しており、完全に戦闘モードに移行している。
「っ!! 居た! 数は・・・数百は居そうね」
尻尾感知が捕らえた魔力を頼りに複雑な迷路のような地下水道を右へ左へと進んでいくと、遂に目的の物を視認できた。
「うわぁ・・・。フォレストウルフにホワイトグリズリー、オークにゴブリン、あれはスプリガンかな? ナイトバット、ホーンオクス、ファイアリザードもいるね。『光の教団』もえげつない魔物ばかり集めたみたいね」
視界にも尻尾感知にも、前方にはひたすらに魔物を確認することができる。私の仕事はこいつらをできるだけ素早くクールに片付けることだ。
なぜこのようになっているのかというと、少し時を遡ることになる。
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「で、ゾアン。 とりあえず詳しいことを教えてくれないかしら?」
「まぁいいだろう」
ゾアンの素性が発覚居たところで『白鎖縛』の拘束を解き、ついでに私もいつものローブ姿に弓を背負ったスタイルに着替えておいた。ギンちゃんの中にわたしの装備はしまっておいたのでその場で黒ずくめの服装から着替えることが出来たのだ。もちろんゾアンには見えないように火の魔法で壁を作ってお着換えしたのだ。
「今回の事件にかかわっている貴族は全てこちらもリストアップしている。証拠も揃っているからあとは一斉に捕らえるだけなんだが、奴らのやろうとした帝国転覆計画が問題だ」
「なんで?」
「やつらの計画は、帝国の有する地下水道にテイムした魔物を大量に配置し、それを計画実行のタイミングで都市内に開放して大混乱を引き起こすことだ。そしてそこで『光の教団』と今回の首謀者であるランドリス公爵を中心とした貴族が鎮圧して、奴らの株を引き上げると同時に皇帝の威光を地に落とす算段のようだ。まぁ、自作自演の茶番なのだが、民衆にしてみれば街中に突然魔物が現れれば皇帝への信頼もさがるというものだ」
「つまり今も帝国地下に潜んでいる魔物を掃討しないといけないわけね」
「そうだ。だがそれには多大な戦力がいる。正直言って我々諜報部隊が裏で処理するには多すぎるのだ。かと言って兵を動かせば民衆へと噂が広がる可能性もある。皇帝に不利な情報は少ない方がいい」
「一気に裏切者の貴族たちを捕まえたらどうなの?」
「魔物の手綱を握っているのは『光の教団』だ。貴族たちが失敗したとなれば、魔物を開放する恐れもある。かの教団にとっては帝国を混乱に陥れるだけでも利益になるからな」
「つまり先に魔物を潰す必要があるのね」
「いや、同時作戦だ。先に魔物を潰すにしてもテイムされている以上、気づかれる可能性もある。ランドリス公爵たち反逆者の捕獲と同時に魔物も殲滅して奴らが混乱しているうちに事態を収束させるのが最善だ。」
「分かった。じゃあわたしが魔物を全て潰すから」
「いや、こちらも戦力を送るぞ?」
「邪魔なだけだし、私一人で十分。それよりも公爵たちを逃がさないように捕獲に人数を割きなさい。魔物の討伐は専門家のわたしに任せることね」
「だが魔物も数百体はいるんだが?」
「たかが数百体ごときでわたしの相手になる思わないことね」
「なんだと?」
「これ、わたしのギルドカード」
ギンちゃん亜空間からギルドカードをとりだしてゾアンに見せる。冒険者ランクはAだが、強さのランクはSSSなのだ。今ならワイバーン100体でも相手にできる自信がある。
「理解した?」
「ああ、分かった。貴様は本当に11歳なのか?」
「正真正銘この世に生まれて11年よ」
「まぁ、今はどうでもいい。それならば我らがランドリス公爵およびその派閥を全て捕らえ、帝国の膿を完全に排除する。ルシアは帝国に潜む危機を殲滅してくれ」
「OK、任せて。じゃあ行ってくるよ」
―――――――――――
ということがあったのだ。
つまりはこの地下水道に潜む魔物たちを消し去るのがわたしのお仕事というわけだ。
「消えちゃえ! 『熱荷電粒子開放』!」
空気圧縮で作りだしたプラズマ球はそのまま炸裂させれば『雷降星』になる。だがこの地下水道でそんな大爆破をさせれば地上にも影響が及び、下手すれば地盤沈下が発生することになる。さすがにそれはよろしくないので、指向性を持たせて荷電粒子砲として魔物に打ち込んだ。
カッッ!!
青白い極太の閃光と共に線上の魔物が消滅する。一部でも範囲に入っていた魔物はくり抜かれたように身体を抉り取られて、運の悪いものはそのまま絶命した。
空気抵抗と空気冷却で徐々に威力が減衰して、だいたい100mもすれば消えてしまうので地下水道を壊すことなく殲滅できる。若干水路の水が蒸発してしまうが、この際どうでもいい。
今の一撃で5分の1ほど消し飛ばしたみたいだが、逆に言えばまだまだ残っている。あまり時間をかけていられないので全霊力の3分の1ほどを消費して『物質化・天叢雲剣』を出した。
「飲み込め! 『天叢雲剣』!」
極小の刃物状の物体の集合体であるこの霊術で魔物たちを飲み込んでいく。暴風の如き勢いで吹き荒れる刃物の嵐の通過後には血まみれになった魔物が横たわるのみ。なかにはまだ生きている個体もいるようだが、そいつらは近寄って『霊刀』でトドメを刺していく。
尻尾感知が捕らえるままに『天叢雲剣』を吹き荒れさせ、まだ魔力反応のある魔物にはわたしが直々に切り裂いていくと、10分もすれば魔物の数が半分を切った。
「次は・・・あの角を曲がったところね!」
『狐火』に照らされた通路の先を曲がったところで右手を前に突き出し、グッと握りつぶす。右手の先には直径50㎝ほどの青白く輝く球体が出現し、目を眩ませた。そのまま右手を振り払うようにしてエネルギーを開放する。
「もう一発! 『 熱荷電粒子開放』」
カッ!
輝く閃光が再び直線上の魔物を屠っていく。
手を握る動作や振り払う動作はわたしが開発した詠唱の代わり、「儀式」だ。
火を出すならば、摩擦をイメージして指を鳴らすとか、ゾアンに『大気圧殺』をかけるときに使った指をクイッと下げる動作もこれに当たる。要するに術のイメージに沿った行動を取って術を補強する役割を持っている。
そもそも詠唱は魔法の発動をを補助する一定の言葉だ。補助するのが目的なら、別に口に出さなくても一定の動作で代用できるんじゃないかと考えてやり始めたのがきっかけだ。
無詠唱に近い速度で魔法が放てるし、言葉を発しないので儀式を知らない者には何の魔法を放ってくるのか予測不可能という常識はずれの方法である。その上イメージに補強をしてくれるので安定した術になるというスグレモノだ。
直線上に並ぶ魔物は『熱荷電粒子開放』で薙ぎ払い、打ち漏らしたら『天叢雲剣』で飲み込む。それでも倒せなかった魔物だけをわたしが『霊刀』で仕留めていき、最終的に20分かからずにほとんど全滅した。
「あとは・・・感知範囲に3体ね。この先に2体とちょっと遠い場所に1体いるね」
通路を5つの『狐火』で照らしながら、先に近くの2体を屠るために走り寄る。尻尾で感知できる様子だと2体は離れずこちらに向かってきているようだ。魔力反応から見てランクA級の魔物だと思う。
「さすがにキツイかな。ギンちゃん、銀狼モード」
(ぷるん)
おっけー
わたしのローブのフードから飛び出したギンちゃんが擬態でシルバーウルフへと変化し、わたしと並走してこの先の魔物へと近づいていく。
「見えた! アレは・・・マリッジコング!? よくあんなのテイム出来たね」
「ゴアァァァァァア!」
「ガアァァァァァア!」
マリッジコングは2体一組で行動する習性のあるランクS魔物だ。大抵はオスとメスの2匹なのでマリッジコングと呼ばれるのだが、中にはガチホモやガチレズがいるらしい。どうでもいい情報だけどね。
こいつらは個体の強さもなかなかだが、何より連携が厄介だ。普通は2パーティ以上で引き離しながら倒すのだが、わたしとギンちゃんなら1対1で余裕である。連携さえ崩せばランクAの魔物と大差ないのでランクS魔獣のシルバーウルフの敵ではない。
「はっ!」
まだ距離がある内に3本の『千本』を投げつけると暗がりという補正もあって簡単に命中する。当たった場所は狙いが外れてなければ右肩から斜めに等間隔で刺さっているはずだ。
「ガアッァァア!」
とは言っても厚い筋肉に阻まれてほとんどダメージになっていないのだが今はこれでいい。
「ギンちゃんは左、わたしは右を担当ね」
「ウォン!」
残り10mを切ったところでギンちゃんにも指示を出し、わたしは『霊刀』を握り直してマリッジコングの片割れの距離を詰めていく。残り5mを切ったとき、わたしは仕掛けておいた伏線を回収した。
「『爆発』」
ガッ、ドガッ、ドンッ
「グギャアァァアア!!」
初めに放っておいた3本の『千本』を起爆させて大きく仰け反らせることに成功する。わたしの手から離れた後でも術を発動できるのが『物質化』の強みだ。
大きな隙を晒したマリッジコングの片割れは、すれ違いざま『霊刀』で首を落として仕留めた。超振動により分子カッターとなった『霊刀』ならば特に抵抗もなく切り裂くことが出来る。刀を扱う技術もかなり上達はしたが、まだまだ技量としてはDランク程度。武器性能と身体能力で補っているだけなので、イザードには勝てない。
「ガウッ!」
「グガッ・・・・ガッ!!」
ギンちゃんもさすがの身のこなしでもう一方のマリッジコングの首を咬み千切り、一撃で仕留めた。遅れて鮮血が舞い散り、大きな音を立てて崩れ去る。
「ウォン」
「よしよし、さすがはギンちゃんね」
甘えてすり寄ってきたギンちゃんの首を撫でて労う。可愛い奴め。
「あともう一体よ。そこまで乗せてくれる?」
「クゥウン」
最後の一体は少し遠いのでギンちゃんの背に乗せてもらうことにした。ギンちゃんも銀狼モードだと5mぐらいの大きさになるのでわたしが乗ると少しカッコ悪い。ものの〇姫みたいなのを目指してるんだけど、どう頑張ってもわたしの体格が足りずに不格好に見えてしまうのだ。
まぁ今は誰も見ていないので特に気にせず目的の場所へと向かう。尻尾感知では直線距離で100mほど離れているのだが、地下通路を曲がりくねった先にいるので実際の距離はもっと長い。最強クラスのウルフに擬態しているギンちゃんのスピードならば30秒もかからないけどね。
「グルゥ・・・ウォン!」
「え? 1体だけじゃないの?」
「グルルゥッ!」
「もう一つの匂いは人? じゃあもしかして『光の教団』の関係者かもしれないね。でもなんでわたしの尻尾感知に反応しないんだろう?」
霊力も魔力も感知できる狐族の尻尾に反応しないなんて初めてだ。シルバーウルフに擬態したことで嗅覚が上昇しているギンちゃんの言葉がなければ気づかないところだった。さすがにわたしの嗅覚でも捕らえられないので助かった。知ってるのと知らないのでは覚悟の仕方に違いがあるからね。
「いた!」
ギンちゃんの言葉通り、視線の先には一体の魔物と共に、白と思われるローブを纏ってフードを被った人間が佇んでいた。




